語らい再び
俺はルネを縄で縛って拘束した。苦痛はそれほど長続きしないから、早いところ動きを制限しておかないと、また逃げられてしまう。
ダンナーさんの方は…、一体どうするべきか。俺が床に転がる彼を見て困っていると、見かねたルネが、ため息をついてから言った。
「仕方ない。こっちは私が見ておきますから、ヴェーネの方はリオンさんが何とかしてください」
「いいの?」
「そっちは手続きが面倒くさそうだし、一応勇者であるリオンさんの方が、色々と話が早いでしょ」
「一応は余計だよルネくん?」
そんなやり取りをしていると、ダンナーさんが「うぅ」とうめき声を上げながら起き上がってきた。やはりヴェーネと違い、何度も霊薬の効果を受けているだけに、回復も早い。
「クソッ!無茶苦茶しやがるなあっオイ!」
「自業自得でしょ。それとも、私たちに何か文句がありますか?うん?犯罪者になりかけていたところを、わざわざ止めてあげたんですよ?」
「ぐっ、ぐぐぐ…」
やはりダンナーさんはルネに弱い、そもそも事実しか言われていないので自業自得だ。セイコさんのことを思うと、どんな擁護もできない。
「ほら、色ボケダメオヤジ。これがご注文の魂石ですよ。使えるかどうか確認しなさい」
「あれ、いつの間に?」
いつの間にかルネに魂石をスリ取られていた。別にいいけど、どんどん遠慮がなくなってないだろうか?いや、元からこんなものか。ルネに対して色々麻痺している気がする。
ダンナーさんはまだまだ文句のありそうな顔をしていたが、ルネが取り出した魂石を見ると、途端に目の色を変えて、手からそれを奪い取った。
「なんだこりゃあ?こんな状態の魂石、見たことねえぞ。こりゃすげえ。ああ、プリミティブはどこに置いたっけか、早いところ素材の相性を確認しねえと」
もうすっかり職人の顔に戻って、どたばたと忙しそうに店を駆け回りだした。道具や素材を集め出して、俺はエリュシルをひったくられた。そして邪魔だから出ていけと、あまりにも理不尽なことを言われ、ルネを残して、俺はヴェーネを連れて外に出た。
「では、ダンナー殿はもう大丈夫そうですかな?」
「ええ、エリュシルと素材を抱えて、目を輝かせてましたよ」
「ほっほっほ、鍛冶師の血が騒いだんじゃろうのう」
外で待っていたマルスさんに事情を説明した。ヴェーネはすでに霊薬の効果が切れていたが、ずっとそっぽを向いて黙り込んでいる。
「しかし、エリュシルを手放しても大丈夫ですかの?また戻ってきてしまうのでは?」
「それなんですけど、どうもあの墓での一件以来、呪いじみた縛りがなくなったんです。本来の機能は残っているから、精気と魔力は吸われ続けているんですけどね」
そこだけは、どうも手放しても変わらないらしい。ラオルの話を聞いて推測した限り、エリュシルとその持ち主の繋がりはとても強い、手放した程度では、その繋がりが切れることもないのだろう、そうでなければ、ラオルの能力の制御に支障をきたす。
戦闘中、常に剣を手にし続けられるとも限らないし、剣を抜かずとも能力を使いたい状況だってあるはずだ。ラオルの疾風迅雷は、体にかかる負担が大きい、その対策のために考えられた機能ではないかと思う。
とりあえず今は、剣を手放しても絶対に戻ってくるという、呪いの人形じみた怪現象はなくなったし、他の武具を手にして、砂に変わることもなくなった。理屈は不明だが、その事実だけ分かっていれば十分だ。
「で、マルスさん。申し訳ないですが、これからセイコさんのところに行ってもらえませんか?セイコさんが一番ダンナーさんのことを心配していたはずですから、早いところ状況を教えてあげたいんです」
「ふむ、そうですな。では不肖マルス、その任を請け負いましょうぞ」
「ルネがくれぐれも足元に気をつけるようにと言ってました」
「まったく心配性じゃのうルネちゃんは、大丈夫、これくらいのことはわしにもできますじゃ」
それだけ言うと、マルスさんは笑顔で手を振って元気に刀をついて歩いて行った。一人で行かせていいものかと最初は心配したが、意外にもこれについて許可をしたのはルネだった。
