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不可思議なものごと

 ヴェーネを見逃す条件を飲まされた俺は、運ばれてきたケーキにがっついて、やけ食いをしていた。まんまと罠にはまった悔しさを、甘味で無理やり上書きする。食べ終えた俺は、口元についたクリームを拭きながら、ヴェーネに言った。


「交流のある勇者は、どれほどいるんだ?」


 その質問に、彼女が指を折りながら数え始めた。しかし一向に数え終わる気配がない、数えきれないほど沢山いるということが分かって、俺はそれを止めさせた。


「お友達が多そうで、うらやましい限りだよまったく」

「あら嫉妬?」

「違わい!」


 くすくすと楽しそうに目を細めてから、ヴェーネは事情を話しだした。


「あたし一人だと、何の力もない小娘だからね。味方になってくれる人は、多い方が助かるの」

「…まあそうだろうな」

「だからお友達を一杯作っておくのよ、いざという時、頼りになるお友達をね」


 それが彼女なりの生存戦略なのは分かるけれど、分からないこともあった。しかし、それを指摘するべきかどうか迷う、なにせ今俺は、彼女に下手な発言ができない、藪をつついて蛇に絞殺される可能性が高い。


「…何か言いたいことがあるんでしょ?」

「えっ!?へ、変なこと言うなよ!お、俺そんなこと言ってないだろ?言いがかりはよせよな」

「あのねリオン、確実に要求を通すには、観察眼が優れてないとダメなの。おねだりの天才である、あたしの前で隠し事ができるとは思わないことね」


 そう言って俺のことを睨むヴェーネの目は、いつものような雰囲気ではなく、鋭利に尖った針のようだった。見透かされているのは、もう十分理解している。正直に話して機嫌を損ねられるのはマズいが、話さないともっと機嫌を損ねそうだ。


「分かったから睨むなよ。俺が気になったのは、どうしてそんなに友達が多いのに、ヴェーネがあまり周りに人を置かないのかってことだよ」

「は?」


 ヴェーネはきょとんとした表情で、口を開けていた。怒りというよりは、驚きの感情が強そうだ。


「だってそうじゃないか?ガメルの時も、ヴェーネに心酔したお付きの兵士が沢山いたはずなのに、ずっとくっついていたのはレダだけだ。ここでだって、正直他の友達が沢山味方に付きまとっていたら、俺も捕縛は諦めていたと思う。そりゃ、おねだりの最中は邪魔かもしれないけど、何人か護衛についてもらうことはできるだろ?」


 恐らく彼女は、本気を出せばどんな要求でも飲ませることができる才能があると思う。人心掌握にかけては、人並み外れた才覚の持ち主だ。


 だけど自分でも言っているように、戦闘能力については皆無だ。ならば戦える誰かを近くに置いておく方が、合理的ではないのかと気になっていた。


 聞いてからしばらく、ヴェーネは俯いて何かを考えこんでいた。正直、そういう行動をされる度にひやひやするからやめてほしいが、今はこちらからつべこべ言うこともできない。


 沈黙が怖い。けれど何も言えず、反応を待ち続けていると、ヴェーネが突然顔を上げた。そのことに慌てて、飲んでいたお茶でむせ返る。


「そんなことより、今の勇者の情勢について話しましょうか。それが本命でしょ?」


 俺はせき込みながら、無理やり話題を変えようとする彼女の表情を窺った。その時の顔は、どこか影があって暗く、見たことのない神妙な面持ちをしていた。


 そのことが気にはなったが、話題を変えたということは、追及はしてくるな、と暗に言われているも同然だ。俺はとりあえず、頷いて同意した。




「勇者たちの近況だけど、リオンはどこまで知ってる?」

「隠す意味もないからぶっちゃけるけど、本当に全然知らない。俺ずっと素材集めであちこちに行ってたから」


 その間、依頼を受けたりもしなかった。いや、受けられなかった。エルフの里パランジーは俗世から隔絶されすぎていたし、ミシティックには協定がない、アームルートではやる気を失っていて、活動しようとも思わなかった。


「じゃあ世界中で徐々に魔物の被害が増えてることも知らないか」

「そうなのか?」

「うん。じわりじわりとだけど、あちこちで被害が出始めてるの。依頼の件数も増えてるし、小さな村や集落なんかは、防衛の手が回らないから放棄して避難させることも多くなってきたわ」


 生活圏の放棄、魔王復活に際して魔物の活動が活性化した時に、取られることがある緊急措置だ。しかしこれは、あまり好まれないし、取る手段としては最後の方まで置いておかれることが多い。


 依頼の件数が増えているということは、周辺で魔物の数が増えているということだ。頭数が多いのは、比較的小物の魔物だ。力がそこまで強くない魔物は、寄り集まって群れで動く。すると人との生活圏の奪い合いが自然と発生して、防衛のためにこういった手段を取らざるをえなくなる。


