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期待できるはずもなく

 他国と違い、自国の勇者なので、王に謁見するまでの手続きは、とてもスムーズに進んだ。そりゃそうだ、ここでミシティック並みに待たされたら、俺も流石に暴れ出すかもしれない。


 玉座に座るアームルート王の前に進み出て、俺は跪き敬礼した。敬いたくはないのだが、礼を失する方が嫌だ。こっちに気持ちの余裕がないのが筒抜けになる。


「よ、よくぞ戻ったな勇者リオンよ。うん、本当に、うんうんよく無事に戻ったな」

「…ありがとうございます」


 何だかアームルート王の様子がおかしかった。そわそわとして落ち着きがない、何度もきょろきょろと目を動かし、周りにいる文官の側近たちの様子を窺っていた。


「あの」

「うん!?な、なになに?どうしたの?」


 焦りすぎて口調が変だ。友達か、俺たちは。


「何かあったんですか?その、ずいぶん落ち着かれないように見えますが…」

「そ、そ、そ、そんなことないよねえ!?ねえ?皆そうだよねえ!?」

「お、王!落ち着いてください!」


 あまりの焦り具合に、流石に黙っていられなくなったのか、側近たちがアームルート王を取り囲むようにして集まった。


 そこでどんなことが行われたのかは、体が邪魔で見えなかったが、側近たちが離れると、アームルート王は少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「ゴホンッ!…いや、すまぬな勇者よ。確かに少々取り乱し気味だったかもしれん」

「はあ…」

「少しばかり問題があってな、そのことで、そなたに頼みたいことがあるのだ。どうだ?聞いてはくれないか?」


 聞きたくもないが、聞かないという訳にもいかない。というよりも、そもそもこちらに拒否権などない。よほどのことではない限り、勇者にとって、王の命令は絶対だ。俺は渋々だが、彼の話に耳を傾けることにした。




 アームルート王は、もじもじとして言い出しにくそうにしながら、ようやく口を開いた。


「実はな、我が国に、君の、つまり勇者についての問い合わせが殺到しておる」

「問い合わせ?…まさか苦情ですか?」


 ヤバいと思った。もしかして、俺が勇者の活動を全然していないことに、疑問を持つ人が現れ始めたのではないかと、そう思った。


 しかし、どうやらそういうことではないらしい。王はぶんぶんと頭を振った。


「いや、君たちには何もないんだよ。というより、結構感謝の意を示してくる国があってね。最初はマルセエス、ここは大分感謝してきてたよ、サクラク村の問題は、解決が遅れるほど大問題になっていたからって」


 棲みついたクイーンスパイダーを利用しての、村ぐるみの殺人と不正。俺たちじゃなくても、きっと他の誰かが解決しただろうが、迅速な解決と証拠を押さえたことが評価されたみたいだ。


「それにガメルも。ここは内心複雑そうだったけど、やっぱり君たちに感謝していた。勇者制度を利用して、国費で貢ぐなんて、前代未聞の事件だったからね。国の信頼は大きく揺らいだけれど、あのままヴェーネとかいうやつに金が流れ続けるよりはいいって感じだったみたい」


 ヴェーネとヴィルヘルム王のことか、あれは別の意味でも酷いものだった。ヴェーネは国民からの人気もあっただけに、影響も多大だっただろう。国政に携わる人が、解決してもらっても、複雑だと思うのも当然の話だ。


 そういえば、逃げたヴェーネはどうしているのだろうか。噂話も聞かないから、いまだに逃げ続けているのだろう。どうやってるのか分からないが、本当に只者ではない。感心はしないけど。


「あとはさあ、ゴウカバの鍛冶ギルドの頭領からも感謝状が届いたし、つい最近だと、まさかのミシティックから接触があってさあ、三賢人が連名で書簡を送ってきてね。もう、王てんてこ舞いだよ」


 オトットさんと、クロウ、ディア、エアロンまでも、アームルートに何かしらの接触を図ってきたらしい。一体何だろうと気になったが、それよりもっと気になることがある。


「あの、先ほどから何ですか?そのやけに砕けた口調は」

「分かる?あは、あははは」


 作り笑いが非常に気持ち悪かった。確実に何か意図がある。絶対にろくでもないものだと思う。


「その、ね?リオン君のね、装備やら待遇やらについて、王に一杯苦情が入ってるんだよね。勇者に対する扱いが正当じゃないとかさ、どうして資金にあんなに困っているのかとか、とにかく糾弾する声がすごいの。王、怖い」

「いやそれは身から出た錆でしょう」

「冷たーい!リオン君冷たいよ?もっと思いやりもっていこ?王に思いやり持とうよ?」


 ここにルネがいないことを、今日ほど後悔した日はこないだろう。苛立ちが、心の奥底がぐらぐらと煮え立つ。今の俺なら、ルネの暴言を止めたりはしない。


「で、頼みって何ですか?」

「あれだよ、周りの人たちにさ、上手いこと言っておいてくれない?王悪くないよって。ほら、王も王で色々事情があったからさあ、心苦しくも仕方なく最低限の援助だった訳だよ。その辺分かってくれるでしょ?リオン君ならさあ」


