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あゝダメオヤジ

 オリハルコン、魔砂プリミティブ、そしてラオルの魂が込められた魂石。俺たちはこれだけの素材を集めることができた。次の目的はゴウカバへ戻り、ダンナーさんに手に入れた魂石を渡す。


 旅立ちに際して、ヘンリーさんが少しばかり路銀を援助してくれた。最初は遠慮したのだが、どうしてもと頼み込まれて、断り切れなかった。


 しかし正直言って援助は助かった。というのも、エリュシルを取り戻した影響が体に強く出ており、とてつもなくだるい。手に入れた当初よりも絶不調で、酷いものだった。


「ううぅ…」

「うるさいですよ、リオンさん。今霊薬を調合してますから、待っててください」

「仕方ないだろぉ…、体が辛くて、勝手に声が出ちゃうんだよぉ…」

「ディープスリープすら効かないって、改めてとんでもない状態ですね、それ」


 眠っていても、体が痛くて何度も目が覚めてしまう、恐らくラオル戦で全力を出し過ぎた反動だろう、酷い筋肉痛が、長くじくじくと残り続けている感覚だ。


「マルスさんはいいなあ、この揺れる馬車の中でも、平気で眠れるんだからなあ…」

「疲れやすい高齢者を羨んでどうするんですか。それにマルスおじいちゃんは、私の魔法も込みで寝てるんですよ」

「そうだけどさあ…」

「はい、効くかどうか分かりませんが、痛み止めの霊薬です。ぐいっと飲んでください」


 ルネから差し出されたのは、朽葉色の液体が入ったカップだった。ツンとくる匂いも相まって、とてもぐいっといける気がしない。


 ちらちらとルネの顔を窺っていると、きつくにらみつけられた。無言だったが、つべこべ言わずにさっさと飲めと言われていた。


「ええい、ままよ!」


 俺は鼻をつまんで一気に霊薬を飲み干した。ごくりと最後の一滴まで飲み干すと、つま先から頭のてっぺんまで、ぐーっと熱が上がってきて、やがてそれが全身に広がった。何かが腹の奥底からこみ上げてきたので口を開けると、俺はぽわっと謎の煙を吐き出した。同時に鼻が痺れるような匂いがしてきて、つまんで嗅がないようにしていた意味のなさに悶絶し、のたうち回った。


「ぐぅっおおおおっっ!!」

「あはは、陸に上げられた魚みたい」


 笑ってんじゃねえ!と叫びたかったが、すでに全身に痺れが回り始めていて、口が動かせなくなっていた。ただ、味も匂いも副次効果も最悪だったが、体の痛みが突如スッと消えて、同時に俺の意識もふっと消えた。




 ふがっ!と自分の大きないびきの声に驚いて飛び起きた。ルネの霊薬を飲んだ後、俺はぐっすりと眠っていたようだ。口にはよだれの跡がべっとりとついていて、とても恥ずかしい。


「丁度いいタイミングで起きましたね、もうすぐゴウカバに到着しますよ」

「リオン殿、実に気持ちよさそうにお眠りになられていましたな」

「いびきが不快でしたが、まあ不憫さに免じて大目に見ましょう」


 俺が爆睡していたところは、しっかりと二人に見られていたようで、俺は言葉もなく、ただただ赤面するしかなかった。何とか恥を誤魔化せないかと、ストレッチをしてよく眠れたアピールをしておく。


「いやーおかげさまですっきりした!ありがとなルネ!」

「そんな、慌ててごまかして恥ずかしがることもないでしょ?もっと無様な姿は、今まで一杯見てきてるんですから」

「う、うるさいな!」

「ほっほっほ、大丈夫ですじゃリオン殿。安全第一!や、遅れて申し訳ありません!や、すみません!急ぎます!という大きな寝言は、このマルス、秘密にして墓場に持っていく所存ですじゃ」

「ちょっ!よ、余計なことは言わなくていいですから!」


 マルスさんの言から読み取るに、俺はどうも、ガメルで日雇いの仕事を見つけ、肉体労働に勤しんでいた時の夢を見ていたらしい。


 今思えばあれもいい経験だったし、思い出もあるけれど、やっぱり辛いことは辛かったんだなと、俺はしみじみ思い返した。荷運びの往復に、積み込みと積み下ろし、肉体労働の日々は非常に堪えた。その分鍛えられたけど。


 そんな俺の恥ずかしい行動の話をしていると、ゴウカバに到着した。考えてみると、ゴウカバへは、もう4度目の来訪になる。素材を取りに行って、帰ってきて、また行っての繰り返しだ。もはや懐かしさと安心感さえ覚えるこの場所に、またしても足を踏み入れた。




