【12話(5/5)】猪狩成海の代償
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲の身辺警護を任務として請け負っている。
幼稚園が終わった美咲を研究室に連れて行き、美咲と神木の測定を手伝っているのだった。
そんな美咲には、歳の離れた兄・成海がいる。成海はいつか叔父に奪われた生家を取り戻すことを夢見ながら、今は兄妹仲睦まじく、小さなアパートに身を寄せているのだった。
帰りの車の中、成海は半泣きで膝を抱えていた。服や髪は砂っぽく、踏みつけられた脚が痛い。
「どうしてだよっ……強くなれたと思っていたのに!また負けてしまった……父さん、ごめん……」
決闘の規則に基づき、猪牙刀は啓三の蒐集品のひとつに加えられた。
あれは父の形見同然だった。決して失いたくなかった。
狩野は車を運転しながら、静かに切り出す。
「私は、幼い頃より稽古にお供して参りました。ですので、旦那さまに似た蛮勇なるお力が、坊ちゃんの中にも眠っていると確信しております。今回はその本領が見えるかと思いましたが……まだ足りなかったようですね」
「狩野、僕には何が足りないんだ?どんな稽古を積めばいい?」
「坊ちゃん。貴方さまは何のために決闘に挑まれるのですか?」
「何を言ってる?奪われた家を、父さんと母さんを取り戻すんだよ!」
「……お言葉ですが、今の坊ちゃんは一番の目的を忘れておいでです。過去への執着が真っ先に口をつくようでは、次に何を賭けたとて、負けてしまうでしょう」
「何だよ!何が言いたいんだ!もう、みんな嫌いだぁっ……!」
涙はズボンの膝に染み込み、擦りむいた膝がヒリヒリと痛む。
敗北に打ちひしがれる成海を乗せて、車は研究室に向かうのだった。
***
湊と美咲が研究室を出ると、外は夕陽が差していた。
黒い車から、ぼろぼろになった成海が、よろよろと降りてくる。
「成海さん!?どうしたんですか、その怪我!」
「はぁ、だめだったよ……情けないね……」
湊はチラッと運転席の狩野に目をやる。
深掘りするなとでも言うように、狩野は首を振った。
「おにいちゃんっ!」
美咲は成海の足元に駆け寄った。また成海が美咲を蹴るのではないかとヒヤヒヤしたが、成海はいつも通りに美咲を抱きしめた。
成海の腕の中で、美咲は捲し立てる。
「おにいちゃん!あのねぇ、みさきのおもいで、さくら!」
「桜?」
「うん!みさき、あかちゃんだから、おとうさんがだっこしてたの。そいで、ひらひら〜ってなるから、ずっとみてたの。でね、おかあさんとおにいちゃんは、ちかくでわらってるの」
成海は目を丸くして、美咲を見つめる。
「美咲……?」
「さくら!みさきと、おとうさんと、おかあさんと、おにいちゃんのおもいで!そうでしょ!」
美咲の話を聞いて、湊は合点がいった。
「なるほどね……美咲、桜が好きだって言ってたんです。思い出の花だから好きだったんですね」
美咲は成海の肩に額を押し付ける。
「おにいちゃん!みさき、おとうさんのだっこもしってるし、おかあさんのこえもしってるもん!しらないでしょっていわないで!」
「……そうか。ごめん、本当に覚えていたんだね」
成海は、美咲を撫でるうちにはたと気づいた。
(ああ、そうだ!僕は、美咲を守るために決闘に挑んだんだ!なのに、両親のことばかり気にして、美咲を蔑ろにした……)
「ごめんっ……ごめんね、美咲っ」
成海は声を震わせて美咲を抱きしめた。
「おにいちゃん〜?」
美咲は不思議そうに声を上げる。
「おにいちゃん、どしたの〜?」
「僕、何やってるんだろう……美咲が一番大事なのに、あんなことしちゃって……ごめんねっ……」
湊は離れて2人を見守っていた。
(何があったか知んないけど、仲直りできたみたいだな)
抱きしめられたまま、美咲は無理矢理ピョンピョンと跳ねる。
「おにいちゃん、おうちかえる!」
「そうだね、美咲」
成海は目尻に溜まった涙を拭い、美咲の手を握った。
「帰ろう。僕らの家に」
ぼんやりとした夕日に包まれて、兄妹は帰って行ったのだった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!
 




