【6話(1/4)】小昏の再訪
神木の加護を受ける街・煌都。
サボりの学生・湊陽輝は、神木と意思疎通ができる女児・猪狩美咲のお守りを任務として請け負うことになった。
研究室に預けられっぱなしの美咲は、普通の子と同じように幼稚園に行きたいと願っていた。
湊は美咲が幼稚園と研究室の両方へ通えるようにして、その願いを叶えるのだった。
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※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。
初日こそトラブルになったものの、あれから美咲は毎日幼稚園に通えている。
「今度は俺の番か……」
中庭のベンチに寝そべりながら、湊はため息をついた。
お守りの任務による給金は、次の中間試験の成績に応じて決まる。
授業を受けて良い成績を残さないと、一銭足りとも貰えないかもしれない。
(分かってんだけど、面倒くさいし、行く気になれないんだよなぁ……はぁ……)
「――くん」
「ん?」
「湊陽輝くん」
少し離れたところから、小昏が呼んでいる。
先日美咲にちょっかいをかけに来た2年生だ。
まだ湊が膝蹴りした怪我が癒えていないのか、鼻にガーゼを当てて、テープで留めている。
「あっ!あんた!何しに来た!」
勢いよく起き上がると、小昏はますます遠ざかった。
「いきなり暴力はやめてくれよ。今日は改めて君と話しに来たんだ」
「はぁ?こっちはあんたのせいで懲罰食らったんだけど!どのツラ下げて来たわけ?」
「それを言うなら僕だって懲罰は受けている。猪狩会長から直々に、美咲ちゃんに近づくことを禁じられたんだから」
「そんなの懲罰じゃない!当たり前にやれよ!」
「やれやれ、話を聞けるような機嫌じゃないなぁ」
小昏はじりじりと近づいてくる。
「君、美咲ちゃんに関する任務を受けてるんだろう?」
どうして小昏がそれを知っているのだろうか。
教官や生徒会の誰かから聞いたのか?
「僕は神木さまへの理解と信仰をより深めるためにここへ入ったんだ。だから僕は、純粋に神木の研究について興味がある。美咲ちゃんには近づかない代わりに、研究室でどんな活動をしているか教えてくれないか?僕が知りたいだけだから、誰にも言わないよ」
湊がやることといえば、美咲を幼稚園から研究室に連れて行って、迎えまで一緒にいるのみだ。
幼木と美咲の測定だって、研究員の明石がやっているのを見るだけだ。
きっと自分は小昏の知りたい情報は持ち得ていない。
それでも、美咲のミの字すら話したくなかった。
「前に言った通り、僕は神木研究会の会長なんだ。もし気が向いたら、放課後の強化訓練の時間に文化棟へ来てよ。僕はいつもそこにいるから、2人きりでゆっくり話をしようじゃないか」
一方的に話して、小昏はすぐに立ち去ってしまった。
(別に何も話してやる気はないけど、俺が行かないと、また美咲に接触するかもしれない……いっぺん顔を出して、ガツンと言ってやろう)
***
訓練校の授業よりも、幼稚園の方が先に終わる。
湊は美咲を迎えに行った。
「あっ!みなとさんだ!ゆりちゃん、ばいばい!」
友達に手を振って、美咲は笑顔で駆け寄ってくる。
幼稚園の先生に挨拶して、湊は美咲と研究室に向かった。
「みてみて〜!おかざりつくったの!」
道中、美咲はポシェットから紙で作った輪っかを取り出した。
「へぇ、何の飾り?」
「げんかんにかざるの!みなとさんにあげる!」
「ううん、俺はいいよ。俺、玄関ないから」
「えぇ〜っ、ほんとに〜?」
「ほんと。お兄ちゃんに見せて、お家の玄関に飾りな」
「うん、そうする!」
美咲は飾りをポシェットにしまった。
美咲はこうして、幼稚園のことをよく話すようになった。
習った歌やダンスを披露したり、誰と何をして遊んだという話をしたり。
3か月ぶりの幼稚園を満喫しているようだ。
***
研究室に着くと、湊は美咲を置いて部屋を後にする。
「美咲、俺ちょっと出かけてくるね。すぐ戻るから」
「えーっ、やだっ!どこいくの!みさきもいく!」
「ダメだよ、こないだの不審者をシメてくるから」
「ふしんしゃ?わるもの?」
「そう。悪者を倒しに行くの。すぐ帰るからね」
オフィスに顔を出すと課長はおらず、明石がパソコンに向かっていた。
「明石さん、ちょっと美咲を置いて出てきてもいいですか?すぐ戻るんで」
「ああ、湊くん。構わないが、どこに行くんだ?」
「実は、俺と美咲が研究室に出入りするのを見た奴がいて……何をしてるのかってしつこいんで、ちょっと黙らせてきます」
明石は湊の言葉に眉をひそめる。
「黙らせてくるって、荒事に手を染める気か?問題を起こせば美咲嬢の付き添いから外されてしまうかもしれないんだぞ?」
