表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/58

【7話(2/5)】美咲嬢との極秘の特訓

神木の加護を受ける街・煌都(こうと)


サボりの学生・(みなと)陽輝(はるき)は、神木と意思疎通ができる女児・猪狩(いかり)美咲(みさき)のお守りを任務として請け負うことになった。


湊は授業に出席する頻度が増え、授業と任務を両立できるようになってきた。

今日も授業を終えた後、幼稚園の美咲を迎えに行き、研究室へと連れて行くのだった。


※小説家になろう・note・Nolaノベルにて同時投稿中

※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。

神事(しんじ)局、推進研究室。

ここで働く研究員・明石耀一郎(よういちろう)には姉がいた。


同じ姉弟とは思えぬほど才色兼備で、そして同じ姉弟とは思えぬほど傍若無人だった。

物心ついた時から踏まれ、蹴られ、物を投げられ。


彼女は身体にひときわ加護を授かっており、驚異的な運動能力を有していた。

訓練校から破格の待遇で入校のスカウトが来たほどだ。誰もが姉の加護に憧れたが、自分にとっては八つ当たりの凶器でしかなかった。

何故あの姉の弟として生まれてしまったのか、その運命を嘆いてきた。


ところが研究室に配属されてからというもの、明石は姉に感謝の念すら覚えていた。

横暴な上司の機嫌を伺い、逆鱗に触れぬように生き抜く術は、間違いなく姉によって培われてきたからだ。


***


湊がオフィスから立ち去った後、明石は美咲と共に2階の資料室へ向かった。

課長がそこで調べ物をしている最中なのは知っていたが、なるべく湊と課長を会わせたくなかった。

また2人が喧嘩したら、今度こそ課長が湊を追放しかねない。

未だ彼が研究室を出禁にされていないのが不思議なくらいだ。


資料室の扉には「使用中」の札が貼り付いている。

コンコンコンとノックをするが、返事は聞こえてこない。


「おばちゃん!おばちゃーん!」

美咲が扉に向かって声を上げると、しばらくして返事が聞こえた。

「どうぞー」


(声のトーンが低いな。こういう時は関わりたくないが……あの課長も、美咲嬢には優しげな体裁を保っている。この子がいれば、そう酷くはならないかもな)


意を決して、明石は扉を開ける。

「失礼致します」


課長は入ってきた2人を一瞥し、再び資料に目を落とした。

冷たい目からして、タイミングが悪かったと見える。

「何?手短かにね」

もうこちらを向くことはないだろう。


「お忙しいところ申し訳ありません。美咲嬢が、どうしても課長と話したいと」

「あのね、明石くん。それをどうにかするのがあなたの仕事でしょ。前も言ったけど?」

「すみません……」

背中を嫌な汗が伝う。


重い空気にお構いなく、美咲はリュックを下ろし、中から冊子のようなものを取り出した。


「おばちゃん、これよんで!」

ペンを持つ課長の手に、冊子をチョンチョンと当てる。


(美咲嬢!なんと無鉄砲な……!)

見ていてヒヤヒヤする。


課長はうんざりした顔で作業を諦め、冊子を受け取った。

「で?どうすればいいの?」


相当機嫌が悪いが、やはり美咲には最低限の態度を保っている。

美咲は課長の不機嫌には全く気付いていない。

「これねぇ、げきのほん!ここでれんしゅうする!」


心の中で、明石は合点がいった。

(なるほど、湊くんには聞かれたくなかったのか。だからあんなにも頑なだったのだな。何とも可愛らしい……)


「おばちゃん、これよんで!」

課長は台本をパラパラとめくる。

「ふぅーん、結構あるのねぇ……」

「みさきじゃないとこ、おばちゃんやって!」


課長は頬に手を当て、指をトントンと動かす。

ある程度この人の下で働いていると、次に何と言われるか察しがつく。


「明石くん。これ、明石くんがやって」


(だろうな。研究以外に時間を割かれたくないんだ)


美咲の測定を任せっきりにしているのもそうだ。

美咲が明石を嫌っていると分かった上で、美咲を強引に押し付けてきた。


「しかし課長、美咲嬢は課長に」

「何度も言わせない」


課長は語気を荒げていないものの、こちらの言葉を遮って台本を突き出してくる。

明石が台本を受け取ると、課長は再び作業に戻った。


「おばちゃん!みさきとれんしゅう!」

美咲が課長に飛び付こうとするのを間一髪で止める。

これ以上課長の邪魔をするのは危険だ。


「美咲嬢、課長はお忙しいんだ。失礼致しました」

「むぅー!おばちゃん!おばちゃーん!」


美咲が騒ぐので、明石は急いで資料室から美咲を連れ出し、オフィスに戻るのだった。


***


「むぅ……」

美咲は部屋の壁に寄りかかり、恨めしげにこちらを見てくる。

大好きな「おばちゃん」にお願いしている途中だったのに、無理矢理連れて帰られたのが気に入らないのだろう。


「全く、美咲嬢……職員なら間違いなく首が飛んでいたぞ」


課長の機嫌を損ねて出世街道から外れた者を、明石は何人も見てきた。


下らない確認事項にサインを求める。

買ってきたドリンクが安っぽかった。

発表資料のフォントにセンスがない。


全身が地雷と逆鱗で構成されている、理不尽極まりない女性だ。

そんな女性はこの世に自分の姉一人で充分だったのだが。


(美咲嬢は課長を好いている。少しは美咲嬢に関わってもいいだろうに……とにかく、今回は自分が練習に付き合わねば)


明石は台本を開いた。

ページの最初に、保護者へのお願いが書いてある。

どうやらこの台本は家で保護者と練習することを前提に作られているらしい。

そのため、子どもの台詞は平仮名だが、ナレーションは漢字で書かれている。


「とりあえず、美咲嬢の台詞に印を付けよう。美咲嬢、線を引いてもいいか?」


美咲は壁際にぴたりとくっついたまま、こちらを睨んでいる。

美咲が頷く様子はなかったが、蛍光ペンで線を引いた。


(この話は『三人の剣士』の簡易版か?)


