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【14話(5/9)】思惑と逃走

合同緊急会議の本題、美咲の今後の処遇。

課長が美咲の登園に反対なのは、既に分かっていたことだ。この会議で通園を止めるように提案してくるのは予想していた。

しかし、課長が最初に切り出した内容は「美咲を鹿鳴家で預かる」ことだった。


「先日、灯西で受刑者の脱走事件がありました。その折に御使さまが受刑者と遭遇し、危害を加えられかねない事態に陥りました」


課長はスラスラと話しているが、肝心な内容はあえて避けている。

(あいつらは課長を狙ってただろ!美咲は関係ない!課長が囚人の恨みを買ってなければ起きなかった事件だ!)


「武に秀でた猪狩家とはいえ、御使さまのご自宅は現在古びたアパートであり、従者2人と兄としか暮らしておりません。当家ならば専属警護班の保護下であり、より安全性が担保されると考えます」


会場全体に、納得した雰囲気が漂い始める。


「また、鹿鳴家で御使に選ばれた者は、専属の家庭教師により、相応の教育を受けることが決まっております。煌都と三閥の歴史、神木にまつわる儀式、それに伴う稽古など。議長の茅秋もこの風体ですが、その教育は受けております」


議員席で胡座をかいていた茅秋は舌打ちをしたが、課長の弁論には口を挟まなかった。


「現状、御使さまは古いアパートから一般の幼稚園に通っております。しかし、御使さまの保護、そして教育の両面から考えましても、鹿鳴家で過ごし、教育を受けることに専念されるのが妥当かと存じます」


課長の意見に異を唱える者は誰もいない。


(待て待て!何でみんな通園の禁止を受け入れるんだ?明石さんが、幼稚園で色んな体験をすることが大事だって資料に書いてくれたのに!)


湊はふと、椅子の下に資料が落ちているのに気がついた。成海が議員席で暴れた際、誰かの資料がここまで飛んできたようだ。

拾い上げて、最後のページを確認する。


(……やっぱり!配られてる資料には、明石さんが足してくれたページが無い!)


課長は局員席からの質問に対して答弁をしている。

「ええ、私共きょうだいは学校に通っておらず、それぞれに専属の家庭教師がついておりました。これは鹿鳴家の慣例ですが、御使さまである彼女にも適用できるかと。両親が逝去しているため、必要ならば鹿鳴家の養女にすることも検討致します」


(養女!?成海さんがこの場にいないからって勝手なことを!)


課長は最初から美咲を鹿鳴家に引き入れるつもりだったのだろう。そうすれば、課長の大好きな「管理」が捗る。美咲の通園に反対していたのもそうだ。


(このままじゃどんどん話が進んでしまう!成海さんはいないし……そうだ、室長さん!前に美咲を幼稚園に行かせてあげたいって言ってたのに!)


室長と目があったが、彼女は申し訳なさそうに見つめ返してくるだけだ。


(室長さん、ダメそうだな。ここは俺が言うしかないか。俺まで追い出されなきゃいいけど)


意を決して、湊は手を挙げた。

「あの、ちょっといいですか」


課長は案の定、こちらを睨んでくる。

「いいえ。あなたは御使さまの付き添い。発言権はありません」

「でもその資料、最後のページを印刷し忘れてますよ。課長さん、まさかわざとそんなことをするわけがないですよね?だから教えてあげた方がいいかなぁって」

とぼけたフリをして、美咲を膝から下ろした。


「主観の入りすぎた意見は議論を損なう。あえて削除したのよ、あなたが心配することじゃない」

それでも見せに行こうと歩き出すと、控えていた警護班員に取り押さえられた。

「おい、勝手に動くな!」


(課長さんの手に渡ったら回収される。見せるなら局員席だ!)

湊は班員に揉まれながらも、明石の試し刷りを局員席の方へ投げた。


***


美咲はさくらちゃんと一緒に、湊さんがおじさんたちと喧嘩するところを見ていた。


(おにいちゃんもみなとさんも、けんかしてる……おにいちゃん、まけちゃったのかなぁ)


美咲の幼稚園を巡って、みんなが戦っている。

何となくだが、それは分かっていた。


(みさき、ようちえんだめなの?みなとさん、がんばってるけど、だめなのかなぁ?)


湊さんがこの喧嘩に負けたら、お兄ちゃんみたいに外へ連れて行かれるのだろうか。

そしたら美咲はひとりぼっちになってしまう。


(どうしよう……みさき、どうしよう……)


湊さんのところに、たくさんの大きなおじさんが集まっている。

みんな美咲の幼稚園を反対してる。

だから湊さんと喧嘩してるんだ。


(ようちえん、だめになる?また、おへやにいなくちゃいけないの?)


ここでのお話で、幼稚園はダメだって決まっちゃうかもしれない。

そしたら、もう幼稚園のみんなに会えなくなっちゃう。

そう思うと、心がキュッとなって、涙がぽろりとこぼれ落ちた。


さくらちゃんが心配して話しかけてくる。

『美咲、大丈夫?とっても不安になってる!』

「さくらちゃんっ、みさき、どうしようっ……!」

『さくらが導いてあげる!美咲が望むこと、さくらにお願いしてちょうだい!』


***


「皆様、お静かに!」


凛とした女性の声が通り、騒然としていた会場は静まり返った。

湊を押さえていた班員も、手を緩めた。


「御使さまのお姿が見えませぬ。どちらへ?」


湊はその言葉にドキッとして振り返った。


……美咲がいなくなっている。


さっきまでそこにいたのに、幼木と共に消えてしまった。


その時、奥の扉がバタンと閉まる音がした。


「美咲!?」


湊の脳裏に、研究室の重いガラス扉を軽々と開けた美咲が思い起こされた。


(もしかして、またあの木の力で逃げたのか!?)


「このっ、離せっ!」

湊は警護班を振り切り、出口へと走った。


「逃げたぞ!追え!」

班員が追いかけようとすると、総将が手を挙げた。

「待たれよ。補佐官殿」

その言葉を受け、背後に控えていた若い隊員が立ち上がる。

「はっ」

そして、音ひとつ立てず、風のように走り去って行った。


総将は進行役のもとに歩み寄り、資料を差し出す。

進行役は一礼して、資料を受け取った。

それは湊が投げた試し刷りだった。

「最後のページ、皆に向けてご一読を」


すかさず課長が総将に申し出る。

「お言葉ですが、総将さま。そのページは、弊室の研究員が独断で作成したものにございます。主観の入りすぎた意見ゆえ、議論には相応しくないかと」

「左様ですか。然し、指導課長殿の御名前は、研究に疎い私でも存じております。高名なる貴女様の下で働く研究者の考察とあらば、我々にとっては貴重な参考意見であります。此方を共有した後、貴女様から更なるご意見を頂戴できましたら、より一層の充実した議論が期待できるかと愚考しますが、如何でしょう」


しばしの沈黙の後、課長は静かに微笑んだ。

「……承知致しました。私共には勿体ない評価、大変光栄にございます。総将さまのお役に立ちますと幸いです」


課長は一礼して座った。

人差し指が、トントンと膝を打つ。


(……ったく、何なの、あのおっさん!私への嫌がらせなのか、素でアレなのかも分かんないし、やりにくいったらありゃしない!誰が呼んだわけ?早く本部に戻りなさいよ!)


心の中では悪態を吐きながらも、平静を装う課長なのだった。

読んで頂きありがとうございます!

至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

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