道中にて
ゴウカバからミシティックは遠く離れている、そこで俺たちは一度ガメルに戻った。そこから船に乗り、ミシティック近くの港に降りて、今度は陸路を、徒歩で目的地に向かう。
わざわざ俺にとってもマルスさんにとっても、負担の大きい徒歩を選択したのは、何も路銀をケチった訳ではない。むしろ最近は、ゴウカバでもパランジーでも、滞在中にお金がかからないことが多かったので、路銀には余裕がある。
理由は至極単純で、そもそもミシティックに向かう交通手段がないのである。その理由は、ミシティックという国の特徴にあった。
魔法使いの国、そう呼ばれるミシティックは、情報流出に関して非常に敏感だ。自国の魔法技術が、外部に漏れることを嫌い、人の流入にとても気を使っている国だった。
ミシティックに入国できる人というのは実に限られていて、それ以上に、よそ者に対する警戒心も強い。国全体が非常に排他的な風土なのだ。
唯一、優秀な魔法使いであれば、諸々の手続きをすべてパスして、一発で入国する手段があるそうなのだが、今の俺は魔法がほぼ使えないし、ルネも知恵の宝珠が規格外なだけで、魔法使いとしては並み以下、マルスさんに至っては、魔法を一つも使えないというありさまであった。
そういった経緯から、俺たちは徒歩でミシティックへ向かう他なく、地図を頼りに、苦労して歩いて向かっているのである。
リオンは小さくステップを踏んで攻撃を躱す。回避後、即攻撃へ移るものの、敵の魔物の魔狼も、素早い動きで、攻撃範囲外へと逃れてしまう。
現在リオンたちは、5匹のワーグの群れに襲われていた。リオンは前衛で、ルネとマルスの方にワーグが向かわないよう、かく乱しながら食い止めている。
ワーグは、見た目、大きさ共にほぼ狼であり、魔王復活前の不活性な状態では、生態すらもほぼ狼と似通っていた。野山に隠れ住み、群れで狩りを行う。
しかし魔王復活に際して、魔物としての能力が活性化すると、気性が凶暴化し、群れは積極的に、手あたり次第の獲物へ襲い掛かるようになる。まさしく狂犬と化すのだ。
整備された街道にも侵入し、お構いなしに襲い掛かる狂犬であり、討伐されることが一番多い魔物だが、魔物による被害も一番多く出す魔物であった。
群れで襲い掛かってはくるが、その連携力は大したものではない、精々獲物を取り囲む位置取りを行う程度にとどまっていた。回避後の隙を狙う訳でも、同時に攻撃を行い、対処を難しくさせる訳でもない。数の利を生かすことをしないのだ。
ワーグという魔物は、とりあえず目についたから襲うという、非常に短絡的な思考を行動原理としていた。
単純かつ単調な攻撃は、防御も回避も容易だったが、如何せん数が多くて動きが素早い。リオンは無傷ではあるものの、かく乱によって体力は着実に削られていた。勝負を決める一撃と、その手段を欠いており、精々ワーグの足止めするのが限度だった。
そうなると、勝負を決める攻撃を担うのは、別のものになる。その準備を終えて、ルネはリオンに声をかけた。
「リオンさん、怪我したくなかったら、全力で逃げてください」
その言葉に振り返ったリオンは、目にしたものを見て、ワーグなどに目もくれず全力でその場から逃げ出した。それもそのはずで、ルネの背後には、発射される直前のファイヤーボールが、大量にずらりと並んでいた。
その数100発、リオンが逃げたことを確認すると、ルネは全弾一斉にワーグめがけて放った。5匹のワーグたちが最期に目にしたのは、迫りくるファイヤーボールが見せる、真っ白な景色であった。
ファイヤーボールが着弾した瞬間、ワーグたちが群がっていた周辺一帯が、大爆発を起こした。その余波で吹っ飛ばされた俺は、何とか受け身を取ったものの、転がされたまま天を仰ぎ見ていた。
「いやあ、すごい威力でしたね。大丈夫でした?」
「大丈夫じゃねえよ!やりすぎだよ!何発用意したんだよ!」
「足りるか分からなかったので、とりあえず100発ほど」
嘘だろ。俺は思わず飛び起きた。しかし残念ながらルネの言っていたことは本当のことのようで、ワーグがいたであろう場所は、爆発の衝撃で大きなクレーターができあがっていた。熱波が木々を焼き、山火事寸前である。
「ちょわー!!消火して消火!!」
「え?あ、本当だ。やべやべ」
