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不穏な空気

 ヴェーネの後に続いて、集まった半数以上の勇者がやっと捌けてきたころ。一人の勇者が、俺たちに何かを持って近づいてきた。


「あの?あなたたちが、勇者リオンとその仲間ですか?」

「はい、そうですけど」

「ああよかった。実はこの場所を見つけたヴェーネさんに、この手紙をあなたたちに渡すように頼まれましてね。さっきまで人が多くて全然見つけられなかったけど、ようやく分かりましたよ。一見場違いそうに見えるおじいちゃんが目印だって」


 マルスさんのことだ。確かに俺たち一行の説明をする時に、マルスさんは非常に目立つ目印になるだろう。刀を抜かなければ、彼はちょっとよぼよぼ過ぎるおじいちゃんだ。


「じゃあこれ、確かに渡しましたから。では」

「わざわざありがとうございます」


 俺はヴェーネからの手紙を受け取ると、即座に封を切って中身を取り出した。どうせろくでもないことでも書いてあると、分かっていても早く何が書かれているのか知りたい。


 書かれていた内容は、思っていたよりも短くて簡潔なものだった。




 親愛なるリオンへ、恐らくこの手紙を読んでいる時には、あたしはすでに魔王城へと向かった後かと思います。


 あなたからの言葉、とても胸に響いたわ、そしてあたしなりにじっくりと考えてみた。あたしにできることって何だろうって。


 そんなこと、考えるまでもなかったね。あたしの望む結果を、他人を働かせて、私にもたらせるよう仕向けるのは得意よ。だからちょっと頑張ってやってみたの。無理のない範囲でね。


 リオン、今度会う時は、あたしが世界を救った英雄よ。再会がとても楽しみね。




 ぐしゃっと手紙をつぶして丸めた。本当は、飲み込んでそのまま葬り去りたかったが、口の中に入れた時点で、マルスさんが組み付いて止めてきた。


「お、落ち着いてくだされっ!お気持ち痛いほど分かりますが、どうか落ち着いてくだされっ!」

「ぐむーっ!!むむむっー!!」

「ていっ」


 ルネが俺の後頭部を叩いた。その衝撃で、ぽんっと口から手紙が飛び出た。唾液まみれの手紙を、ルネは魔法で焼いて灰にしてしまった。


「ったく、見苦しい取り乱し方しないでくださいよ」

「うっ、ううっ、うっ!」

「マジ泣きもやめてください」


 だってこんな、こんなかたちで先んじられるなんて思わないじゃないか。そりゃ確かに嬉しいさ、魔王城が見つかって、平和に一歩近づいたんだから喜ばしいさ。


 でも、一体ここまでの旅路って何だったんだ。あんなに辛い思いをして素材を集めて、勇者らしいことは一つもできなくって、ようやく剣が直って、さあこれからって時にこんな…、こんなことって。


 言葉に出したかったけれど、嗚咽しかできなかった。そんな俺に、ルネはとんでもなく冷静に言った。


「リオンさん、べそべそ泣いているのもいいですけど、ちょっと気になることあるので、調べてみませんか?」

「気になることぉ?」


 泣いていたから声が思い切り上ずった。それがちょっと恥ずかしくて、ぴょっと涙が引っ込んだ。


「ごほんっ!で、気になることって?」

「魔王城に向かう勇者たちを見ていたんですけど、どうも転移門かなにかで移動していたんですよね」

「転移門?ワープゲートか」

「別に起動しなけりゃいいんでしょ?なら見に行って調べても構わないんですよね?」

「まあそれくらいなら大丈夫かな…」


 調べるくらい構わないとは思うが、一体何が気になるんだろう。あまりルネから積極的に動くことがないので、俺も段々気になり始めていた。




 ヴェーネたちが移動した際に、近くで見ていた勇者たちから聞き込みをして、ようやく魔王城へ転移する門の魔法陣を見つけた。門の大きさは想像していたよりも小さくて、よくよく探さないと見つからない場所に隠されていた。


「なるほど、こんなに小さかったから、あんなに移動するのに時間がかかってたのか」

「前の方でも順番待ちしていたんじゃな」

「後ろでも大混雑でしたよね、ずらーっと長い列で」

「わし、人が多すぎて目が回りそうでしたじゃ」

「分かります分かります。人混みってそうなりますよね」


 俺とマルスさんがそんなことを話している最中、ルネだけは、その転移門をじっくりと調べていた。本当に、珍しい行動だ。


「ルネ、一体何がそんなに気になるんだ?」

「このワープゲートって、魔王城につながっているんですよね?」

「そりゃそうだろ」

「あまりにも無防備過ぎませんか?これじゃあ、守ろうとしても、魔物だって小規模のものしか転送できませんよ?」


 それは、確かに言われてみるとそうだった。人でも数人しか転送できないのだから、魔物たちだって数匹程度しか送れない。


 まるで最初から守る気がないようであった。一応転移門は隠してあるとはいえ、ちょっと探せば簡単に見つかる。


 ヘンラ山麓は、主要な国々から遠く離れた辺鄙な土地にある。近くにある人里もまばらで、魔物の被害も少ない。だからといって、今までの勇者たちの活動で見つからなかったのも、考えてみると変な気がした。


