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勝利の後は

 目を覚ました時、俺はまだあの謎の空間にいた。バッと体を起こし、そういえばと、急いで回復魔法を唱えた。体中傷だらけで、血も多く失ってしまった。すぐに治療しないと、死んでしまう。


「あれっ?」


 だがそんな心配はまったくの無用だった。体中についていたはずの傷も、血で染まっていたはずの体も、すっかり元通りで、綺麗に戻っていた。


「何だこれ、どうして…」

「それはここが、ものすっごく特殊な空間だからだよ」


 背後から声が聞こえてきた。振り返った先に見えたのは、先ほど倒したはずの伝説の勇者ラオルだった。


「ったく酷いよなあ、何も真っ二つにすることないだろ」

「何で生きて、いや生きてはいないのか、え?あれえ?」


 分かりやすく混乱している俺のことを見て、ラオルは実に愉快そうな笑い声をあげた。すごく今更の話だが、この場所は一体なんだ?何故過去に死んだはずのラオルと会話ができる?それだけじゃない、さっきまで散々攻撃されて、俺は確かに死にそうなほどの痛みを感じたし、血だって実際に流れた。


「何なんだよここはー!?」

「遅い遅い。その感想遅いって」

「お前が何の説明もなくここに呼び寄せて、問答無用に襲い掛かってきたからだろうが!!」

「そうだったっけ?」

「そうだったっけ?じゃねえんだよ!!とにかく説明しろー!!」


 ため込んできた心の叫びが堰を切って飛び出してきた。誰でもいいから現状の説明がほしい。よく調べもせず、何も分からないまま、ただ再戦するために無鉄砲な行動を起こした俺が言えることでもないが、本当に訳が分からなかった。




 一しきり大騒ぎして、俺はようやく落ち着いた。大声を上げて浮かない気分を発散させると、しばらくの間は叫ぶ元気もなくなって、強制的に落ち着かざるを得ない、俺が旅の道中で、どうしても耐えられなくなった時に考え付いたものだ。主にルネを相手にした時のストレスに使用される。


 ともあれ、これで話を聞く準備が整った。俺は今、ラオルと向かい合って地べたに座っていた。とてもおとぎ話の中の英雄との対話風景とは思えない。


「まず始めに、ちゃんと俺はお前に負けて斬られたよ、そこは負けを認める、安心してくれ」

「安心ねえ…、そんなぴんぴんとした元気な様子を見せられたら、とても安心できないけどな」

「それは仕方ないだろ。俺はもう、一度ちゃんと死んでるんだ。それをもう一度殺すことなんかできねえよ。あの時消えたのも、演出みたいなもんだ。ちゃんと勝ったぞって実感が欲しかっただろ?」


 やはり彼が死人であることは間違いないようだ。消え去る演出は、要らぬ気遣いだと言いたいところだったが、正直達成感があったのが悔しい。


「次にこの空間だが、正直俺にもよく分かってない」

「はあ?」

「最初に言っただろ?初めてやることだって。覚えてないか?」


 言われてみると、確かにそんなことを言っていた。ラオルはまだ声も発せず、体も上手く動かせない様子だったし、初めてやることだったという言葉に嘘はなさそうだ。しかし分かっていないという言葉が引っかかる。


「じゃあこの謎空間については、何も分からないってことか?」

「それは違うな、ここが何なのか、どうやってできたのかは俺にも分からないが、ちゃんと目的があって、俺の意思で作り出したものだ。だから俺の思い通りにできる、お前の傷を治したりな。そして俺の目的は、あるものを取り戻すためだ」

「…これか」


 俺がエリュシルを持ち上げると、ラオルが頷いた。俺も大概だが、どうして死したラオルがここまでエリュシルに拘るのかが気になった。


「そんなに手放したくないものだったのか?」

「手放したくないに決まってるだろ、散々苦楽を共にした愛用の剣だぞ。エリュシルはもう一人の自分みたいなもんだ、俺が勇者と呼ばれ、世界中を駆け抜けた時の思い出が詰まってる」

「…確かに、それはそうだよな。あんたが魔王を倒す最後の時まで、ずっと一緒だったからこそ、エリュシルは伝説の剣と呼ばれるようになったんだ」


 強い思い入れがない訳がない、彼の言う通りだと思った。しかし、それならそれで気になることもある。


「だけど、そんなに大切だったなら、一緒に埋葬してもらえばよかったんじゃないか?別に無理な話じゃないだろ?」

「最初は俺もそのつもりだった。だがなあ、ダリウスに頼まれたんだ、エリュシルを譲ってほしいってな。俺たちの戦いは、とにかく連敗に次ぐ連敗だった。魔物にガンガン押し込まれて、世界中がボロボロだった。人が生きていける場所も数か国程度に陥るほどの、激しい戦争だったんだ」


