【2話(3/4)】底知れぬ思惑
神木の加護を受ける街・煌都。
サボりの学生・湊陽輝は、迷子の女児・猪狩美咲と出会う。
成り行きで、湊は美咲のお守りをすることになったのだった。
※小説家になろう・note・Nolaノベルにて同日投稿中
※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。
泣き疲れたのか、美咲は眠ってしまった。
ソファに横たえて、ブランケットをかける。
目のふちに残った涙を指でそっと拭った。
美咲の様子を見つつ、カーペットに寝転がり、幼稚園の連絡帳をめくる。
保護者が書く欄には、成海や使用人と思しき字が綴られていた。
連絡帳に書かれた内容によると、幼稚園に行き始めた頃の美咲は、まだ両親の死を理解できていなかったらしい。
自分だけ親が迎えに来ない理由が分からず、いつも帰りのお迎えでは機嫌が悪くて、周りは苦労したようだ。
(美咲、親に会いたいんだ。俺は親に会いたいって思ったことないけどな)
美咲が生まれてすぐに両親が事故死したらしいので、美咲に両親の記憶は無いはずだ。
周りの人間が両親の思い出話をして、会いたい気持ちになるのかもしれない。
連絡帳のやり取りは、3か月ほど前から途切れている。加護の関係でしばらく休ませてほしいという走り書き、そしていつでも復帰して下さいという先生からの回答。連絡すれば、幼稚園には復帰できそうだ。
***
連絡帳をリュックサックにしまっていると、子どものはしゃぎ声が聞こえてきた。
幼稚園のお迎えの時間が来たようだ。保護者同士が談笑する声も聞こえる。
窓辺にもたれて子どもたちを見ていると、美咲のリュックサックと同じものを背負っているのに気がついた。
(美咲、もともとあそこに通ってたんだ。だからあんなに見てたわけね)
美咲はまだ眠っている。
湊は音を立てないよう、そっと廊下へ出た。
***
ガラス張りのオフィスの中を覗くと、今度は課長の姿があった。
湊に気づいて手招きをするので、扉を開けて中に入った。
「どうしたの?」
「あの、課長さん、でしたっけ」
「ええ、手短かにね」
課長はパソコンを操作する手を止めない。
画面を見ても何をしているのかさっぱり分からないが、何かの作業で忙しいようだ。
「課長さん。美咲はどうしてずっとここにいなきゃいけないんですか?」
「どうして?」
課長は口元に微笑を湛えてこちらを見る。
ただ、その目の奥は据わっている。
「だから、幼稚園に行かせて、その後でここに来るのはダメなんですか?美咲は俺がいる間ずっと暇だったし、それなら幼稚園に行った方がいいと思うんです。本人もそう希望してる」
「それはしない。管理できなくなるから」
「管理?」
課長は淡々と言葉を紡ぐ。
「私は研究室の人間として、研究対象を管理してるの。対象の安全の保障、そして一定の条件を保つことによる研究結果の信頼性の向上」
美咲が危険に晒されないようあの部屋で保護して、研究に影響が出ないよう外部の刺激を遮断している。
そう言いたいらしい。
「でも、この先どうするんですか?美咲が学校に通う歳になったら?それでもここに閉じ込める気ですか?」
「あら、いけないかしら」
「はぁ?本気で言ってないですよね?」
課長の表情は全く変わらない。
本心から言っているようだ。
「イカれてる……あんた、美咲を実験動物か何かだと思ってませんか?美咲は人間です。普通の子どもとして生きるんですよ」
課長の目の奥が鋭くなる。
「あの子は普通には暮らせない。あの子は唯一無二の存在なの。あなたに何か分かるのかしら?」
「分かります。普通に暮らしたいって気持ちが」
「違う。そこを尊重してどうなるの?」
作業していた他の職員が立ち上がり、心配そうにこちらを見ている。
剣呑な空気が伝わったようだ。
「確かに俺は、研究のことなんか全く分かんないです。あんたらの事情も知らない。でも子どもの自由を奪うような研究なんて、潰れた方がマシでしょ」
「……あなた、訓練生の分際で生意気よ」
空気がビリビリしている。
これは課長の加護なのか、それとも彼女の持って生まれた威圧感なのか。
「俺は研究をやめろって言いたいわけじゃないです。例えば、俺が一日に一度は必ず美咲を研究室に連れてくるとしたら?それなら測定はできるでしょ?」
「仮定の話はするだけ無駄。退いて」
課長がパソコンに向かおうとするので、机に腕をつき、顔をグッと近づけた。
「じゃあ、実際にやったっていいですよ。幼稚園の後で、俺が美咲をここに連れてくる」
課長の顔が嫌悪に染まる。
「離れて。あなたの顔、不快よ」
「そりゃかわいそうに。あんたが許してくれるまで、俺はここを退きませんよ」
課長が椅子から立ちあがろうとするので、肩を背もたれに押さえつけた。
「どうしたんですか?先送りにするつもりですか?手短かにって言ったのはそっちでしょ」
「あなたねっ……」
課長は湊の腕を掴み、勢いよく立ち上がった。
そのまま腕を捻り上げてくる。
「いででででっ!!」
「課長!おやめ下さい!」
2人を注視していた研究員が止めに入り、課長はようやく湊の腕を離した。
「いってぇ〜……いきなり何するんですか!」
「ふん、いい気味だわ」
湊を痛めつけて溜飲が下がったのか、課長は再び微笑みを取り戻した。
「まあ、やってみればいいんじゃない?あの子が普通に生活できないこと、あなたも分かるでしょうよ」
到底信用できない人だが、今は美咲の幼稚園に許可を出してくれればいい。
「……ええ、やってみます」
課長は壁掛け時計を見上げる。
「あーあ、随分と時間を無駄にさせられたこと。湊くん、今日のところは美咲ちゃんと帰っていいわよ」
反論したい気持ちをグッと堪えて、湊はオフィスを出るのだった。
***
部屋に戻ると、美咲が起きていた。
「みなとさんっ」
安堵したような顔で足元に寄ってくる。
「ごめんごめん、ちょっと話しに行ってた。もう帰っていいらしいけど、どうすりゃいいんだ」
美咲がポシェットを首に掛ける。
「かえる?」
「うん。でも成海さんを待った方がいいのかな」
美咲は湊の手にしがみついて飛び跳ねる。
「みなとさん!みなとさんもおうちくる!みさきのおうち!」
ひと眠りしたからか、前より元気そうに見える。
「ああ、招待してくれんの?ありがと」
もっとも、幼児に誰かを招き入れる権利などないだろう。
美咲の誘いを適当にいなしていると、通信機に連絡が入った。
『こちら猪狩。猪狩成海だ』
「ああ、成海さん。ちょうど帰っていいって言われたところでした」
『そうだろう、そんな頃合いだと思ってね。早く迎えに行きたいんだけど、まだ生徒会の諸々が終わらないんだ。僕の友人を行かせたから、研究室の玄関で待っててくれ』
「分かりました」
湊は美咲にリュックサックを背負わせ、部屋を出た。
***
しばらくして、誰もいなくなった部屋に課長がやって来た。通信機に向かって話しかける。
「私よ。ひとつ調べてもらいたいの……ええ、取りに来てちょうだい」
通話を切ると、課長は湊が使っていた青い紙コップを手に取った。
「最悪だけど、最高の出会いね……これで駒が揃った」
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!