嬉しい知らせと悲しい知らせ
俺は今、自分が精製したオリハルコンを、どや顔をしながら見せびらかすルネを前にしていた。少々やつれ気味だが、実に自慢げな顔だ。
「どうですか?これが伝説の金属、オリハルコンですよ」
「流石はルネちゃんじゃ!わしはきっとできると、信じておったぞい!」
「そうでしょうそうでしょう!マルスおじいちゃん、もっと褒めてくれていいんですよ!」
何だかルネは若干ハイになっている。いつにないテンションを前にして、ちょっと引く。彼女ってこういう表情もできたんだな。
「うん?どうかしましたか、リオンさん?」
「あ、いや、ごめん。これが本物のオリハルコンだと思うと、言葉が出なくてさ」
ハイテンションを前にして引いたのも事実だが、これも紛れもなく事実だった。俺は正直、言葉が出なかった。剣を直す手がかりを、やっと手に入れることができたのだ。緊張のあまり、手が震えるのを感じていた。
「…どうですか?今の気持ちを正直に、素直に言ってみてください」
「うん。そうだな、すごく嬉しい。本当に、震えるくらいに。ありがとうルネ、本当にありがとう」
「よろしいっ!リオンさんにしては中々気の利いた言葉です。褒めてあげますよ」
俺にしてはかよ、とも思ったが、気持ちを素直に吐き出せたおかげで、喜びが心の底から湧き上がってきた。これもすべてルネのおかげだ。
「しかし、見た目は意外と普通なんだな。もっとこう、神々しい光でも放っているのかと思ってた」
「いやいや、そりゃそうでしょ。リオンさん、金属にどんな夢抱いてんですか」
「ははは、まあそう思われるのも無理はありませんよ。散々大仰なことを言ってきましたから」
話している後ろから、ノクトさんとステラさんが歩み寄ってきた。二人はどことなく、嬉しそうな顔をしている。
「オリハルコンはあくまでも剣の芯になる素材、それを剣に変える職人がいてこそ、価値があるものになります。聞けばダンナー様が扱われるそうですね、彼の腕ならば何も問題ありません」
「しかしまさかセイコ様とご離婚なされているとは思いませんでした。あんなに仲のよいご夫婦でしたのに」
「あれ?お二人とも、面識があったんですか?」
「何度か一緒にお仕事をさせていただきました。特殊な金属に魔石、錬金術師が用意できる素材は、ゴウカバの職人にとって有用ですからね。しかし最近の取引は、すべてオトット様を通していましたので、それで事情が入ってこなかったのでしょう」
その話を聞いて納得した。だからダンナーさんは、パランジーのことを知っていて、そこの錬金術師の腕に信頼を置いていたのだ。オトットさんを最初尋ねた時、身内の恥じだからとダンナーさんの事情をしゃべることをためらっていた。恐らくそれで、二人は事情を知らなかったんだ。
「でも二人の夫婦仲も改善しつつあるんですよ。ダンナーさんがお酒を断つことができたのも、ルネの霊薬のおかげです。多少強引な方法でしたけど」
「何言ってるんですかリオンさん。あの酒飲みダメオヤジには、あれくらいの荒療治しないと足りないんですよ」
「まあ結果的にはね。いや俺も文句がある訳じゃないよ?」
「ほっほっほ、リオン殿もルネちゃんもゴウカバでは、よく頑張りましたぞい。ご両親も、きっと嬉しく思っているはずですじゃ」
「そうだよ。いい機会だから褒めてもらえよ、ルネ」
「何かリオンさんがうっとうしいから嫌です」
「またそういうことを言うんだから、ほら、素直になって素直に」
ゴツンッとルネに頭を叩かれて身もだえる。流石にからかいすぎたなと反省し、たんこぶをさすった。そんな俺たちのやり取りを見て、ノクトさんとステラさんの二人が、微笑まし気に見守っていた。
「そういやルネ、イメチェンか?」
「はあ?なんですかいきなり」
「いや、その綺麗な耳飾りのことだよ。ルネって普段、アクセサリーとか全然身に着けないだろ?だから意外だなと思って」
ルネの耳には、少し大きめの、綺麗な宝石がついたイヤリングがつけられていた。太陽の日差しのように黄色い宝石が、きらきらと輝いている。不思議なことにその宝石は、表面が代わる代わる七色に輝いていた。
