【10話(2/4)】取り巻く事情
神木の加護を受ける街・煌都。
訓練校の新入生・湊 陽輝は、神木と意思疎通できる女児・猪狩美咲と出会う。
美咲はその力を調べるために研究室へ預けられ、日中は狭い部屋に閉じ込められていた。湊は迎えとお守りを担当することで、普通の子と同じように幼稚園に行きたいという美咲の願いを叶えるのだった。
そしてある日、美咲の思いに神木の苗木が応え、目に見える形で意思疎通が証明された。神木の託宣を受け取る、幼い御使の処遇を決めるべく、緊急会議を開くことが予定されたのだった。
その一方、湊は任務登用試験に合格し、お守りは身辺警護へと名目が変わった。と言っても、やる内容に変わりはない。
湊は授業の後で美咲を幼稚園へ迎えに行き、研究室に連れて行く日々を送るのだった。
湊が明石の代わりに測定を始めて、数日が経った。
美咲を連れて行く前に、湊は幼木の測定をしにオフィスへ向かう。
今日の明石は、今までのように切羽詰まったような雰囲気を漂わせていない。
「明石さん、資料できたんですか?」
「ああ、今は課長の確認待ちだ……はぁ、今度の会議は推進研究室の進退がかかっていると言っていい。自分は資料作成だけで、参加できないのが歯痒いよ」
「え、明石さん、会議に来てくれないんですか?」
「参加したいのは山々だが、鹿鳴家の役員、もしくは神事局の各部署の上長でないと資格がないんだ。自分はヒラの研究員だからね」
湊はパソコンのフォルダを開きながら、頬杖をつく。
「あの、前から思ってたんですけど、その神事局って何ですか?」
明石はホワイトボードの前に立った。
「そうだな。せっかくだから、その辺りを説明しておこうか」
明石は黒いペンを取り、ホワイトボードのてっぺんに円を描いた。
「まず、煌都には都庁がある。都庁の中には、様々な執行機関があるんだ」
明石は都庁の円からいくつもの線を延ばし、円を増やして描く。
「分かりやすいところで言うならば、水道を整備する水道局や、医療を担当する医療局などがある」
そして小さな円のうち、1つを黒く塗りつぶした。
「そして神事を担当するのが、この神事局だ」
「その神事っていうのは何なんですか?」
「神木や加護、結晶など、煌都を煌都たらしめている事物の総称だ。それら全てを、この神事局が管理しているんだ」
神事局を表す黒丸から、さらに線をいくつか延ばす。
「多様な要素を取り扱っているから、神事局の中にも様々な部署がある。湊くんの警護隊や訓練校は、この内の警護部に相当するんだ」
「へぇ、じゃあ俺も神事局だったんだ」
明石は延ばした線のひとつから、大きな円を描く。
「中でも大きな部署が、研究開発部。その名の通り、研究に関する部署だ。神木、結晶、加護、煌都の歴史……あらゆることを研究しているから、大規模なんだよ」
大きな円から線を延ばし、ひと回り小さい円を描く。
「さらにその中の、研究指導課。ここには様々な研究所が属している。自分はそのうちの1つ、灯西研究支所で働いていた」
湊はずらりと並んだ円を眺める。
「都庁の、神事局の、研究開発部の、研究指導課の、色んな研究所……今俺たちがいるこの推進研究室ってのも、この研究所の中に含まれてるんですよね?」
「いいや、それが違ってね」
「えぇっ!?じゃあ何でこの話を?」
明石は研究指導課の円の中に、星マークを描いた。
「この研究室の立ち位置は、後で説明しよう。だが、鹿鳴春花課長は、この研究指導課の課長なんだ。ここの星印が鹿鳴課長だよ」
「ふーん。課長さんって、いっつも偉そうにしてますけど、ほんとに偉いんですか?」
「……湊くん、そういうことを言うんじゃないぞ。特に課長の前では」
明石は、課長を表す星印を輝かせるかのように線を付け足す。
「端的に言うと、課長は途轍もなく偉い。研究指導課長は、様々な研究所のプロジェクトの進行状況を確認して、上に報告し、調整するんだ。煌都の研究者全員のリーダーと思ってもらって構わない」
「へえ、課長さんってそんなに偉いんだ……」
「しかも、あの年齢での課長なんて、あらゆる試験を一発で合格していないとなれない。折に触れて思う所はあれど、自分は課長を尊敬しているよ」
明石は、黒丸の神事局から線を延ばし、小さな円を描いた。
「さて、話は変わって、別の部署だ」
小さな円をトントンと指す。
「ここは特別管理室。特別の言葉通り、これは神木そのものを管理している部署だ」
「へえ、そういうのもあるんだ」
「ここには神木の御使殿など、限られた人だけが属している。美咲嬢が登場するまで、御使は鹿鳴家にのみ伝わる役職だった。そのため、ここは鹿鳴家とそれに近しい家柄でまとめられていると聞く」
明石は、特別管理室の円を黒く塗りつぶす。
「この特別管理室では、長年ある試みが行われていた。それが幼木を生み出すことだ。そして今から約15年前、ついに当代の御使は、幼木を生み出すことに成功した」