『三人の剣士』は、教典の探検節を物語にしたものだ。美咲に割り当てられているのは端役の村娘だった。

最初に登場して剣士に助けを求め、最後は村を救ってくれた剣士に贈り物をするという役だ。


(台詞は2つしかないのか。最初に登場して、劇中はずっと合間の歌唱に参加する。最後に少し見せ場があるのだな。冒頭と最後のシーンを練習してあげればいいだろう)


明石が台本に目を通している間も、美咲はずっと壁際から動かない。


「――よし。美咲嬢、自分は大方把握した。練習してみるか?」


美咲はじっとこちらを見ているが、やはり何も言わない。

「美咲嬢、自分は嫌か?まあ、聞くまでもないんだが……ならば、候補者を連れて来よう。ここで待っていてくれ」


***


美咲が過ごす部屋を覗くと、室長と湊がじゃれあっているのが見えた。


(2人とも、いつの間に仲良くなったんだ?お楽しみのところ申し訳ないが、来てもらおう)


中にいた室長と目が合うと、室長は湊と言葉を交わしてから外に出て来る。


「あたしに何か用?」

「ええ、すみませんが、少々こちらへ」


オフィスを指して、室長と歩く。


課長と室長、同じきょうだいとは思えない。

課長は目配せしても椅子を立ったことなどないし、用事の内容を聞く前に移動することもない。


オフィスの扉を開けて室長が入ると、美咲はさらに部屋の隅に逃げてしまった。


「何よ、この状況?」

「美咲嬢は秘密裏に発表会の演劇練習がしたいのです。自分が相手になろうと思ったのですが、近寄ってもくれないので」

「なるほどね。でも、あたしもあんたも嫌われてるじゃない。どうせどっちも嫌でしょうよ」


明石は距離をおいて美咲に話しかける。

「美咲嬢、すまないが、練習相手ができるのは自分か室長なんだ。後は湊くんに正直に言うか」


美咲は黙って首を横に振った。

「ならばどうする?室長にするか、自分にするか」


美咲はしばらく2人を見比べた後、強張った顔で明石に寄ってきた。


(ああ、美咲嬢、やむを得まいとでも言いたげな……)


室長はこちらを睨みつけてくる。

「もう、あたしが無駄に傷ついただけじゃない!」

「申し訳ないです。自分は、美咲嬢が室長を選ぶと思ったのですが」

「ふん、あたしが一番嫌われてるってわけ!いいわよ別に!」


室長はピンヒールの音を立てて出て行った。

室長の機嫌は損ねてしまったが、彼女は課長と違って可愛らしい人だ。

後で差し入れの菓子でも献上すれば、機嫌を直してくれるだろう。


***


「じゃあ、美咲嬢の前の台詞を自分がやるから、それに合わせて言ってみようか」


明石は椅子に腰掛け、台本を開く。


「――村娘は、安心して剣士に言いました。この後でこう言うんだ。『剣士さま、どうか村をお助け下さい』と」

「けんしさま、どうか、むらを、おたすけください」

「おや、もう覚えているのか?凄いじゃないか」


美咲は少し得意げになって、鼻をふふんと鳴らした。

「じゃあ最後の方をやってみよう――村娘は、剣士にお礼の首飾りを贈りました――これは動作をつけてやってみようか」


明石が椅子から降りてしゃがむと、美咲は明石に首飾りをかける真似をする。


「ありがとう、けんしさま」

「おお!美咲嬢、完璧じゃないか!もう大丈夫そうだが、明日もやるか?」

「うんっ」

「分かった。じゃあ本番までは、練習と測定をした後で、湊くんに会いに行こうか」


その日の美咲は、いつもより素直に測定を受けてくれたような気がした。

測定後、明石は美咲の台本をリュックにしまい、湊のもとへ美咲を連れて行った。


***


寝転んで教科書を見ていた湊は、明石と美咲が来たので起き上がった。


「明石さん、課長さんとの話、終わったんですか?」

「まあ、その、何だ……湊くん、悪いが、美咲嬢のことは詮索しないでやってくれ」

「明石さん、話が違うじゃないですか!」

「大丈夫、心配しないでくれ。しばらくは直接オフィスに連れてくるといい。あと、リュックサックには触らないでもらいたいようだ」


湊は不服そうだったが、美咲が自分でリュックサックを下ろして置くのを見守っていた。


「じゃあ、美咲嬢、また明日」

美咲はこちらに手を振った。


「……ばいばい」

「美咲嬢!?初めて自ら話してくれた……!」

「嬉しそうですね、明石さん」

「だって、見ただろう?美咲嬢が手を振って挨拶を!」


美咲は2人のやり取りなどお構いなしに、湊の膝に乗ろうとする。

「みなとさん、だっこ〜」

「ん?抱っこはしてもいいの?」


湊は美咲を膝に抱き、得意げに視線を送ってくる。

「ふふん、早くここまで仲良くなれるといいですねぇ」

「くっ……では、後はよろしく頼む」


読んで頂きありがとうございます!

初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