【14話(8/9)】錬刃の残影
老年の運転手・狩野は車を磨いていた。
黒くなったクロスを畳み変えながら、離れの小屋を見やる。会議の途中で帰ってきた成海は、すぐにあの中で不貞寝してしまった。
(坊ちゃんのお話では、奥さまを侮辱され、激昂して鹿鳴家の議員に掴み掛かり、追い出されたとのこと。一体どなたに謝れば良いのでしょう?坊ちゃんが起きて平静を取り戻されたら、相手方の特徴を尋ねるとしますか……)
そこへ、若い警護班員が連れ立って訪ねてきた。
「おい、お前があのボンボンの従者だな?」
5人全員が宝刀を手にしている。
狩野はトランクルームにクロスを戻しながら応じる。
「私は猪狩家の運転手にございます。何用でしょう?」
すると若手たちがいきり立つ。
「こっちはボスをコケにされてんだ!落とし前をつけに来たんだよ!早くアイツを寄越しな!」
(ボス?警護班はあくまでも警護隊からの派遣。鹿鳴家と直接の上下関係があるなど考えられませんが……)
引っかかる点はあるものの、ここで質問返しをしても彼らを一層怒らせるだけだろう。
彼らを率いる人物の名前を聞き出し、お詫びの入れ方を考えるのが最善と見た。
「申し訳ございません。坊ちゃんは只今お休みになっております。後ほど、直接お詫びを――」
「ごちゃごちゃうるせえ!その坊ちゃんのツラを貸せって言ってんだよ!」
宝刀を見せつけながら詰め寄ってくる班員たちに対し、狩野は下がって間合いを保つ。
「お止め下さい。それ以上近づくようなら、こちらもこの宝刀を抜かねばなりません」
背後に隠し持っていた鞘入りの宝刀を見せると、班員たちはどよめいた。
「おい、いつの間に物騒なモン持ってやがる!」
「しかも鞘付き?高級品じゃねえか!運転手のジジイが持っていい宝具じゃねえだろ!」
(トランクルームを開けた隙に取り出していましたが、皆さま気づいておりませんでしたか)
班員たちは、宝刀を構えて狩野を取り囲む。
「皆さま、何卒ご容赦下さい」
「今さら許すかっての!やっちまえ!」
狩野は宝刀の柄に手を添えた。
5人全員が、一斉に宝刀を振りかぶって飛びかかってくる。
狩野はスッと腰を低く落とし、勢いよく鞘から宝刀を振り抜いた。
溶けた鉄のごとき、眩い赤橙色の一閃。
班員たちは声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
「……皆さま、何卒ご容赦下さい。私、手加減が苦手なものですから」
気を失った隊員たちを背にして、納刀する。
鍛刀のように燃え滾る刀身は、鞘の中に消えていった。
「――貴方に挑むとは、勇者か愚者か」
その声に、狩野は顔を綻ばせた。
「おや!これはこれは、総将さまではありませんか!」
視線の先には、白髪長躯の男が立っていた。
背後には2人の隊員を連れている。
「貴方にそう呼ばれるのは気恥ずかしいものです。どうか、あの頃の様にお呼び下さい」
「では……お久しぶりですね、水池さん」
「ご無沙汰しております、先輩」
総将は、倒れ伏した班員たちを一瞥する。
「貴方という刃は、今も錆びを知らぬ様ですね」
「何をおっしゃいますやら。私はお子さまを送迎するだけの運転手。冴えない教官だった時代はとうの昔にございます」
「全く、貴方は……まあ、貴方自身がそう仰るなら、此方から触れはしませぬ」
「ホホッ、お気遣い痛み入ります」
総将は連れの2人に振り向く。
「補佐官殿、秘書官殿。この者らをお願いします」
「はっ」
片方は倒れ伏した警護班員を担ぎ、もう片方はどこかへ連絡を取り始めた。
「水池さん、すみませんね。私が気絶させてしまったばかりに」
「お気になさらず。私も、貴方と二人きりの時間を持ちたかったものですから」
狩野は離れに総将を案内する。
「では水池さん、どうぞ中へ。お茶をご用意しましょう」
「いえ、時間も限られている故、構いませぬ」
「そうですか。では、こちらで少し話しましょう」
***
離れの縁側に腰掛けて、総将が話し始める。
「此度の会議に参じた目的の一つが、先輩へのご挨拶だったもので」
「おや、嬉しいことをおっしゃいますね」
「猪狩家の侍従になったとは聞き及んでおりましたが、御姿を拝見したのは初めてです。一体何があったのですか」
「ホホッ、どうもこうもございませんよ。家内の家業を手伝っているだけです」
総将の顔が微かに曇る。
彼が言いたいことは、狩野にも分かっていた。
「現在の貴方に比肩する者ですら、隊の中に何人いることやら。今一度、如何なる形でも助力頂けませぬか。侍従を務めながらの講師でも構いませぬ」
「総将ともあろう方にそこまで言われるとは、光栄なものですな。ですが私は、旦那さまよりご子息とご令嬢を預かった身。坊ちゃんとお嬢さまが一人前になられるまで、この立場に専念しとうございます」
「左様ですか……残念ではありますが、姫君のお側にいるのが他ならぬ貴方ならば、私も安心できます」
倒れた班員たちの引き渡しが終わったのか、総将の連れが戻って来た。
「では、失礼。姫君をお願い致します」
総将は深々と礼をして、去って行った。
***
狩野は車に戻り、座席に置いていた宝刀を手に取る。
何十年も握り続けた柄は、すっかり年季が入っている。
閃南の錬刃。
それが、隊員時代の狩野に贈られた称号だった。
煌都南部に位置する閃南郡。かつては煌都の一市四郡の中で、最も治安が悪かった場所だ。
そこへ派遣された彼は、溶炉のように赫い刀身を閃かせ、苛烈な剣技で暴徒を圧倒したのだった。
しかし、そんなものは全て昔話に過ぎない。
今は隊員でも教官でもない、ただの運転手なのだから。
宝刀をトランクルームにしまい、清掃用のクロスを取り出す。
そして何事もなかったかのように、再び車を磨き始めるのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




