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決闘を申し込む!再び

 一夜明けてマルスさんは、無理やり魔法院に乗り込んだ。誰に止められようとも、どんどんと前に進んだ。そして玄関ホールにたどり着くと、大声を張り上げた。


「聞けいッ!!魔法院の者どもよ!!我が名はマルスッ!!三賢人にお目通り願うッ!!」


 今まで聞いたことのない大声が響いた。ざわざわと、人々が騒ぐ。


「おいおい、爺さん。いきなり現れて何を言い出すかと思えば、三賢人にお会いするだと?そんなこと、本当にできると思ってんのか?」


 一人の男性が、肩を怒らせながらマルスさんに近づいて、ぽんと肩に手を置いた。そのあからさまに侮辱する態度にムッとしたが、俺よりも、隣でスッと手を上げたルネを止めることが先決だった。


「退け小童、小物に用はない」

「あぁ?」

「退けと言った。二度は言わん」


 その低い一言と同時に、重く、息苦しいほどの緊張感が、辺り全体を包み込んだ。ビリビリと空気が震える。隣にいたルネが、恐怖心から、思わず俺の服の裾を掴んだ。そのただならぬ威圧に、俺も生唾を飲み込む。


 間近でマルスさんの威圧を食らった男は、声にならない悲鳴を上げて、その場で尻もちをついた。そしてぶるぶると震えたまま、足元に大きな水たまりを作った。尊厳も何もない、直面した死の恐怖を前に、非常に正直で素直な反応だった。


 周り中の人が、マルスさんの一睨みに震える中、吹き抜けの踊り場に、三人の人物が歩み出てきた。一人はひょろりと背の高い男性、もう一人は派手で露出の多い恰好をした女性、最後の一人は、小さな体にぶかぶかの白衣を着た男の子、サイズの合わない眼鏡を何度もかけなおしている。


「まったく騒々しい。何事かと思えば、こんな薄汚い老人相手に、大騒ぎをしていたのですか」

「てか、見てみ?あいつやばくね?あれって漏らしてるでしょ。ダッサ」

「下品ですねえ、あなたも。そういうところばかりに目をつけて」

「あぁん?なんだぁテメエ?すかしてんじゃねえぞコラ」

「…下らないな。俺は早く、自分の研究に戻りたい」


 一触即発気味の男と女を置いて、男の子が進み出て言った。


「訳も分からず呼び出されて迷惑しているんだ。早いところ用件を言ったら?」

「主らが今の三賢人か」

「そ、俺の名前はエアロン。で、おじいさんは誰?」

「マルス」

「魔法院に何の用?」

「魔砂プリミティブをもらい受ける。素直に差し出されよ」


 その言葉を聞いて、背の高い男が女とのにらみ合いを止めて、エアロンと名乗った男の子の隣に進み出た。そして呆れた様子で頭を振る。


「本気で言っているのなら、どうしようもない馬鹿ですね。プリミティブは希少な研究材料です。渡す訳がないでしょう」

「であるか。ならば奪うのみ」

「野蛮ね、ジジイ。そんなことすれば、ここにいる三賢人含め、ミシティック中の魔法使いが敵になるわよ、それに勝てるとでも思ってるの?」


 女も二人に遅れまいと、話しに参加してきた。そして俺は、声に出さないものの、女の意見に同調した。


 マルスさんは策があると言っていたけれど、こんなに堂々とした簒奪宣言は、とても策とは呼べない。三賢人と呼ばれる人たちも、他の魔法使いたちも、完全にこちらに敵意むき出しである。


 ものすごく不安でハラハラするが、ぐっとこらえて俺は成り行きを見守った。マルスさんが、仲間が策ありと言ったのだ、俺が信じずに誰が信じるのか。


 ただ、一斉に襲い掛かられたとなると、俺とルネはまず間違いなく生き残れない。マルスさんも、三分弱で相手すべてを斬ることは不可能だろう。つまり俺たちは、今まさに死の崖淵ギリギリに立っていることになる。マルスさんを信じる。信じているけど、心配になってしまうのは当たり前だと思う。


「全員は相手にしない。わしは雑魚に用はない。三賢人よ、お前たち三人が、この国の最有力者。今日はプリミティブを賭けての、決闘を申し込みにきた。三対一だ。まとめて相手してやる」

「何を馬鹿なことを」


 男は嘲笑しながらそう言った。しかしマルスさんは大真面目な顔で言い返す。


「ミシティックの顔とも言える、魔法使い三賢人が、まさか老いぼれの申し出に臆するとは言うまい?そうだな、決闘で、お前たちはわしを殺してもよいぞ。それだけの侮辱をしたからな。だがこちらはお前たちを殺さない、ちゃんと手加減をしてやろう。どうした?まだ譲歩が足りぬか?老いぼれ一人に三賢人が情けないことだ。ミシティックの名も、落ちたものよのお」


