【9話(3/3)】新たな依頼人
神木の加護を受ける都・煌都。
訓練生・湊 陽輝は、神木と意思疎通ができる女児・猪狩美咲のお守りを任務として請け負っている。
ある日、美咲の願いに応え、神木の苗木が姿を変えた。
美咲の意思疎通が初めて目に分かる形で明らかになり、神木を取り巻く関係者たちが動き始めるのだった。
一方、湊は訓練校の中間試験を迎えていた。
中間試験の結果に応じて、貰える給金の額が決まる。
金のために、湊は筆記試験に四苦八苦するのであった。
※小説家になろう・note・Nolaノベルにて同時投稿中
※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。
湊が教室に戻ると、晃記が心配そうに駆け寄ってきた。
「湊くん、僕らの実技試験、終わっちゃったよ!試験官の先生は問題ないって言ってたけど、本当!?」
「うん、大丈夫」
事情を知らない晃記に、お守りの任務の話はできない。
「その、なんか……みんなと別々で受けさせられたってだけ。ちゃんと実技試験みたいなのは受けたから、安心して」
「そうなんだ?大丈夫なら良かった!」
晃記は湊の説明を受け入れ、それ以上は突っ込んで尋ねてこなかった。
***
試験から数日後。
放課後、湊は面談室の前で順番を待っていた。
美咲は研究室に置いてきた。早く面談を済ませて、美咲のもとへ戻らないといけない。
「はい、湊陽輝くーん!最後はお前でーす!」
指導教官・近衛が、面談室から声高に呼びかけてきた。
「どうも……何ですか、そのテンション」
「授業も面談もあって、オレ疲れちゃったのぉ〜」
「別にテキトーでいいですけど、給金は下さいよ」
「その話は後でする。まずは筆記の結果を見ろ!どうだ、この点数!」
近衛は各科目の答案用紙を、机にバシバシと叩きつけていく。
「ほら、湊陽輝くん?何か言うことないですか〜?」
湊は全ての点数を確認した後、白々しい歓声を上げた。
「……すっ、すげぇ!全部30点超えてる〜!こんな大きい数字、初めてだぁ〜!」
「ちが〜う!あのなぁ、普段の小テストは20点満点とかだろ!今回の筆記は全部100点満点なの!」
「でも俺、頑張ったんじゃないですか!?偉いですよね!?やったぁ!」
「下手な芝居はやめろ!ここでお前がどう足掻こうが、給金の額は変わらんぞ〜」
「ちぇっ……」
湊は一瞬で冷めた表情に戻った。
「お前がサボってたのを取り返そうと頑張ってたのは知ってる。だが、こうも見事に赤点とはなぁ……」
湊は答案用紙の上に頬杖をついた。
「だって、変なこと書かせる問題ばっかだし。そんな問題作る奴の方が悪くないですか?」
「教官を奴呼ばわりしないの〜。そのメンタル、繊細な奴らに分けてやりたいなぁ。お前、巻幡と仲良いんだろ?記述の解き方、しっかり教えてもらえ!」
近衛は、茶封筒を机に置く。
「この結果を踏まえて、ありがたく受け取れ。お前がお嬢ちゃんのお守りを始めてから、今日までの給金だ」
「おっ!やっとですか!」
目を輝かせて封筒に飛びつく湊を、近衛はジトッと眺める。
「調子のいい奴め……」
茶封筒の中には、紙幣と明細が入っていた。
「これ、どういう計算ですか?」
「1日3時間程度を30日だ。休日は計算してないぞ」
「2万と、いち、に、さん……7000円……?」
湊は勢いよく立ち上がった。
「はぁ!?時給300円!安すぎ!」
「お前なぁ、自分の点数見ただろ!そりゃあオレからしても、サボり魔からここまでやれたのは偉いと思うぞ。でもこの結果で大金を渡しちゃあ、他の真面目にやってる生徒に示しがつかん」
「はいはい、そうですか……」
湊は不服ながらも、しっかりと封筒を懐にしまった。
***
近衛と話しているうちに、日が傾いてきた。
電気をつけていなかった面談室は、徐々に暗くなっていく。
「なぁ湊、もしもバイトを再開していいと言ったら、お前はやるか?」
「え、いいんですか?即刻求人見に行きますけど」
「だがその場合、お嬢ちゃんのお守りからは降りてもらう。それならお前はどうする?」
「えー、それは嫌です」
「おや、即答なんだな」
「だって俺、美咲と約束してることがあるんで。そう簡単に投げ出さないですよ。先生、何でそんな質問してくるんですか?」
近衛の表情は、翳ってよく見えない。
「――実は、お前の任務を買い取りたいって方が現れたんだ」
「買い取り?」
「ああ。今までは、オレが依頼人としてお前の任務を申請していた。兄貴の猪狩成海は未成年だから、依頼の資格がないもんでね」
「はあ……それで、依頼人が変わったら、何かが変わるんですか?」
「名目が変わる。今後お前がやることは、お守りじゃなくて、身辺警護だ」
形式上とはいえ、なぜ子守り程度で任務登用試験を受けさせたのか、疑問だった。
しかも、試験当日は灯西の事件でバタバタしていた。
なのに、延期せずに例外的な方法で決行した。
(なるほど。俺が身辺警護できそうか、早く確認したかったわけね)
「ちなみに、俺は誰にいくらで買われるんですか?」
「名前は伏せるように言われてるが、お偉いさんだよ。まあ、内部事情に疎いお前に名前を言っても分からんだろうがな。それから、任務の買い取りはあちらの申し出ってだけで、実際に金銭の授受は発生しない」
(なーんだ。金が入るんなら俺にも追加でくれって言おうと思ったのに)
近衛は出入り口へ歩き、部屋の電気をつけた。
浮かない顔で、顎を撫でる。
「だが、訓練始めて1か月そこらの学生に身辺警護を任せるなんて、正直オレは賛成できん。もしお前が身を引くなら、オレが話をつけてやるが」
「さっきから言ってるでしょ。美咲が絡む限り、任務は俺が受けます」
「いいのか?猪狩のお嬢ちゃん、何か特殊な事情があるんだろ?お嬢ちゃんを狙った事件に巻き込まれて、危険な目に遭う可能性だって十分にある」
美咲の御使としての加護が確定した時、室長は喜んでいなかった。あれは、美咲を狙う人間が現れることを危惧していたのかもしれない。
「どうする?お嬢ちゃんから離れて、今まで通りの生活を送ったっていいんだぞ?」
近衛の言葉に、湊は首を横に振った。
「俺が巻き込まれるってことは、美咲を狙うやつがいるってことでしょ。例え周りがどう言おうと、何をしようと、俺はあの子の生活を守ります」
近衛は大きく息を吐いた。
「……お前の覚悟は分かった。先方にはお前が受諾したと伝えておこう」
「時給上げろって言っといて下さい。じゃ、さよなら」
「それは別の話!期末試験、頑張れよ〜!」
***
湊を送り出した後、近衛は通信機を操作する。
「――はい。身辺警護の件、即答だったとお伝え下さい。あの様子なら、真摯に取り組むかと存じます……はい、何卒宜しくお願い致します」
近衛は通信機を切り、ひとり窓辺で黄昏れた。
(隊員ではなく学生に任せるとは、お上は何を考えているんだ?お嬢ちゃんも湊も、危ない目に遭わなきゃいいが……)
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




