再びゴウカバへ
ルネが精製したオリハルコンを持ち、俺たちはまたゴウカバに戻ってきた。そしてダンナーさんの店、偉大な炉へと向かう。そこで目にしたのは、荒れ果てた店の姿ではなく、お客さんの出入りがある、まともになった店だった。
「何ですかこれ?」
「いや、俺にも分からん」
ルネと一緒に呆然と店を眺めていると、マルスさんが陽気な声を上げた。
「セイコ殿!お久しぶりですじゃ」
「おお!マルスの旦那じゃないか!てえことは、やっぱりいたなリオン、それにルネ!」
マルスさんが挨拶をしたのはセイコさんだった。相変わらず豪気を絵にかいたような人だ。背中を勢いよくバンバンと叩かれて、えずく。
「ダンナーのところ行くつもりかい?ならちょいとタイミングが悪かったな。あいつは今来客対応中だ」
「何か、ずいぶん盛況ですね」
「元々腕はよかったんだ。酒を抜いたおかげで、ようやく仕事が入ってくるようになってなあ。まあ、まだ少しばかり手は震えているが、そう簡単に依存症の後遺症は治らんよな」
「それでも治療は続けているんですか?」
ルネが一歩前に進み出て聞いた。霊薬を使って治療に関わっていたから、やっぱり少しは心配なところがあるのだろう。
「おう、ルネからもらってある霊薬はよおく効いてるぜ?こっそり飯に混ぜておくとな、その夜あいつの悲鳴が聞こえてきて気持ちいいんだ。懲りねえからよ、隠してある酒にも全部混ぜてやったぜ」
「いいですね!私もぜひ悲鳴を聞きたいです」
ずるっと体の力が抜けた。ダンナーさん、あれだけ断酒すると豪語しておいて、まだこっそり飲もうとしてるのか、まったくどうしようもない人だ。しかしルネの霊薬と、セイコさんの管理のおかげで、断酒は何とか続いているようだった。
ダンナーさんも懲りればいいものを…、だが、そう簡単な話でもないのだろう。今のところセイコさんがしっかり手綱を握ってくれているようなので、そっちは任せることにした。
偉大な炉でダンナーさんが来客対応中ということなので、俺たちはセイコさんの店、剛鉄火へ連れられてやってきた。相変わらずここはものすごい盛況ぶりで、お客さんの列がずらりと並び、鉄を打つ音が鳴りやまない。
「セイコさん、ダンナーさんとの関係はどうですか?」
「まだまだあいつの努力次第ではあるけどね、順調って言ってもいいだろうね」
「またあっちに移り住めばいいのに」
「ルネ、あんまり踏み込んだこと言うんじゃないの。プライベートなことなんだから」
「はっはっはっ!そう気にすることもないさ。私も自分の店と弟子たちがいる。あいつらが一人前になるまで、この店を畳むつもりはないよ。それから先は…、まあ、考えてやらないでもないけどな」
照れて顔を真っ赤に染めながら、セイコさんはそう言った。確かに関係修復は順調そうだ。あの惚気節をまた聞かされると思うとうんざりするが、相性は本当に悪くなさそうなので、また仲良くなってくれるといいと思う。
それはさておき、俺は机の上に、ルネの精製したオリハルコンを置いた。それを目にした瞬間、セイコさんの目の色が変わった。
「こいつがオリハルコン…、まさか本当に、直接この目にする時がくるとは思わなかったね」
「使えそうですか?」
そうルネが心配そうに聞いた。俺はそれを少し意外に思った。彼女はてっきり、自分の作った物に、絶対的な自信を持っているものだと思っていたからだ。セイコさんは、ルネの不安そうな表情を見て、ニカッと歯を見せて笑顔を浮かべた。
「使えるかだって?当たり前じゃないか!この素材を目の前にして、震えない鍛冶師はいないよ!まったく素晴らしい出来だ!」
ルネはその言葉を聞くと、ほっとした様子で胸をなでおろしていた。
「まあ、懲りない酒飲みオヤジは、別の理由で震えそうですけどね」
「コラッ!折角いい感じにまとまったんだから、余計なこと言わない!」
「お?なんですか?やりますかリオンさん?今なら絶対私の方が強いですよ」
「やらねーよ!!勘弁してください!!」
「ほっほっほ、仲良き事、よきかなよきかな」
俺たちが、そんな馬鹿なやり取りをしていると、セイコさんが豪快な笑い声をあげた。とても愉快そうに笑ってから、俺たちに言った。
「あんたたち、ちょっと見ない間に、ずっと仲間っぽくなったじゃあないか。最初見た時は、酔狂な連中だと思ったもんだが、独特の絆ができつつあるねえ」
「そ、そうですか?」
とてもそうは思えないけど、とは言わなかった。
「ああ、職業柄戦う連中ってのをよく見る。命と背中を預けてあって戦うんだ、絆ってのは重要だよ。その中でも、どこかよそよそしくて、上手いこと関係を築けない奴らってのは、大概死ぬか大怪我してやめちまう。その点あんたたちはいいよ。遠慮ってもんがない。そういう仲間はねえ、得難いものだよ、大切にしな」
「でもルネには少しくらい、遠慮してもらいたいんですけど」