 ラオルがそこで一度、言葉を切った。初めて見せる表情だった。眉を顰めて苦悶するような表情、思い返すだけでも辛い日々だったのだと、語られるまでもなく分かった。


「だからな、戦後の復興のためには、分かりやすい勝利の証が必要だった。人々の支えになる、希望の証が必要だった。自分たちは、この難局を乗り越え、勝利を掴んで生き残ったんだっていう、誰の目に見ても分かる象徴が必要だったんだ」

「そうか、それなら魔王を倒した剣は、象徴にするにはうってつけだな」

「ああ、ダリウスにもそう言われたよ。後の世の人々は、エリュシルを見て苦難の時と勝利を思い出し、新たに困難な時代が訪れても、この剣を携え走り続けた勇者ラオルの背中と勇気を思い出すってな。だから俺は無二の友にこの剣を託した。人々と国々を支える柱としてくれってな」


 過去のアームルート王、ラオルの友人であったダリウス、彼の先見の明は見事なものだ。実際にラオルの話は世界中に広がり、吟遊詩人が彼の歌を歌うと、人々は勇気づけられた。


 その影響力は今現在でも続いている、伝説の勇者ラオルの名を知らないものはいないし、どんな物語にも、ラオルの影響が見え隠れする。彼への憧れが希望を生み、希望が目標を生み、そして新たな勇者が育っていった。


 魔王の復活の時がきても、その都度国々の勇者たちは立ち上がり、人々の未来と平和を勝ち取ってきた。その下地を作るために、ダリウスは伝説の勇者の剣を、希望の象徴として扱ったのだろう。ラオルの意思を、後世に伝え続けるために。


「聡明なお方だったんだな」

「当たり前だろ?俺の親友だぞ」


 ラオルは得意げな顔でにかっと笑顔を浮かべた。友人が褒められたことを、自分のことのように喜ぶ姿は、実に無邪気なもので、戦闘時の激情は微塵も感じられなかった。こっちがラオルという人間の素なんだろうなと、そう思った。


「なあリオン、俺も気になることがあるんだが、聞いてもいいか?」

「あんたに分からないことを俺が分かるとは思えないけど」

「いやいや、別に難しい話じゃない。どうしてエリュシルがお前の元にあったのか、その経緯とかを知りたいんだ」


 どうしてそんなことを聞きたいのか分からなかったが、俺はアームルートの勇者の伝統の儀式について話した。その時の話をすると、俺も苦々しい顔になる。エリュシルが折れた時の感触と絶望感は、忘れることができないからだ。




「…なるほどな。長い歴史の中で、そんな儀式が作られたのか」

「あれ?代々受け継がれてきたものじゃないのか?」


 俺がそう聞くと、ラオルは頭を振って否定した。


「バカ言うな。何度も言ったように、俺はエリュシルを他の誰かに渡すつもりは一切ない。ダリウスもそれは分かっていた。だから剣は勇者の間に安置されてから、入念に何重もの封印が施された。俺以外の他の誰にも、剣を抜けないようにな」

「えっ?はっ?で、でも、勇者の剣は勇者の手にって遺言を残したって聞いたけど?」

「お前なあ、今までの話聞いてて、俺がそんなこと言うと思うか?でっち上げだよ、でっち上げ。どっかの代のアームルート王が、そういう儀式を行うことで、権威付けや箔付けに利用したかったんだろ。本当の意図は知らないけどな」


 時の流れの中で、ラオルの意思も、ダリウスの思惑も、徐々に効力がなくなっていった。歴史のうねりの中に、当初の理念は埋もれ、別の思惑が蓋をした。要するに、エリュシルは希望の象徴から、権威の象徴に変わっていったということだ。


「まあそれについては仕方ねえよ。時代が変われば人も変わる。変化は誰にも止められない、死者には特に、な。腹立たしいことは間違いないが、これも人の世の定めだ」

「ラオル…」

「別にお前がそんな顔する必要ないって。過去は過去、今は今だ。だがそうだな、エリュシルを手にしたお前には、過去の勇者の亡霊が今一度問いただす必要があるだろう」


 ラオルは一つ咳払いをして、真剣な目つきになった。ピシッと空気が引き締まり、俺は思わず居住まいを正した。


「リオン、勇気とはなんだと思う?」


 伝説の勇者は、そんな端的な質問を、投げかけてきた。非常に真剣な、表情と眼差しで、俺は彼に、心の奥底を覗かれているような気がした。

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