ルネが魔法で消火し、ようやく一息ついた。しかしまったりとなごんでもいられない、どうにかしてこのクレーターを埋めなければ。勝手に地形を変えたとなれば、どんな罪に問われるか分かったものではない。
しかしどう見ても、人力の手作業でどうにかなるものではなかった。じとっとした目でルネを見ると、流石にやりすぎたと自覚しているのか、私が何とかしますと、自分から言って動き出した。
ルネの穴埋め作業を、本当に文字通りの穴埋め作業を見つめながら、俺は木陰に座って休憩していた。魔法の扱いに慣れていないのは分かるが、100発は過剰だ。そんな無茶苦茶を可能にする知恵の宝珠は、確かに大きな力にもなるが、むやみに使わせてはならないとはっきり分かった。
「リオン殿」
俺がそんなことを考えていると、マルスさんが声をかけてきた。隣のスペースを空けて、座るように促すと、マルスさんはゆっくりと腰を下ろした。
「お役に立てず、申し訳ないですじゃ」
「え?」
そんなことを言われるとは思っていなかったので、思わず変に上ずった声が出た。
「どうしたんですか急に?役に立ってないなんて、そんなことありませんよ」
「しかし、先ほどの戦闘でわしはただ見ているだけでした。リオン殿とルネちゃんが戦っているというのにわしは…」
「いやいや、たかがワーグ相手に、マルスさんの力を借りる訳にはいきませんよ。俺が戦うのは勿論として、ルネもあれだけとんでもない力を手に入れたのだから、当然手伝ってもらいますけど、マルスさんが気に病むようなことはないです」
情けない話だが、格上の相手と対峙する際、この中で確実に勝利することができるのは、戦闘モード時のマルスさんしかいない。確かにルネは知恵の宝玉のおかげで、戦力として一番上かもしれないが、経験不足があまりにも目立つ。
ルネに戦い方を覚えてもらって、何とか二人体制で格下の魔物に対処し、俺たちでは手も足も出ない相手には、マルスさんに対処してもらうのが一番いいかたちだと思う。居てくれるだけで、勝利を決定づけられるマルスさんの存在は、口が裂けても役に立たないだなんて言えない。
正直それを言ってしまえば、一番役に立たないのは俺だ。嫌だ。絶対認めたくない。最近自信が揺らいでいるが、俺は公認勇者なんだ。み、認めてなるものか。この一線だけは譲らないぞ。
だが、これだけ言ってもマルスさんはまだ落ち込んでいた。いつも和やかな笑顔を崩さない彼にしては珍しい、そう思った俺は、思い切って事情を聞いてみることにした。
「何かあったんですか?何だかいつもの調子じゃない気がしますよ?」
「…実は、リオン殿にも、ルネちゃんにも、黙っていたことがあるのですじゃ」
「黙っていたこと?私にもですか?」
いつの間にか作業を終えたルネが目の前にいてそう聞いた。マルスさんは、申し訳なさそうに、ゆっくりと深く頷いた。
「実は、実はのう…。ミシティックは、わしの、わしの生まれ故郷なのじゃ」
「えっ!?」
驚きの声は、ルネとまったく同じタイミングで出た。重なった声を聞き、マルスさんはますます申し訳なさそうに体を丸く縮めた。
「黙っていて申し訳ない、リオン殿の次の目的だというのに、わしは、わしは…」
「そ、そんなに思いつめないでください。確かに驚きはしましたが、別に責めたりなんかしませんよ」
「そうですよ!責めるなら、甲斐性なしのリオンさんを責めるべきです!」
「ややこしくなるから余計なこと言うな!」
にらみ合う俺とルネだったが、途中でどちらとも様子がおかしいと気づいてやめた。いつもであれば、俺たちの言い争いが白熱する前に、マルスさんが一言二言入れてくれて、頭を冷やしてくれるからだ。しかし彼は、黙って俯いている。
これは本格的に様子がおかしい。俺とルネは顔を見合わせた。マルスさんの落ち込む様子があまりにも痛ましく、どうしたものかと困ってしまった。
それからしばらく、マルスさんの様子はやっぱりおかしいままだった。俺はルネにそっと耳打ちをして、今日は早めにキャンプをして休もうと提案する。いつもならそこで、一言二言入れて混ぜ返してくるのがルネだったが、今回ばかりは何も言わず、黙って俺の提案に頷いた。
急変したマルスさんの態度が、俺たちのことを不安にさせた。自分の故郷だと告げられたミシティックで、一体何があったのだろうか、マルスさんの様子を見て、俺はそんなことを考えていた。