手がかりはすでに…
俺は一人で、鍛冶ギルドを訪れていた。オトットさんから呼び出されたのだ。本当はルネとマルスさんも一緒に来てほしいとのことだったのだが、マルスさんは昼寝の時間で、ルネはそれに付きそうと言って付いて来なかった。
そのことをどう説明したらいいのか悩んだが、結局俺はありのままをオトットさんに伝えて謝罪した。言い訳するよりは誠実でいたい。ものすごく失礼ではあるが。
「本当にもう、うちのものは何というか、皆自由人と言いますか…。大変申し訳ございません!」
「そんな、どうぞ頭を上げてください。急に呼び出してしまい、こちらこそ配慮に欠けていました」
オトットさんが優しい人で助かった。実はマルスさんの事情はともかく、ルネはただ単に面倒だったからついて来なかっただけだ。彼女との付き合いもそこそこ長くなってきたから流石にそれが分かる。
「今日はですね、あなたたちに感謝がしたかったんです。兄のこと、そして坑道のことについて」
「坑道も、ですか?」
「ええそうです。バジリスクは危険な魔物ですから、中々依頼を受けてくれる勇者がいなかったんです。そもそも時間こそかかりますが、あのまま封じ込めておけば対処は可能でした。なのであまり緊急性を認めてもらえなかったんです」
確かにそれはそうかもしれない、実際バジリスクは休眠状態を続けていたし、グールの食い物もやがて尽きる。そうなればグールはお互いで食い合いをし、最後には食料が尽きて自滅する。
休眠状態を続けていたバジリスクについても、グールの捕食に積極的だったことを考えると、体力の維持するためには、例え休眠状態でも食料の確保は必須だったのだと推測できる。ということは、遅かれ早かれバジリスクも餓死を免れなかっただろう。
長期戦にはなってしまうが、坑道一つを封鎖するだけで安全に倒せるのなら、それに越したことはない、そう判断されても仕方がないことだ。たった一つの坑道に住み着いたバジリスクが魔王城の手がかりを握っているとは考えにくい、勇者の目線で考えてみても、リスクばかりが目立っていて後回しにしてしまうのも無理はない。
それにゴウカバには他にも、鉱石が採れる坑道が沢山ある、採掘場所も資源も豊富で、あの場所を封鎖したところで痛手は少ない、封じ込めの判断は正直正しいと思った。俺がその考えをオトットさんに伝えると、彼も同意して頷いた。
「実際仰る通りでして、その方針が正しいことは私も承知しています。ですが、鍛冶ギルドを束ねる身としては、やはり素材の採掘場所が自由にならないというのは不便なものでしてね、実際あそこでしか採掘できない鉱石もありますから」
「そうだったんですか?」
「ええ。俗っぽい理由で申し訳ないのですが、自国でまかなえていたものを輸入に頼るとなると、やっぱり足が出ます。それにゴウカバではあの坑道でしか採掘できないものですが、他国では広く採掘可能なんです」
「それは…、足元見られるでしょうね」
「仕方ありません。それが商売ですから」
どうやら鍛冶ギルドにとっては、あの坑道の解放というのはとても都合のよいことだったみたいだ。俺は元々国から出されていたバジリスクの討伐依頼の報奨金と合わせて、ギルドからの謝礼金までもらえることになった。合わせると結構いい額になる、変な笑みがこぼれないように必死で我慢した。
「それと繰り返しになりますが、本当に兄のこと感謝しています。あんなに生き生きとした兄を見たのは久しぶりで、義姉さんも私の前では言葉に出しませんが、とても喜んでいたと思います」
「二人がまた仲良くやれていけるなら、それが一番でなによりのことですよ。まあ、本当のことを言うと、まさか夫婦喧嘩の仲裁をやることになるとは思ってもいませんでしたけど」
「それについては本当に申し訳なく思っています。ですがこれで恐らく、リオン様の最初の目的が果たせるはずですよ」
オトットさんの言った最初の目的、それは折れた剣エリュシルの完全な修復だ。色々と遠回りしたが、そのためにゴウカバへとやってきたのだ。ダンナーさんとセイコさん、ゴウカバの職人で一二を争う二人がそろった今、きっと道筋が見えてくるはずだ。
俺はオトットさんにお礼を言うと、ギルドを後にした。長いこと話し込んでいたので、そろそろマルスさんの昼寝も済んでいるはずだ。いよいよ本題に入ることができるからか、俺の足取りは自然と弾んだ。
偉大な炉に戻ると、何だか店内が騒がしかった。主にダンナーさんの声が外に響いている、あまり耳障りのいい言葉ではない。覚悟を決めて扉を開けた。
「マイハニー!見てくれよこの繊細な加工!」
