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どこまでも排他的

 ようやくミシティックにたどり着いた。…たどり着いたのだが、俺たちは入国の手前で立ち往生していた。


 この国は勇者特権が通用しない、協定に批准していないからだ。本当に、まったくもって一つも勇者の特権を認めていない国。勇者を守ることもなければ、勇者に守られることもない国が、ミシティックだ。


 そういう事情の国は少ないが、例えそうだったとしても、勇者という肩書があれば、そこそこ優遇してもらえる。魔王の復活は、どの国でも必ず魔物の被害を出すからだ。依頼というかたちでなくとも、勇者の力を借りたいという場合は、往々にしてある。


 だがミシティックでは、その手の期待は一切できないようだった。少々お待ちくださいと言われてから、もう3時間は経過している。早々にブチ切れたルネは、終わったら呼んでくださいと言って、ふて寝してしまった。


 結局俺とマルスさんの二人で、じっと椅子に座って待っていたが、いい加減、我慢の限界が近かった。俺が少々暴れたところで、悲しいかな大したことにはならないが、この苛立ちを前に、奇声を上げて大暴れしたくなった。


「お待たせしました」


 そんな時、ようやく戻ってきた担当官に声をかけられた。そのすました顔に心底腹が立ったが、何とか笑顔を崩すことないように心がけた。へそを曲げれても困る。


「ええと…、なんでしたっけ?アームルートの、リオン…、なんちゃらさん?と、そのお仲間の、方たち?審査の結果、入国は認められません。お帰りはあちらです」

「はあ!?」


 あんまりにもぞんざいな扱いに、流石に大声が出た。それでも担当官はすまし顔のままだった。


「目的は…、ええと、なんでしたっけ?ああ、武具の素材集め?ま、諦めてください」

「ふざけんじゃねえぞっ!!ま、諦めてください。で、諦められるか!!」

「そう言われましても、私にはどうにもできませんので。ではこれで」


 本当にそれだけ言って、入国できない理由も告げず、立ち去ろうとする担当官を、俺は何とか引き留めようとした。しかしあれだけ取り付く島もない様子で、どうやって引き留めればいいのか、言葉に詰まって、手も足も止まってしまった。


「お待ちくだされ」


 俺が手をこまねいていると、口を開いたのはマルスさんだった。ゆっくりと立ち上がって、担当官に詰め寄る。


「わしはこの国の出での、実は里帰りしたいのじゃよ、里帰り」

「はあ?お名前は?」

「ファウストの名で調べてくだされ。家は取り潰されたが、記録には残っておるはずじゃ」

「…少々お待ちください」


 ファウストの名前に思い当たるところがあったのか、担当官はすぐに調べに戻った。対応の仕方があからさまに変化したので、俺はマルスさんに聞いた。


「マルスさん、ファウストって?」

「わしの生まれた家の名じゃ。遥か前に捨てた名じゃから出す気もなかったが、仕方あるまい」


 そう言うマルスさんの目は、どこか悲し気だった。涙こそ流さないが、とても悲しい瞳だった。


 担当官はすぐに戻ってきた。散々待たせたくせに、今度はとても早かった。


「まさかファウストの生き残りがいたとは思いませんでした。てっきりもうすべて死に絶えたものかと」

「このッ!」


 失礼な物言いに思わず拳を握りしめてしまった。そんな俺の半歩前に出て、マルスさんは俺の拳の手を添えて止めた。


「帰国じゃ。文句があるかい?」

「そちらのお二人は?」

「わしの身内じゃ。それがどうかしたかい?」

「…勝手な行動を取られると困るのですが」

「この国の魔法使いは、個人的な取引を行わないと?交渉事は、一切ないと?」


 そんな訳がない。この国の魔導書は、全世界に流通している。出されるものは限定されているだろうけど、取引の実態はある。


 結局その場は、マルスさんが強引に押し切って、俺たちはミシティックに入国することが叶った。担当官に、最後までぐちぐちと何か文句を言われていたが、俺たちは完全に聞き流した。一刻も早くプリミティブを手に入れて、この国を出たい。俺の頭の中はその思いで一杯だった。




 ミシティックの中心には、国のすべての知識を集約している、魔法院という名の、研究教育機関がある。魔砂プリミティブを手に入れられるとしたら、ここしかないだろう。


 そう当たりをつけて魔法院を訪れたのだが、ここでも門前払いを食らった。話すら聞いてもらえず、声をかけても、まるでいないものとして扱われた。どいつもこいつもと憤りを覚えたが、それよりもルネが「もうまとめて吹き飛ばして、瓦礫から砂だけ持っていきましょう」と本気で言うので、それを止めることに思考が持っていかれた。


 何とかルネのことをなだめたものの、俺たちは何の手がかりも得られず、途方にくれていた。道行く人々は、俺たちのことを珍獣でも見るかのような目で、ちらちらと視線を向け、ひそひそと何かを話しては去っていく。


