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【12話(3/5)】旧家の決闘

神木の加護を受ける街・煌都(こうと)

訓練校の新入生・(みなと) 陽輝(はるき)は、神木と意思疎通できる女児・猪狩(いかり)美咲(みさき)の身辺警護を任務として請け負っている。

幼稚園が終わった美咲を研究室に連れて行き、美咲と神木の測定を手伝っているのだった。

そんな美咲には、歳の離れた兄・成海(なるみ)がいる。成海はいつか叔父に奪われた生家を取り戻すことを夢見ながら、今は兄妹仲睦まじく、小さなアパートに身を寄せているのだった。

狩野の車は大きな門を潜り、敷地を進んでいく。

かつて、成海たち家族が過ごしていた家。今は叔父に奪われた家。

その一画に車を停め、邸宅へと向かった。


成海が住んでいた頃、この敷地は色とりどりの花で埋め尽くされていた。四季に合わせて様々な花が楽しめるよう、母が庭師をこまめに手配していたのだ。

しかし、今や整備してあった花壇は撤去され、植物を植えるための黒土も剥がされている。剥き出しの砂地にはコンクリートが流し込まれ、派手な色のオープンカーが何台も停まっていた。


「見なよ、狩野。荒れた庭、趣味の悪い高級車。この家も、僕らの手を離れて悲しんでいるよ」


庭園だった道を歩いていると、黒髪を束ねたスーツ姿の女性が出迎えに来た。

「お二人とも、ようこそお越し下さいました。僭越ながら、当家の侍従を務めます私がご案内させて頂きます」

落ち着いた声の、真面目そうな女性だ。

狩野は彼女に微笑みかける。

「これは美晴(みはる)さん。久方ぶりですね」

「伯父さん、大変ご無沙汰しております」


狩野が女性を紹介する。

「坊ちゃん、彼女は狩野美晴(みはる)さん。家内の姪に当たります。新卒ですが、幼い頃から家内と私が手解きしました故、家事手伝いは勿論、体術の心得もあります」


成海は、ふくよかで包容力のある弥生を思い浮かべる。

(弥生と違ってスレンダーで凛々しいな。まあ、伯母と姪だからってそんなに似ないか)


女性の侍従にしては珍しく、スカートではない。すらりと伸びたスラックスの先には、磨かれたパンプスを履いている。

(ヒールは……高くないな)


「どうなさいましたか?」

成海は美晴を見る。視線を少し高く上げなければならない。

「いや……弥生と違って背が高いんだね」

「そうでしょうか?自分では然程。では、参りましょうか」


***


屋敷の内装や調度品も、一新されていた。派手なものに入れ替わっており、所々に金ピカの壺や像が配置されている。

(どうやったらここまで下品な装いに変えられるんだ?父さんの後釜にすわっただけのくせに、主張が激しいんだよ)


うるさい程に華美な内装の中、3人の衣擦れと靴の音が響く。この屋敷は、カーペットの靴音さえもよく聞こえるくらい不気味に静まり返っているのだ。


「美晴さん、他の従者はどちらへ?」

狩野が尋ねると、美晴は振り返って螺旋階段を見上げる。

その視線を追うと、数人のメイドが顔を覗かせていた。

成海と狩野に見つかると、メイドたちは慌てて2階へ引き上げて行った。


「みんな何をしているんだ?」

成海が尋ねると、美晴は黙って首を振った。

(何だ?言えない事情があるのか?)


やがて3人は広間に着いた。かつては成海たち家族が食事に集った場所だ。

「お二人とも、下がったままで」

そう言って美晴が扉を細く開けた瞬間、その隙間から何かが飛んできた。

美晴は咄嗟に頭を覆う。その手にはワイングラスが握られていた。中身が入っていたのか、美晴の髪やシャツに赤ワインが染み込んでいく。


「ナイスキャッチってか?器用な奴め!」

広間にいた、屋敷の主人は美晴の元に歩み寄る。

「褒美にもう一発くれてやる!」

「きゃっ!」

美晴は頬を打たれ、その場にしゃがみ込んだ。


「ったく、チンタラしてんじゃねえぞ!下がっとけ!」

主人に恫喝され、美晴は頬を押さえながら広間を出ようとする。


「君、大丈夫か?」

成海が声をかけると、美晴はぽそりと呟く。

「……ここで痛がらないと、もっと酷くされるから」

「えっ?」

「失礼致します。ご健闘を」


美晴は広間の扉を閉めて、去って行った。


***


猪狩啓三(けいぞう)。成海の父の弟にあたる男。

彼こそが、この屋敷の新たな主人だった。


啓三は、かつて父が座っていた上座にドッカと腰を下ろし、テーブルに足を載せた。


「よぉ、へなちょこ坊ちゃん!今日は何を献上してくれるんだ?」

成海は啓三の前にずいと出る。

「献上ではありません。正式なる決闘です」

「ほざけ。どうせお前は負ける。俺がここを獲った時みたいにな!」

「……猪狩家の決闘は絶対。約束は守ってもらいます」

「フン、口だけは立派だな。今日の俺は機嫌が悪いんだよ。お前で憂さ晴らしでもしようと思って招待してやったんだ。感謝しな」

成海の隣で、狩野は深々と礼をした。


「それで?何を賭けるんだ?」

狩野は書状を取り出し、啓三に差し出す。

「……ほう。いいだろう、表に出ろ」


***


武を尊ぶ猪狩家には、しきたりがあった。

猪狩家の人間のみに適用される「決闘」である。


互いに賭けるものを決め、どちらかが降参するまで戦う。勝者は敗者の差し出したものを得る。

敗者は失うのみならず、猪狩家での序列も大きく下がってしまう。


敷地の外れで、啓三と成海は宝刀を手にした。

狩野が書状を読み上げる。


「猪狩家、決闘決議。申込者、猪狩啓二(けいじ)の長男・猪狩成海。賭け物、家宝・猪牙刀(ちょきとう)

