リオン対ラオル その1
大量の荷物を抱えて、リオンはもう一度ラオルの墓の前に来ていた。ガシャッと大きな音を立てて荷物を置き、ドカッと墓の前に座り込んだ。
リオンには、どうやってあの謎の空間に行けるのか分かっていない。行けた時の条件も分かっていない。だから、何時間でも何日でも、墓の前座り込んで待つつもりであった。
目を閉じて、座り込んでじっと待つ。強い風が吹いても、小雨が降ってきても、リオンはピクリとも動かなかった。ただジッと待ち続ける。精神を研ぎ澄まし、集中する。想定し続けているのは、ラオルとの再戦、ただ一つだけであった。
周囲の空気の変化を感じ取り、リオンは目を開けて立ち上がった。一度経験した場所の感覚は忘れない、目の前には、あの時対峙したラオルが、すでに顕現していた。
「ったくよお、もう会うつもりなんてなかったのに、本気でじーっと座り込みやがって。俺がここに呼ばなかったらいつまで待つつもりだったんだ?」
「答えるまでもないだろ」
「…いつまでも、か。俺の子孫だから期待しちゃあいなかったが、やっぱりバカは遺伝するのかねえ」
リオンは横目でちらりと見て、一緒に持ってきた荷物が転送されているのか確認した。そのことに気が付いたラオルが、荷物を指さして言った。
「それ必要なものなんだろ?俺へのお供え物って訳じゃあねえよな?」
「必要だったか?」
「いや要らねえ。だけど、物騒な物を持ち込むのは遠慮願いたかったもんだがな」
持ってきた荷物を無造作に倒すと、そこから様々な武具が出てきた。明らかに収納の容量を超えている。リオンの背丈より長い槍まであった。
「便利なもんだな。魔法の鞄か?」
「時代は進んだ、金さえ積めば、こういうこともできる」
「ははっ、勇者のセリフか?それ」
「散々金が無い苦労をしてきた。少しくらい許されるだろ」
「…なんか、お前も大変なんだな」
「別に同情してもらいにきた訳じゃあない。本題に入ろう」
リオンはラオルを指さした。いや、より正確にいうと、ラオルが腰に下げている剣、エリュシルを指さしていた。
「俺の剣だ。返せ」
短く、力強い言葉だった。ラオルは少し驚いた表情をしてから、にやりと笑みを浮かべた。
「バカ言うな、俺の剣だ」
「死人には無用の長物だろ」
「言うねえ。最初会った時とは大違いだ。一体何があったのかな?」
「つべこべ言うな。答えは?」
ラオルは静かに、エリュシルを抜き放った。美しい刀身の切っ先をリオンに向けて、言い放つ。
「嫌だね。欲しけりゃ力づくで奪ってみせな」
「元よりそのつもりだ」
伝説の勇者ラオルと、今を生きるアームルートの勇者リオン、二人の戦いがもう一度始まりを告げた。
先手を取ったのはラオルだった。剣を構え、全力でリオンに突撃する。しかし、リオンはこれを読んでいた。荷物の中から手早く取り出したのは、二つの弩だった。
リオンは、突撃してくるラオルに射出すると同時に、弩を手放す。次は事前に用意していたチャクラムを投げつける。どちらの狙いも正確で、ラオルに襲い掛かる。
弩から放たれた矢を剣で弾き飛ばし、素早く襲い来るチャクラムは避けた。どちらも完璧に対処されたのだが、リオンは織り込み済みであった。一瞬だけでもラオルが前進する足を止めた。その結果が重要であった。
ラオルの視界の端から、槍の穂先がすでに迫ってきていた。リオンが次々に行った攻撃のすべてが囮であったことは、流石のラオルも気づくことができず、反応が遅れて避けることができず、受けて防御してしまった。
すかさずリオンは、槍で猛攻を仕掛けた。その攻撃は鋭く正確無比に、ラオルの隙を突いてくる。リオンの槍捌きは、熟練の槍使いより卓越したものであり、受けるラオルは、じりじりと後方へ押し込まれていた。
「こいつッ!力が元に戻ったとはいえ、本当にあの時と同じ奴か!?」
耐え切るのが危険と判断したラオルは、一度引いて距離を取った。出方を見るために仕切り直そうとしたのだが、リオンの手はまだ止まらない。
槍を投げ捨てたリオンは、足元の手斧を投擲した。手斧を投擲した後は、護拳付きのナイフを二本逆手に持ち、手斧と一緒にラオルに迫った。
手斧は避けたラオルだったが、飛び込んできたリオンまでは手が回らない。拳による打撃とナイフによる斬撃、懐に入り込んだリオンを止める手立ては少ない、互いに雄たけびを上げて激しい攻防を繰り広げ、武器がぶつかり合う音が喧しく響き渡った。
