【13話(1/3)】新たな力
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を任務として請け負っている。
幼稚園が終わった美咲を研究室に連れて行き、美咲と神木の測定を手伝っているのだった。
そしてある日、美咲の思いに神木の苗木が応え、目に見える形で意思疎通が証明された。神木の託宣を受け取る、幼い御使の処遇を決めるための緊急会議が迫っていた。
ある日の放課後。研究室の部屋にて、湊は美咲を見守りながら、授業の課題に取り組んでいた。
「ねぇ、さくらちゃん、これねぇ、すべりだいね。そいで、ぶらんこ……」
美咲は幼木の鉢を膝に抱え、色鉛筆で幼稚園の遊具を描いている。
(また話してる。一応メモっとくか)
湊は傍に置いていた美咲の記録ノートを手に取り、簡単に会話内容を記す。
(美咲、前よりめちゃくちゃ喋るようになってるよな。幼稚園で他の子どもと話すようになったからとか、関係あるのかな。それとも、そんなにあいつがかわいいのかな……色が変わっただけなのに)
桜の色が移ってほしい。
そんな美咲の願いに応え、翡翠色だった幼木は、桃色へと姿を変えた。本来の桜色よりもピンクが濃いが、美咲の桜へのイメージが反映されているようだ。
美咲は桃色の姿にいたく喜び、以前よりも幼木と共に行動するようになった。
研究室の外へは持ち出せないが、幼稚園を終えて家族の迎えを待つ数時間、美咲は絶えず幼木を撫で、しきりに話しかけるのだった。
「あとはねぇ、ここにさくらちゃんかこうねぇ!……あぁーっ、みなとさぁん!ぴんくない!」
「はいはい、待ってて。出すから」
美咲はよく幼木の絵を描いている。ピンクの色鉛筆ばかり消費するので、ピンクだけを数本買っておいたのだった。
***
美咲が夢中で絵を描いている中、湊の通信機に通知が入ってきた。
(今日の迎えは狩野さんか。いつもより早いな。本家の仕事、もう終われたんだ)
美咲を迎えに来る前に、兄の成海か、侍従の狩野が連絡を入れてくる。
なぜ美咲がいる部屋まで迎えに来ないのか聞いたことがあったが、どうやら課長が猪狩家の人間を建物に入れたくないらしい。
三閥と呼ばれる3つの名家は不仲であり、互いの領分には干渉しないことになっている。これは煌都の常識だったが、まさか建物に立ち入ることまで憚られるとは知らなかった。
(家が不仲だって言っても、美咲はここに来なきゃいけないんだから、ちょっとは融通きかせたらいいのに……)
湊は立ち上がり、美咲に片付けを促す。
「美咲、あと5分くらいでお迎え来るって。支度しな」
「んー……」
美咲は色鉛筆を握ったまま、顔を上げない。
「美咲、聞こえてるでしょ?お片付けして」
「んー、もうちょっと!」
「ダメだよ、明日続きを描けばいいんだから」
湊がスケッチブックを閉じようと手を伸ばすと、美咲はスケッチブックに覆い被さる。
「んーん!もうちょっと〜!」
「悪い子しないの。終わりったら終わり!」
「むぅーっ!やだぁ!」
子どもなのだから、機嫌が良い時も悪い時もある。今日の美咲は言うことを聞かないようだった。
(測定の時も、絵を描いてる時も、そんな不機嫌じゃなかったのに……狩野さんがせっかく早く来れるんだから、待たせちゃいけない)
「美咲、早く片付けな!」
語気を強めると、美咲の目がキッと吊り上がった。
「いやっ!やだーっ!」
湊は美咲の手からピンクの色鉛筆を取り上げようとした。しかし、小さな指が力を込めて抵抗する。
「ほら、収めるの!」
「いやっ!まだやるのぉーっ!」
湊は美咲の拳を無理矢理こじ開け、色鉛筆を奪い取った。
「かしてぇ!まだやるのぉ!」
「貸さない!やらない!帰るの!」
「いやぁ!かえらない!ここにいるーっ!」
「あー、もういい!そんなん言う子は引きずってく!」
湊は美咲のリュックサックとポシェットを肩にかけ、幼木とスケッチブックを抱えた美咲の腕を引っ張った。
美咲は足をバタつかせるが、お尻はズルズルとカーペットを滑り、すぐに部屋の外まで引きずり出すことができた。
「はい、それ返して!明石さんに持ってくから!」
美咲の腕から幼木の鉢をもぎ取ろうとすると、美咲は大声で抵抗した。
「やだぁー!さくらちゃんといるのぉ!さくらちゃ〜ん!」
その瞬間、湊の両手に桃色の火花がバチッと爆ぜた。
「っ!?」
幼木には触れていないはずだ。しかし、直に触れた時と同じ、強い静電気のような衝撃だった。
手のひらを確認したが、傷や焼け跡などは無い。
「ん!てつだって!」
美咲は立ち上がり、幼木とスケッチブックをしっかりと抱え直した。
「美咲!何言ったの!それ渡しな!」
「いやっ!」
美咲は身体をぶんぶん捻って湊の手を跳ね除けた。美咲の肩が手に当たった瞬間、再びバチッと衝撃が走った。
「っ!」
(いってぇ!やっぱり幼木には当たってない!美咲に触るだけでバチバチなってる!何でだよ!?)