 だが住み慣れた場所を離れるというのは、想像以上にストレスがかかる。持ち出せる荷物にも限りがあるし、急なことで、折角建てた家や耕した田畑も、放棄しなければならない。仕方がないと分かっていても、怒りや不満は貯まっていく、その矛先が向くのは、当然国と政治だ。


「もうそんな手段を取らなきゃならない所まであるのか?」

「勇者側にも大怪我を負う人が増えてきていて、死者も出たって話を最近よく聞くようになってきたわ。流石にこっちはまだ多くはないけどね」

「命がけの戦いだからな、それも覚悟の上だ。でも、無念だっただろうな」


 俺は名も姿も知らぬ勇者を想い、黙とうを捧げた。どれだけ訓練を積んで強くなっても、死ぬときは死ぬ、それが戦いだ。せめて安らかであれと願う。


「…律儀ね」

「同じ勇者だ、その死んだ誰かは、もしかしたら俺だった可能性だってある」

「そう…、確かにそうかもね」


 ヴェーネの話を聞いていて、少し気になるところがあった。俺は世界地図を取り出すと、机の上に広げてから聞いた。


「覚えている限りでいい。生活圏の放棄をせざるを得なくなった国はどこだ?」

「ええと、こことここと、それからここも」


 何か所かヴェーネが指さして国を示した。俺はそこに、印を書き込んでいく。被害があった国は、比較的小国が多く、大国はない。


 防衛力が違うので、当たり前の差のように感じるが、大国には被害がなくて、小国には被害が集まっているのが気になる。大国の方が領土が広く、それだけ魔物と接する機会や、強大な魔物が育つことのできる場所も多いはずだ。


「なあ、こうして見ると、小国ばかりに被害が集中していると思わないか?」

「え?うーん…、言われてみると、そう、かも?」

「それと考えすぎかもしれないが、大国の近くにある小国ばかりが被害に遭ってるように見える。これじゃあ不満の矛先が、魔物じゃなくて大国に向きかねない。国力があるのに、どうして守ってくれないんだってな」


 魔物が出現場所を選ぶとは思えない、普段よりも知能が発達する魔物がいることもあるが、それは個体単位の話だ。このような戦略じみた真似は、一匹や二匹ではできない。考え過ぎだろうか。


「勇者に被害を出した魔物が出現した国はどこか分かるか?」

「全部じゃないけど…」

「知ってる限りでいいよ」


 ヴェーネが指し示したのは、二か所、どちらも大国だ。強大な魔物は、勇者の奮闘によって食い止められ、その犠牲のおかげで、大国は守られる。やはり少々奇妙な感覚を覚えた。


 自然なようでいて不自然、何か意図を感じさせるような、そんな気がした。しかし、どこまでいっても推測に過ぎない、杞憂であればいいのだが。


「魔王城の捜索は?」

「そっちはもう全然ダメ。強大な魔物は何匹か勇者によって討伐されてるけど、魔王城の手がかりは無し」

「…歴史を見ると、強い魔物が出現する場所では、魔王城の手がかりが見つかることが多い、何事にも例外はあるけれど、自分の居城を守るためにも強い手駒を近くに配置するのは定石だ。これだけ被害が出て、手がかり無しってのは…」

「珍しいの?」

「はっきりしたことは分からないから、そうとも言いにくいけど、勇者側が苦戦を強いられているのは確かかな」


 魔物討伐などで一定の成果は上げているようだが、魔王城の手がかりは無い。本拠地で魔王を叩くことができないと、魔物の被害は一向に減ることがない。各国の勇者が力を尽くしているが、このままでは、あまりよくない情勢になっていくだろう。


「ありがとうヴェーネ。思いがけず、空白の時間を埋められたよ」

「…感謝はいいわ。取引だし」


 どうも彼女の反応が悪い。にこにこと蠱惑的な笑みを浮かべ、こちらの心を見透かしたようにからかってくるのがヴェーネなのに、今の様子は、どこか暗く沈んだように見える。


 勿論分かりやすくその様子を見せることはないが、散々からかわれたからだろうか、嘘、というよりも、彼女が何かを取り繕っているのが分かった。


「情報は伝えたわ、これで見逃してもらえるわよね?」

「取引だからな。仕方ない」

「…あたし、もうしばらくこの国にいるから。お互いの弱点を握り合っているんだし、裏切らないように、しばらく動向をみたいでしょ?」

「分かった。居場所は?」

「近くの宿屋。だけど、会いには来ないでね」

「それくらい弁えてるよ。じゃあ先に出な、俺は支払いを終えてから行くよ」


 ヴェーネからの心証を少しでもよくするために、ここの支払いは俺が持つことにした。本当は自分の分だけ払って出たかったけれど、致し方ない。


 立ち去り際、ヴェーネから「もう会いたくないわ」と耳打ちされた。俺もだ、と返すと、彼女はくすりと笑った。その笑みの理由、ヴェーネの心の内は分からない、彼女を理解するのは、とても難しいだろうなと、そう思った。

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