「流石マイダーリン!相変わらずほれぼれする仕事ぶりね!」
ダンナーさんとセイコさんが、身を寄せ合いながらいちゃついていた。二人ともが甘えた声色で、互いのことを褒め合っている。実際の二人ってこんな感じだったんだなと、もう一頻り驚いた後のことだった。
「二人とも、外まで声が聞こえてるから、ちょっと声量を抑えてください」
「おお!帰ってきたか友よ!何細かいこと言ってんだ、俺のハニーに対する愛を抑えることなんかできねえよ」
「いやだよダーリン!恥ずかしいじゃないか!」
これだよ。俺がうんざりして肩を落としていると、店の奥からルネがひょこっと顔を出した。
「ああ、色ボケが一層うるさくなったと思ったら、リオンさんが帰ってきたんですね。おかえりなさい、どうでしたか?」
「ルネにとっては朗報かな、思いがけずの収入だ」
「マジですか!?おぉーすごい!流石ギルド長、話が分かるじゃないですか!おっほ!めっちゃあるある!」
「はしたないからやめなさいって」
貰ったゴールドを見てルネは上機嫌になった。なんにせよ、喜んでくれるならそれでいいか。今回ルネの協力なくしてはダンナーさんの断酒はなしえなかった。しかしそれはさておいて、そろそろ本題に入らなければ。
「ルネ、マルスさん呼んできてくれるか?真面目な話だ」
「はいはい。そこのバカ夫婦は任せましたよ」
ああ、間違えた。俺がマルスさんを起こしに行くべきだった。そう後悔した時にはもう遅く、俺はいちゃつきまくるダンナー夫妻の間に割って入らなければならなかった。
「結論から言おう、この剣、エリュシルを修復することは可能だ」
ダンナーさんがそう断言すると、セイコさんが頷いて続いた。
「私も一緒になって調べてみたから確かだ。素材さえ揃えられりゃ、私とダーリ、ゔぅん!私とダンナーが打ち直してやるよ」
「ただな、今のところ必要だって分かってる素材は一つだけなんだ。それでこいつがなあ…」
「な、なんですか?」
言いよどむダンナーさんを見て、俺は強烈な不安に襲われる。そしてその不安は最悪な形で的中することになる。
「伝説の金属、オリハルコンだ。今はもう精製方法が消失したものだ。こいつはもう、ゴウカバには勿論、世界中のどこを探しても、見つからないかもしれねえ」
その言葉は俺に絶望を突き付けるのに十分過ぎた。打ちひしがれるような思いで、全身から力が抜けるのを感じる、すでに可能性すらないのか、暗く深い絶望が足元まで迫る中、意外な人物が声をあげた。
「えっ?あれってもう作られてないんですか?へえ、そうだったんだ。知らなかったな」
ルネだ。ルネがそう発言した。俺は彼女の肩を掴んで揺さぶった。
「ど、どういうことだ?ル、ルネは、何か知ってるのか?」
「ちょっ、痛い痛い。落ち着いてくださいリオンさん」
「あっごめん。で、でも、もう作られてないってどういう意味なんだ?」
取り乱してしまった俺はルネから手を放した。一度深呼吸して気持ちを落ち着けてから、何を知っているのかと聞くように目をまっすぐと見据えた。ルネは言いづらそうにして顔をしかめているが、こればかりは俺も譲ることができなかった。
「…私の故郷、エルフの里パランジーでは、まだ精製方法が残っている可能性があります。私の記憶が確かなら、家にあった本の中で、オリハルコンの精製方法が書かれたものを読んだことがあるんです」
「パランジーだって?なるほど、そいつで合点がいったぜ。嬢ちゃん、元は錬金術師だったんだな。それならあの霊薬の調合技術の高さにも頷けるぜ」
「どういうことですか?錬金術師?」
ダンナーさんにそう聞くと、代わりにルネが答えた。
「パランジーは錬金術の発祥の地、そして私の親族は、始祖の錬金術師の家系です。いわゆる3名家と呼ばれているうちの一つが、私の実家なんです」
あまりにも衝撃的すぎるルネの発言に、言葉を失った。消失した伝説の金属オリハルコンの手がかりが、まさか身内にあるなどと思いもよらなかったからだ。しかもルネの言う3名家というのは、世界中でも大物中の大物だった。
「そういうことなら話が早え、リオン、エルフの里パランジーに行ってオリハルコンを探してこい。その間に俺たちは、もっとこの剣の研究を進めて、必要な素材が何かを調べておく。そいつが揃いさえすりゃあ、このダンナー様が折れる前よりもすごい剣に打ち直してやらあ」
その心強い言葉と、かすかに見えてきた希望の光に背を押され、俺たちの次の目的地が決まった。エルフの里パランジー、そこでオリハルコンを見つけることが、次の目標となった。