【14話(6/9)】自分の言葉で
合同会議の真っ最中に消えた美咲。
その姿を探して、湊はあてもなく屋敷を歩いていた。
(この家、広すぎるだろ……どこから探せばいいんだ)
「止まりなさい、訓練生」
隊員が、湊の進路を塞ぐように梁から降り立った。
「げっ、警護班!」
「違う。私は総将の補佐官だ。鹿鳴の警護班には属していない」
会議には中高年のお偉いさんばかり来ていると思っていたが、この隊員は若い。研究員の明石と同じくらいだろうか。
しかし総将と同じく、隊服には様々なバッジがついている。補佐官というのは、ヒラの隊員ではないようだ。
「君、御使さまの同行者だな。会議にお戻り頂くよう、御使さまの説得を頼む」
「ってことは、美咲を見つけたんですか!」
「ああ。だが、祈念した結晶のごとき障壁に阻まれ、御身の確保は叶わなかった」
障壁というのは、湊が美咲を叱った時に触って感じた、バチッとする感覚のことだろう。
「御使さまのところまで案内する。着いてきてくれ」
***
補佐官は広い庭園の端を歩き続け、やがて立ち止まった。
美咲は大きな植え込みの陰に蹲っていた。腕には幼木を抱えている。会議中に美咲が抱きしめた時は桃色に輝いていたが、今はほんのりと白っぽさを灯しているのみだ。
(前に美咲が泣いてた時も、樹皮のピンク色が薄くなってた。やっぱり美咲の感情と連動してるっぽいな)
補佐官は美咲の近くに跪く。
「御使さま、失礼致します。付き添いの方をお連れ致しました。どうかお戻り下さいませ」
美咲は湊を見るなり慌てて立ち上がろうとしたが、その勢いで尻餅をついてしまった。
「美咲、逃げないで!俺、怒らないよ」
そう言いながら、湊は歩み寄って膝をつく。
「うぅ、きらわないでぇ……」
「美咲、何で逃げたの?嫌わないし怒らないけど、ちゃんと言わなきゃ分かんないよ」
「だって、だって……ようちえん、やめちゃやだもんっ……みんなだめっていう……」
美咲は会議の内容を分かっていないと思っていたが、どうやら伝わっていたらしい。
「そっか……美咲、毎日楽しく行ってるもんね。幼稚園好きだもんね」
そう話しかけると、美咲は幼木を持ったまま、湊に突進して胸に飛び込んできた。
(やべっ!枝が当たる!)
しかし枝と美咲に触れても、バチッとくる痛みは感じなかった。神木も空気を読むのだろうか。
「みなとさぁん!みさきっ、ようちえんすきなのぉ!みんなといっしょがいいのぉ!」
美咲は大声で泣きじゃくる。
傍で見守っていた補佐官が、そっと美咲にハンカチを差し出す。
美咲はハンカチを掴むなり、ズルズルと音を立てて鼻をかんだ。
「あっ!美咲!」
しかし補佐官は顔色ひとつ変えずに鼻水まみれのハンカチを受け取り、綺麗な面が出るように畳み直してから再び渡した。
湊は美咲が落ち着くまで、背中を撫でてやることにした。
***
「……あの、補佐官さん?でしたっけ?」
「ああ、そうだ。どうした?」
「美咲は子どもですけど、御使って偉いんですよね?美咲が幼稚園に行きたいって直接訴えたら、従ってもらえるんでしょうか」
「それは私にも分からない。ただ、第二の投票用紙は御使さまの処遇の決議に使うとは聞いている。御使さまの主張を聞いて頂き、決議の投票に反映させることは可能だろう」
(まあ、やらないよりはやってみた方がいいよな)
湊は落ち着いてきた美咲に話しかけた。
「美咲。みんなにさ、幼稚園行きたいって言ってみよ」
美咲は湊の肩に顔を埋めた。
「うぅん、だめっていうもん」
「でも美咲、みんなに行きたいって言ったことある?俺にしか言ってないんじゃない?」
「うぅ……」
「俺が言うんじゃだめ。美咲が自分で言ってみよ。幼稚園行きたいですって」
美咲は湊に顔を埋めたまま、チラッと補佐官の方を見る。
「ん……うぅっ、ようちえん、いきたいですっ」
補佐官は穏やかな顔で美咲に礼をする。
「申し訳ありません、私にはお答えする権限がないのです」
「補佐官さん、ちょっと!空気読んで下さいよ!」
湊がそう言うと、補佐官は美咲に向かって微笑む。
「でも、練習はばっちりですね。あちらに戻ったら、今のように言えますか?」
美咲はこくりと頷いた。
「では、戻りましょう。皆さまがお待ちです」
***
広間では、試し刷りに載っていた明石の考察について、議論が繰り広げられていた。
神事局の局員が、課長に質問する。
「では、指導課長。御使さまの行動と、神木さまの御子の生長との間に関連性は無いということですか?」
「断言はできません。ですが、関連づけるには早計であると考えています」
「ならば、これまで通りの生活をしていれば、更なる変化を見込める可能性はゼロではないと?」
