【10話(4/4)】明石耀一郎の休日
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲と出会う。
美咲はその力を調べるために研究室へ預けられ、日中は狭い部屋に閉じ込められていた。湊は迎えとお守りを担当することで、普通の子と同じように幼稚園に行きたいという美咲の願いを叶えるのだった。
そしてある日、美咲の思いに神木の苗木が応え、目に見える形で意思疎通が証明された。神木の託宣を受け取る、幼い御使の処遇を決めるべく、緊急会議を開くことが予定されたのだった。
その一方、湊は任務登用試験に合格し、お守りは身辺警護へと名目が変わった。と言っても、やる内容に変わりはない。
湊は授業の後で美咲を幼稚園へ迎えに行き、研究室に連れて行く日々を送るのだった。
明石が街をぶらついているうちに太陽は傾き、夕方になった。
(かなり時間を消費することができたな。もう帰ってもいい頃合いだろう)
バス停まで歩いていると、裏通りの方に人だかりが見えた。何をやっているのかと近づくと、人々が遠巻きに乱闘騒ぎを見物しているようだった。
(この辺りは通りを一本入っただけでこうだ。暗くなってから歩くところではないな)
立ち去ろうとした時、人々の隙間から、倒れ込んでいる若者がわずかに見えた。
若者の白いシャツに、目が引き寄せられる。
(あのシャツの刺繍……あれは、訓練校の制服じゃないか?学生が巻き込まれているのか?)
もし本当にそうなら、警察に通報した方がいい。
人々の隙間を縫って確認する。
見覚えのある、端正な顔立ち。
(湊くん!?……いや、まさかな……湊くんは研究室か学生寮にいるはずだ。こんなところにいるわけがない)
「これで手打ちにしてやる!二度とツラ見せんな!」
明石が若者の顔を確認しているうちに、暴行していた一団は引き上げ、周りの野次馬も散っていく。
若者はズルズルと地面を這い、道端に座り込んだ。
「やっぱり湊くんじゃないか!どうしたんだ?大丈夫か?」
湊は敵意剥き出しの目でこちらを睨む。
「はぁ?あんた誰?」
「何を言っているんだ?明石だ。職員の明石耀一郎だよ」
「え……?」
湊は手のひらをこちらに突き出し、横に傾け、視界の上半分を塞ぐ。
「ああ、ほんとだ、明石さん」
(今、自分の前髪を隠したな。まさか額の広さで認識されていたとは)
「明石さん、どうしてこんなところに?」
「どうしても何も、君が休みをくれたんじゃないか」
湊は姿勢を変えようとして顔を歪ませる。
「あぁー、いってぇー……」
「何があったんだ?警察を呼ぼうか?」
「やめて下さい、俺も捕まるんで」
何やら後ろ暗い事情があるらしい。
明石は湊の身体を支え、立ち上がるのを手伝う。
「歩けるか?」
「大丈夫ですよ、これくらい」
「口を切っているじゃないか。移動しよう」
***
公園の水道でハンカチを濡らし、傷口に当てる。
「いってぇー……なんか、すいません。せっかくの休みだったのに」
「いいんだよ。それよりも自分の心配をした方がいい」
湊の荒んでいた目は、すっかり元に戻っている。
落ち着いた今なら事情を聞けるかもしれない。
「湊くん、研究室からここに来たのか?」
「はい。美咲の測定はちゃんとやりましたよ。で、今日はお兄さんが空いてたから、早くに帰りました。その後、急に思い出して」
湊はズボンのポケットから、クシャクシャの封筒を取り出した。
「俺、3月に入寮してからずっとホスクラの呼び込みやってたんです。で、学校からバイト禁止を喰らってバックれたんですけど。でも、よく考えたら4月まで働いてた分の金は貰っていいんじゃないかって思って」
(客引き、やり方によっては違法じゃなかったか?それに、もしや深夜までやっていたのではあるまいな)
思うところはあったが、深入りしないでおいた。
「で、言いに行ったら、金はくれたんですけど、バックれたツケだって、ボコられました」
「やり返さなかったのか?」
「だって、訓練校の学生って割れてるでしょ。チクられたら成績がヤバいし、任務の給金がパーですよ」
湊は上級生を殴ったと聞いていたので、もっと喧嘩っ早い性分だと思っていた。