「リオンさんの甲斐性なしは、どうすればいいですか?」
「これだよ、これ。マルスさん、何か言ってやってくださいよ」
「…ふごっ!…」
「あれ?いつ寝た?寝るタイミングあった?今」
「リオンさん、お年寄りはいたわってください」
「俺か?悪いのは本当に俺か?」
セイコさんは腹を抱えて笑っていた。本当にこれが絆だと思っているのか?先ほどの彼女の言葉が、その場しのぎのお世辞に思えてならなかった。
「お師匠様、ダンナー様がいらっしゃいました」
「おう!ありがとうよ、通してくれ」
「はい、失礼します」
少しばかり歓談していると、セイコさんのお弟子さんが部屋に入ってそう告げた。
「こっちに呼んでたんですか?」
「出向くのは面倒だろ」
「流石はセイコさん、よく分かってますね。ちょっとは運動させた方がいいですよ、あのぽっこり下腹オヤジ」
「違いないねえ!ガッハッハ!」
そう言って二人は楽しそうに笑っている。せめてダンナーさんが来るまでには終わっていてくれと、静かに祈っていると、本当にちょうどいいタイミングでダンナーさんが部屋に入ってきた。
「リオン!ルネ!…ええと、マルスの爺さんは寝てるのか。とにかく久しぶりだなあ!」
「お久しぶりです。ダンナーさん」
セイコさん同様に、ダンナーさんも相変わらず豪気な人だ。でも明確に変わったところがある、酒臭くない。後は、そんなに変わってない。
挨拶はそこそこにして、ダンナーさんはオリハルコンを確認すると、満足そうに頷いた。
「文句のつけようがねえ品質だ。嬢ちゃん、やるじゃねえか。これで一つ目の素材が集まったな」
「…ありがとうございます」
ゴウカバ一の職人に褒められると、やっぱり嬉しいのだろう。ルネはほんのりと顔を赤らめて、歯切れ悪く礼を述べた。嬉しさと気恥ずかしさが見て取れた。
「ダンナーさん。これでオリハルコンは手に入りました。次の素材が何か分かりましたか?」
「おう、見当は付けておいた。リオン、お前さんミシティックって国は知ってるか?」
俺はその質問に頷いて答える。
「魔法使いの国とも呼ばれている、魔法学の本場です。一度勉学のために訪れてみたいと思っていました」
「俺は魔法についちゃあ詳しくねえが、そこにあるって言われている魔砂が必要になる」
「魔砂?」
「簡単に言えば、魔力をたっぷりと含んだ砂鉄だ。これは調べるまでもないことだが、今のエリュシルはリオンの魔力、それに精気も吸い取っているだろ?俺はそれが剣本来の機能だと読んだが、もう一歩踏み込んで考えてみることにした」
「踏み込むって?」
首を傾げてそう聞くルネに、ダンナーさんはにやりと笑った。そしてルネはイラりとしている。俺は何とかそれを手で制して止めた。
「持ち主の魔力を独自の能力に変換する剣、これはありがちな魔剣だ。だがエリュシルは、そういう能力だと仮定すると、暴走しているにしても、あまりにも力を吸い過ぎている。そこで別の可能性を考えた。こいつは力を変換しているのではなく、持ち主の力と同調しているのではないか、と」
そう言うとダンナーさんは、持ってきた鞄から、一冊の古い本を取り出した。分厚くてボロボロの表紙を開き、目的のページで手を止める。指をさす場所には、ある剣についてのことが書かれていた。
「こいつは恐らく、ゴウカバで一番古い文献だ。一度目にしたことがあってな、大体は古すぎて使い物にならねえから覚える気もなかったが、この一つだけは気になって覚えていた」
「古代の、ドワーフ文字ですか?所々しか読めないな…」
「利口ぶるのは恰好悪いですよ、リオンさん」
「強がりじゃねえっつうの!一応、最優秀成績を修めてるんだぞ…、まったく。ええと、剣と、人体?の、一体化?血の通る鉄?」
「おお!すげえな、大体合ってるぜ」
得意げな顔をしてルネの方を見ると、ぺちっと頬を叩かれた。
「こいつは要するに、その剣を振るう者に完全同調する、そういう機能を組み込めないかっていう構想だ。精気や魔力、持ち主の力を一度取り込んでから、剣と同調させる。どうだ?エリュシルの機能に似ていると思わないか?」
そう言われてみると、確かにそうかもしれないと思った。今のエリュシルは、ダンナーさんは組み込んだ魔石のおかげで、魔力を光の刃に変換する機能が付け加えられているが、元々はただただ吸い取ってはちまちまと消費していた。何かに変換していた訳ではない。行き場を失ったと表現すると、しっくりくる。
「という訳でだ。ミシティックにあるらしい、プリミティブと呼ばれる魔砂を探してきてくれ。俺の考えだと、そいつをオリハルコンに混ぜ込むことで、剣と人体の、精気と魔力の循環が可能になるはずだ。頼んだぜ」
こうして俺たちの次の目的地は、魔法使いの国ミシティックに決まった。剣との同調が、どんな意味を持つのかまだ分からないが、これもエリュシルを修理するためだ。何としてでも、プリミティブを手に入れる、俺はそう決意した。