「マルスおじいちゃんなら、セイコさんのことも上手に慰められると思うんです。それに…、その…、いつまでも泣いているのは、彼女らしくないと思います…」
ルネからこんな言葉が出てくるとは思わなかった。それだけ、あの痛々しい姿を見て、思うところがあったのだろう。俺も同意見だったし、マルスさんをセイコさんの所に行かせるのは、いい選択だと思う。
「さてと、じゃあ俺たちも行くか。ずっとだんまりのヴェーネさん?」
「…はあ。こんな乱暴なエスコート、とても紳士とは言えないわね、リオン」
「俺にそんなもの期待するな」
ヴェーネは実に不満そうに唇を尖らせてみせた。俺はそれに、そっぽを向いて無視をした。
縛ってあるヴェーネを先に歩かせて、その後をついていく。道中で、ヴェーネが突然ぴたりと足を止めた。
「どうした?きりきり歩け」
「取引しましょ」
「はあ!?」
何を言い出すかと思えば、取引だあ?そんなものに、俺が本当に乗ると思っているのか。
「する訳ない。お前を警察に引き渡しておしまいだ」
「あら、いいのかしら、そんなに強気な態度で」
「いやいや、お前こそどうしてそこまで強気でいられるんだ?」
そう言うと、何故かヴェーネはもじもじと、艶めかしく身をよじった。不覚にも一瞬ドキッとしたが、頭を振って雑念を消し飛ばす。よく見ると、後ろ手で縛られている手をよく動かしているので、からかわれているのだと分かった。
「何を見せたいんだ?」
「あたしそんなこと言った?」
「縛られてるから取れないって口で言えばいいだろうが」
「ふふっ、以心伝心ね。服の胸元あたりに手を入れてくれる?多少触れてもいいから」
「はあっ!?」
「いいから早く」
胸を突き出す恰好をして待つヴェーネ、渋々と、そして恐る恐る手を伸ばし、なるべく触れないように気をつけながら探ると、とんでもない物を見つけて、それをずるっと引き出した。
「これは…、勇者の証のメダル!?」
「そ、あたしは今ルミナークって国の公認勇者なの」
「いや、でも、ええ…?」
偽造されたものではない、何度見ても本物のメダルだ。何があって、どんな手を使ったのか、疑問で頭が一杯になって思い切り混乱した。
「お、お前、これどうやって…」
「詳しく聞きたいでしょ?」
悔しいけれど聞きたい。俺がこくこくと頷くと、ヴェーネがくすりと笑った。こいつは、ルネとは違う方向性の腹立たしさがある、苦手だ。
このまま立ち話は嫌だとゴネるので、仕方なく俺たちは、近くの飲食店に入った。席につくと、拘束を解けとも言ってゴネ出した。
「そんなことできるか」
「別にリオンがそう言うならあたしも従うけど、周りの人たちから見て、今のあたしたち二人って、どう見えてるのかな?」
後ろ手を縄で縛って拘束した女を連れた男、どう見ても、怪しい関係か、いかがわしい関係性にしか見えない。一々言うことがもっともらしいのが嫌だ。
「それにあたし、飲み物とか注文するわよ?犬みたいに、這いつくばって飲ませるの?ああもしかして、あなたはそういうのがお好み?それなら合わせてあげようかな」
「…逃げるつもりだろ」
「言っておくけど、あたしは本当に戦闘能力皆無よ?あなたがいくら身体能力が弱体化しているとはいえ、勇者のあなたが一般人を逃がすの?」
一応、ナイフなどの軽武器は携行している、それに、確かに俺は弱体化しているが、流石にヴェーネを逃がすほどではない。それくらい、俺と彼女の戦力差は離れている。
というか恐らく、こいつはそのことも計算に入れた上で俺に提案をしている。断る理由もないように、説得しているんだ。考えが見透かされているのが腹立たしい。
「仕方ない。変な誤解されても嫌だし、解いてやる。その代わり、逃げ出そうとしたと俺が判断したら、すぐさま警察に突き出す。いいな?」
「勿論。さ、解いて」
縄を切って拘束を解いてやると、ヴェーネは腕を軽く振って小さくため息をついた。そして蠱惑的な笑みを浮かべると、その大きな瞳で俺の目をまっすぐと見据えた。
「あの月夜以来か、楽しくなりそうねリオン」
こうして語らうことなど、もうないと思っていた。しかし、何の因果か、こうしてもう一度ヴェーネと話すことになった。俺は頭を抱えると、店員にお茶を二つ注文した。




