表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/61

【12話(1/5)】人生最高の日

神木の加護を受ける街・煌都(こうと)

訓練校の新入生・(みなと) 陽輝(はるき)は、神木と意思疎通できる女児・猪狩(いかり)美咲(みさき)の身辺警護を任務として請け負っている。

幼稚園が終わった美咲を研究室に連れて行き、美咲と神木の測定を手伝っているのだった。

そんな美咲には、歳の離れた兄・成海(なるみ)がいる。成海はいつか叔父に奪われた生家を取り戻すことを夢見ながら、今は兄妹仲睦まじく、小さなアパートに身を寄せているのだった。

三閥(さんばつ)と呼ばれる、三つの名家。

財力を司る獅戸(ししど)家。

武力を司る猪狩家。

権力を司る鹿鳴(ろくめい)家。


武を尊ぶ猪狩家では、幼少期から男児に宝具の稽古をつけると決まっていた。それは猪狩成海(なるみ)とて例外ではなかった。

病弱な母に似たのか、成海も身体が丈夫な方ではなかった。しかし成海の父は、幼い我が子に自ら宝刀術を指南した。邸宅の隣にある道場で、成海は厳しい稽古を強いられたのだった。


***


「いたぁっ!」

尻餅をつく成海に、父は容赦なく宝刀を打ちつけた。その宝刀は格式の高い代物であったため、刀身の全てが結晶でできていた。祈念していなくても、振り当てるだけで大岩を投げつけられるような威力があった。

「ほら、そうやってすぐに獲物を落とす!宝刀は死んでも離すなと言っただろう!」

「ごめんなさいっ、とうさんっ」

「謝ったら上手くなるのか?さあ立て!」


自身が宝刀の名手であるため、教えられることは宝刀の扱いだけだったのだろう。あるいは弱く生まれた身体を鍛えてやりたい親心から強く当たったのか。

今となっては知る由もない。


父と共に指南役を務める狩野(かのう)は、成海の様子を見ながらこまめに休憩を申し出ていた。

「旦那様、もう坊ちゃんの体力は限界でございます。万全でない時の身のこなしが定着してしまいましょう」

「狩野、お前は成海を甘やかしすぎる!お前と、この俺が稽古をつけてやっているんだぞ!どうして上達しない!」

父は宝刀を床にゴツンと打ちつけ、苛立ちを露わにする。成海はこの音が嫌いだった。

「旦那様、坊ちゃんを萎縮させても宝刀術は上達しませぬ。さあ坊ちゃん、続きは午後からに致しましょう」


宝刀の稽古が終わった後、成海はいつもバラの温室を訪れた。体調が良い時、母はそこで弥生(やよい)の淹れた紅茶を飲んでいた。


「かあさんっ、ぼくもうやだよぅっ!」

「あらあら成海、またお稽古で厳しくされたの?」

稽古が辛い時、成海は母親の胸に飛び込み、泣きじゃくるのだった。

母はいつだって、成海を優しく慰めた。


「なんでっ、なんで、けいこしなきゃいけないのっ」

「それはね、優しい人になるためよ」

ある時、母は頭を撫でながらそんな話をした。


「今、成海は叩かれると痛いって知っているでしょう?だからもし他の人が叩かれていたら、その人の痛みが分かるわよね。でも、何にもしていないと、その痛さが分からないの。苦しんでいる人がどうして苦しいのか、ずっと分からないままなのよ」


母は優しく成海に微笑みかけた。


「だから成海、お稽古でお父さんみたいに強くならなくたっていいのよ。弱い人に寄り添える、優しい人でいてね……どうしよう?お稽古やめるって、お父さんに言ってあげようか?」


