作り上げるもの
ルネは実のところ、丸二日間寝食を忘れて、作業場にこもって錬金術に没頭していた。扉の向こうからでも、その気迫と本気ぶりが伝わってくるようだった。それを見守っていたのは、ノクトとステラ、彼女の両親たちだった。
「ルネは、外の世界に出て、思いがけない成長をしたな」
「ずっと心配していたけれど、結局それは、すべて私たちの杞憂でしたね」
二人は扉の前で話をしていた。啖呵を切って出ていった娘のことを、本当は心の底からずっと心配していたのだ。ルネがオリハルコンを精製するという条件を出したのは、彼女が里の外に出ても、ちゃんとやっていけるかが不安だったからだった。
父ノクトが心配していたのは、娘に十分な知識を授けることができなかったこと。ルネの錬金術に関するセンスは悪くなく、修行が順調に進んでいれば、どこにいようとも生活していけるだけの能力を身につけられたはずだった。
しかしルネは、それを途中で放棄してしまった。父としても、アグリッパ家の当主としても、彼女の意思を尊重したとはいえ、それは何もかもが中途半端であった。簡単な霊薬の調合はできても、応用が利かない。まして錬金術で物を生み出すなど、まったくの論外だった。その程度の能力では、ルネが錬金術師として生きる道はか細く頼りない。
実際ルネは、何をやっても性格も災いして上手くいかなかった。特に秀でた能力もない上、彼女の代わりになる人材はいくらでもいる。父の懸念はしっかりと的中していたのだ。彼女がまともな生活を手に入れるまでには、相当な苦労と時間がかかっていた。
母ステラが心配していたのは、娘の社交性と交友関係だった。封建的なエルフの里の性質は、古い血筋を今の時代まで守ることには役立った。迫害や偏見、そういった外の世界の悪意ある揉め事から、物理的に距離を置くことができたからだ。
しかし里はその性質上、代を重ねるほど、どうしても保守的な思想に陥りやすく、社会から隠れるように生きるため、中々新しい風が吹き込んでこない。そのためアグリッパ家では、修行と称して子どもたちを外の世界に一度送り出し、そこで得た経験を知識として取り込むことで、何とか思想が先鋭化しないように保ってきた。
エルフの里がどんどんと衰退していっていることを、ステラはよく知っていた。自分は他の里から嫁いできた身であり、故郷の里は、数年前に無くなっていた。その里のエルフは純血主義者が多く、少子高齢化に耐え切ることができなかった。
ステラは故郷に思い入れこそあったものの、里のエルフのことは嫌っていた。両親は特に過激で熱心な純血主義者であったため、余計に毛嫌いしていた。ステラは決してそのことを表に出さないが、不平不満をため込み、腹の底で怒りを鎮める性格であった。
そんな自分の性格が遺伝したのか、ルネは不平不満に対する自分の気持ちに敏感で、かつ正直すぎるほど正直な性格になった。思ったことをそのままポロリと口に出してしまうし、歯に衣着せることをしない。それが彼女のすべてではないが、対人関係において、それが不利になることは考えるまでもなかった。
どんなに孤独な人でも、一人では生きていけない。ルネに必要なのは、彼女のことを理解し、ありのままを受け入れる誰かか、彼女と対立してもなお、対等な立場でいてくれる誰かだと、ステラはそう考えていた。
「あの子は本当に、仲間に恵まれたわ。ルネを信じて、受け入れてくれる仲間が、あの子には必要だったから」
「ああ。リオン様もマルス様も、どちらも申し分ないお人たちだ。どのようにして出会ったのか、ぜひルネの口から聞きたいのだが…、難しいかな?」
「難しいでしょうねえ…」
二人は顔を合わせて苦笑いをした。きっとルネは、恥ずかしがってしゃべらないと知っていたからだ。でも同時に、それでもいいと二人は同じことを考えていた。彼女がそのことを自分から語りたいと思った時には、きっと素敵な物語を聞くことができるだろうと分かっていたからだ。