「すっげえ感じ悪い」

「珍しく意見が一致しましたね。片っ端から燃やしますか?」

「今のルネならできるけど、やめてね」

「ここ、本当にイライラします。どいつもこいつも、こっちを値踏みするような目で見てきて、気持ち悪い」

「本当に、珍しく意見が一致したな。まさか、ミシティックがこんな国だったとはなあ…」


 魔法について学ぶものを受け入れ、豊富な知識を分け隔てなく与える国だと夢想していた。この国の魔導書より、詳しく魔法のことが書かれている書物はなく、その内容についても、熱意が込められていることが感じ取れたからだ。


 勝手に理想を押し付けていた俺も悪い。しかしそれ以上に、この国に漂う雰囲気は最悪だった。あまり口汚い文句を言うのは憚られるが、正直ここ以上に住みにくそうな場所は見たことがない。


「はあ…。とにかく、宿を探そう。もう二度と、あの入国担当官の顔は見たくない」


 そう言って俺たちは街道を歩き始めた。唯一マルスさんだけが、暗い顔をしていた。




 歩けど歩けど宿は見当たらなかった。ようやく捕まえた一般市民の何人かに、何とか頼み込んで事情を聞き出すと、この国に宿泊施設はないと告げられた。信じがたいことだったが、どうやら本当のことのようだった。


「やはりそうじゃったか…、少しは変わったものと期待したのじゃがのう」


 マルスさん曰く、昔からこの国に、旅人を滞在させるような施設はなかったそうだ。とことん排他的な気風は変わっていないと、寂しそうにそう告げた。


 しかし、一度ここから出て、もう一度入国できる見込みは薄い。何としてでも滞在しなければ、プリミティブ入手の望みが、どんどん薄くなり、遠ざかっていく。


「一つ、心当たりがあります。あまり気のいい場所ではありませんが、この際えり好みもしていられないですじゃ」


 そう言うとマルスさんは俺たちの前に出て歩きだした。その足取りは重く、歩みはとても遅いものだったが。その痛ましいまでに寂しそうな背を見ていると、追い越すことも、背中を支えることも、どうしてかできなかった。それはどうやらルネも同じだったようで、神妙な面持ちのまま、俺とルネは彼の後に続いた。




「ここは…」

「墓地、ですか?」


 連れてこられたのは、街の外れの、そのまた外れにある小さな墓地だった。とても寂れていて、ろくに整備もされていなかった。苔むした控えめな墓石が、その身を寄せ合うように固まっている。


「ここにはのう、わしの両親と、ファウスト家のものたちが眠っておる。没落して資産はほぼすべて国に接収されたが、ここだけはなんとか守り抜いたのじゃよ。墓場に泊まるなど、気持ち悪いじゃろうが、ここならばわしらがいても、問題ありますまい」

「そんな…、むしろいいんですか?ご家族のお墓でなんて…」

「なあに、死者は何も語りませぬ。それにいくら死者が気分を害そうと、すでに灰、手も足もないので、出せませぬ、ゆえにどうしようと構いません」


 やっぱり気は引けるが、この国に留まれるのならありがたい。俺はマルスさんの提案を受け入れ、墓地の一角を借りてキャンプをすることにした。


 人目につかないように心がけ、片隅で小さくまとまる。なんともみじめな話ではあるが、もっとみじめな経験をしているので、さほど苦にならない。むしろ雨風がしのげて、ここに滞在できるだけで儲けものだった。


「しかしどうしますか?このままじゃあ、プリミティブとかいう砂、手に入らないのでは?」


 食事の際に、ルネがそう発言した。俺はうーんと唸ってから答える。


「そうなんだよなあ…。魔法院へのコネとか、取っ掛かりもないし。この国じゃ依頼とかもないから、恩を売ることもできない」

「やっぱり燃やしましょうよ、あんな奴ら」

「駄目だってば。…何だかルネ、ここに来てからずっと苛立ってないか?気持ちは分かるけどさ、あまり物騒なことは…」

「それについては、わしが悪いんじゃリオン殿。ルネちゃんが、わしの過去について知ってしまったからじゃ」

「過去?」


 そうなのかと問うように、俺はルネに視線を向けた。彼女はそれに気が付き、こくんと小さく頷いて肯定した。


「プリミティブなる魔砂を手に入れる策ならありますじゃ。…しかしそれを話す前に、もしよかったらリオン殿にも聞いてほしい、わしの過去、老いてなお刀を手に取る、その理由についてを」


 いつになく神妙な面持ちで、マルスさんはそう言った。俺に断る理由はない。一も二もなく承諾した。


「マルスさんは仲間だから、話してくれるのなら、聞かせてほしいです。知りたいし、聞きたい。あなたの口から」


 俺のその言葉にマルスさんはにこりと微笑んだ。そして一度空を仰ぎ見てから、語り始めるのだった。

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