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強くあれ その2

 全盛期の実力を取り戻していられる時間が過ぎた。そんな時、ふと彼女の声が聞こえた。


「頑張って!!マルスおじいちゃん!!」


 その健気で懸命な応援は、じわりと心の奥底を温めた。ああ、頑張るよ、大丈夫だよルネちゃん。僕は、俺は、自分は、わしは…。わしは、ようやく、刀を振るうべき場所を見つけたから。




 マルスの動きが唐突にピタッと止まった。これを好機と見たディアが、すかさずマルスにとびかかった。


 まさか、時間切れかと思ったルネは、小さく悲鳴を上げた。しかし、ルネの想像した最悪の結果にはならなかった。


「なん…だ…?」


 確実に急所を捉えたはずのディアの拳は、誰もいない空間を貫いていた。直前までそこにいたマルスの姿はなく、ふっと煙のように消えていた。


 二人の様子を観察していたクロウも、使い魔を使って観測していたのに見失った。エアロンは回復に専念していたため見ていなかったが、使い魔がごっそりと減ったことで異変を感じ取っていた。


「ぐあッ…!?」


 慌ててマルスのことを探すディアは、突如背後から攻撃を受けた。すかさず回し蹴りで背後に反撃するが、すでにそこにもマルスはいない。まるで幽霊のように、現れては消えるマルスに、翻弄されていた。


「…嘘だろ。まさか、そんなことが…、あり得るのか?」

「おいっ!エアロン!一体何が起こっている!?」


 クロウは慌ててエアロンを問いただした。エアロンは、信じられない様子で考え込みながら、伝わってきた事実だけを述べる。


「…使い魔から得た情報によると、今あのおじいさんは…、寝ているらしい」

「はあっ!?」

「いや、これは寝ているというよりも…、気を失っているのか?だがそれでは動けるはずがない、…まさか無意識下で動いているのか?」

「僕にも分かるように説明しろ!!」

「俺にも分からないんだよ!!そんなことよりも、回復を急がないと、あの脳筋女がやられる!お前はできる限り目で追え!そして俺にも分かるように説明してみるんだな!」


 二人が言い争いを続けている間にも、ディアはマルスからの攻撃を受け続けていた。先ほどまでの、攻撃一辺倒だった調子もすっかり消沈し、防御魔法で身を固め、守ることだけに専念するようになっていた。


 だがこれでも、攻撃は完璧に防ぎきれていなかった。防御魔法の上からでも、マルスの攻撃は届き、着実にダメージを重ねている。ディアは必死に身を守り続けていたが、姿勢は徐々に下がって、膝をつきかけていた。




 突然の反転攻勢にも驚きを隠せなかったが、リオンとルネには、もっと信じられない光景が目の前で繰り広げられていた。


「リオンさん、私の勘違いじゃなければ、もうとっくに時間は過ぎましたよね?」

「あ、ああ、そのはずだ」

「でも、マルスおじいちゃん、まだまだ全然戦えてますよね?」

「見たままを言えば、確かにそうだ」


 三分を過ぎて、戦闘モードが終わらないだけではなく、技の冴えが増している。突然止まったり、減速することもあるが、戦闘能力はずっと高いままであった。


 一体マルスの身に何が起こっているのか、二人にはまったく分からなかった。制限を過ぎてなお、鬼神のごとき強さで戦場を駆るマルスを、ただ見つめていた。




 マルスが修めた亢柳一刀流には、五つの型がある。それらは状況に応じて使い分けるものではなく、動きの中で、常にすべての型を十全に発揮させることで、初めて効力を得る。


 一の型、蛇柳じゃやなぎ。亢柳一刀流で伝えられた特殊な足運びによって、時には風に揺れる柳の如く、時には地を這う蛇の如く、変幻自在に静と動を繰り返すことで、相手に間合いを掴ませない。


 二の型、観見かんけん。相手を観察する目と、動作を見る目、それらを研ぎ澄まし、必要な情報を瞬時に取捨選択をする。しぐさや態度、呼吸や体の反応から、相手の心の内まで暴きだす観の目。戦いの最中、もっとも重要な相手の動きを捉える見の目。この二つを駆使して、弱点を的確に見抜く。


 三の型、竜刃りゅうじん。亢柳一刀流の剛の技。強く当て、押し斬ることに特化した型。受ければ断ち斬り、防げばこじ開け、剛力の技で鋼鉄でさえ容易く両断する。


 四の型、風柳ふうりゅう。亢柳一刀流の柔の技。受け流す、逸らす、崩すことに特化した型。強力無比な力を前に、逆らうことなくそれを自在にコントロールする技術。その柔らかな動作は、鋭い反撃にも転ずることができる。


 五の型、活気かっき。特別な呼吸法により、己の活力を自由自在に活性化、沈静化し、身体能力を向上させる。飛躍的な身体能力の上昇は望めないが、いついかなる時にでも、自分の体を戦闘可能な状態にすることができる。


 マルスは今、五の型活気を利用して、意識的に自らを無意識へ切り替えていた。長年の修練によって身に付いた動きは、無意識下でも問題なく機能する。意識下、無意識下を交互に繰り返すことで、戦闘モードで消費する集中力を、三分以上保つことに成功した。


 勿論この離れ業は、並大抵の修練では身につかない。繰り返された体の動き、極まった修練の果て、そして誰がために刀を振るうのか、マルスがその答えにいきついたからこそ、可能な芸当であった。


 しかし戦闘モードを長続きさせるこの技術は、当然弱点もある。敵を目の前にして、自ら意識を手放すという、致命的な隙を晒すことになるうえ、無意識下では目を閉じているので、二の型観見が使えない。