 ははは、という乾いた笑い声しかでなかった。そこで俺が同意するとでも思っているのか、このバカ王は。大体いまだにルネの給金は、共通財産の路銀から天引きになっている。俺は精気と魔力も減っていく一方だが、金でさえ減っていく一方なのだ。


 雇用の問題だからと割り切ってはいるが、ルネは一応、渋々ながらもパーティーに多大な貢献をしてくれている。本職は介護士で、マルスさんの世話がルネの仕事だ。今はもう曖昧だけど。


 貢献度も高い上、ルネは仲間だし文句はない。だけどこのクソボケ王はどうだ?自分の悪政で借金を作り、そのせいで援助ができず。批判を躱すために、俺が伝説の剣を抜いたと喧伝し、実際の剣は、持つものを思い切り弱体化させることなど黙っていた。


 仕方ないの一言で片づけられる問題じゃあない。考えなくても分かるだろ、それくらいのこと。それでもクソボケ王は、すがるような目でこちらを見つめている。気色が悪い。


 俺は視線をそらしたいという理由もあったが、同時に周りにいる側近の顔を、じろりと一睨みしてやった。どいつもこいつも困った顔で視線を逸らす。察するに、悪政の尻ぬぐいも上手くいっていないのだろう。


 勇者は活躍しているらしいけれど、国はまったく援助を行っていない。そんな話が広まれば、悪政の影響で失われた信頼が、更に拍車をかけて民衆の怒りにつながると思っているはずだ。だからこそ、勇者である俺から、王に問題なしという太鼓判が欲しくてたまらない。それで一応、体裁は保たれると、皮算用しているのだろう。


 この旅で身に付いた技術、悲しいけれど、これが一番上達した。俺は感情を殺して、スッと表情だけをにこやかなものにする。


「分かりました。ではそのように」

「流石勇者リオンだ!分かってくれるかね」

「勿論でございます。では、私はこれで失礼いたします」

「うむ!これからも魔王討伐の責務を、存分に果たしてまいれ!」


 そのまま何の言葉も発さずに、俺は王の面前から立ち去った。ここに一分一秒でも長く居たくない。その一心だった。




 どうしてたかが謁見するだけで、こんなに疲れなくてはならないんだ。バジリスクと命がけの一戦交えるよりも、疲弊した気がする。最悪な気持ちのまま、俺はふらふらと王城を後にしようとした。


「あ、あのっ!!」


 声をかけられて振り向くと、王の側近の一人が、荒れた息を整えていた。どうやら俺のことを追ってきたらしい。念を押すためだろうか、そう考えると、どうしても侮蔑の目を向けてしまう。


「何ですか?もう用はないでしょう?」

「申し訳ありませんでした!リオン様!」

「へっ?」


 その人は地面に手足と額を地につけて頭を下げた。思いがけない行動だったので、どうしていいか分からずに困惑する。


「皆、これで解決したなどと言っていますが、私はそうは思いません。国を代表する勇者様に、かような仕打ちは酷すぎます。しかし我が身惜しさに、それを一度は容認してしまったこと、同罪どころか重罪でございます。私たちは、王を正すべきだった」

「いや、あの…」

「私共は正直に申しまして、リオン様がどこかで諦めるだろうと考えていました。精気も魔力も枯渇している状態で、旅など続けられないと、その時のための言い訳などを用意していました。酷いものでは、マルス様やルネ様に罪を着せるものもあった。本当に恥ずべき行為です」


 止めようかと思ったが、やめた。話を最後まで聞くことにする。


「それでもリオン様は、勇者であることをやめなかった。異国の地で、人を助け悪をくじいた。感謝の言葉が届くたび、私は自分が間違っていたことを思い知らされました。そして王を止められなかった責任を、受け止めなければならないと思いました」


 その人は、バッと顔を上げると、俺の目をまっすぐに見て言った。


「必ずや、待遇を改善させることをお約束いたします!どんな手段でも使います!ですからどうか、どうか勇者であることを辞めないでください!お願いいたします!」


 もう一度額を地にこすりつけ、その人は懸命に頼み込んだ。俺はやっぱり返事に困ったが、頭を下げさせるのをやめさせてから、伝えた。


「どんなにみじめな目にあっても、過酷な現実の前に打ちひしがれても、俺は勇者をやめるつもりはありません。そうあることを自分で選び、そして選ばれた。その責務から、逃げるつもりはありません。あなたの言葉を信じます」


 本当は、あまり信じられなかった。だけど、自分に言い聞かせるように、信じると伝えた。むせび泣きながらお礼を述べられたが、どこか冷めた目で見てしまった。そんなことよりも、俺は早く、仲間の元に帰りたかった。


 別れを告げて、家路につく。期待はしていないが、何ができるのかは興味があった。しかし今は、身も心も休めたい、ただその一心であった。

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