 先ほどから、マルスさんの煽りが止まらない。全速力で振り切ってしまっている。俺は、自分の意に反してがくがくと震える膝を、止めることに必死だった。


「…上等だぜクソジジイ。決闘だろ?受けて立ってやるよ。テメエが吐いた唾だ、もう呑めねえからなあ」

「魔法使いにとって、決闘とは格式ある伝統。受けなければ、無作法というもの。しかし、ただの処刑と化すことは目に見えていますがね」

「俺は正直、どっちでもいいんだけど。ここまで虚仮にされて引き下がるほど、腰抜けでもないんだよね。おじいさん、今からでも遅くないから、後ろで震えてる二人も加えたら?三対三の方が公平でしょ?」

「いいえ、結構。して場所は?」

「…決闘場を兼ねた広場がある、そこに向かおうか」


 エアロンは言い終わると、適当な人を指さし「案内しろ」と命令した。命令を受けたものは威圧によって腰を抜かしていたのだが、飛び跳ねるように立ち上がり、体がねじ切れんばかりに深々と頭を下げた。歯をカチカチと鳴らしながら「承りました」と大声で叫ぶが、すでに三賢人の姿はなかった。




 案内についていく道すがら、俺はマルスさんに聞いた。


「策って本当にこれですか?」

「そうじゃよ」


 簡単に言ってのけるので思わずめまいがした。マルスさんの強さは知っているけれど、あの三賢人というのも、見ただけで最上級の実力者であると分かるからだ。


「無謀ですよ、マルスさん。あの人たち相手に、どう考えても三分では決着がつきません」

「そうじゃろうのう。何せ相手は、この国で一番の魔法使いたちじゃ」

「三人いるのに、一番なんですか?」


 ルネがそう聞くと、マルスさんは頷いた。


「魔法と一口で言ってもの、攻撃、防御、回復、補助、状態異常、召喚、というように各分野がある。ミシティックでは、その二分野において最優秀成績を修めたものを、三賢人と呼称するのじゃ」

「ははあ、なるほど。三賢人それぞれが、一番の魔法使いということですか」

「通常、魔法というのは二つを同時に修めることは困難じゃ。使う魔法によって、魔力の質も、術式も、まるで違うからのう。だから二分野をまたいで上り詰めたものは、魔法使いではなく、賢者と呼ばれる。それをまとめて三賢人、ミシティックの象徴としても扱われる実力者じゃ」


 恐らくマルスさんは、ファウスト家を調べる内に、ミシティックの仕組みに詳しくなっていったのだろう。だから三賢人のことを知っていたし、国として、一番虚仮にされて痛手になることを知っていた。


 三賢人の男が言うには、決闘は格式ある伝統だということで、それをマルスさんが知っていたのなら、挑発すれば、受けざるを得ないことも織り込み済みだったのだ。


 しかしいくら魔砂プリミティブを得るためとはいえ、ミシティック一の実力者たちと、三対一の決闘なんて、正気の沙汰ではない。


「マルスさん…」

「リオン殿、ご心配召されるな。ご懸念、重々承知しておる。此度の決闘、確かに無茶無謀、勝てるかどうかは、五分五分といったところじゃろう。しかし、わしは勝つ。この国に残してしまった迷いとしがらみ、それを断ち切り、希望を継ぐのじゃ。勇者リオンに希望を継ぐのじゃ」

「そうですよ。リオンさんは、どーんと構えていることくらいしかできないんだから、黙って見ていればいいんです」

「ルネ、お前なあ…」

「事実でしょ。だから黙って、いつも通り仲間を信じて待っていればいいんですよ。マルスおじいちゃんが勝つって言ったんですから。リオンさんは私のことも、何の根拠もなく信じたでしょ」


 ルネの言葉を聞いて、俺はハッとさせられた。確かに俺は今、マルスさんの身を案じるばかりで、彼の勝利を信じることが、できていなかった。


 マルスさんは勝つと言った。圧倒的に不利な条件に思えても、勝つと言ったんだ。自分でもさっき思っていたじゃないか、それを信じてあげることが、今仲間としてできることだ。


「マルスさん、頑張ってください。勝利を信じてます」

「そのお言葉、誠感謝しますぞ。ルネちゃんも、ありがとうねえ」

「…待ってますから。絶対に勝ってきてください…」


 俯くルネの頭を、マルスさんは優しい手つきで撫でた。ルネがマルスさんのことを心配しない訳がない。それでも勇気を振り絞って、俺に任せるよう伝えてくれた。


 情けない。俺は心の中で自分を戒めた。ルネに言われた通り、今の俺にできることは、待つことだけ。俺が代わりに戦うことはできないし、魔砂プリミティブを手に入れる策だってない。


 三賢人の待つ、決闘場についた。マルスさんは静かに歩みを進め、一人でゆっくり離れていく。ミシティック最高戦力である三賢人と、戦って勝つために。

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