【4話(2/3)】お守りの時間
神木の加護を受ける街・煌都。
サボりの学生・湊陽輝は、神木と意思疎通ができる女児・猪狩美咲のお守りを任務として請け負うことになった。
美咲を幼稚園と研究室に通わせ、授業への出席と両立させる――不良男子の学生生活に、変化が起きようとしていたのだった。
※小説家になろう・note・Nolaノベルにて同時投稿中
※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。
測定が終わり、湊と美咲は部屋に戻った。
美咲は絆創膏が巻かれた指を見てウンウン唸っている。
「美咲、もう血出てないでしょ。取ってみな」
「あぁーっ、やめてぇっ!」
美咲は抵抗するが、手を取ってサッと絆創膏を剥がした。
「ほら、もうどこに刺したか分かんないじゃん。いつまでもへちゃげた顔してないの。今日は美咲が暇しないように書くもの持って来たんだから、元気出しなよ」
湊はカバンを漁り、ノートと筆箱を取り出した。
ノートの白紙のページをちぎり、美咲に渡す。
勝手に遊び始めたら放置しようと思っていたが、美咲は鉛筆を動かさない。
「どしたの?自由にお絵描きしなよ」
「うーん、くろだもん……」
色がついていないと絵は描きたくないらしい。
「じゃあ、字は?文字、書ける?」
「んー、ちょっと」
「じゃあ、名前の練習しよっか」
自分用にもノートのページををちぎり、なるべく丁寧に見本を作ってみせる。
「い、か、り……み、さ、き……っと。これ、美咲の名前のひらがなね」
美咲は声に出しながら、見本を真似て文字を書く。
「い〜……」
「そうそう。で、書き順があって、こっちから書くの」
名前を書く練習が気に入ったのか、美咲は自分で新しいページをちぎる。
「みなとさんは?みなとさんのおなまえかく」
「俺?俺は……み、な、と……は、る、き……ミとキは一緒だから書きやすいかもね」
「じゃあ、おにいちゃん!」
「お兄ちゃんは、なるみ……俺と美咲の字で作れるじゃん。まあいいや。い、か、り……」
何人かの見本を作ってやると、美咲は懸命に文字を書き始めた。
集中しているのを邪魔するのも悪いので、湊は本棚の絵本を眺めた。
童話や昔話などの物語が揃って並んでいる。
(へー、懐かしい話ばっかだな。施設にいた頃はチビ共に読み聞かせてたなぁ)
絵本をパラパラめくっていると、裏表紙の内側に名前を見つけた。
(ろくめい、らいか……?課長は確かはるかって言ってたよな。らいかって誰だ?)
本棚に絵本を戻していると、カツカツと歩くヒールの音が聞こえて来た。
「んっ!」
美咲は立ち上がり、部屋の隅に小さくうずくまった。
「何?どうかした?」
すぐに扉が開き、靴音の主が姿を現した。
スーツ姿だが、髪型や化粧が派手だ。
腕には高級そうな小さいバッグを提げている。
(誰だ、このケバ女?)
女は鋭い目つきで美咲を一喝する。
「昨日はどこ行ってたの!外に出ないでって言ったでしょ!分かんないの!?」
美咲はビクビクしながら顔を膝に埋めた。
「……あの、お邪魔してます」
女はこちらをぎろりと見てくる。
ここに来たということは、研究室の関係者なのだろう。
生意気な態度は取らないでおくことにした。
「あんたが世話係の学生?姉さんから聞いたけど」
「訓練校1年の湊陽輝です」
(姉さん?この人、課長の妹なのか。あんまり似てないな)
女は高いピンヒールを脱いで、カーペットに膝をついた。
「あたしは鹿鳴雷夏。一応ここの室長よ」
湊は絵本の名前を思い出した。
本棚の絵本はこの人のお下がりだったようだ。
室長はポケットからチョコレートを取り出し、テーブルの端に置く。
(あのチョコレート、美咲が溜めてる包み紙のやつだ)
室長は文字を練習した紙に目を留めた。
「ふーん、一緒にやってるの?」
「まあ、はい」
「そう。あんたとは話すのね、その子」
美咲は室長がテーブルから離れるのを見届けて、座椅子に戻った。
「俺とは?美咲、室長とは喋らないんですか?」
そう尋ねると、室長はため息をついて美咲を睨みつける。
「あたし、子どもって苦手なの」
美咲は隠れるようにして湊の背中に縋りつく。
「その子もあたしのこと嫌いなのよ。全然寄ってこないし、すぐ泣くし。だから代わりに面倒見てくれると助かるわ」
(あんたがそうやって睨むからじゃないの?)