かつて、成海の父・猪狩啓二は、実父である当主に決闘を挑み、家宝を手に入れたという。成海が物心ついた時から、父は家宝の猪牙刀を愛用していた。


啓三は、狩野の読み上げを中断させる。

「その包みがそうか?偽物じゃないだろうな?ここで開けて見せろ」

狩野は白い手袋をはめ、傍に置いてあった大きな包みを解く。木箱を開けると、巨大な宝刀が姿を見せた。

「抜刀して見せろ」

狩野は啓三に従い、鞘を手に取った。本来なら宝刀に鞘は要らない。刀と違い、刃がついていないからだ。しかし、格式ある宝刀には、装飾として鞘が付属している。


狩野はゆっくりと宝刀を鞘から引き抜く。

猪の牙のように反った、太くて重々しい、翡翠色の刀身。結晶を繋げたのではなく、神木が生み出した巨大な結晶を削り出して造られているのだ。現在の神木では、このように巨大な結晶を生み出すことができないらしい。そのため、ひとつの巨大な結晶からなる宝具は大変貴重であり、煌都全体でも10前後と言われている。


啓三は、じっくりと猪牙刀を眺める。

「ほう、これが我が家の家宝か……これだけ大きな結晶では祈念も通らん。実戦には使えんが、骨董品として蒐集に値するな。良い、納めろ」


啓三の言葉を聞き、成海は内心で叔父を嘲る。

(父さんが扱っていた時、猪牙刀は光っていた。やはり、こいつは父さんより何枚も格下なんだな。この男に家宝は相応しくない)


狩野は丁寧に包み直した後、読み上げを続ける。

「では、続きまして……受諾者、猪狩第二邸頭領・猪狩啓三。賭け物、猪狩第二邸と、頭領の座」


啓三は大きく頷く。

「お前が勝ったら、この敷地ごとくれてやる。まあ、絶対にありえないから安心しろ!」

狩野は書状をしまった。

「見届け人は、猪狩家侍従兼宝刀指南の私、狩野彰治(しょうじ)が担当させて頂きます」


***


美晴は赤ワインの染みたスーツを着替え、2階の侍従たちの部屋へ向かっていた。

扉を開けると、侍従長とメイドたちが美晴を出迎えた。

「美晴さん、その頬!」

侍従長が、心配そうに美晴の頬に触れる。

「まあ、こんなに腫れ上がって……!」

「軽く済むように流したので、骨は折れていないかと。業務には支障ありません」

「旦那様を美晴さんばかりに任せて、私たちは隠れているなんて良くないわ。今度は私が」

「心配無用です。侍従長、旦那様のお叱りをまともに受けると病院送りになりますよ」

「でも……」

「武の手解きを受けた者の役目ゆえ。それよりも、あのお二人が決闘をなさるようですよ。どうやら、この家の主人が代わるかもしれないとか」


侍従たちは、ベランダに出て決闘を見守る。

「あの甥御さん、まだ訓練生でしょう?早くにご両親を亡くされるなんて、お可哀想に……」

「この決闘次第では、あの方が私たちの主人となるのよね。確と見届けませんと」


啓三と成海は宝刀を構え、じりじりと間合いを詰めていた。宝刀の切先が交わった瞬間、激しい攻防が始まった。

侍従たちは手に汗握って2人を見つめる。口にはしないが、どちらの勝利を願っているかは皆同じだった。


美晴は成海の動きを注視する。

(基礎に忠実な剣捌き。さすが叔父さん。あの坊ちゃんに、きっちりと宝刀術を叩き込んでいるようね)


宝刀の打ち合いの末、成海が啓三の宝刀を跳ね上げた。

(首元が空いた!そのまま突けば……!)

しかし成海は、啓三の手首に宝刀を振り下ろす。

祈念は効いていないようだ。啓三は何事もなかったかのように成海の宝刀を掴み、バランスを崩しにかかる。

(あぁ、ダメそうね。宝刀の祈念は良かった。あの状態で急所に当てれば勝機はあったのに……どうして急所を避けたのかしら)


成海は啓三に力負けして、砂地に倒れ込んだ。啓三は容赦なく成海を蹴り、踏みつけ、宝刀を打ち付ける。


侍従たちは、成海の痛々しい姿に声を漏らす。

「まあ、すぐに旦那様に倒されてしまったわ!」

「本当に、あの猪狩啓二さまのご子息なの……?」


やがて成海は弱々しく手を挙げ、決闘は終わった。

「あの甥御さんも、私たちを救う方ではありませんでしたね。いつになれば、私たちは……」

俯く侍従長に、美晴は声をかける。

「戻りましょう。旦那様が帰られます」


美晴は砂にまみれて倒れている成海を一瞥して、ベランダを離れるのだった。

読んで頂きありがとうございます!

初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

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