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ルネ・振り返ると…

 目を覚ますと、私は懐かしい天井を見上げていた。もう見ることはないと思っていた天井、いや、流石にそこまで思い切りはよくないか、私はいつもそうだから。


 側に控えていたホムンクルスたちに朝の用意を手伝わせる、長い髪を丁寧に櫛で梳かれ、顔は綺麗に洗われて薄くメイクを施される。普段はこんなことに気を使いはしなかった。


 マルスおじいちゃんのお世話で汚れることもあるし、どうせリオンさんにくっついていると、いつの間にか泥だけになっていたりするからだ。こっちの方が色々と気を使わなくていいから楽だけど。


 服の着替えもホムンクルスたちがてきぱきとこなす。久しぶりに普通の服に袖を通すと、何だか生地が薄く感じられて心許なかった。普段は冒険に耐えうるよう、厚手の布で作られた服を着ているので、余計にそう強く感じた。


 エプロンに手を伸ばしかけたが、それを引っ込める。マルスおじいちゃんのお世話は、ホムンクルスたちが代行して行っている。私より何十倍も手際がいいし、快適なはずだ。私は別に、介護を専門的に学んだことはない。


 私は支度をし終えると、部屋を出て作業場へと向かった。錬金術の器具が沢山備え付けられた作業場へ、今日もまた時間を無駄に浪費しにいく。


「ルネ様、他に必要なことがございましたら申しつけください」

「とりあえず部屋から出て。一人で集中するから」


 ホムンクルスは言われた通り作業場を出る。そして私から何か命令されるまで待機し続ける。言うことをよく聞き、職務に忠実で優秀だ、私なんかよりもずっと。


 古くて分厚い本を開く、そこに書かれているのは、オリハルコンの材料と精製方法、手順から何から何まで事細かに記されている。いわゆる門外不出の秘伝のレシピといったところか、アグリッパ家が積み重ねてきた英知がそこには詰まっていた。


 作業の手順を確認し、順番通りに器具を動かしていく、決められた分量の素材に、決められた作業の繰り返しだ。しかしあれから一週間、オリハルコンの精製には一度も成功していなかった。




 私は錬金術の名家に生まれた。6人兄弟の末子だ。3人の兄に、2人の姉、皆錬金術師として世に出て活動している。長兄は特に優秀な人で、順当にいけばお父様が一線を引いた後、家長を継ぐはずだ。別に何の異論もない、他の兄弟は知らないが、私は戻ってくるつもりはなかった。


 別に錬金術が嫌いという訳ではなかった。兄弟全員で同じように勉強をして、調合を学び、成功と失敗を繰り返しながら技術を高めていった。体は霊薬の調合方法を覚えていたし、薬草に関する知識も健在だった。意外に忘れていないものだと、自分でも驚いたくらいだ。私の性格を考えると、嫌いであればきれいさっぱり忘れ去っていたと思う。


 だからこの家で過ごすことに不満なんてなかった。兄様、姉様たちも優しかったし、お父様もお母様も好き。


 ただただ何となく、ある時急に外の世界が気になった。本当に私には、調合と研究だけしかない未来なのかなと、ふとそう考えたのだ。


 だから私は里を出た。元より閉鎖的で、のんびりとし過ぎた里の気風と自分が合わないことは自覚していたし、里を出たことで、それがより確信に変わった。毎日が目まぐるしく変化する外の世界の方が刺激的だったし、飽きがなかった。


 自分の行く末をじっくりと思案する時間もなく、ただひたすらに生きることに必死な世界。停滞とは無縁の世界。進歩と退化を繰り返す世界。外に出て正解だったと、私は思った。


 だが、相性がいいから上手くできるという訳ではない。里にいた時には気が付かなかったが、私はどうも思ったことをすぐに口に出し過ぎるらしい。そしてそれが人を怒らせるらしい。あまり自覚がないから、らしいとしか言えない。


 ただしこの性格は、コミュニケーションにおいて有利には働かなかった。とりあえず魔法使いになろうかなと思って入った学校も、私の発言がきっかけで学内抗争が巻き起こりやめさせられた。習った魔法で傭兵稼業もやってみたが、いつの間にか悪評が広がって誰も雇ってくれなくなった。


 魔法もろくにつかえない、錬金術の腕もよくない、私があぶれものになるのにそう時間はかからなかった。だけど何が悪かったんだろう、いまだにそれがよく分からない。


 宙ぶらりんになった私は、そこそこ発展していて、そこそこの生活をしていくのに苦労が少ない、アームルートという国にたどり着いた。もうお金さえもらえれば何でもいいやと始めたのが、介護の仕事だった。需要はあるのに人はいない、すぐにクビになることもなくて都合がよかった。