「大丈夫です。殴る蹴るはしませんよ」
「含みのある言い方だな……とにかく、美咲嬢のためにも穏便に済ませてくれ」
***
文化棟は、研究職や事務職志望の文化系の学生が課外活動をしている場所だ。
隊員志望の体育会系の学生は、グラウンドやトレーニングルームで鍛練に勤しんでいるらしい。
文化棟の1階を何部屋か見て回ったが、それぞれが何の部屋かを表す看板はないようだった。
中にいた学生と目が合うたびに訝しげな顔をされ、気まずい思いをする羽目になる。
(小昏は神木研究会って言ってたよな。どうしよう、全部屋覗き回るわけにもいかないし……)
文化棟は3階建なので、上に行ってみようか。
階段を探していると、背後から声をかけられた。
「あれっ?湊くん、どうしたの?」
振り向くと、眼鏡をかけた男子学生がこちらを見上げている。同級生のピンバッジだ。
(ああ、確かクラスが一緒の……名前は分かんないけど、祈念の時間でクソ真面目に祈ってた眼鏡だ)
「あのさ、この辺に神木の部屋があるって聞いたんだけど、知ってる?」
眼鏡は棟の奥を指す。
「ああ、それなら僕らのことじゃないかな?案内するよ!嬉しいなぁ!まさか湊くんがうちに興味を持ってくれるだなんて!」
「いや、別に入るつもりないから」
「そう言わずにさ!せっかくだから見て行ってよ!」
眼鏡は色白の顔を紅潮させ、湊をいざなう。
猪狩兄妹は色素が薄い白さだが、こっちは外で活動していない、不健康な白さだ。
(何で俺に会えてそんな嬉しいわけ?小昏が何か吹き込んだか?)
***
「みんな!湊陽輝くんが来てくれたよー!」
眼鏡が引き戸を開けると、またも眼鏡をかけた男子学生が2人座っている。
(小昏はいないのか。なら別日にしよう)
湊が暇を告げる前に、2人は勢いよく立ち上がって駆け寄ってきた。
「おお、湊陽輝くんじゃないか!」
「えぇ〜っ?まさかここに来てくれるなんて!」
案内した眼鏡も、目を輝かせて2人に同調する。
「ね、僕もビックリしたよ!これは神木さまの思し召しに違いない!」
3人とも眼鏡だから、どう区別したものか。
同級生で眼鏡で不健康な色白で、髪型も背格好も同じようなものだから、見分けがつかない。
「聞いたよぉ、君、教典を誦じたってねぇ」
「本当に全部暗記してるのかい?どうやって?」
「生来、神木への信仰は深いのか?」
眼鏡たちがずいずいと迫って質問してくるのを手で制止する。
「神木とか興味ない。育った施設で教典をずっと聞いてて自然と覚えたってだけ。合ってるか確かめたことはないから、正しく覚えてるかは知らない」
「「「おぉーっ!」」」
3人は一斉に驚嘆の声をあげる。
「すごい!聞くだけで暗記を!?僕は何度も書かないと覚えられないのに!今度コツを教えてよ!」
「そんなものはない。覚えようとして覚えたわけじゃないから。あのさ、俺、2年の人に来てって言われたんだけど。今日はいないの?」
3人は不思議そうな顔をする。
「2年?ここは僕ら3人だけだよ?」
「え?俺が研究室でやってることを言えって――」
湊の言葉に驚愕の叫びが上がる。
「ええっ!?研究室に!?」
(ん?小昏から俺の話を聞いたんじゃないのか?)
知らなかったのなら余計なことを言ってしまった。
「いいなぁ、研究室に入れるなんて〜」
「何か特別な素質があるのか?」
「研究室で何をしてるの?まさか任務!?」
小昏はなぜか、湊が美咲に関する任務を請け負っていると知っていたが、表には出ていない情報のはずだ。
「別に……俺が授業をサボるから、研究室の雑用を言いつけられたってだけ」
「雑用でも羨ましいよぉ!いいなぁ、僕も研究室に入ってみたいなぁ〜」
これ以上何か聞かれたら、うっかり美咲や幼木のことを喋ってしまいそうだ。
早く話題を逸らそう。
「それよりも、あんたらってここで何してんの?教典の暗記?無駄だからやめた方がいいよ」
最初に会った眼鏡が、誇らしげにホワイトボードを指さす。
「神木、ファンクラブ?」
「そう、ここは神木ファンクラブ!神木さまを愛する僕ら3人が作った、尊い祈りの拠点さ!」
小昏は神木研究会と言っていたはずだ。
どうやら間違った場所に来てしまったらしい。
「あのさ、俺――」
「僕らはそれぞれ好きなことは違うんだ。ここまで来てくれたんだし、ちょっと見て行ってよ!」
「嬉しいなぁ〜、誰かと話せるなんて!」
「湊くん、直ちに入部を決断する必要はない。まずはここの活動を見て行ってくれ」
教えてくれと言ったわけでもないのに、眼鏡たちはめいめいに本やノートを持ってくる。
この3人、どうやらすぐには帰してくれなさそうだ。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