美しいだけではなく神秘的だ。よく似合っていると思った。ルネは少し恥ずかしそうに俯いてから、今度は得意げに顔を上げて言った。
「リオンさんにしては、よく見ていると褒めてあげますよ」
「またしては、ね。それで…」
どうしてと聞く前に、ルネに飛びついた人がいた。ノクトさんとステラさんの二人だ。
「こ、これはっ!?まさかルネ…」
「知恵の宝玉を作ったの!?」
二人は心底驚いているようだった。なんのことか分からない俺とマルスさんは、顔を見合わせて首を傾げる。
「あの、知恵の宝玉って?」
「すごい!すごいぞ!まさかこのレシピがまだ残っていたとは!すっかり遺失された物だと思われていたのに!!」
「完全な物を見ることができるなんて!一体どこでこれのことを知ったの!?」
「え?古い文献の中に混ざっていたけど?」
「そんな馬鹿な!!私たちはこの家の書物には、すべてに目を通しているのだぞ、こんな大切のものを見逃すはずが…。いや、待てよ。そうか、もしかしたら、適者の鍵が働いたのかもしれない…」
「あのー!盛り上がってるところすみません!話を聞いてもらえますか!?」
すっかり俺のことを無視して話を進めてしまった二人、それを無理やり大声で引き戻した。二人はハッとしたような顔で姿勢を正し、失敬と口にすると説明を始めた。
「つい興奮してしまい、すみませんでした。ええとですね、知恵の宝玉は、今はもう作成方法も失われてしまったはずの、アグリッパ家が生み出した、オリハルコンに並ぶ逸品です」
身だしなみを整えながら、ノクトさんがそう言った。興奮はまだ収まらないのか、そわそわとしている。同じようにしているステラさんも、話に続いた。
「伝え聞いてはおりましたが、その存在をこの目で見たことはありませんでした。そして、この子が作った宝珠は、伝えきいた特徴とすべて一致している。間違いなく、知恵の宝珠です」
「適者の鍵とは、アグリッパ家の錬金術師が編み出した秘術です。その時、その者が、心より欲するものを与えん。アグリッパ家のレシピの中でも、特に扱い方によっては危険なものには、この秘術がかけられて、守られているのです」
「へー、そうだったんだ」
ルネが間の抜けたことを言うので、俺は思わず聞いた。
「知らなかったの?」
「ええ。あ、いや、もしかしたら教えてもらったことあるかもしれませんが」
「忘れていたと」
「まあ、自分で言うのもなんですが、お世辞にも真面目な生徒ではなかったので」
その様子は正直目に浮かんでくるようだった。しかしこれを言えば、また喧嘩になる。俺はぐっとこらえて別のことを口にした。
「で、知恵の宝珠って何ができるの?」
「これにはあらゆる魔法の知識が詰め込まれていて、詠唱さえできれば、私は理論上どんな魔法でも使い放題です」
「またまた~。大げさに言い過ぎだって」
あまりにも突拍子もないことを言い出すので、現実逃避するように俺は茶化して言った。しかし、ルネはむすっと顔をしかめていて、ノクトさんとステラさんが、とんでもない事実を告げる。
「誓って本当のことです。知恵の宝珠は、身に着ける者の、魔法に関する知識、技術、魔力、発動式、それらすべてを肩代わりし、魔法を無制限に発動することができます」
「強大で危険な魔法を使う際に生じる、術者への反動や暴走のリスク、それらを一切無効化することが可能です」
「つまり今の私は、その魔法を発動させる詠唱という引き金さえ覚えていれば、あらゆる魔法を際限なく使うことのできる、賢者も裸足で逃げ出すほどの、魔法の使い手となった訳です」
ルネはそう言うと、俺に自慢するために、耳につけた知恵の宝珠を指でいじって見せた。あらゆる魔法をリスクなしで発動できる彼女は、一気に戦力トップに躍り出た。
つまり今、このパーティー内で、一番戦力にならないのは俺ということになる。そのあんまりな現実を前にして、一瞬だけふっと意識が遠のいた。その刹那にも、傷だらけ、泥まみれになった過去の特訓の日々が、走馬灯のように駆け巡るのだった。