思わず手を引っ込めると、美咲はその隙に走り出した。
「あっ、美咲!」
美咲はふわりふわりと廊下を飛び歩き、階段へ消えていった。まるで重力を感じさせない動きに、湊は目を疑った。
(何だ、今の!?この長い廊下を2歩で行かなかったか?)
美咲の後を追い、階段を駆け降りる。
(オフィスまで言いに行く時間はない。あの飛ぶような走り方で逃げられたらマジで追いつけない!出て行く前に捕まえないと!)
階段から出入り口を確認すると、美咲はまだ扉の前に立っていた。足元に幼木の鉢とスケッチブックを置き、両手で懸命にガラス扉を押している。
「んーっ、あかないよぅ!」
(そっか!美咲はここ、重くて開けられないんだっけ。良かった……)
「美咲!止まりな!」
湊が階段から降りてくるのを見て、美咲は慌てて鉢を抱き上げる。
「さくらちゃん!あけてぇーっ!」
美咲は片腕に鉢を抱え、扉を押す。すると、片手を軽くついただけで、重たいガラス扉がいとも簡単に開いた。
(マジかよ!?)
美咲は鉢とスケッチブックを両方持って行こうとして、開いた扉の間でもたついている。
(ヤバい!外に逃げたら追いつけない!美咲を足止めできることを言わないと!)
湊は咄嗟に叫んだ。
「あーあ!普通じゃないなぁー!」
扉の隙間から出ようとしていた美咲は、ピタリと足を止めた。
「美咲、普通になりたいって言ってたのになぁ!普通の子はそんなことしないのになぁ!もう普通はいいのかぁ!」
美咲は顔をムッとさせ、こちらを向いた。
ひとまず足止めは成功だ。
しかし、無策で美咲を捕まえようとしても、きっとまた火花が散るだろう。あれが邪魔をする限り、美咲の身体には触れられない。何とかして、あの火花が出ないようにしないと。
美咲はこちらに向かって叫ぶ。
「みさき、ふつうだもんっ!みなとさん、みさきがふつうっていった!」
「そうだね。でも、自分で考えてみな。今の美咲はほんとに普通だって思う?」
美咲に声をかけながら、ゆっくり歩み寄る。
「普通の子は、木にお願いして悪いことしないよ?」
「んっ……むぅ……」
美咲はむくれた顔で俯く。
自分が悪いことをしている自覚はあるらしい。
「美咲、普通になりたいんでしょ?だったら、手伝ってもらっちゃダメだよ。美咲の友達はそんなことしないでしょ?」
「さくらちゃんも、おともだちだもん……」
「別に友達でもいいよ。でも、幼稚園の友達は、幼稚園で美咲と同じ力を使ってんの?」
美咲はか細く唸って首を横に振る。
湊は美咲の前にゆっくりと跪いて、視線を合わせる。
「でしょ?幼稚園のみんなと同じようにできなきゃ、幼稚園には行けないよ」
湊は美咲の肩にそっと触れた。
火花は散らず、柔らかい感触とあたたかい体温が伝わってきた。
「そいつと遊んだり、話したりするのは、ここでだけ。それで、遊んだ内容とか話した内容、教えて。分かった?」
「……ん」
「あと、ずっとはダメだよ。お家でみんなが待ってるんだから。お片付けって言ったら、お片付けね。それも幼稚園でやってるでしょ?」
「……んんっ」
美咲は俯いたまま唸る。
「分かったら、そいつとバイバイしな」
「……そいつじゃない。さくらちゃん」
「はいはい、さくらね。バイバイしたら、俺が返しに行くから」
湊が手を差し出すと、美咲は幼木と会話をする。
「ん……さくらちゃん、ばいばい……ううん……うん、またね」
美咲は幼木に別れを告げ、湊に鉢を渡した。
気がつくと、扉の向こうで狩野が心配そうにこちらを見ている。
「お嬢様に何かございましたか?」
「いつもより帰りたがらなかったってだけです。でも、御使の力が前より強くなってるみたいで」
湊は狩野に、美咲の身体からも火花が散ったこと、ふわりと飛び歩いたこと、重たい扉を軽々と開けたことを話した。
「左様ですか。家ではそのようなことはありませんでしたが、やはり神木さまの御力なのでしょうか……職員の方は何と?」
「今起こったことなので、まだ言えてないです。後で言っときます」
「ええ、よろしくお願い申し上げます。私の方からも、お嬢様に変わったことがあればお伝えします」
そう言った後、狩野は視線を彼方に向けた。
「陽輝さま、何やら余所者の気配が致します。神木さまの御子が人目に触れぬよう、速やかにお持ち下さい」
「そうですね。じゃあ俺はこれで」
美咲から幼木とスケッチブックを回収し、湊は3階のオフィスに向かった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