 ご老人は私の性格に寛容だったのも幸いだった。気難しい人もいるけれど、多少の悪口は流すか忘れてくれる、要するに後を引かないのだ。それに老人相手だと私もあまり悪口も出てこない、それ以上にやらなきゃならないことが多いからだ。


 こうして私は、外の世界でそこそこに生きる力とそこそこの幸せを手に入れた。この幸せを継続させるためにもお金は欲しい、だからただついていくだけでお金がたまっていく勇者の仲間の付き添いは楽だ。


 リオンさんは何を勘違いしているんだろう。私は、多分いい加減な人間なのだと思う。自分の欲望がそこそこに満たせていれば幸せで、崇高な目標とか、どうしたいっていう願望もない。勇者の仲間など、烏滸がましいにもほどがある。


「仲間を信じる、ね」


 彼は何をもってして私のことを仲間と言っているのだろうか、まったくもって意味が分からない。大体アームルートのバカ王が吹っ掛けた条件は酷いもので、私はそれを悪用している、むしれるだけお金をむしってしまおうという魂胆だからだ。


「いや、一応他の目的もあるか…」


 そんなことを考えている少しの合間、釜から目を離してしまった。ボンッと音を鳴らし煙が立ち込める。煙くてとても作業場にはいられなくて、私は慌てて外に出た。


「ゴホッ!ゲホゲホッ!はあ…。ホムンクルス、部屋の換気と浄化」

「かしこまりました」


 仕方ない、一度離れて気分を入れ替えよう。私は目的もなく、ふらふらと館内を歩き始めた。




「マルスおじいちゃん。それにアイラも」

「おお!ルネちゃん!」

「ルネちゃ~ん、お邪魔してます~」


 広間にいたのはマルスおじいちゃんとアイラだった。マルスおじいちゃんは乳棒と乳鉢を持っている、どうやらアイラから霊薬の作り方を教わっているようだった。


「霊薬作りですか?」

「そうなの~、マルスさん、とってもセンスがいいわ~。教えたこと、どんどん吸収していくのよ~」

「いやいや、アイラちゃんの教え方が上手なだけじゃよ。しかしこうして新しいことに挑戦してみるのも面白いのお」


 やることもないので、しばらくマルスおじいちゃんとアイラを眺めていることにした。見ていると、確かにおじいちゃんは手つきがいい、調合する薬草の順番も一度も間違えることもないし、混ぜ方も効能を落とさないやり方を抑えている。


 ああ、こうして見ていると私よりよほど筋がいい。アイラの教え方も上手だけれど、それを素直に聞いてそのまま実行できるのは、マルスおじいちゃんの才能だろう。


 出来上がった霊薬を見せてもらっても、とても質が高いものだった。このままお店に並べてもいいくらいの出来だ。きっとおじいちゃんのお店は繁盛するだろう。ふふっ、刀を振るっている姿もかっこいいけれど、こうしている方がよほど似合っている気がする。


「…あれ?」

「うん?」

「どうしたの~?ルネちゃん」

「あっ、えっと、すみません、用事を思い出したので戻ります」


 ちょっと無理やりだったかな、でもどうしてもその場から離れたかった。ふと、こう考えてしまったのだ。


 マルスおじいちゃんが薬師になってお店を持ち、私はそれを手伝う、勇者の仲間なんて危険なことをせず、危険もなくのんびりとした生活を過ごす。切った張ったとは無縁の、そんな生活を。


 私は馬鹿だ、それもいいと思ってしまった。おじいちゃんが、どれだけ勇者の仲間というものに情熱を注いでいるのか知っているのに、私はそう思ってしまったのだ。どうしてこうも低きに流れてしまうのか。


 それにリオンさんの仲間ではないマルスおじいちゃんを想像した時、私はハッキリと「嫌だ」と思った。それだけは「ダメだ」と思った。私が足早に二人の元を立ち去って、向かった場所は、屋敷の書庫だった。


 錬金術の勉強も修行も途中でやめて、私はそれからもずっと何もしてこなかった。何をするにしても、まず一から学び直す気持ちでやらなければならないだろう。


 私は数ある本棚の中から、昔よく使っていた錬金術の初歩的な本を手に取った。もう屋敷にはこれを使うような人はいないはずなのに、何度も何度も開かれた形跡があった。


 それが示すのは、もはや達人の域にいる両親でさえ、初歩的な教えを何度も見返しているということだ。使い込まれた表紙を開き、よれたページを捲った。書かれた文字を指でなぞっていくと、昔の自分に戻ったかのようだった。

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