照れ隠しの帰宅
先を行っていたルネが誰かと話し込んでいて立ち止まっている、追いついてきた俺たちを見てルネが軽く手を上げた。そして急いで駆け寄ってきてマルスさんの側につく。
「ごめんなさい、マルスおじいちゃん。私つい…」
「いいんじゃよルネちゃん。わしは分かっておるから」
「でも…」
「よいのじゃよいのじゃ。それよりもどうかしたのかい?」
ルネは先ほどまで話していたエルフの人を手で指して紹介してくれた。
「こちら親戚のアイラ、こっちに気づかれたので、今帰ってきた経緯を説明してました」
「こんにちは~アイラです~。ルネちゃんがお世話になったみたいで~」
「どうも。俺はリオン・ミネルヴァ。こちらは仲間のマルスさんです。こちらこそお世話になってます」
ずいぶん間延びしてのんびりとしたしゃべり方をする人だ、アイラさんはゆったりとした動作で頭を下げると、上げるのもゆったりとした動作だった。何というか、全体的にのんびりとしている。
「もうびっくりしたわ~、ずいぶん長いこと見てなかったルネちゃんが里にいたんだもの~、早く皆にも教えないと~」
「それはやめてアイラ。それよりもお父様とお母様はいる?」
「おじ様とおば様~?勿論いるけど~?」
「ありがと、それだけ聞ければ十分だわ。後もう一度言うけど、里の皆に私が帰ってきたことを言うのはやめておいて、どうせすぐ広まるし」
そう言うとルネは「行きましょう」と声をかけてまた歩き始めた。今度はマルスさんの歩調に合わせてゆっくりと。俺はアイラさんに頭を下げてその場を離れ、後に続いた。
エルフの里の建物は、木造建築で造形が独特なものが多い。ドワーフたちがゴウカ山を掘りぬいて作った住処も圧巻だったが、物珍しさで言うとエルフの里に軍配が上がりそうだ。
卵型、ドーム型、半円形に正方形、とても鋭利な斜め状、とにかく様々な形をしていて、塗装も色とりどりでカラフルだ。子どもがおもちゃ箱をひっくり返して、散乱したブロックがそのまま家になっているようにも見える。
どうやって加工しているのかとても気になるところではあるのだが、今、目の前にある家に比べると、他の家々はずいぶん大人しい方だった。なにせそれは、家と呼ぶにはあまりにも烏滸がましい。
「ここが我が家です」
ルネが案内した場所は、豪華な装飾がほどこされている両開きの扉が、何もない空間にぽつんとたたずんでいる場所だった。裏に回ってみてもただ扉しかない。本当に扉以外何もないのだ。
「あのー、ルネさん」
「はい?」
「ここが家?」
「そうですけど?」
「どこが家?」
「何度も言わせないでくださいよ。ここです」
それがどこか分からないから聞いてるんだよ!思わずそう叫びたくなった。しかしルネの話によるとここは家の前ということになる。あまり取り乱して叫ぶのも迷惑だと自重した。
「ささ、どうぞどうぞ。我が家へお入りください」
「えっ!?俺が開けるの?」
「勿論です。驚きと感動を与えられること請け合いですよ」
そこまで豪語されると中々に気になってきた。それにパランジーを訪れた時の、あの不思議な体験のこともある。もしかしたら、扉を開けるだけで大豪邸につながっていたりするのかもしれない。
そう考えると少しわくわくしてきた。むくむくと沸き上がってくる期待と興奮を抑えながら、俺はドアノブに手をかけて、重厚で高級感あふれる扉を開いた。
シーンと空気が静まり返る。扉を開けた先に俺が思い描いていたものはなく、ただただ何もない空間が広がっていた。
後ろからぶっ!と誰かが笑いをこらえて吹き出す音が聞こえてきた。音の主が誰かは見ずとも分かっている。俺は扉をゆっくりと閉めると、振り返ってルネにとびかかった。
しばらくルネを追いかけまわした後、先に体力が切れた俺が「降参」と宣言して、この不毛な争いが終わった。ルネは見たこともないような笑顔で楽しそうにしている。
「いやあ、滑稽でしたねリオンさん。あの期待に満ちた顔、ぶふぅっ!」
「ゼェ…ハァ…、わ、笑えばいいさ、ちきしょう。それより、本当にここで合ってるんだろうな?それも違うってんならマジで怒るからな」
「流石の私でも、そこまで意地は悪くありませんよ。本当にここが我が家なんです。ただ入り方にちょっとしたコツがありまして…」
そう言うとルネは扉の前に進み出た。そしてコン、コン、ココンと独特なリズムでノックしてから扉を開けた。