 亢柳一刀流の実力を十全に発揮させるためには、すべての型を戦闘に取り入れる必要がある。つまり、意識を失っている状態のマルスの戦闘モードは、普段よりも実力が格段に落ちる。


 つまり切り替えるタイミングを間違えると、一気に押し切られる可能性が高い。一手間違えると即座に死につながる危険に、マルスは自ら飛び込んでいた。




 ディアは何度か攻撃に転じたが、マルスは一の型蛇柳で、いつの間にか目の前に現れ、今度は後ろに、次の瞬間にはぐっと遠く離れている動きを繰り返され、本当に幽霊でも見ているように錯覚し、翻弄されていた。


「まさか…、幻覚か?」


 そう疑いもしたが、マルスの魔力が皆無であることは、すでに把握していた。マルスにディアの防御魔法を打ち破り、幻覚を見せる状態異常魔法を使えるはずがない、それを理解しているからこそ、恐ろしいものがあった。


 魔法と間違えるほどの戦闘技術、それを老齢のマルスがやすやすと扱っている。今のディアにとって、マルスはどんな魔法よりも不可思議なものであった。


 そして当然、クロウとエアロンも同様の感想を持っていた。むしろクロウは、観察に主眼を置いていたからこそ、余計に恐怖心を抱いていた。


 どれだけ攻撃魔法を撃ち込もうとも、それをいとも簡単に避け、受け流し、無効化する。状態異常魔法をかけようとしても、まるで有効範囲を視認しているかのように、いつの間にかその場から離れている。


 この決闘において、三賢人たちは圧倒的に有利だった。マルスが一つでもミスをしていたら、あっけなく三賢人が押しつぶして終わっていた。だがマルスにミスはなく、攻撃も防御も完璧に機能していた。三分の時間制限も、克服されてしまった。


 三賢人たちの弱点は、理解不能なことを目の前にした時の動揺だった。魔法であれば理解ができる、それに準ずるものであってもそうだ。しかし、マルスは一切魔法も魔力も使用していない、魔法使いの頂点である彼らにとって、マルスは到底理解の及ばない存在だった。


 動揺は、三人の間で一気に広まる。そしてそれは、武芸の達人であるマルスにとって、好機そのものであった。




 もはや防御することだけに思考が囚われていたディアは、すぐ隣を駆けていくマルスを足止めすることもできなかった。マルスが真っ先に狙いを定めたのは、回復魔法と召喚魔法で、二人のサポートに回っているエアロンだった。


 エアロンは、ディアが抜かれた時、真っ先に狙われるのが、回復の要である自分だと理解していた。だから身を守らせるため使い魔は、周りに多く配置していた。


 少しでも使い魔で足を止めさせ、時間を稼げれば、クロウかディアの横やりで、マルスを自分から引きはがすことができる、エアロンはそう読んでいた。実際、その判断は正しい。今のマルス相手以外には。


 上段の構えから、ものすごい勢いで振り下ろされた刀は、使い魔たちを一振りで塵に変えた。そしてマルスは、即座に刀を捨て、エアロンの背後に周り、腕を絡めて首を絞めた。


 一瞬で締め落とされたエアロンを見て、クロウはすぐさまマルスに向けて攻撃魔法を放とうとする。しかし、そのまま撃てば、どうしても足元で気絶しているエアロンに当たる。落ちた彼には身を守る手段がない、撃てる訳がなかった。


 迷いは隙を生む。マルスは捨てた刀を拾うと、一気にクロウの前まで詰めた。間合いが近すぎて攻撃魔法は使えない、ならばと状態異常魔法でと、打開を試みるが、柄頭でみぞおちを殴られ、気を失ってどしゃりと地面に転がった。


 あっという間に二人がやられた様を見たディアは、瞬時に悟った。もう数の優位はない、そして、自分の技量では、まともにマルスにダメージを与えることは不可能だ。ならばもう、今しかチャンスはない。クロウを気絶させるために、自分に背を向けている今しか、そう判断した。


 身体能力を上げる補助魔法を、重ねられるだけ重ね掛けした。爆発的な加速でディアはマルスに飛びかかる。死角から神速の攻撃、避けられまいと、勢いよく拳を振り下ろす。


 だがマルスは、ディアの動きを読み切っていた。いや、敢えて死角を見せることで、この攻撃を誘ったのだ。勝負事の機微を、少しでも知っていたら、彼が背中を見せたことは、普通は警戒し、釣られることのないあからさまな罠だった。


 しかし、ミシティックは閉じた国、自国の魔法使い同士の技は競い合えても、実戦を想定した訓練などは行われない。魔王復活の有事にも、自国の防衛にのみ主眼を置いて、非干渉を貫いているので、魔物との戦いを想定する必要がない。


 確かに三賢人の実力は人並外れていて、魔法使いとしては頂点にいる。だが、ミシティックは力を誇るだけで、使う道を探させなかった。他の誰かのために強くなったマルスと、力の使い道を教えたシュレンとは、正反対の存在だった。


 攻撃を躱されるのと同時に、ディアは突き出した腕をマルスに掴まれた。そして飛びかかった勢いを利用されて、地面に叩きつけられた。無防備に地面に転がされた彼女の眼前に、刀の切っ先が迫る。死の恐怖に直面したディアは、目と鼻の先でピタッと止められた刃を見ることなく、白目をむいて気絶した。




「誰がために強くあるべきか、学ぶべきか。それは無論、自らのためでもあるが、他者を生かすためでもある。自らを活かすということは、他者を生かすということ。わしらは決して、一人では生きていけないのだから」


 刀を鞘に納めて、マルスはそう呟いた。師匠の教えの真意を、初めて心から理解することができた。


「まだまだわしも修行不足ですなあ、師匠」


 そう言ってマルスは、空に微笑みかけた。

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