作業場から、オリハルコンを完成させたルネの歓喜の声が上がるのは、もうすぐのことであった。
早朝の訓練を終えるころ、屋敷の方から声が聞こえてきた。それがルネの声であることは、中庭からでも気が付いた。
「何かあったのかな?」
「…どうやら、ルネ様がオリハルコンの精製に成功したようです」
「マジで!?」
驚いて大声を上げる俺に、ホムイが頷いた。訓練に付き合ってくれたホムニ、ホムサン、ホムシ、ホムゴ、計五人が、訓練に使った道具を片づけてから近寄ってくる。
「ホムンクルスは他の個体間での情報共有が可能です。この報告は、ルネ様のお手伝いをしていた個体から回ってきたもの。その場で見聞きしたものなので間違いありません」
ホムゴがそう言うと、他のホムンクルスたちは同時に頷いた。本当に、綺麗に揃って同時に動く。
「そうか…。ついにやったな、ルネ」
信じて待っていたとはいえ、焦りがなかった訳ではない。やっぱり日が経つにつれて、少しずつ不安になっていったことは否めない。だから成功を喜ぶ気持ちもあったが、ほっとしたという気持ちも大きかった。あれだけ信じると大見え切った手前、ルネには絶対に言わないけど。
「リオン様の訓練のお手伝いをするのも、これで最後になりますか?」
ホムサンがそう聞いてきた。俺は頷き答えた。
「そうだね、オリハルコンが手に入ったからには、また次の素材を探しにいかないと」
「分かりました」
「寂しい?」
「いいえ」
そう返答されると分かっていたけれど、にべもなく否定されるとちょっと寂しい。すっかり情が移ってしまったなと、俺は五人の同じ顔を見回した。
「リオン様、お聞きしてもよろしいですか?」
「いいよ。何?ホムシ」
「私たちはすべて同じ顔、同じ背丈、同じ姿かたちをしているのに、どうしてあなたは、ご自分が命名した個体だけは識別できるのでしょうか」
ホムシの言葉に「私も気になっていました」とか「同じく」とか「よい質問です」などの声が上がってきた。ずいっと顔を寄せられて、視線で疑問の解答を求められる。
「いやあ、皆がこの答えに納得できるかは分からないけど、俺にも正直明確な理由ってないんだよね。だから…、答えは何となく、かな」
ホムンクルスたちは、同時に同方向に首を傾げた。やっぱり納得していないなと困ってしまうが、そのコミカルな仕草に少し笑みもこぼれる。
「とにかく!理由はないけどさ、一緒に訓練してきて、俺は皆のことを見分けられるようになった。ホムイ、ホムニ、ホムサン、ホムシ、ホムゴ、俺の特訓に付き合ってくれてありがとう。一方的だけどさ、俺は皆のことを友達だと思っているよ」
俺は一人一人の名前を言いながら、ありがとうとお礼を述べた。そして握手も交わした。ホムンクルスたちにとっては、意味が分からないだろうけど、俺はそうしたかった。
「理解不能です」
「私たちは命令を実行したまで」
「個体を識別する名など不要」
「お礼の言葉も握手も、意味がありません」
「…しかしどうしてか、今あなたによって名前をつけられた個体全員が、同じことを考えました」
「もう一度、あなたの訓練をお手伝いしたい、と」
最後の言葉は皆が声をそろえて言った。それは、れっきとした「欲望」という感情ではないだろうか、本来ホムンクルスが持つはずのないものではないだろうか、そう感じ取れた。
俺は何だか無性に嬉しくなって聞いた。
「またここに来てもいいかな?」
「それはご当主様にお聞きください」
「我々は命令に従うのみ。決定はできません」
「ははっ、そりゃそうか」
「しかし」
「うん?」
「私たちはお待ちしております。いつかまた。あなたにお会いする日がくることを」
それはやはり、声も仕草も綺麗にそろっていたが、お辞儀から顔を上げた時、俺にはそれぞれの表情が少しずつ違っているように見えた。
俺はもう一度ホムンクルスたちにお礼を言うと、さっと水を浴びて汗を流し、身支度を整えてから、オリハルコンを完成させたルネの元へ向かった。新しくできた五人の友達に見送られながら。