「ええ。ただ、御使さまをお預かりする時間がある弊室と致しましては、御使さまが危機に見舞われるリスクを看過できません」
「……総将、如何でしょうか?」
局員から意見を仰がれ、総将が口を開く。
「私から申し上げられることとして……姫君の安全より、神なる幼樹の将来性と、姫君の教育に重きを置いてよろしいかと」
「それは一体?御使さまの警護は、現状問題がないということでしょうか?」
その時、背後の扉が開いた。補佐官が扉を支えて、美咲を抱いた湊を誘導する。
係員が幼木の載っていたカートを持ってくる。美咲に幼木を返却させて、湊は再び広間の中央へと戻った。
総将が補佐官に労いの言葉をかける。
「補佐官殿、ご苦労様でした。姫君はどちらへ?」
「庭木の陰に蹲っておいででした。お怪我はありません。理由はご自分で仰るとのことです」
そう言って補佐官は湊の隣に立ち、目配せをしてきた。
湊は美咲を抱いたまま、小声で促す。
「ほら美咲、さっきみたいに言ってごらん」
美咲は抱っこされたまま、湊の耳元でぽそぽそと声を出す。
「みっ……みさき、ようちえん、……」
「美咲、みんなに聞こえるように、大きい声でね。ちゃんと言わなきゃみんなに伝わらないよ」
「んっ……んぐっ……」
美咲の身体が震え始める。
(また泣き始めた。大勢の前じゃ無理か)
湊が諦めて美咲を椅子に座らせようとした時、美咲が大きく息を吸い込んだ。
「ようちえんっ!ようちえんっ!いきたいですぅーっ!」
「うわっ!?」
(ビックリした!鼓膜が破れるかと思った!)
しかし美咲はさらに叫ぶ。
「ようちえんっ!いきたいですぅ!ようちえんっ!いきたいですっ……うあぁ〜んっ!」
美咲は顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。
何度も叫び声を喰らい、片耳がおかしくなった気がする。
でも、この子がこんなに大きい声を出せるとは思わなかった。伝えようと一生懸命に頑張ったのだろう。
湊が美咲を宥めていると、隣の補佐官が話し始めた。
「御使さまはこの議論の雲行きに心を痛め、出て行かれたのです。ご自分の心中を打ち明ける決心をなさり、戻って来られました」
黒マスクの男、冬雪が立ち上がる。
「おい、さっきまでそんなこと言ってなかったじゃねえか。お前ら、出て行った間に何か吹き込んだんじゃねえだろうなぁ?」
(あいつ、嫌なことしか言わないな。マジで黙ってろよ……!)
「あんた、美咲の何を知って――」
補佐官が、反論しかけた湊を腕で制した。
穏やかな顔で湊に首を振ってから、冬雪に一礼する。
「私は、御使さまにお戻り頂くよう命を受けただけの身。中立的な立場であると自負しております。確かに御使さまはご自分で、幼稚園を辞めたくないと仰っておりました」
幼稚園というワードに反応して、再び美咲が叫ぶ。
「ようちえん!ようちえんいきたいですっ!」
広間には、美咲に同情する雰囲気が漂い始めた。
議員席から中年の男が手を挙げる。
「まあ、御使さまも泣くほど訴えておられますし、今までと同じように通園されても良いのでは?」
課長が議員の男をキッと睨む。
「なら、何かあったらあなたが責任を取ってくれるの?」
「そ、それは……」
「外野が無責任なことを言わないでちょうだい」
進行役が話を戻す。
「総将さま。御使さまがお戻りになる前に仰っておられた、御使さまの安全確保に関してですが……今一度、伺っても?」
総将は深く頷く。
「まず、姫君のご家庭にいる従者は、私が実力を知る者です。その者の庇護下にある限り、安全性は鹿鳴本家に劣らぬと保証します」
(従者?狩野さんのことか?そういえば、昔は訓練校の教官をやってたんだっけ)
「そして、送迎や研究室における身辺警護に関しては、登用試験を通過した訓練生に任務として言い渡しております」
(登用試験?訓練生?……俺!?)
会場の視線が湊に集まる。
「えーっと……どうも。訓練生の、湊です」
ぺこりとお辞儀をすると、会場がざわつく。
「家族にしては一人だけ似ていないと思ったら……」
「しかし、訓練生を御使さまの身辺警護に登用するとは……ちゃんとした隊員は派遣できないのか?」
総将が手を挙げると、広間は静まり返った。
「秘書官殿。当該訓練生の情報はすぐに出ますか?」
秘書官と呼ばれた男が端末を片手に、総将の背後から立ち上がる。
「えー……湊陽輝訓練生、1年、実行部隊志望。祈りの時間において教典を暗唱したことから、加護の付与は長期記憶かと推察。御使さまの身辺警護中、灯西から脱走した受刑者と遭遇するも、事なきを得たとの記載あり」
(いきなり何?そんなことまで共有されてんの?)