口をついて出そうになったが、この人の機嫌を損ねて追い出されるのは御免だ。
済んでのところで踏み止まった。
「じゃ、後は好きに過ごしなさい。その子と一緒に昼ご飯でも食べれば」
「……あっ。俺、お昼持ってないや」
室長の目が吊り上がる。
「はぁ?夕方までここにいるつもりなんでしょ?何で用意してないわけ!財布は!」
「持ってないです」
「はぁーっ、バカじゃないの!?これだから学生は」
室長はバッグから財布を取り出し、紙幣を取り出した。
「これで買って来なさい。今日だけよ!」
紙幣を突き出して渡した後、長い髪をなびかせ去っていった。
ピンヒールの音が遠ざかっていく。
湊は手元の紙幣を見つめた。
「すげー、やっぱ鹿鳴って金持ちなんだな。学生の昼メシに万札でくれるとかさ」
美咲が手元を覗き込んでくる。
「なに〜?」
「金だよ。初対面の俺にこんな金くれるし、室長さんっていい人だなぁ」
湊の言葉に、美咲はムッとした顔をする。
「どしたの?室長さん、苦手なの」
美咲の口が、への字に折れ曲がる。
「チョコくれてるじゃん。いい人だよ」
「んぅ、すぐおこるもん……」
「ほんとに怒ってる?」
「うん」
(本当か?キツい女なだけだろ、たぶん)
確かにさっきは美咲に怒鳴っていたが、急に子どもが勝手にいなくなれば、ああ言いたくなるのも分かる。
日ごろ室長が怒っていなくても、目つきと話し方を威圧的に感じているだけのような気がする。
「そうだ、この金で何か買いに行こう。外に出ていいか聞いてみるよ」
課長も室長もオフィスにはいなかったが、明石に外出の許可をもらうことができた。
「近くに売店があるでしょ。そこで買い物しよう」
湊は美咲を連れて、売店に出発したのだった。
***
売店に入ると、美咲はきょろきょろしながらも後を着いてくる。
(これ、余ったら俺の金にしていいんだよな?安いパンだけにしとこう)
「美咲も何か買ってあげるよ。欲しいのある?」
「んー……」
美咲は困った顔で俯いた。
(おやつは室長さんのチョコがあるか。他のものって言ってもな……アレルギーとか分かんないし、食べ物はやめよう)
湊は文具コーナーを覗いた。
近くに幼稚園があるからか、品揃えがいい。
「そうだ、色鉛筆ならお絵描きする?色鉛筆、買ってあげるよ」
美咲は少し明るい顔になって頷いた。
「うんっ」
「ついでにスケッチブックもね」
買った袋を手に、美咲と研究室に戻った。
***
通信機を確認すると、もう昼になる時間だ。
「お腹空いてる?お昼にしよっか」
美咲はお弁当の袋を傍らに起き、先にテーブルに置かれたチョコレートの包み紙を剥き始める。
「ダメダメ、ご飯から食べな。それはデザートでしょ」
湊の表情を伺いながら、美咲はそろーっと手のひらにチョコレートを掴む。
そして素早く口に持って行った。
「あっ、こらっ!」
「んむーっ!」
湊は美咲の手首を掴み、口元から引き離した。
チョコレートは手のひらに引っついており、口に放り込めていなかった。
美咲の小さな指を無理矢理開き、チョコレートを奪い取る。
握りしめた温度で表面が溶けてしまっている。
「むぅ……」
「何、その不満顔。弁当が終わったらいいって言ってんじゃん」
湊がティッシュの上にチョコレートをのせていると、美咲はチョコレートでベタベタになった手で包装紙を丸め始めた。
何だか嫌な予感がする。
即座に美咲を止められるように構えていると、案の定、ポシェットの紐に手を伸ばした。
「こらっ!汚いことしない!とんでもないことするなぁ……あー触らない触らない!どこも触らないで!洗いに行くよ!」
カーペットに手をつこうとする美咲を制し、脇の下から持ち上げるように立たせる。
トイレに行き、洗面台で美咲が手を洗うのを見守った。
しかし、美咲はこちらに手を差し出したまま動かない。
「……俺、ふきふきしないよ。自分で洗うの。ほら」
水道水を出すと、ようやく手を水に濡らし始めた。
「手をゴシゴシするの……そう、石けんも出して」
この様子を見るに、大量に溜めているチョコレートの包装紙は洗ってあるとは思えない。
(美咲、ちゃんと幼稚園でやっていけるか……?)
美咲がベタベタに汚した今日の包み紙は、湊が石けんをつけて洗っておいた。
***
午後の美咲は、色鉛筆で絵を描いて過ごしていた。
美咲の様子を見つつ、湊はバッグから授業予定表を取り出した。
(俺、特にどの部隊に所属したいとか無いんだけど……とりあえず、実行部隊の授業に出とくか)
実行部隊は、加護と宝具を駆使して結晶の悪用を取り締まる部隊だ。
警護隊の花形で、多くの訓練生が第一志望に選ぶと聞いたことがある。
湊は予定表と時間割と見比べて印を付けた。
(みんな、何になりたいって決めてここに来てんのかな。俺、どんな部隊があるとかもあんまり知らないんだけど。てか、隊員として働こうとすら思ってないし……施設が続けられるように稼げたら何でもいいんだよな)
「うぅーん、分かんないなー」
湊はカーペットに寝転がった。
美咲が色鉛筆を置いて胸に飛び乗ってくる。
「うぅっ!美咲、やめてっ」
「みなとさんねんねした!みさきとねんね!」
「寝ません。退いて」
***
そうこうしているうちに、16時が近づいてきた。
美咲もそわそわし始める。
「ちょっと早いけど、行ってみる?」
「うんっ」
明石に暇を告げ、2人は幼稚園に向かった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!
 




