強くあれ その1
三賢人はそろって、マルスのことを待っていた。そして彼が所定の場所につくと、背の高い男が声を上げた。
「作法は知っているか?」
「無論」
「では」
マルスと三賢人は、向かい合って礼をする。ただならぬ緊張感が、その場にいる全員に伝わった。
「我が名はクロウ・ヴォルヴ。攻撃魔法と、状態異常魔法の使い手。三賢人が一人である」
「私はディア・メガス。専攻は補助魔法と防御魔法だ。三賢人が一人、テメエを直々にぶっ潰してやる」
「俺はエアロン・ダイヤ。正直全学科で一番になる自信があるけど、とりあえず今は回復魔法と召喚魔法の分野で一番だ。三賢人が一人、愛国心はないけど、馬鹿にされるのは嫌いだ」
クロウ、ディア、エアロンがそれぞれ名乗りを上げた。マルスも鞘から刀を抜き、構えた。
「家名は捨てた。ただのマルスだ。勇者リオンの仲間が一人。いざ、尋常に勝負」
三賢人対老いた剣士、誰の目から見ても、すぐに決着がつくだろうという戦いの火ぶたが、静かに切られた。
最初に飛び出したのは、三賢人、紅一点のディアだった。補助と防御の賢者、とても前線向きとは言えない彼女は、意気揚々と拳を振り上げ、思い切り殴りつけた。
ズドンと衝撃音が響き渡り、地面と空気が揺れた。彼女の細腕からは想像もつかないような威力のパンチが、決闘場の地面を砕き割る。
「おっと!加減を間違えて潰しちまったかあっ!?」
ディアの戦法は至って単純なものだった。自らに極限まで補助魔法をかけて、身体能力を強化し、防御魔法で肉体を保護する。どんなに無茶な動きでも、どんなに無理な攻撃でも、体は完璧に守られる。
身体能力を強化して、殴る。それが彼女の戦法だった。凡そ魔法使いとは程遠い、型破りすぎる戦法に、傍らで見ていたリオンとルネは、唖然としていた。
しかし上がった土煙の中に、ゆらりと動く人影があった。ディアの強烈な一撃を食らっても、マルスは無事だった。ディアは即座に拳を握りこんで、二撃目を土煙目がけてぶち込むが、やはりこれもマルスを捉えることはできなかった。
「どけっ!ディア!」
クロウが最前線で戦うディアに声をかけた。それを聞いて、ディアはすぐさま飛び退いた。クロウの背後には、あらゆる属性の攻撃魔法が、発動直前で、射出の時を待つ状態で浮かんでいた。
「ちまちまと殴り殺すのは面倒だ。たかが老人一人、すりつぶして終わりにしてやる。手始めに千発だ」
射出された千発の攻撃魔法が、マルスのいる場所めがけて撃ち込まれた。有無を言わせぬ飽和攻撃が、容赦なくマルスを包み込んだ。周りのものたちは、その攻撃を見て、勝負はついたと確信した。
「チッ!テメエのそれじゃあすぐに終わっちまうだろうがよ!つまんねえ真似しやがって」
「お前が殴り殺すのを待っていたら日が暮れる。その点、僕の攻撃魔法なら範囲を塗りつぶして終わりだ。しかもあの攻撃魔法には、すべて麻痺と毒の魔法を重ねがけしている。ありえないが、仮に千発の魔法をしのいだところで、あの老人はその場でじわじわと死ぬ。完璧な仕事だ」
「マジで趣味わりいなテメエ」
クロウとディアがいがみ合っていると、エアロンが声を上げた。
「おい、そこの二人。残念ながらあのおじいさん、まだ生きてるぞ」
「な、何だと!?」
クロウはその言葉に驚愕した。生きているはずがないと確信していたからだ。しかしエアロンは冷静に言う。
「使い魔を何体か、はりつかせていた。クロウの攻撃で殆ど死滅したが、今回収した何匹かの蘇生に成功した。そいつから得た情報によると、おじいさんは無傷らしい」
「む、無傷!?」
またしても驚愕するクロウ、流石に信じられなかった。千発の攻撃魔法を、隙間なく撃ち込んだのだ、無傷でいられる訳がない。相手は刀を一本持っただけの老人だ、そんな人物が、一体どうやってあの攻撃を無傷で切り抜けられるというのか。
しかしエアロンの言っていることは事実だった。マルスはその場からは離れたものの、無傷。飽和攻撃を切り抜け無傷であった。
「ば、馬鹿な。そ、そんな馬鹿な…」
「おいおいおい、マジかよあのジジイ。一体何しやがった?」
「これは一筋縄ではいかないな。おい、脳筋女、俺が常に回復してやるから、あのおじいさんと最前線でやり合ってこい。それから、そこの驚いてばかりの能無しは、二人の戦いを俯瞰で観察しろ。必ずどこかに隙があるはずだ。俺は使い魔に身を守らせながら、回復に専念する。俺がいる以上、体力も魔力も尽きはしない。やるぞっ!」
エアロンだけではなく、クロウと、ディアの二人も、マルスに対する認識を改めた。三人まとめて相手取ると、豪語するだけの実力はあると、油断を捨てた。悪態をつき合いながらも、三賢人はすでに、連携を意識して動き始めた。
一方マルスは、まだ涼しい顔をしていられた。しかし、このまま余裕ではいられないことは分かっていた。
「第一波はしのいだ。今のはこちらを侮った意味のない攻撃、捌き切るのは容易。だが問題は…ここからだ」
