里帰りは物悲しい
ミシティックでは、マルスさんが体を張って、魔砂プリミティブを手に入れてくれた。方法は、いきなり喧嘩を売るというとんでもない方法だったが、その騒動を終えた後、マルスさんは何だか以前よりも生き生きしているように見えた。
彼にとって、ミシティックは因縁の地であった。辛い思いが、沢山あっただろう。だが、それを乗り越えて、まさかの成長を遂げた。戦闘モードの制限時間の克服。継戦能力の獲得。マルスさんは、いざという時の切り札ではなく、純粋にパーティーで一番の戦力に変わった。
つまりこの中で一番役に立たないのが、勇者であるはずの俺である。しかし俺はくじけない。この剣を直して、魔王を倒すその日まで。
ゴウカバに戻り、ダンナーさんの元を訪れた。鍛冶屋の経営は順調なようで、セイコさんの弟子が勉強のために、店の手伝いを買って出てくれたらしい。誰かに何かを教える楽しさを知ったと、ダンナーさんは、そのことを実に楽しそうに語ってくれた。
順調にアルコール依存症から回復できているようで安心した。俺は魔砂プリミティブを彼に渡して、エアロンが突き止めた事実について、事細かに説明した。
「この剣に精霊だあ?それはなんかの比喩とかじゃあなく?」
「ええ」
「いや確かに俺たちは、魂込めてもの作りするし、大切に使い続けたものには魂が宿る、ドワーフにとっちゃ武具は命も同然だ。しかし本物の生命が宿るなんて、聞いたことないぜ。武器だろうが防具だろうが、道具ってのは人が使ってこそ、命を吹き込むことができる、つまり物に命を見出すのは、あくまでも俺たちの主観の話だ。…だけどお前さんは、実際にエリュシルの精霊のようなものに会ったことがあるんだな?」
俺は自分が体験したことの説明も含めて話していた。だからダンナーさんの問いに、頷いて肯定した。
難しそうな顔をして、腕を組み唸り声を上げるダンナーさん。そんな彼に、ルネが口を開いた。
「それが何か問題があります?むしろこの剣に意思があるなら、さっさと修理してほしいって願ってるんじゃないんですか?」
「いや、こいつはちと厄介だ。精霊についちゃあ門外漢だが、そのエアロンとかいう魔法使いは、この剣に宿るものを、生命のようなものと表現したんだろ?物だったら、壊れても修理したり、改良したり、あるいは次の物づくりに生かす経験値にも変えられる。だが生命となると、話が違う。命は生まれて死ぬのが定めだ。修理して作り替えたら、それはもうエリュシルとは呼べない別の何かになっちまう」
「ふむ…、つまり、そのものが本質から変わってしまうということじゃな」
マルスさんがそう言うと、ダンナーさんは頷いた。
「このまま折れた剣を打ち直せたとしても、そいつはもう、同じ伝説の剣じゃねえ。上等な材料で拵えた最高級品の剣にはなるが、他のただの剣と一緒だ。それを今のリオンが持ったら…」
「…まさかあの、武器が砂になって消える現象が起こると?」
「その可能性は高いだろうな。それに、エリュシルが本来持つ、同調の能力が、それによってどう変わるのか予測がつかねえ。下手をすると、能力が更に暴走して、剣に殺される可能性があるぞ。精気と魔力を、吸い尽くされてな」
背筋をゾッと悪寒が走った。冗談の類ではなく、ダンナーさんは本気でそう言っている。このままでは取り返しのつかない事態になると。
しかし折角大きな手掛かりを得たのだ、俺だっておめおめと引き下がるわけにはいかない。ぐっと腹に力を込めて、俺は身を乗り出した。
「何か、解決方法はないんですか?俺にできることなら、なんだってやります!」
「実はある。色々大げさに言ってみたが、ないってことはねえよ」
力が抜けて、ずてっと前に倒れこんだ。さっきまで、ものすごく深刻な表情で、危険性を語っていたというのに、あまりにもあっさりと、解決できると言われて拍子抜けしてしまう。
「ちょっと。あるんなら、どうして散々脅かしたんですか?」
「いやいや、危険性について説明するのも、俺の役目だろ?それに、今から教える方法だって、上手くいくとは限らねえ。ま、そこを上手くいかせるのが、俺様の腕前なんだがな。ガッハッハッ!!」