「うわーお…」
「さ、入ってください。マルスおじいちゃんも、すぐに休める場所を用意しますね」
「ありがとうねルネちゃんや」
何もなかった扉の先には、王城と見まがわんばかりの豪華絢爛なエントランスホールが広がっていた。今なお外からは何も見えず、触れても壁も何もない、やっぱり扉があるだけだ。しかしその先には確かに建物があった。ルネはマルスさんを連れて先に家の中に入っていってしまった。
一人残された俺は、そのまま突っ立っている訳にもいかず中に入ってみることにした。内装もとても見事なもので、エントランスホールはどこまでも広く天井は高い、家具は少々古めかしいが、立派なものが揃っている。さっきまで何もなかった空間だとはとても思えなかった。
「あらあら、お客様かしら?」
正面の大きな階段から美しい女性が下りてきた。落ち着いた色合いのふわりとしたロングのワンピースを着て、主張しすぎない程度にお洒落なアクセサリーを身に着けている。見た目と雰囲気から高貴な雰囲気がうかがい知れる。
ルネと同じ白金色の美しい長い髪を横で一つにまとめて流している、優しい微笑みに隠されていて気づきにくいが、その顔はどことなくルネに似ていた。
「もしかして、ルネさんの母君ですか?」
「あら、あの子を知っているの?もしかしてお友達かしら」
「友達…か、どうかは分かりませんが、仲間です」
「まあまあまあ!どうしましょう!あの子がとうとうお友達を連れてきたのね!こんなに嬉しいことはないわ、あなたのお名前は?」
その人はぱたぱたと駆け寄ってきて俺の手をギュッと握りしめた。にこにこと眩しい笑顔だ、近くで見るとやはりルネに似ていたが、その感情豊かにころころと変わる表情は、口が裂けても似ているとはいいがたかった。しかしとても母親とは思えない若々しさだ。
「お母様、それは別に友達ではありませんよ。ええと…、その、何というか知り合いです知り合い」
「あのルネさん?流石にそれは酷くない?ここまで一緒に旅しておいてさ」
「なれなれしくしないでもらえます?友達と勘違いされるのは嫌なので」
「まあまあ、それにとっても仲良しさんなのね。お母さん、もっと嬉しくなっちゃうな」
すごくマイペースな人だ、そう考えると、性格はルネに似ているのかもしれない。方向性はまったく違うけれど。
苦虫を噛んだような顔でルネは頭を抱えていた。このマイペースっぷりが合わないのか、心底嫌そうにしていた。
「ルネ、こうしておしゃべりしているのも楽しいけれど、そろそろちゃんとお友達のこと紹介してほしいな。お母さん、なんてお呼びすればいいのか分からなくて困っちゃうわ」
「ハァ…。彼の名前はリオン・ミネルヴァ、一応アームルートの勇者さんです」
「初めまして。アームルート公認勇者のリオンです」
一応は余計だと抗議する代わりに、俺は勇者の証を見せた。
「まあ!勇者様がお友達なのね!とても素晴らしいわ!私はルネのお母さんのステラです。お目にかかれて光栄ですわリオン様」
「ああいえ、そんな、様なんて」
「あらダメよ。国の公認勇者様に選ばれるのはとても名誉あることなのよ、ちゃんと敬わないといけないわ」
ああ、この勇者らしい扱われ方、たまらねえ。この旅の道中ずーっとそれらしい扱いを受けてこなかったから、余計目頭にくるものがある。まあ勇者らしい活躍をしていないから仕方ないのだが、それでもやっぱり苦労してきただけに嬉しい。
「間抜けなニヤケ面しているところ申し訳ありませんが、自分が折れた剣しか持てないポンコツ勇者なのをお忘れなく」
「分かっとるわい!!そのためにここに来たこともな!!」
ルネの余計な言葉で冷や水を浴びせられた俺は、流石に大声を上げてしまった。首を傾げているステラさんに「すみませんでした」と謝ってから話を続ける。
「実は力をお借りしたくて…」
「何か事情がありそうね。分かったわ、お父さんも呼んでくるから皆で話しましょう。ルネ、リオン様を応接室にお連れして」
「うん」
「それと!」
「うん?」
「…おかえりなさい。私もお父さんも、あなたのことを本当に心配していたのよ」
「…うん」
そう答えたルネの表情は、ここに来てから初めて少し和らいでいた。よかったなと心の中だけで思っていたつもりが、態度にも出ていたらしく、ルネにげしっと蹴りを入れられた。