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【10話(1/4)】手伝えること

神木の加護を受ける街・煌都(こうと)


訓練校の新入生・(みなと) 陽輝(はるき)は、神木と意思疎通できる女児・猪狩(いかり)美咲(みさき)と出会う。


美咲はその力を調べるために研究室へ預けられ、日中は狭い部屋に閉じ込められていた。湊は迎えとお守りを担当することで、普通の子と同じように幼稚園に行きたいという美咲の願いを叶えるのだった。


そしてある日、美咲の思いに神木の苗木が応え、目に見える形で意思疎通が証明された。神木の託宣を受け取る、幼い御使(みつかい)の処遇を決めるべく、緊急会議を開くことが予定されたのだった。


その一方、湊は任務登用試験に合格し、お守りは身辺警護へと名目が変わった。と言っても、やる内容に変わりはない。

湊は授業の後で美咲を幼稚園へ迎えに行き、研究室に連れて行く日々を送るのだった。

季節は移ろい、制服の分厚い上着が邪魔になるくらいには気温が上がってきた。

シャツの上に薄手のパーカーを羽織り、美咲を迎えに行く。


「うぅーん、これ、とるっ」

幼稚園を出てしばらくすると、美咲は暑そうに帽子のアゴ紐を引っ張る。


「ダメダメ、帽子は被ってなきゃ。熱中症になっちゃうよ。上着脱ぐ?」

園の上着を脱がせてリュックにしまい、代わりに水筒を取り出す。

「ついでにお茶も飲んどきな」

美咲に水分補給をさせてから、湊は研究室へ向かった。


***


美咲を部屋に置いて、湊はオフィスの様子を見に行く。


研究室のオフィスでは、研究員の明石(あかし)がパソコンに向かっていた。

きっちりと整えてあったはずのオールバックは、ぐしゃっと掴まれたように崩れている。何度も頭を抱えていたようだ。


「どうも、明石さん」

「ああ、湊くん。もうそんな時間か……」


明石のデスク周りには、コーヒーの空き缶がいくつも並んでいる。山のように積まれた書類は、両隣のデスクにまではみ出している。


「すまないね、散らかっていて」

「いえ、別に構わないですけど……もしかして明石さん、徹夜ですか?」

「ああ、そうなんだ。緊急会議に向けて、至急データをまとめなくてはならない。弟が心配するだろうから、今日は帰りたいんだがね」

「うわぁ、相変わらずブラックですね……」


毎日のように研究室へ来る以上、何か貢献したい気持ちはある。手伝えそうなことはあるだろうか。


「――そうだ!明石さん、俺に美咲の測定を手伝わせて下さい。そうすれば、少しは負担が減りますよね?」

「この忙しさは一時的なものだから、構わないよ」

「でも明石さん、丸一日休むことがないって言ってたじゃないですか!俺が美咲の測定をすれば、少なくとも美咲のためだけに来る日はなくなるでしょ?」


明石は気乗りしない顔で、オールバックを整える。


「確かに、自分が身体を壊した時は助かるかもしれないが――」

「まだ毎日来ようとしてる!俺にもできることは手伝わせて下さい!」

「ううむ、湊くんがそこまで言うなら、一度やってみるか?」


***


明石は、透明なケースから神木の苗木を取り出す。

神木が生み落とす、美しい翡翠色の結晶。

幼木の表皮は、その翡翠色と同じだった――つい最近までは。

美咲が桜の色を幼木に移したいと願った結果、枝葉も表皮も全て桃色に変わったのだった。


湊はチョンと桃色の葉を触った。

静電気のように、バチッと衝撃が走る。


「いってぇ!」

「あぁっ、湊くん!?触ってはいけないと分かっているだろう?」

「いや、美咲の言うこと聞いてるから、何か変わったかなぁと思って」

「なるほど。斯く言う自分も、実は変色後に一度試してみたんだがね。美咲嬢しか触れないことに変わりないんだよ」


明石は鉢植えを作業台に置く。

「まずは外観を撮影しよう。鉢のシールと台のシール、同じものが貼ってあるだろう?ここを合わせて撮影角度を同じにするんだ」