高笑いするダンナーさんに、倒れこむ俺。マルスさんがそっと、優しく俺の肩に手を置いてくれた。くじけないと覚悟したはずが、もうすでにくじけそうであった。
「こいつを見たことはあるか?」
そう言ってダンナーさんは、ある透明な結晶を机の上に置いた。見覚えのある俺はすかさず答える。
「魂石ですよね」
「おっ、流石に勇者様はご存じか。そうだ、こいつは魂石だ」
「何ですかそれ?」
ルネがそう聞いてきたので、俺は魂石を手に取って説明した。
「これは武器防具を作成する時に使われることがある素材だ。魂石って名前だけ聞くと、魂を抜き取るようなイメージを受けるけど、実際は、生物や現象の情報を集積する魔石なんだ」
「情報?」
「例えば魔物のドラゴンは、とても強大で手ごわい、並大抵の武器では、その鱗を貫くことができないし、防具も、ドラゴンの特徴であるブレス攻撃には無力なことが多い。だけど、魂石で集めた力を使って武器防具を作ると、ドラゴンを覆う鱗を容易く両断する硬度を得られるし、ブレス攻撃にも、耐性がある防具が出来上がるんだ。つまり、毒を以て毒を制すってことだ」
「なるほど。まあ説明は分かりやすくてありがたいんですが、そのどや顔は目障りなんでやめてもらえますか?」
その毒舌を前にして、俺は魂石のように固まった。ルネはもしかしたら、本当は魂を抜き取る方法を知っているのかもしれない。心が死にそうだ、きっと今、俺の手の中の魂石には、俺の魂がぎゅうぎゅうに詰まっていることだろう。
「で、これを私たちにどうしろと?」
何事もなかったかのように、ルネは話題を切り替えて、ダンナーさんに聞いた。固まる俺に、気の毒そうな視線を向けながら、ダンナーさんが話し始めた。
「お、おう。そうだな、とりあえず伝説の勇者の墓にでも供えてみるといい。この剣と、一番長く過ごしたのは彼だろ?恐らくもっとも剣と魂石の親和性が高いはずだ。昔の技術と、今の技術のギャップを埋める橋渡しの役割にちょうどいいと思うんだ。エリュシル本来の能力を引き出せるのも、元の持ち主だろうからな」
「そんなこと、上手くいくんですか?伝説の勇者って、もう遥か昔の故人でしょう?」
そのルネの疑問に、異議を唱えたのはマルスさんだった。
「いやいやルネちゃん、それは心配ないじゃろう。その遥か昔の人物の話が、今なお人々に語り継がれておるのじゃ。人々の心の中には、勇者が少しずつ生きておるのじゃよ。そのお墓となれば、勇者への想いが一番募る場所のはずじゃ。仮に魂石が上手くいかなくとも、きっと何か手がかりが得られるはず」
「マルスおじいちゃんがそう言うのなら、私は特に異論はないです。じゃあ次の目的地は、アームルートですね。帰るのは久しぶりだなあ」
固まっているのに疲れてきた俺は、ぶはっと息を吐きだして、ぜえぜえと荒く呼吸をした。ルネはそんな俺のことを、変な人でも見ているかのような視線を向けた。
「さっきから何やってんですかリオンさん?話聞いてましたか?」
「聞いてたよ!分かってるよ!よくここまで傷ついた人を放置できるなって、ある意味感心したよ!」
「褒めてもびた一文出しませんよ」
「悲しんでるの!!」
こいつ、旅を経て、やっと少しは仲間の絆ができてきたと思ったのに。そんな心の慟哭は、胸の奥底にしまい込んだ。ルネは、どうあってもルネなのだと、飲み込むことが肝要であると、一緒にいてすでに学んでいた。
学んでいても傷つくものは傷つくのだが、キレるほどのことでもない。俺は大きなため息をつくと、ダンナーさんに「移動手段を探してきます」と一声かけて、店を出た。
そういえば、オリハルコンの時はルネの、プリミティブの時はマルスさんの里帰りになった。何の因果か、アームルートは俺の故郷だ、今度は俺の里帰りということになる。
これもまた奇妙な縁だなという思いと、最近まったく勇者の活動をしていないことを追及されたら、一体どう返せばいいのかが思いつかず、俺は密かに戦々恐々としていた。
「な、何とかなるよな。うん、大丈夫大丈夫。きっと大丈夫だ」
最近、自分を誤魔化すことが上手になってきた。父さん、母さん。帰ってきた俺が、勇者としてまさかの方向に成長したことに驚くでしょうか。そう心の父母に問いかけると、乾いた笑いがむなしく響いた。