「そうか。そこまで考えて耐え抜くとは、えらいな」
「別に……金さえ貰えりゃ、何でもいいんで」
***
辺りは段々と暗くなり、公園の街灯が点いた。
「湊くん、もう学生寮に戻るだろう?一緒にバスで帰ろうか」
「いや、走って帰るんで大丈夫です」
「走って?」
「だって、金もったいないし」
神木の加護を受け、煌都の都民は身体能力が向上している場合が多い。祈念や加護を扱う警護隊を志望する者なら尚更だ。
だからと言って、全員が日常生活で無茶をするわけではないのだが。
「しかし、あんなに蹴られた後で走るのは大変だろう。自分が出すから、一緒に帰ろう。そうだ、ついでに何かご馳走しようか」
湊はバツの悪い顔をする。
「いや、大丈夫ですって!申し訳ないし、これ以上休みを邪魔するのも悪いんで」
「そんなことないさ。せっかく湊くんが休みをくれたのに、自分は結局やりたいことが見つからなくて、南区をぶらついただけなんだ。湊くんと夕飯に行けたら、少しは有意義になるというものだ」
そう言うと、湊は少しだけ笑って、明石の袖を掴んで立ち上がった。
「ふーん……そういうことなら、ゴチになります」
***
湊はずっと明石の袖を掴んで歩く。
公園まで歩いた時は、一人でも歩けそうだったが。
「湊くん、何が食べたい?」
「そうですね……ラーメンとか」
「ラーメン?口の傷に沁みないか?」
「多分、大丈夫です。どっか知りませんか?」
「なら、寮の近くに本格的な灯西麺の店があるから、そこを目指そうか。コシのある麺が美味しいんだよ」
「マジですか?いいですね」
湊はそう応じた後、じーっとこちらを見てくる。
「明石さん」
「何だ?」
「前髪、普段から下ろせばいいのに」
「いや、視界に入ると気になるんだ」
「ふーん、そっちのがイケてるのに」
照れくさくなって前髪を掻き上げると、すかさず湊が元通りに撫でつけてくる。
「まだ休みなんだから、このままでいて下さいよ」
「うぅーん……まあ、ありがとう」
(何だろう、懐いてくれたのか?野良犬のようだったり、子犬のようだったり、忙しない子だな)
湊にラーメンを奢った後、明石はギフトの紙袋を手に帰ったのだった。
***
翌日、課長が会議に出かけた頃を見計らい、明石は室長にボンボンショコラの小さな詰め合わせを渡した。
「昨日デパートに立ち寄った折りに、出張販売を見つけました。どうぞ」
箱を見るなり、室長は目を輝かせる。
「あぁ〜っ!これ、行きたかったやつ!昨日会議がなければって思ってたのよ〜!本当にいいの!?」
「ええ、室長用に買ったものですから」
「そう?気が利くじゃなーい!」
室長は、ご機嫌で箱の写真を撮る。
「ちなみに明石は?」
「と言いますと?」
「だから、あんたも家で食べたんでしょ?これと同じもの?」
「いえ、自分用には買っていないので」
そう答えると、室長は素っ頓狂な声を上げ、机を叩く。
「はぁーっ!?バッカじゃないの!なーんで自分のために買ってないのよ〜!」
「甘味が特別に好きという訳ではありませんし」
「じゃあ何で並んだのよ〜!?」
室長は紙箱のリボンを解き始めた。
「しょうがないわねぇ、あたしが一個あげるわ!」
「4個入りですよ!?自分はいいですから!」
「わぁ、どれも綺麗じゃないの〜!じゃあ、あんたにはこのナッツが埋まってるのをあげるわねっ」
「いえ、本当にお構いなく!」
「はーい、口開ける〜!」
「いや、まっ――」
室長は明石の顎を掴み、無理矢理ボンボンショコラを口に押し込んだ。
「どう?美味しい?」
「……はい、意外と甘さ控えめで美味しいです」
「そうでしょう、そうでしょう!あたしに感謝なさい!じゃ、あとの3つは大事に頂くわねっ」
そう言って、室長は紙箱のリボンを結び直し、執務室に持ち帰って行った。
(やはり室長、甘味のこととなると少女のように喜んでくれるな。本当に可愛らしい人だ)
時間を消費するために入ったデパートだったが、良い巡り合わせだったかもしれない。
口の中に甘みの余韻を感じながら、明石は仕事に戻るのだった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




