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会いたくない相手は突然に

 セイコさんが一向に落ち着く気配がなかったので、俺はルネとマルスさんにその場を任せて、オトットさんの元へ向かうことにした。


 悲しそうに泣きわめく今の彼女を、このまま一人にしておくのは不憫だ、ルネを置いておくのはいささか不安ではあったが、流石に今の状態に追い打ちをかけるような真似はしないだろう。


 しかしダンナーさん、酒の次は浮気か。酒については、順調に回復している様子だったのに、俺たちがいない間、一体何があったのだろうか。どのみち、本当に鍛冶仕事以外はダメな人だ。


 鍛冶ギルドを訪れると、実にすんなりとオトットさんまで取り次いでくれた。どうやら彼の方も俺の来訪を待っていたらしい、俺が執務室に入ると、忙しなく動かしていた手を止めてペンを置いた。


「ああリオン様、お待ちしていました。ご足労いただき感謝します」

「いえそんな、俺の方こそオトットさんに助けてもらいたくて、一体ダンナーさんに、何があったんですか?」


 その問いかけに、オトットさんは苦々しい表情で眉を顰めた。基本的に常に笑顔を絶やさない人なのだが、今回ばかりはやはり、相当事情が異なるようだ。


「まずはおかけください、説明させていただきますので」


 俺はそれに同意し、オトットさんの向こう正面に座った。重苦しい雰囲気の中、もっと重そうなオトットさんの口が、ゆっくりと今回の騒動について語り始めた。




 騒動が起こったのは、俺たちがアームルートへ発ってからすぐのことだったそうだ。とある女性が、偉大な炉を訪れて、ダンナーさんに仕事を依頼したらしい。中々の大口の仕事だったのか、ダンナーさんは、一週間近くは、その女性の依頼に取り組んでいたという。


 仕事が終わるまでの間、女性が何度も偉大な炉を訪れている姿が目撃されていた。依頼の進捗を確認するにしても、あまりに頻繁に出入りしていることもあって、近所の人の印象に残って証言が得られた。


 そして仕事を終えた期限の一週間が過ぎても、女性はまだ偉大な炉に通っていた。そしてダンナーさんは突然、他の仕事の依頼を一切断り、セイコさんの所から学びに来ていた弟子も、全員を帰して締め出してしまった。


 真っ先に異変に気が付いたのはセイコさんだった。突然、詳しい理由も告げられず、弟子を帰されたのだから、当然彼に何かあったのかと心配した。しかし都合の悪いことに、セイコさんはセイコさんで、その時に大きな仕事を抱えていた。


 自分で確認する暇がなかったので、セイコさんはオトットさんを頼ることにした。彼は彼で、ギルドから回した仕事を、一方的に打ち切ったダンナーさんに困っていた。そんな不義理なことを続けていては、取り戻しかけていた信頼がまた失われかねない、オトットさんは忙しい中時間を作り、直接兄のダンナーさんの元を訪れた。


 だがそこで目にしたのは、すっかり閉め切られていた偉大な炉だった。朝から晩までずっと閉店の札が掛けられており、呼びかけても、中からはまったく反応がない。


 もしかしたら、病気で倒れていたり、事故や事件などに巻き込まれている可能性もある。そう踏んだオトットさんは、強引に鍵をこじ開けて、店の中に入った。すると意外にも、ダンナーさんはひょっこりと顔を出した。


 とりあえず兄が無事であることを確認してほっと胸をなでおろしたオトットさんだったが、顔を出したダンナーさんは、鬼のような怒りの形相で、とんでもないことを言い始めた。


「勝手に入ってくるんじゃねえ馬鹿野郎!ここは俺の店、俺の仕事場だぞ!どういう了見でテメエが足を踏み入れてるんだ?ああ!?」


 何とオトットさんのことを罵倒し始めたのだ。どうもこうも、突如様子が分からなくなった兄を心配しての行動であるにも関わらず、ダンナーさんは、怒り心頭で怒鳴り散らした。


 散々口論になった挙句、店から追い出されたオトットさんだったが、立ち去り際、ごくわずかな時間であったが、少しだけ、依頼主である女性の姿を目にすることができた。


 ダンナーさんと、とても親し気な様子で語らっており、先ほどまで怒声を上げていた彼を、あっという間に宥めてしまった。傍目に見てもただならぬ関係なのは明白で、オトットさんは、とにかくその様子を目に焼き付けようと努めた。


