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【15話(2/3)】明石耀一郎の回想

初めて照東(しょうとう)に来た時、明石は孤独だった。

灯西生まれの灯西育ち。照東に知り合いなどいなかった。おまけに恋人からは、異動を口実に別れを切り出された。その傷心を引きずりながら、のろのろと引越しの荷物を解いていたことをよく覚えている。


直属の上司は、鹿鳴家の当主の実子だという鹿鳴春花。そしてその妹が室長を務める、推進研究室。これから毎日、お高く止まったご令嬢たちのご機嫌伺いをしなければならないのだと思うと、気が重かった。


「あんたが明石?姉さんが連れて来たっていう」

派手な出立ちの室長・鹿鳴雷夏は、敵意剥き出しの目でこちらを睨みつけてきた。


「はい。本日より推進研究室に配属されました、明石耀一郎(よういちろう)です。よろしくお願い致します」

「あっそ。あまり私に関わらないでよね。用があるなら他の職員を通してちょうだい」


そう言って室長は、カツカツとハイヒールの音を立てて去って行った。

それが、室長と初めて交わした言葉だった。


***


ある時、明石はオフィスで機材の購入申請書を仕上げていた。遠くの席からは、賑やかな声が聞こえてくる。


「室長、今回のご挨拶も立派でいらっしゃいました!」

「堂々たる振る舞い、流石でございます!」

室長はいつも、褒め言葉しか発さない職員たちに囲まれていた。

「そーお?人前で話すのも慣れてきたわよ〜」


(周りは相変わらず媚びへつらっているな。そんなに鹿鳴家の権力が怖いか?)


その時、オフィスに課長が入ってきた。室長を取り囲んでいた職員たちは、一斉に散っていく。


「雷夏。うちの議員さん方がお見えになるわよ。用意なさい」

室長は困惑した様子で立ち上がる。

「えっ、今から?あたし、聞いてない……」

課長はツカツカと室長に歩み寄り、眼鏡越しに彼女を睨め上げる。


「何それ。あなたにいちいち予定を教えたら、どうにかなるというの?あなたが全部できるの?あなたが不甲斐ないから、わざわざ私が来てるんでしょう?どうなの」


課長に詰められ、室長は背を屈めて萎縮する。

「っ……ごめんなさい、姉さん……」


こうして課長は、事あるごとに室長を叱責していた。

その力関係は誰が見ても明らかだった。


震える室長を見て、課長は満足げな笑みを溢す。

「そう、分かればいいのよ。13時にお見えになる予定だから、各部屋の整理整頓、応接室のセッティング、頼んだわよ」


そう言って、課長はオフィスを出て行った。

室長はその場に崩れ落ちて、啜り泣く。

「うぅっ、ずっと姉さんと働くなんて嫌だっ……もう辞めたいっ!」


職員たちが、再び室長を囲む。

「室長、しっかりなさって下さい!立場はあなた様の方が上なのですよ!」

「毅然とした態度でお話しすれば、きっと……!」


職員たちの言葉を受けても、室長は泣いている。

「そんなの無理よ!怖いんだもん!子どもの頃からずっとそう!あたしは姉さんに一生こき使われるんだわ!」


課長と渡り合える立場にいるのは、同じ鹿鳴家である室長しかいない。

職員たちは、唯一の頼りない後ろ盾を必死に守っていたのだった。


「では室長、私は資料室を掃除してきますね!」

「僕は会議室を!」

「ええ、お願い。あたしは応接室を見てくるわ」


そんなやり取りを、明石は遠巻きに眺めていた。

(自分も何かした方がいいだろうか?でも、自分は室長にとって味方ではないようだし……まあいいか)


***


鹿鳴家から視察に来た議員の一団を、研究室の職員は総出で迎えた。

神木の研究や保護に関する資金は、都からだけでなく、鹿鳴家からも多く出ている。

議員は研究室の大事なスポンサーのようなものだ。


「いやはや、お仕事があるでしょうに、皆さんお揃いで!私共のことはお気になさらず、平時のようにお過ごし下さい。つまらぬものですが、こちらを皆さんでどうぞ」


議員の付き人が、課長に菓子折りを差し出す。

「お気遣い、痛み入ります。雷夏、お出しして」

受け取った菓子折りを、課長は室長に渡す。

しかし議員はにこやかに断った。

「いえいえ、後ほど皆さんで頂いて下さい。まずは神木の御子に拝謁賜りたいのですが、お願いできますかな?」

「承知しました。雷夏、しまっておいて」


課長と議員はオフィスへ幼木を見に行くらしい。

他の職員たちは各々の部屋へ引き上げ、鍵を閉めてしまった。


明石は独り、廊下で立ち尽くす。

(どうしよう。自分は来たばかりで、まだ部屋が与えられていないのだった。かと言って、議員が今から行くオフィスにいるのも気まずいし……)


その時、上階からハイヒールの音が聞こえた。

室長が、自分の執務室へ向かっているようだ。彼女なら議員が視察する順路に見当がついているだろうし、無難な待機場所を教えてくれるかもしれない。


(ううむ、あの人には話しかけたくないが……しかし課長と議員の機嫌を損ねないためだ、仕方あるまい)


