予想外のことは案外沢山ある
ミシティック三賢人が、たった一人の老人を相手に決闘で敗北した話題は、一瞬で国中に広がった。
プライドの高い魔法使いたちは、当初三賢人が負けるはずがないとわめいたが、伝統ある決闘の結果に文句をつけるのかという声明を、三賢人の一人であるクロウが、直々に発表したことで、皆黙り込んだ。
マルスさんに復讐しようだとか、かたき討ちをしようだとか、そういった考えをもつものは一人もいなかった。三賢人が負けたのなら、自分が敵うはずがない。後々ディアに教えてもらったことだが、ミシティック国民は、全員そう考えるらしい。
三賢人の敗北は、魔法院上層部に衝撃を与えた。やはりこちらでも事実を受け入れられずわめく老人が多かったが、エアロンが「負けは負け」という一言で黙らせた。どうやらいくら偉い人たちでも、三賢人の意見には敵わないらしい。
結局、三賢人が負けた事実を、絶対に外部に漏らさないという条件で、魔砂プリミティブを譲ってもらえることになった。マルスさんの決闘作戦は、大成功で終わった。俺たちは、折れた剣を直す材料を、また一つ手に入れることができた。
だけど実は、話はこれだけで終わらなかった。あの決闘の後、俺たち三人は、思わぬ人たちから、歓待を受けることになる。
「お願いだ!あなたのその技術、もしよかったら僕たちに研究させてくれないかっ!」
クロウがそう言って頭を下げると、ディアとエアロンの二人も同じように頭を下げた。突然の申し出に、俺とマルスさんは驚きを隠せなかった。…俺とマルスさんは、だ。
「あれだけ舐めた口聞いておいて、いい度胸ですね。お前らに教えることなんか何一つありませんよ。大体この国もお前らも全部気に入らないんですよ、口を閉じて引っ込め三馬鹿」
もう散々苛立っていたのか、ルネの不満が爆発していた。二人がかりで宥めても、中々怒りが収まらなかったので、相当頭に来ていたのだろう。
「まあまあルネちゃんや、そもそも目的があったとはいえ、わしが必要以上に煽ったところもあるし…」
「いやいやいや、マルスおじいちゃん冷静に考えてくださいよ。こいつら初対面からめちゃくちゃ見下してきたし、マルスおじいちゃんのこと殺すってイキってたし、三賢人だかなんだか知りませんが、結局決闘に負けて砂差し出してきたポンコツ連中ですよ?まどろっこしいことしていないで、とっとと砂をこっちによこせばよかったんですよ。実力差も分からないんですかあ?賢者様ってのは?」
ルネが絶好調すぎる。勝ったからいいものの、マルスさんから後々決闘の話を聞いて、ものすごく綱渡りの勝利だったと分かっているのに、ここまで強気に出られるのは、ルネのすごいところだ。真似しないけど。
「俺たちが礼を欠いていたことは認める。そして謝罪する。申し訳ない」
「中々素直じゃないですかお子様。でも、それで私の気が済むとでも?」
「待て待てルネ、終わったことだしもういいだろ」
「ほう?リオンさんはこいつらの肩を持つと?残念ですよ、ここでお別れとは」
「ちょちょちょっ!!流石に洒落ならんって!!」
こんなことで、というのも失礼な話かもしれないが、いや、こんなことで仲間を失う訳にはいかない。擁護は諦めよう、そう思った時、マルスさんがルネの肩をぽんぽんと叩いた。
「ルネちゃん、寛容であることも、勝者の余裕だとは思わないかい?」
「むう、それは言えてますね。マルスおじいちゃんに免じて、ここまでにしてあげますか」
マルスさんの珍しい物言いに、俺はこっそりと彼の耳に顔を寄せた。
「マルスさんがそんなこと言うの珍しいですね」
「嘘も方便じゃ、リオン殿。それに、多分わしがここまで言わないと、ルネちゃんが納得せんじゃろ」
確かにそれはそうだ。これで少しでもルネの溜飲が下がれば、少なくとも、話にならない状況からは脱せられるだろう。
そうしてマルスさんの、らしくない勝者アピールのおかげで、ルネは自尊心が満たされたのか、すっかり上機嫌になって三賢人と仲直りした。
マルスさんのことについて、三賢人はとても興味があるらしく、最初の態度とは打って変わって、彼らはマルスさんのことを褒めたたえていた。そのことが嬉しかったらしく、ついでにルネも三賢人と打ち解けていた。