明石は作業台の引き出しから、カメラやメジャーを取り出す。

「カメラの撮影位置は4か所。床に印があるだろう?」

明石の指す先の床に、ライン状のテープが貼ってある。

「ほんとだ。俺が撮ってみていいですか?」


湊は桃色の幼木に向かってカメラを構えた。

明石が過去の写真を見せてくれる。

「こんな風に、全体が大きく写るように……そうそう、脇を締めて、ズームで調整するんだ」


湊は4か所で撮影して、データをパソコンに取り込んだ。

「このフォルダに入れてくれたら、あとは自分がまとめておく。次は目視による評価だ」


明石はリングノートを引き出しから取り出す。


「本当は直接パソコンに打ち込めばいいんだが、こっちの方がひと目で全体的な比較がしやすくってね。表を印刷した用紙を綴じてあるから、ここに記入してくれ」


表には、輝きや色合いの変化を書き込むゲージがある。


「過去の写真に基づいて色見本を作ったんだ。これに合わせて10段階で評価してみようか」

「はい……これ、緑の頃の見本なんですね。色の変化はどうしますか?」

「ああ、まだ桃色の色見本は作れていないんだ。直近の写真を見ながら評価を頼むよ。このフォルダに入っているからね」


色見本を作るのも明石の仕事なのだろう。

緊急会議の準備が最優先だし、桃色の色見本が出来上がるのは先の話になりそうだ。


「残る内容は、美咲嬢の助けが必要だな。美咲嬢を呼んでくれるか?」

「はい、分かりました」


***


美咲はオフィスに入ると、作業台の脇に掛けられたファイルを手に取った。中からシールを取り出し、小さな指に載せる。もう自分のやることを理解しているらしい。


明石は美咲の状態を記録しているノートを開いた。

「これが美咲嬢の記録ノートだ」

「ああ、気持ちを表すやつ」

「そうだ。今日の位置に貼ってもらうよう、湊くんがやってみようか」


湊は美咲の前にしゃがみ、ノートを見せる。

美咲は不思議そうに湊を見た。

「ん〜?みなとさんがやるのぉ?」

「うん。明石さんのお手伝い」


泣き顔と笑顔が両端についたゲージを見て、美咲は笑顔の位置にシールを貼った。

「ふーん、ご機嫌なんだ」

「みなとさん!いっしょにそくていやる!」


湊にしがみついて飛び跳ねる美咲を、明石は複雑そうに見る。

「何だか自分とやる時より楽しそうじゃないか……まあいい。さあ美咲嬢、湊くんと測定しようか」


明石の言葉に頷き、美咲は作業台のメジャーを掴んだ。そして、てっぺんの枝にメジャーを当てる。


「さくらちゃんっ……ううん、まだよ」


美咲は幼木と小声で何かを話している。

湊は美咲の小さな手を取り、メジャーを真っ直ぐに合わせた。


「こんな感じですか?」

「うむ、枝と並行に当てているな。その角度を保ったまま、始点はもっと幹に寄せられるか?そこで数値をメモしたら、次は枝の太さを測ろう」


明石の言葉に従いつつ、湊はメジャーを当てる位置を覚えていった。


一番下の枝にメジャーを当てた時、湊は根元に不自然なへこみがあるのに気付いた。


「明石さん、ここ、なんかデコボコしてないですか?」

「ああ、それはちょっと……」


明石は言い淀んで目を逸らす。


「ごまかすの下手ですね。そんな訳アリなんですか?明石さんが落としたとか?」

「いいや、断じて違う。それは……課長が、小枝を採取した跡なんだ」

「えっ!?折ったんですか!神木を!」

「しーっ、人聞きの悪い表現をするんじゃない!」


明石はオフィスの扉の向こうを確認してから、トーンを低めて話す。


「まだ美咲嬢が幼木と出会う前のことだ。課長は神木の組成分析のために、最も小さかった枝を採取したんだ」

「やってること、ヤバくないですか?」

「許可を得ず独断でやったから、多方面から非難を浴びたよ。神木を管理する鹿鳴(ろくめい)家からもね。神木の御使(みつかい)殿は酷くお怒りだという噂だったが、真相は定かでない」