「…今回だって、これだけ勇者が数多く揃っていたのに、魔物を送り込んでくる気配もなかったよな」

「まあ、あれだけ戦力が揃っていたら、どんなに強力な魔物を送り込んでも鎧袖一触だったでしょうけど。何もしてこないってのは、不自然な気がするんですよね」


 ルネのその言葉に、俺も同意した。何の反応も示さないで、ただ勇者たちを、ぞろぞろと招き入れたようなものだ。無抵抗と言ってもいい。


 魔王は少しでも、攻め込んでくる戦力を減らしたいと思わないのだろうか。人数が多くなれば、その分魔王側は不利になる。魔王の復活は一人のみ、どれだけ強大な能力を持っていたとしても、数の不利はそうそう覆せるものではない。


「リオン殿」


 マルスさんが、ただならぬ様子で俺を呼んだ。


「どうかしましたか?」

「魔王の持つ、怪物という切り札。今思うと、切るべき機会は、先ほどの人であふれていたこの場所だと思うのじゃ。怪物が、話しに聞いた通りのものであれば、あの勇者たちの密集地帯に送り込めば、一気に殲滅することもできたのではないじゃろうか?」

「…っ!そうだ、確かにあれは絶好の機会だった!魔王城への転移が、少人数でしか行えず、身動きがろくに取れない状況。選出された勇者たちが、魔王討伐のため、一堂に会した特殊な事例。ここで怪物を解き放てば、最悪勇者側の壊滅も免れなかったはずだ!」

「リオンさん、あまり考えたくはないですけど、今までの意見を集約すると―」


 ルネの言葉に、俺が頷いて続く。


「魔王はまだ、怪物の切り時を待っている。この追い詰められた状況で、冷静にタイミングを見計らっている。絶対に何か裏の意図があるはずだ」


 すべてが魔王の手のひらの上とは思わないが、怪物を切るタイミングをここと定めなかったことは、大勢の勇者たちに押しかけられてなお、冷静でいられる計画があると見た方がいい。


 猛烈に嫌な予感がする。そんな俺の考えを感じ取ってか、エリュシルから流れ込む力も、ドキドキと緊張して脈打つ心臓のような波があった。魔王城へ向かったヴェーネと勇者軍団、彼女らの心配も、尽きることはなかった。




「リオン殿、ここに残った勇者たちは、各地の守護へ回ってもらうべきかと存じます」

「ええ。事情を話して、散開してもらいましょう。…少々人数が心許ないですが、致し方ありません」


 半数以上の勇者は、ヴェーネについていった。残留組である俺たちは、非常に数が少ない。だけど、ここで順番待ちをしているなんて悠長すぎる。今は有事の際に備えられるだけ備えるべきだ。


「リオンさん、マルスおじいちゃん。私は少し、別行動をします。勇者たちの説得は、任せていいですか?」

「それはいいけど、別行動?何かあるなら手を貸そうか?」

「いえ、必要ありません。ちょっと穴倉に籠る頭でっかち共の尻を蹴り上げてくるだけですから。じゃあ行ってきます」


 それだけ言うと、ルネは知恵の宝玉を光らせて、転移魔法でどこかへ行ってしまった。穴倉に籠る頭でっかち共?彼女の悪口癖が災いして、いまいち思い当たる人が浮かばなかった。


「リオン殿、ルネちゃんは何も考えずには行動せんはずじゃ。今はわしたちにできることをしましょうぞ」

「…そうですね、ルネを信じましょう。どれだけ悪態をついても、やる時はやる奴だ。それに説得の場にいると、余計なこと言いそうだし」


 それについては、マルスさんも否定のしようがないようで、渋い顔をして黙っていた。俺はそれを見て、ようやく本来の俺たちのペースに戻ってきた気がして、気持ちが上向いてきたのを感じていた。


 ヴェーネ、世界を救う英雄になるなら、絶対無事に帰ってこい。もう一度、お前に会って、やりすぎだ馬鹿、と言ってやらないと俺の気が済まないんだ。


 だからそれぞれ、今できることをやろう。そう俺は心の中で、ヴェーネに語り掛けていた。

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