総将は秘書官の読み上げを聞き、再び手を挙げた。
「指導課長殿の仰っていた、危害を加えられかねなかった事案。その際に姫君をお守りしたということは、任務を遂行した証左。指導課長殿、この認識には相違ありませぬか?」
総将に問われ、課長が立ち上がる。
「確かにその訓練生は、御使さまを危機から遠ざけることに成功しました。ですが、その役割は今後も彼でないといけないのでしょうか?」
そう言って、課長は秘書官に目をやる。
「ねえ、秘書官さん?あなた、肝心なところを読まれていないんじゃない?私の持つ情報とは随分違うのだけど」
課長はバインダーを手に取り、何かを読み上げる。
「訓練生、湊陽輝。入学当初より繁華街で深夜の呼び込みアルバイトを続け、出席日数は早くも留年処分に近づいている。さらには上級生に対して暴力行為を働き、全治2週間の怪我を負わせた」
(はぁ!?ちょっと膝入れただけで全治2週間!?んなわけないだろ!どこ情報だよ!)
課長は湊と目を合わせようともせず、局員席に問いかける。
「こんな素行不良の生徒を御使さまに近づけるなど、正気の沙汰ではありません。任命したのはどなた?」
総将が秘書官に尋ねる。
「秘書官殿、当該任務の依頼者はすぐに分かりますか」
「……いえ、アクセスの権限が無いようです。本部に開示請求を出さねばなりません」
「ふむ、どうしたものか。指導課長殿、この件に関しましては後日連絡を――」
総将の言葉を課長が遮る。
「いいえ。総将さま、その必要はございません。開示請求が必要だなんて、そちらの幹部が関わっているとしか思えません。総将さまがご存知でないだけで、この中にいらっしゃるんじゃないかしら?」
課長は局員席を睨みつけるようにじっと見渡す。
会場に、ビリッとした緊張感が走る。
「さあ、この私に断りを入れずに、研究室に出入りする人間を決めたのはどなた?教えて下さいな」
誰も手を挙げず、重苦しい沈黙が続く。
その時、課長の隣に座っていた室長が、ゆっくりと立ち上がった。
「姉さん。あたしが、責任取るから」
か細い声だが、はっきりと聞こえた。
議長席から茅秋が身を乗り出す。
「お姉、バカ!黙ってろ!」
「通園も任務も、あたしが責任取る。それでいいでしょう?」
課長は局員席への追及をやめ、室長を一瞥する。
「言ったわね、雷夏?」
「ええ。あたしなんて、どうせ何もできない雑魚なんだから。できるのはそれくらいでしょう」
茅秋は舌打ちして天を仰いだ。
課長は微笑みを取り戻し、総将に礼をした。
「先程は取り乱してしまい、大変失礼致しました。弊室の職員が責任の所在を明示しましたので、私も異論はありません」
総将は礼を返す。
「此方こそ、詳細の把握ができておらず、相済みませぬ。では、姫君と訓練生は現行通りという前提で、議論を続けましょう」
ずっと側にいた補佐官は、美咲の手からそっとハンカチを取った。
「それ、鼻水まみれで汚いですよ。後で洗って返します」
湊がそう言うと、補佐官は穏やかな笑みを湛えて首を振る。
「構いません。湊訓練生、御使さまをお願いしますね」
そう言い残し、補佐官は局員席に戻って行ったのだった。
***
その後、投票の決議により、美咲の通園と湊の任務は正式に認められた。
ただし、その後の話し合いで、鹿鳴家の専属警護班を美咲の監視に充てることが決まった。
監視の班員がどのくらいの距離にいるのか分からないが、これで美咲を狙う人間が現れても大丈夫そうだ。
進行役が閉会の辞を述べる頃、いつの間にか総将はいなくなっていた。連れ立っていた補佐官と秘書官もいない。
各自解散が告げられた後、議員席から室長がこちらに歩いてきた。
「あんたたち、お疲れ様」
「あっ、おねいちゃん!」
美咲が室長に駆け寄る。
「おねいちゃん!みさき、ようちえんいきたいのぉ!でも、でもっ、みんなだめっていうのぉ!」
室長は自身の長いネイルを見てから、手の甲でそっと美咲の頭を撫でた。
「大丈夫よ。私が行かせてあげるわ」
「えっ!ほんとぉ!?」
「本当。皆さん賛成して下さったのよ」
「じゃあ、ずっとようちえんいける!?」
「ええ。幼稚園も小学校も、中学校も行けばいいわ」
「やったぁー!」
美咲が室長に飛びつくのを微笑ましく眺めていると、いきなり背後から耳をグイッと引っ張られた。
「いってぇ!何すんだよ!」
振り返ると、怒り心頭の課長の顔があった。
「あっ……」
「それはこっちの台詞。あなた、随分と勝手なことをするのね。そういうところ、そっくりだわ」
課長は耳を掴んだまま、どこかへ引っ張って行く。
「痛い痛い!離して下さい!」
「黙りなさい。雷夏、その子は先に返しておいて」
室長と美咲を残し、湊は課長に連行されるのだった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