執務室へ上がり、コンコンコンとノックをした。

その瞬間、扉の向こうから激しく咳き込む声が聞こえてきた。

「室長!?どうなさいました!?」

思わず扉を開けると、室長が涙目で咽せていた。


「はぁっ、はぁっ……あぁーっ、ビックリした!いきなりノックしないでよ!」


(いきなり入らないようノックしているのだが……)


室長はこちらに向かってバタバタと手を動かす。扉を閉めろと言いたいらしい。

明石は執務室に入り、扉を閉めた。


室長がいる大きなデスクの手前には、客人用のソファとテーブルが置いてある。そのテーブルには、ビリビリに破かれた菓子折りの包装紙が散らばっていた。


「これは、さっきの……?」

室長の大きなデスクに目をやると、そこには開けられた菓子箱があった。

室長はこちらの視線に気づいたのか、慌てて菓子箱に覆い被さる。


「いっ、言わないでよっ!姉さんに!」


(その言葉が無ければ、隠れて食べていたとは分からなかったのだが……職員に配るために開けていたと言い訳もできたのに、不器用な人だな)


「室長。誤解なさっているようですが、自分は鹿鳴春花課長の腰巾着ではないのですよ。支所にいた頃、あの方と顔を合わせたのは2、3回程度です」

そう言うと、室長は安堵の表情を見せた。

「なんだ、そうなの」


ようやく警戒を解いてくれたようなので、菓子折りについて尋ねてみることにした。

「室長は、何故これを?」

バツの悪そうな顔をして、彼女は口を尖らせる。

「だってこれ、限定フレーバーなの!姉さんが選ぶといけないから、先にもらっておきたかったのよ……」


(えぇ、そんな理由で?今焦って食べなくても、とりあえずここに置いておけばいいのに)


だが、せっかく彼女と話ができるようになったので、ここで余計なことは言わない方がいいだろう。明石は思い浮かんだ感想をそっと内にしまっておいた。


室長は黙ったままの明石を伺っていたが、何かを閃いたように手を打った。

「そうだ!あんたにもあげる!」

「えっ?自分は別に――」

「ダメよ!ここで食べて、あんたも共犯になるの!」


そう言って、室長は菓子箱を手に迫って来た。

「さあ、室長命令よ!どれでも取りなさい!」

「は、はあ……」


菓子箱の中には、チョコレートを挟んだクッキーが並んでいた。様々な味のクッキーがあるが、ひとつの味につき2枚ずつしか入っていない。

(ミルク、ビター、ホワイト、ナッツ……ひとつ減っているストロベリーが限定だったのだろうな。自分はどれでも良いのだが、限定の味が完全に消えていれば、誰かに怪しまれるかもしれない)


とりあえず、ストロベリー以外を選ぶとしよう。

そう思いながら菓子箱の上に手を伸ばすと、室長の表情が変わる。必死な目つきで、明石の手の動きを追っている。


(その変化は何だ?取って欲しくないものがあるのか?)


表情を伺いながら、ゆっくりと手を動かしてみる。


「ええと、どれにしましょうか……」


手をあちこちにかざすと、室長の表情がコロコロと変わる。何だかババ抜きをしているようにも思えてきた。

やがて明石は、ミルクチョコレートのクッキーに近づくにつれて、室長が渋い顔をしていくことに気づいた。


「……では、こちらを頂きます」


熟考の末、明石はナッツが混じったチョコレートを用いたクッキーを手に取った。恐らく室長はミルクチョコレートのクッキーも食べたいのだろう。明石はそこから最も離れたナッツを選んだのだった。

明石の選択を見届けるなり、室長はパッと顔を輝かせた。

「ふーん、あんた、ナッツが好きなの!」

「ええ、まあ、苦手ではありません」


室長は、ミルクチョコレートのクッキーを手に取った。

「じゃあ、ついでにもう一個!これは家で食べようっと!」


やはり狙いの味だったらしい。


(結局3個なくなったのか。課長に気づかれないといいが)


室長は他の焼き菓子が盛られた編みかごに、残りのクッキーを混ぜた。

「これをオフィスに置いておけば、完全犯罪が成立するわ!……そういえば明石、あたしに何か用だった?」

「いえ、その、自分の待機場所を伺おうかと」

「あぁ、あんたはオフィスにしかデスクが無かったわね。それならここにいなさいよ」

「えっ、いいのですか?」

「ほら、そこのソファに座ってて!あたしは議員の皆さんに付き添わないといけないから、終わったらここに戻るわね」

そう言いながら、室長はデスクの一番下の引き出しを開け、何やら探し物をしている。

「ええと……あったあった!これ、あんたに出してあげる」

そう言って、彼女は大きな缶の菓子入れをテーブルに置いた。

「これ、あたしの備蓄!好きに食べていいわよ。じゃあ、また後でね!」


差し入れを追加した編みかごを手に、室長は去って行った。


ハイヒールの音が完全に聞こえなくなった後、明石はそっと缶を開けてみた。クッキー、飴玉、煎餅など、色々な菓子がぎゅっと詰め込まれている。


(これもお菓子か。こんなに甘いものが好きだなんて、可愛らしい一面があるのだな……)


明石はそっと缶を閉め、静かな部屋で、室長の帰りを座して待つのだった。

読んで頂きありがとうございます!

至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

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