「えぇ……よくクビになってないですね」

「採取のおかげで研究が飛躍的に進んだのは事実だからな。今も課長は神木研究の第一人者として名を馳せているよ」


パソコンに測定した数値を打ち込み、湊は美咲を連れてオフィスの奥へ向かった。

身長、体重、体温、血圧、酸素濃度など、病院のような検査をこなして、記録していく。

明石がやっていたのを見ているから、どの測定に何を使うかは概ね分かっていた。


「湊くん、スムーズにやれているね。だが、採血は血が出る行為だし、自分がやろう」


明石が太いペンのような器械を手に取ると、美咲は湊にしがみついて首を振る。


「ぱっちんいやぁ……」

「美咲、いっつもやってるじゃん。そろそろ慣れなよ」

「うぅん、いたいもん」

「俺が抱っこしててあげるから、頑張るよ」


美咲はいつも嫌がるが、最近は前のように泣いたり叫んだりはしない。美咲も成長しているようだ。


「最後に、美咲嬢と幼木を交流させる。会話の内容はメモして、後でデータにしているんだ」


美咲は幼木の鉢を抱え、桃色の枝葉に頬を擦り付ける。

「さくらちゃん!……うん……ううん、あとでね」


会話のほとんどは「うん」「ううん」ばかりで、話している内容は分からない。


「湊くん。一応、どんな会話をしたか尋ねてみてくれ。美咲嬢が教えてくれた試しはないから、あまり意味はないんだがな」


湊は記録ノートを手に、美咲に声をかける。

「美咲、どんな話したの?」

「さくらちゃんねぇ、みさきにあいたいって」


明石の手から、カランとボールペンが落ちた。


「えっ……美咲嬢?」


美咲はなおもスラスラと話し続ける。


「さくらちゃんねぇ、いっつもみさきとあそぶっていうの。でね、あとでねっていうの。そいで、ねんねして、あそんだげるの」


明石は膝から崩れ落ちた。


「美咲嬢、そんなっ……やはり自分には心を開いていなかったというのか……」

「明石さん、この世の終わりみたいな顔しないで下さいよ。本人に聞きましょう」


湊はメモしながら美咲に尋ねる。

「美咲、明石さんには言ったの?」

「うーん……だめなの」

「だめ?なんで?」

「あかしさん、ぱっちんしてくるもん。いたいひとはだめなの」

「美咲が言いたくないってこと?それともそいつが?」

美咲は湊をムッと睨む。

「そいつじゃない!さくらちゃん!」

「……さくらが、痛いことするのは嫌なの?」

「うん。さくらちゃん、いたいひとはだめっていう」


(幼木が、美咲を痛めつける奴には教えるなって口止めしてたのか。だから明石さんには言わなかったんだ)


明石は、ホッと胸を撫で下ろした。

「なるほど、自分が嫌われているわけではないと……自分に言わない理由が分かって良かったよ。そういった事情なら、湊くんに測定してもらうのが適任だな」

「ええ、任せて下さい。でも採血はどうしましょう?」

「……やらなくていいよ。美咲嬢が湊くんにも会話を教えなくなるだろう。採血以外の測定をやってくれたらいい」

「そしたら明石さん、結局休めないですよ!」


明石は小声でボソッと漏らす。


「……採血は、週に一度にしようと思うんだ」

「えっ、いいんですか?」

「良くはないが、美咲嬢が可哀想だから……課長には言わないでくれ」

「まあ、明石さんがそれでいいなら、俺はその通りにしますけど」


***


美咲はオフィスから幼木を持ち出し、部屋のソファで横になる。

「さくらちゃん、ねんねした!いいよ!」

幼木が桃色に輝くと、美咲はすぐに眠ってしまった。


美咲はこうして毎日幼木と寝ている。

夜に眠れなくなるのではと心配だったが、兄の成海(なるみ)曰く、夜の睡眠には影響していないらしい。


寝息を立てる美咲にブランケットをかけ、湊はオフィスに向かった。


「どうだ、美咲嬢は?」

「いつも通り、寝ちゃいました。起きたらどんな夢を見たか聞いてみます」

「ああ、頼む」


明石は欠伸を噛み殺し、再びパソコンに向かう。


「測定、全部終わりましたよ。帰らないんですか?」

「まだ資料作成があるからな。遅くなるほど、課長の機嫌を損ねてしまうのは分かるだろう?」

「それはそうかもですけど……終わったら、ちゃんと休みを取って下さいよ。俺が代わりに測定やるんで。いいですね!」


湊はそう言い残し、美咲の部屋に戻って行った。


(湊くん、自分を心配してくれているのだな……ありがたいことだが、自分がやりたくてやっているんだから、構わないんだよ)


明石は美咲の測定結果のフォルダを開き、血液検査の欄にカーソルを合わせる。これまでの最低値から最高値の中で、ランダムに数値が出るように式を打ち込んだ。


(幼木が変色した前後でさえ、美咲嬢の血液には変化が見られなかった。そもそも歴代の御使において、健康上の問題が確認された例はない。なのに、課長は何故この採血を止めないのだろうか?いたずらに美咲嬢を傷付けているとしか思えない)


課長の真意が分からないまま、ひっそりと明石は反旗を翻すのだった。

読んで頂きありがとうございます!

初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

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