現金なやつだと思ったが、丸く収まっている現状を壊すような真似は、流石にしない。それに、マルスさんのことを褒められて喜ぶルネの姿は、何だかとても微笑ましかった。
「…ううん、こりゃ酷いな。リオン、お前よくこんな状態で、そこまで動けるな」
俺はディアに、折れた勇者の剣エリュシルのことと、それを所持しているせいで起こっている、精気と魔力が消費されていく現状について、調べてもらっていた。
軽く運動して、身体能力のテストもしてもらったので、精気と魔力を奪われ続ける体で、最低限の戦闘が可能なことを評価された。問題解決には程遠いので、あまり嬉しくはない。
「まあ色々な経験を積んだおかげで、段々この状態にも慣れてきたんだけどね」
「それは本当に、慣れるものなのか…?マルス様といい、リオンといい、人の可能性ってのは奥深いな。まったく賢者なんて名前ばっかりだよ」
「いやいや、流石にそこまで言われるようなことでは…。それに、ディアの知識はすごいよ。回復魔法は専門じゃないのに、こんなに人体について詳しいなんて」
そう、ディアは体の仕組みについて、とてもよく知っていた。もしかしたら、その道の専門家より、もっと専門的で高い理解度を持っているかもしれない。
「補助魔法ってのは、回復魔法よりもっと、体の細部に作用するものだ。ただ殴る威力を上げたいってだけでも、人体の構造と働きを知っているのと知らないのでは、同じ魔法でも大きく効力に差が出る。走る速度を上げる時も、ただ足だけを速く動かせばいいってもんじゃないだろ?」
「なるほど。より効果的、効率的に魔法を作用させないと、逆に補助魔法の効果の上昇を阻害してしまうのか。体の働きは複雑だからな」
「そうだ。リオンは中々呑み込みがいいな、それに素質もある。魔法院で勉強したら、きっとあっという間に三賢人の一人になれるぞ。…まあ、今のその状態じゃ夢物語だけどな」
ディアに心底気の毒そうにそう言われた。身を案じてくれていることが伝わるので、嬉しいやら悲しいやら、ある意味ルネくらい突き抜けてものを言われた方が、案外ダメージは少ないのかもしれない。
「そう言えば、ルネとマルスさんは今どこにいるの?」
「ああ、マルス様はクロウといる、何かずいぶんと話し込んでいるそうだぞ。ルネの方は、エアロンがずいぶんご執心でな、何やってんだか知らないけど、二人でエアロンの研究室にこもって、なんかやってる」
「なんかって?」
「さあ?あのお子様とは気が合わなくてな。いやまあ、クロウとも合わないんだが。あいつ研究に没頭すると、平気で二週間くらい顔合わせないからな。研究室も、立ち入りがすごく制限されてるし、何やってるんだか、私にはさっぱりだ」
その話を聞いて、無性に心配になってきた。ルネのことだし、相手は子どもだから何もないとは思うが、密室に二人きりというのは、あまりよろしい状態とはいえないのではないだろうか。
「…ちょっと心配だから、ルネの所に行ってくる」
「何だよ、お子様相手に妬いてんのか?」
からかうように笑って茶化すディア、俺は小さく頭を振って否定した。
「本当に心配してるんだ。ルネじゃなくて、エアロンの方を」
「あいつを?なんで?」
「誰にでも分け隔てなくルネはルネだからな。子どもだろうが、大人だろうが、ルネは容赦しないから」
俺の言葉に首を傾げるディアだったが、こればかりは説明が難しい。ルネの攻撃、ならぬ口撃を、果たしてエアロンが耐えられるのかどうか、それが心配だった。
エアロンの研究室に行き、扉をノックすると、返事の声が聞こえてきた。ルネの声だ。まるで我が家のようなくつろぎ具合の声の調子に、不安が更に募る。
「おっ、リオンさん。どうも、お疲れ様です」
「…」
扉を開けた先で見た光景は、豪華な椅子にふんぞり返るように座って、魔導書を読み漁っているルネと、机に向かって、黙々と何かを調べ続けているというエアロンの姿だった。
ちょっと予想外だったが、案の定不安は的中したなと、俺は少し重い気持ちを引きずって、エアロンの研究室に入った。