「その女性は、一見少女と見紛う姿をしており、それでいて魔性の妖艶さも感じさせる方でした。真綿のように美しい亜麻色の長い髪、そして香しい花のような香りを漂わせ、身長こそ小さいものの、その体つきはまるで…」

「ちょ、ちょっと待ってもらえますか」


 流石にこのまま黙っていられなくなった俺は、オトットさんの言葉を遮った。ものすごく嫌な予感がする。というのも、彼の語る女性の特徴を、俺は知っている。もう会いたくなかった相手の筆頭に上がる、あのとんでもない女ではないかと、嫌な考えがよぎった。


「背は小さかったんですね?」

「はい」

「だけど子どものような幼さはない」

「そうです」

「亜麻色の髪は背丈ほどありましたか?」

「ええ、とても長い髪でしたね」

「…分からなければ答えてもらわなくても結構ですが、遠目に見て、その女性がハーフリングではないかと思いませんでしたか?」

「ああ、そう言われるとしっくりきますね。彼女は確かに、ハーフリングだったと思います」


 自分の中の点と点が、どんどん繋がって線になる。そしてその線が向かう先にいるものが、こと男性を誑し込むことにかけては、右に出る者はいない曲者だ。


 なんたってその女は、一国の王に取り入り、思うがままに操ったという実績がある。そう、当てはまる人物は一人しかいない。


 間違いなく、ダンナーさんに引っ付いているのは、あのヴェーネだ。ガメルの王ヴィルヘルムを誑し込み、勇者制度を利用してパパ活を行っていたあのヴェーネだ。


 くそっ、奇しくも俺は、ゴウカバへ到着する前に、ガメルでの生活のことを夢に見ていた。まさかこんな形で現実と関わってくるなんて、これが予知夢というやつだろうか、いや違う、こんなものただの悪夢だ。


 ああ、言いたくない。これから俺は本当に言いたくないけれど、オトットさんに伝えなければならないことがある。


「…実は、多分ですけど、俺は、…俺はその、その人物に心当たりがあります」


 関わらない選択肢はなかったけれど、気が重い事実は隠せない。件の女性が本当にヴェーネだとしたら、ガメルの事件に関わっていた勇者の俺が、無関心を貫く訳にはいかなかった。




「ヴェーネ?…ってあのヴェーネですか?パパ活の?」

「ああ、オトットさんから特徴を聞いた。今のところすべて当てはまっている」

「ふぅむ、あの時の娘ですか…。あれだけの大立ち回りをしておいて、まんまと逃げおおせている。只者ではないことは確かですじゃ」


 俺はオトットさんと話して判明したことを、ルネとマルスさんに伝えて共有した。二人とも、まさかここでその名前が出てくるとは思ってもみなかったようで、驚きを隠せない表情だった。気持ちはよく分かる。


 そしてマルスさんの言う通り、ヴェーネが関わっているとなると、そう簡単には解決できないだろう。まず間違いなく、すでに彼女は逃げる算段をつけているはず、こんなことなら、最初に偉大な炉を訪れなければよかった。


「ヴェーネなら、もう俺たちの存在に感づいているのは、間違いないはずです。こっちも気づいているなら、相手も気づいている、それくらいの嗅覚がなければ、今まで逃げられはしなかったでしょう」

「でしょうね。というか、こうして呑気に話している場合ではないのでは?早いところ、あのダメオヤジの所に乗り込んで、パパ活女をとっ捕まえるべきじゃあないんですか?」

「ルネちゃんの意見には一理あるのじゃが、そうもいかんとわしは思っておる。何か罠を仕掛けたり、策を練らねば、無策では相手の思うつぼじゃろうて」


 正直、判断は難しいところだ。ルネの言うこともマルスさんの言うことも、どちらも正しい。時間をかければ、それだけ逃げる余裕を与え、作戦もなくやみくもに突撃すれば、ヴェーネに付け入る隙を与えてしまうだろう。


「二人の意見、どちらも正しいと思います。…ただ、今から策を考えるには、ちょっと時間が足りない。今回は、速攻でいきましょう。いいですか?結構力技でいきますよ。まずは…」


 面倒くさいことになった。まったく、どうしてダンナーさんも、ヴェーネなんかに引っ掛かるんだ。セイコさんを泣かせてまで、貢ぐような相手じゃないだろう。


 憤りは収まらないが、今はとにもかくにもヴェーネを捕らえなければ、何も始まらないし、終わらない。俺はオトットさんの話を聞いてから、考え続けていた作戦を二人に話すと、その内容に同意してもらってから、必要なものを用意して、もう一度偉大な炉へと向かうのだった。

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