攻撃を受け止めたリオンをラオルが蹴り飛ばす。それをリオンは、後ろに跳んで直撃を避けた。二人の勇者は、上がった息を静かに整えていた。
次々に扱い方が違う様々な武器を手に取っては、代わる代わる使いこなす。リオンは、武器のリーチ、それぞれの間合い、特徴など、すべての要素を完全に把握していた。
どのような武具を使い、攻めるも守るも、その特徴を把握し、長所を生かし短所をカバーする技術が求められる、使う筋肉や体の使い方だって大きく異なる。だから複数の武器をまんべんなく扱うよりも、扱う武具を絞って鍛錬する方が効率的だ。
そもそも一つの武具に絞って鍛錬したとしても、それで強くなれるという訳ではない。その道一筋でどれだけ不断の努力を続けたとしても、全員が全員、達人に至れはしない。
だがラオルの見立てでは、リオンは戦闘が始まってから使った武器すべてを、その道の達人以上に使いこなしていた。何をやらせても高水準で迷いがない、一人を相手にしているはずなのに、何人もの達人を一気に相手にしているようだとラオルは感じていた。
「マルスおじいちゃん」
リオンの実家に身を寄せているルネとマルスは、優雅にお茶をたしなんでいた。リオンはヘンリーに、かき集めた予算で数多の武具を用意させるほか、実家に兵を配置させ、民衆から二人を守るために警護させていた。だから二人は、穏やかに過ごすことができている。
そんな優雅なお茶の時間に、ルネはマルスに話しかけた。うつらうつらとしかけていたマルスは、声をかけられてハッとした。
「す、すまんのうルネちゃん」
「いえ、こちらこそ眠いのに邪魔してごめんなさい。でもちょっと聞きたいことがあって」
「大丈夫だよ、なんだい?」
「危ないからって私は遠ざけられちゃったけど、マルスおじいちゃん、リオンさんと手合わせしたんですよね?ぶっちゃけリオンさんって強いんですか?」
ラオルとの再戦の前に、リオンはマルスに願い出て模擬戦闘を行っていた。本気のマルスを相手にしての模擬戦闘だ。
ルネは近接戦闘は一切できないので、近くにいると危険だと判断し、寄らないよう言いつけられていた。だから彼女は、二人の戦闘の様子は一切見ていない、ゆえに純粋に疑問だった。力を取り戻したリオンの実力がいかほどのものなのか。
マルスは眠気覚ましにお茶を一口飲み込んだ後、ルネをまっすぐに見据えて言った。
「強さにも色々あっての、純粋な武の究るに至るもの、これはわしやお師匠様が目指していたものに近いかのう。他にはミシティックの三賢人、彼らは魔法の神髄を探る過程で、自然と力がついたものじゃな、探求、いわゆる知の力じゃ」
「ふうむ、なるほど。で、リオンさんは?」
「…こう言うのも恥ずかしいんじゃがのう、率直に言ってわしにも計り知れぬ」
「うーん?ごめんなさい、私にも分かるように説明できませんか?」
武に疎いルネは、マルスのはっきりとしない物言いに首を傾げた。だがマルスは、本当にどう表現するべきなのかを迷っていた。適切に当てはまる言葉が見つからない、だからこう告げた。
「強い。問答無用で強い。しかし、わしの見たリオン殿の強さは、ほんの表層にすぎんのじゃ。リオン殿は底知れぬ。武芸百般、すべてに秀でて、こんなつまらぬ言葉で片づけたくはないのじゃが、天才とは、リオン殿のようなもののことを言うのじゃろうなあ」
リオンの強さの神髄は、すべての武具を十全以上に使いこなすという、規格外の才能にあった。天から与えられし生まれついての武芸の才。脈々と受け継がれてきた勇者ミネルヴァ家に、深く深く根付いていた才覚の種が、ようやく開花したものが、リオンだった。
ラオル対リオンの戦いは激しさを増し続いていた。リオンはあらかじめ用意してきたあらゆる武器を使ってラオルを翻弄し、息もつかせぬ波状攻撃で着実に追い詰めていった。
一方的に攻勢に出続けているのは終始リオンであり、ダメージが蓄積しているのはラオルであった。何とか踏みとどまっていたが、ラオルも防ぎきれなかったり、避けきれない攻撃が増えてきた。
「このまま押し切るッ!!」
リオンの才覚を生かした戦法は、確かにラオルに通じていた。しかし、伝説の勇者はこの程度では終わらない。いや、本来なら終わっていたかもしれない。だが今は、ラオルの手には完全な状態のエリュシルがある、いまだにその力を見せていない、勇者の剣が、静かに煌き始めていた。