「あれ?」


 俺たちはまっすぐにダンナーさんの店「偉大な炉」に向かったのだが、扉が閉められて鍵がかけられていた。店が開いていないどころか、明かりすらついていない。


 まるで初めて訪れた時のような寂れ具合だった。全員この状況に困惑するほかなく、一体何があったのだろうと、俺はダンナーさんの身を案じた。


「ううむ、ダンナー殿は、どこかに出かけておられるのだろうか」

「でも店の中からかすかに物音は聞こえてきますよ?小さいけど、話し声みたいなものも」


 ルネは扉に耳を寄せて店の中の音を聞いていた。聞き取れた様子から察するに、ダンナーさんは店の中にいるようだが、いくら呼びかけても応答がない。


「居留守ですか?あのヤオジ、上等ですよ、この店を魔法で焼いて、炙り出しましょう」

「待て待てルネ!落ち着けよ。もしかしたら、返事もできないくらい取り込んでるのかもしれないだろ?セイコさんなら何か知ってるはずだ、そっちに行ってみよう」


 俺は怒るルネを何とか説得して宥めた。今の彼女には知恵の宝玉がある、やろうと思えばやれる、一番怒らせてはならない相手だ。


 ともかく俺たちは、セイコさんの店「剛鉄火」に向かった。ここは相変わらず活気あふれる店で、お客さんもひっきりなしにやってくる。しかしどこか、セイコさんのお弟子さんたちの空気が、ぴりぴりと張りつめ緊張しているような気がした。


 何だかあまりいい予感はしない。一応セイコさんは、俺たちと会ってくれるそうだが、案内をしてくれた弟子の人に、あまり刺激しないでください、と念入りに注意された。扉をノックすると、セイコさんの鋭い声が飛んでくる。


「リオンたちだけ入れてお前は持ち場に戻れ。後は私がやる」

「はい!失礼します!」


 ぴーんと真っすぐ立った棒のような姿勢で返事をすると、ものすごくぎこちない動き方で弟子は持ち場に戻っていく、彼はセイコさんの声を聞いた時から、額から汗が噴き出していた。


「ボーっと突っ立ってるんじゃないよ!さっさと入んなリオン!」


 セイコさんの怒声が飛んできて、俺も思わずぴしっと背筋が伸びた。扉越しだというのに、怒りに満ちた空気が伝わってきていて、あの緊張感はこれのせいかと納得した。




 部屋に入ると、セイコさんがいた。しかし、その様子はおかしいという表現では、生易しく、ハッキリ言って異常だった。


 部屋の中の様子は、普段ならば綺麗に整理整頓されていたはずの棚はごちゃごちゃで、大量の本や資料が床に散乱していた。


 何よりも恐ろしかったのは、写真を飾っていた額縁が、粉々に割られていたことだ。俺の記憶だと、そこに写っていたのは、ダンナーさんの姿だったはずだ。彼が写った写真を飾っていた額縁だけが壊されて、あちこちに散らばっていた。


「何してる、早くこっち来な」


 セイコさんのまとう怒り心頭の雰囲気と、部屋の薄暗い照明が相まって、恐ろしいことこの上ない。恐る恐る床に落ちているものを踏まないよう、細心の注意を払って歩き、俺はセイコさんの前に進み出た。


「で、用件はなんだ?手短に話せ」

「ひ、ひぃ!」

「ひぃ?」


 ヤバい。はいと返事をしたつもりが、恐怖心が勝ってしまった。口からでたのは、返事ではなく悲鳴だった。俺はここで死ぬかもしれない。


「はあ、リオンさんはもういいです。退いていてください」


 俺はルネにぐいっと押しのけられた。代わりにルネがセイコさんに話しかける。


「この様子を見れば考えるまでもなく、何かあったのは間違いないはずです。それで聞きますが、あのダメオヤジ、今度は何をやらかしたんですか?」


 こういう時、ルネの無遠慮さと度胸はとても頼もしかった。俺も便乗して、こくこくと頷いておいた。


「…の野郎は」

「何ですか?」

「…あの野郎はなあ」


 セイコさんの肩がぶるぶると怒りに震えている。俺はその背後に、燃え盛る業火をみた。怖い。しかしルネはまったく怯むことがなかった。


「もっとはっきりしゃべってくれませんか?ぶつぶつぶつぶつ、あなたらしくないですよ?」


 こいつ、恐れ知らずか。怒りのボルテージがどんどん高まっていくセイコさんを前にして、ルネはバッサリとそう言い放った。強い。ある意味尊敬する。


 だけどセイコさんの目がカッと見開いたのを見て、絶対余計なこと言ったと俺は恐怖に震えあがった。立ち上がった彼女が、バアンッと机を叩いて粉砕した瞬間、俺は即座に土下座しようと床に膝と手をついた。


「あの野郎!!私がいながら、他の女に手え出しやがったんだ!!許せねえ…、絶対に許せねえ!!絶縁だ馬鹿野郎!!」


 俺は土下座手前の姿勢で、ルネとマルスさんは立ったまま、ぽかんと口を開けた。このセイコさんのまさかの発言に、誰が驚かずにいられようか、開いた口が塞がらないとはこのことだ。


 叫んだ直後、セイコさんは大粒の涙をボロボロとこぼしながらわっと声を上げて泣き始めた。俺たち三人はすぐさま駆け寄って彼女を慰めたが、またしても大変な事態に陥っていることに、正直頭を悩ませていた。

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