目にもとまらぬ速さで殴り掛かってきたディアを、マルスは紙一重でいなす。しかしどれだけ攻撃を避けても、ディアはマルスに肉薄したまま、息をつかせぬ連撃を繰り出した。
極限まで補助が乗った拳や蹴りの威力は絶大だ、しかも、ただやみくもに斬り返すだけでは、ディアに少しのダメージも与えられない。彼女は常に強固な防御魔法で守られていて、簡単には刃が通らないのだ。
そして容易に反撃に転じられない理由はもう一つあった。それはクロウの攻撃魔法だ。
補助が最大限にかかっているディアの実力は、並大抵のものではない。一挙手一投足が必殺の威力を誇っており、素早さも動きも人外じみている。しかし彼女は、魔法使いであって、格闘家ではない。
肝心の攻撃に転じる際には、どうしても経験不足がでる。フェイントや誘い、崩しのない素直な攻撃、単純で驚異的だが、単純ゆえに読みやすい、剣の達人であるマルスなら、なおのことであった。
その経験不足を埋めるように、クロウは的確に攻撃魔法を放ってくる。被弾しようものなら、即座にいずれかの状態異常に陥る効果つきだ、マルスはどうしたって、距離を取りながら避ける他なかった。
マルスとディアが戦っている位置から、クロウは遠く離れていた。戦いの余波を受けないための位置取りだ。しかし、離れているというのに、クロウの攻撃はびたりと、最適なタイミングと位置にきた。
それを手助けしているのは、エアロンの召喚魔法、使い魔の存在だった。戦いの余波で何体死して消滅しようとも、エアロンは次々に召喚を続けて、二人の足元に放っていた。使い魔が観測する状況は、常にクロウと共有されており、それが正確無比な攻撃につながっていた。
エアロンは使い魔で戦況を把握しながら、クロウとディアの双方に、常に回復魔法を使って、魔力と体力を補充し続けていた。最前線で激しい攻防を繰り広げるディアは、多少の傷も体力の低下も、即座に回復して動き続けることができる。後方のクロウは、攻撃魔法を射出直前の状態で留めておいても、魔力の消費を気にする必要がない。
連携のとれた三賢人に、隙はなかった。さらに恐ろしいことは、この連携は、事前に打ち合わせをした訳でも、日ごろから三人がそういった訓練を行っている訳でもなく、その場で、その状況に応じた最適解を、それぞれが瞬時に判断した結果だということだ。
魔法使いの頂点、三賢人の名は伊達ではない。防戦一方のマルスは、どんどん活動限界である三分の経過まで、追い込まれつつあった。
「リオンさん、このままでは…」
「ああ、三分持たないだろうな」
リオンの答えに、ルネは強く両手を合わせて祈った。目まぐるしく変化する戦況を目で追いながら、リオンは静かに、成り行きを見守った。
三賢人に、マルスの戦闘モードの、限界時間は知られていないだろうとリオンは推測していた。実際にその推測は的中していて、そもそも三賢人であろうと、そうでなくとも、刀を抜いた三分間だけ強くなるなんて状況は、誰にも想像がつかないものだった。
ただし、圧倒的な火力で殲滅することが不可能だと知られてしまった今、三賢人たちはマルスの体力を削ることを優先して動いている。どのような技で切り抜けられたのか分からなくとも、あれほどの攻撃を、何度もしのぐことはできないはずだと判断した。なのでまずは、二度と同じ技を使わせないために、マルスの体力の消耗を狙った。
偶然の産物だが、三賢人たちは、的確にマルスの弱点を突いていた。もしマルスが、自分に貼りついているディアを切り抜けられたとしても、後ろで控えているクロウとエアロンにたどり着くまでは、時間が足りなかった。
数の不利、時間経過の弱点、三賢人の連携、それらがマルスに重くのしかかっていた。ただただマルスの無事を祈るルネは、現実から目をそらすように、ギュッと目を瞑った。
しかし不思議と、リオンには不安がなかった。そもそもこんな状況は、戦う前から想定できることだった。剣の達人であるマルスが、この状況を想定していないはずがないと、信じた。
それでもマルスは「勝つ」と宣言したのだ。ならば奥の手が絶対にある。そんな確信が、リオンにはあった。
「ルネ、マルスさんは勝つ。俺たちは、信じて見守ろう。この戦いから、目をそらしちゃダメだ。マルスさんの覚悟から、目をそらしちゃダメだ」
固く手を合わせるルネの手を、リオンは優しく解いた。そして目を見て一度大きく頷くと、視線をまた戦いに戻した。
ルネには正直なところ、今何が起こっているのか、速すぎてさっぱり分からなかった。ただただ三賢人の圧倒的な強さを前に、怯えていた。
だが、ルネは顔を上げて、しっかりとマルスの方を見据えた。何が起こっているのか、分からなくてもいい。だけどきっと、彼ならこうしてほしいだろうということを、ルネはよく理解していた。息を吸って腹に力を入れると、ルネは思い切り叫んだ。
「頑張って!!マルスおじいちゃん!!」
激戦の最中、その応援は確かに、マルスの耳に届いた。