「15年前?幼木ってそんな昔からあったんだ」
湊の言葉を聞き、明石はしょんぼりした顔になった。
「昔?……そうか、昔か……まあ、湊くんが生まれた辺りの話だから、無理もないな……」
どうやら明石を傷つけてしまったようだ。
「えっと、なんか、すいません……それで、その特別管理室ってのは、こことは別物なんですよね?」
明石は神事局の黒丸から線を延ばし、ひときわ小さな円を作る。
「そうだ。幼木の誕生後、特別管理室の人員を割いて、幼木だけを担当する部署を新たに作ることが決まったんだ。それがここ、推進研究室だよ」
「へえ。小難しく言わずに、幼木育て室とかにすりゃいいのに」
「名前に幼木を入れてはいけない。幼木の存在は公表していないからな」
「あぁー、そうだった……」
「神木に関する情報は、最上級の秘匿事項だからな。自分も灯西にいた頃は、この研究室の存在すら知らなかったよ。ここ、推進研究室は、他部署にとっては謎の離れ小島のようなものだ」
明石は小さな円の中に、小さな星マークを描いた。
「そして、この推進研究室の室長こそが、鹿鳴雷夏室長だ。聞いた話では、推進研究室の創設時、御使殿ご本人より直々に室長を拝命したらしい」
「えっ!それって凄いんじゃないですか?」
「無論。課長も凄いが、室長も凄い人なんだぞ」
湊は、2か所の星マークを見比べた。
「そっか。課長さんと室長さん、両方凄いけど、所属してる部署が違うんだ……ん?じゃあどうして課長さんと明石さんはここにいるんですか?」
「課長の仕事は研究の進行状況を把握することと言ったね。研究開発部に属していないとはいえ、推進研究室も研究を進めている。そのため、推進研究室においても、進行状況の検討がなされた。そこで、幼木が一向に生長せず、御使すら特定できない現状が問題視されたんだ」
明石は、課長の星印から矢印を引っ張り、推進研究室へ繋げた。
「そこで課長は、推進研究室へのサポートメンバーとして、2名の研究開発部員の派遣を決定した。それが課長自身と、この明石耀一郎だ」
明石は研究指導課と推進研究室を交互に指す。
「だから課長は正式に言うと、研究指導課長・兼・推進研究室主任、だな」
「じゃあ明石さんは?何・兼・何ですか?」
そう尋ねると、明石はホワイトボードに近づき、湊に背を向けた。
「自分は、まるっきり異動の扱いなんだ……もう灯西支所に籍はない。推進研究室の、単なる研究員だよ」
「そんな!明石さんだけかわいそうじゃないですか?だって、離れ小島に島流しってことですよね?それって実質、左遷……」
「事実は時として人を傷つける。どうか、異動先が以前より偶然小規模だったと認識してくれ」
「ああ、面と向かってすいません……」
明石はもの寂しい背中を見ていると、申し訳なさが増してくる。
「……とにかく、課長と室長とか、この研究室のこととか、よく分かりました。丁寧にありがとうございます」
「なら良かった。立場の関係、複雑性が理解できただろうか」
「はい。この研究室じゃ室長がてっぺんですけど、課長は大きいグループから応援に来てるって感じですよね」
「まあ、大方そんなところだ。ただ、研究指導だから、応援よりも指導だな。課長は一緒に手伝うのではなく、研究をより円滑に進めるための助言や指導をする。その関係性も、両者を隔てる一因だろうな」
湊は、室長が零していた愚痴を思い出した。
(そういえば、実権がお姉さんに移ったみたいなこと、前に室長さんが言ってたな。この間も揉めてたし、指導って形で口出ししまくってるんだろうな)
「室長さん、家でも仕事でも姉さんにイビられてるんだろうなぁ。なんか、かわいそうですね」
「憐憫を受けるのは室長の本意ではなかろうが、苦労人には相違ない。ここで働く以上、自分も微力ながら室長にお力添えができればと思っているよ」
***
2人の話が落ち着いたところで、オフィスのガラス扉がバンバンと叩かれた。
「あかしさぁん!みなとさぁん!まだーっ!?」
湊が戻って来ないので、美咲の方からオフィスに出向いてきたようだ。
明石が立ち上がろうとするので、湊はそれを制する。
「待って下さい!俺と美咲が2人で測定できるところ、今から見せます!そしたら休んでくれますね!?」
「ああ、その話か。いいんだよ、自分は――」
「良くないです!明石さん、ブラックな環境に毒されちゃってますよ!いいから見てて下さい!」
湊はオフィスのガラス扉を開けた。
「さあ美咲、明石さんのお休みがかかってるからね。一緒に頑張るよ!」
「いっしょにやる!?みなとさんいっしょ!」
張り切って誘導する湊と、楽しそうに着いて行く美咲。
2人を微笑ましく見守る明石なのだった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