成海は母の胸に顔を埋めたまま、首を振る。

「……ううん、まだいいっ」

「うふふ、本当に負けず嫌いね。お父さんそっくり」


***


成海の母は、途轍もなく強い人だった。

学生時代のやんちゃだった父を、寮にあったハンガー1本で「仕留めた」のである。具体的にどうやったのか、父が成海に語ることはなかった。

訓練校を卒業してからは鹿鳴本家の護衛として働くも、結婚して間もなく病床に臥すこととなる。

成海が覚えている母は、ほぼ毎日が寝巻き姿だった。


***


母の体調が良かったある日、家族で花見に出かけたことがあった。

それは成海にとって、人生で一番幸せな日だった。


父は生後間もない美咲を抱え、絶えず猫撫で声で話しかけていた。稽古では厳しい父が、蕩けた笑顔をしていたのをよく覚えている。

美咲が産まれてから、苛烈だった父は驚くほど丸くなった。愛する妻にそっくりの娘が産まれたとなれば、さすがの父も牙を抜かれたのだ。


「美咲ちゃ〜ん!見て見て!桜が見えてきたよ〜!ねぇ、桜かわいいねぇ!美咲はもっとかわいいねぇ〜!」


先導する狩野(かのう)が、父を嗜める。

「旦那様、お静かに。お嬢様は眠っておられますよ」

「んまぁ〜っ!ねんねしたのぉ!おねんねもかわいいねぇ〜!んん〜っ、まっ!まっ!」

美咲の寝顔に向けて、父は投げキッスを贈る。

美咲は眠ったまま、口をもぐもぐさせた。

「ほら、狩野!美咲が俺に話しかけてるよ!」

「左様ですか。それは良うございました」

「なぁに?どしたのぉ?……うんうん、だよねぇ!パパの抱っこが一番だよねぇ!」


一方、母は弥生のさす日傘の下で桜を撮っていた。

「ねぇ弥生、少しだけ日傘を退けてくれない?陰になってしまうわ」

「いけません!奥様、昨春も直射日光のせいで数日寝込んだのをお忘れですか?」

「もう、ちょっとくらい大丈夫よ〜。成海、外から明るい写真を撮ってくれない?弥生が許してくれないから」


成海は母からカメラを受け取った。しばらく桜を撮影していたが、やがて母にカメラを向ける。


「成海、どうしたの?」

「母さん、写ってよ。桜もきれいだけど、母さんの方がずっときれいだから」

「あら、カッコいい!じゃあ、カメラマンくんにお願いしちゃおっかな!」


なるべく母が日傘の陰にならないよう、成海は角度を変えながら母の写真を撮った。

「どう?モデルさんになれる?」

そう言って、母はグラビア雑誌のようなセクシーポーズを取って見せる。

「ふふっ、母さんふざけないでよ!手がブレちゃう」

「うふふ、だーめ!ちゃんと撮ってよ、カメラさん!」


写真撮影に気づいた狩野が、成海のもとへやってきた。

「坊ちゃん、私が皆さまを撮って差し上げましょう。奥様、カメラを拝借致しますよ」

「ええ。家族写真、いいのをお願いね」


母は父から美咲を受け取ると、成海に差し出した。

「成海、美咲を抱っこしてくれる?お父さんとお母さんが後ろに立つから、前で抱っこしててね」

「うんっ」


落とさないように、気をつけてお包みを受け取る。

写真を撮られている間も、何かあったら大変だと思うと気が気でなかった。


撮影が終わり、母に美咲を返そうとした時、美咲が大きく腕を伸ばした。

「だめだよ美咲、ちゃんと入ってなきゃ」


手首をお包みに押し込もうとすると、美咲の小さな手が、成海の指を掴んだ。

「あっ……」


美咲は成海の指を握り、寝息を立てる。

母は優しく成海の肩を抱いた。

「あら美咲、お兄ちゃんの指が気に入ったの?じゃあ、今度はお兄ちゃんに抱っこしてもらおっか」

それを見た父が、口を尖らせる。

「成海ばっかりずるい!俺も抱っこする!」

「あなたはさっきまでずっと抱っこしてたじゃないの。今くらい譲ってあげなさい」

「はーい。じゃ、代わりに杏奈(あんな)を抱っこ〜!」

父が母の腰に腕を回すと、母は困ったように笑う。

「もう、あなたってば、年甲斐もなくはしゃがないの!」


父と母は本当に仲が良かった。2人でのデートを楽しんだり、互いにプレゼントを用意したり。いくつになっても、付き合いたての若い恋人同士のような雰囲気を漂わせていた。


***


成海は今でも、2人が誰かに暗殺されたのではないかと疑うことがある。狩野も警護隊に勤務していた時の伝手を使って調べてくれたが、両親の死因は、紛れもなく交通事故死だった。


夫婦水いらずのドライブデート。

それを止めていたら、未来は何か変わっただろうか。

そう考えても意味はない。

あの日を超える幸せなんて、もう訪れることはないのだから。

読んで頂きありがとうございます!

初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