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水に流せなくとも

「いいですかダンナーさん。絶対に話口調は丁寧に、ですよ」

「断酒したことのアピールも忘れずに」

「買ってきた花束はちゃんと渡してくだされ、とにかく、反省していることを見せるのじゃ」


 俺たちはダンナーさんを囲んで、思い思いの注意点をあげていた。髭を綺麗に整え、服はオトットさんが用意してくれたものを着ている、ちゃんと清潔感のある見た目になった。出会った時のべろべろの酔っ払いの姿はそこにはない。


 緊張しているからだろうか、何度も深呼吸を繰り返すダンナーさん。手には坑道から取り戻したセイコさんの槌と、仕事で稼いだゴールドで買った豪華な花束を携えていた。真っ赤な顔で鼻息を荒くさせ、ぶつぶつと独り言を呟いている。


「ああ!やっぱりだめだ!!もしこれでも拒絶されたらと思うと…」

「何腑抜けたこと言ってんですか!散々面倒見てやったんだから気合入れなさいよ!」


 泣き言を言うダンナーさんをルネが叱りつける。


「そうだ!緊張を抑えるには酒を…」

「ちょっとやめてくださいよ!!あんなに頑張って断酒したのに!!今飲めば苦労が全部水の泡ですよ!?」

「早まってはなりませぬぞ!そも、飲めば痛い目にあうのは分かり切っておるはずじゃ!」


 とんでもないことを言い出すダンナーさんを、俺とマルスさんの二人で止める。


「そ、そうだった…。ああ、ちくしょう!緊張で手が震えてきやがった!」

「それアル中の後遺症!いいからもう覚悟を決めなさい!」


 とうとうしびれを切らしたルネがダンナーさんの背を思い切り叩いた。それでようやく気合が入ったのか、ダンナーさんの背筋がビシッと伸びる。それでも動き方はギクシャクしていたが、ようやくセイコさんのお店、剛鉄火へ入ることができた。


 しばらく待つようにと言われ、長椅子に四人並んで座って待つ、その雰囲気はさながらお葬式のようで、誰一人として口を開かなかった。重苦しい空気に包まれながら待ち続けていると、セイコさんの弟子の一人から「どうぞ」と入室を促された。


 またしても緊張で体がガチガチに固まるダンナーさんを、俺とルネが力を合わせて押した。セイコさんの待つ部屋の扉の前で、またしても足を止めるダンナーさん。いい加減にしてくれと言いたくなったが、そんな言葉よりも先にやつが動いた。


「ぎゃふんっ!!」


 ルネが思い切りダンナーさんの背中を蹴っ飛ばしたのだ。扉を突き破って破壊し、ダンナーさんは壊れた扉と床に倒れこんだ。折角買った花束は、転んだ拍子に体で潰してしまった。折角整えた身なりも台無しだった。


 俺はこの大惨事に、口をパクパクとさせながらルネの顔を見た。


「もたもたしてたから、つい」

「つい、じゃねえんだよ!!」


 ついに我慢できずに大声で叫んでしまった。部屋の奥から、パンパンと大きく手を叩く音が聞こえてきて、その音を出したセイコさんが大きく咳払いをしてから言った。


「中々派手な登場じゃないか、余興としちゃ満点をくれてやってもいいね」


 セイコさんは表情こそ微笑んでいるものの、目はまったく笑っていなかった。椅子から腰を上げて近づいてくる彼女に、何故か俺の方が緊張して、ビシッと気をつけの姿勢をしてしまった。


 直立不動の俺を横切り、セイコさんはダンナーさんの前に立った。この最悪な再会に、すべてご破算なのかと固唾をのんで見守ったが、セイコさんは特に何か言うこともなく、倒れているダンナーさんに手を差し伸べた。


「子どもの前で、いつまでもみっともない姿晒してんじゃないよ。さっさと立ちな、話があるんだろ?」

「あ、ああ」


 ダンナーさんを立たせると、セイコさんは服についた花びらや花粉を手で払い落した。そして服の着崩れているところを直すと、くいくいっと手招きした。




 久しぶりに対面する二人を、後ろで見つめる俺たち三人。ダンナーさんの手には、何とか無事だった数本の花と、セイコさんの槌が握られていた。


 二人とも中々口を開かないので、またしても重苦しい空気が続く、これ以上耐えられないと思い始めたころ、最初に口を開いたのはセイコさんだった。


「花、ね…。ずいぶんとあんたらしくないものを手土産にしたじゃあないか。私はてっきり、酒瓶でも持ってくるのかと思っていたよ」


 そのきつい物言いに、身がすくんだ。やっぱり二人の間にある溝は深いのだと、改めて感じさせられる。


「あ、う、うう…」

「どうした?昔のあんたならこんな軽口、もっと重ねて言い返していただろ」

「お、俺はっ!そ、その、変わったんだ!アルコールは一切合切断った!もう酒なんざ見たくもねえよ!」

「ふうん。で?」

「で、で?」


 うろたえるダンナーさんに向かって、セイコさんは呆れたように言った。


「あんた一人の意思でそれができたんなら、私も見直すとこだけどね、どうも違うそうじゃあないか、断酒ができたのはルネって子の霊薬のおかげだって聞いてるけど?」

「そ、それは…」

「それは違います」


 ルネが一歩前に進みでて、そう力強く発言した。余計なことは言うんじゃないぞ、と心の中で強く願う。


「確かに数日の間は霊薬の効果で、強制的に酒を断たせてました。だけど、ある時を境にそれを使うのはやめました。実は彼はいつでも酒を飲める状態だったんです」

「えっ!?そうだったの!?」


 その発言に、ダンナーさんが一番驚いていた。


「つまり飲める誘惑を振り払い続けたのは、彼の意思に他なりません。まあ、ちょっと強烈な条件付けは行いましたが、それでも酒を断ったのは努力あってのものです」

「そうですじゃセイコ殿、確かにダンナー殿は過ちを犯したかもしれぬ、しかしそれを挽回しようと頑張っていた姿をわしは見ておった。どうかその事実に目を背けないでくだされじゃ!」

「そ、そうです!それに俺がバジリスクを討伐することができたのも、ダンナーさんがアイデアを出してくれて、それを形にしてくれたからです!戦う力がなかった俺に力をくれたのはダンナーさんです!」


 情に訴えかける、そういう意図があったことは否定できない。だけどそれ以上に、彼のおかげで助かったことがあるのは事実だった。そのことをセイコさんに分かってほしいと思う心は本物だった。


 今まで酒に溺れて逃げ続けていたダンナーさんが、仕事を真面目にこなして金を稼ぎ、ルネの監視付きではあったが、規則正しい生活を送ったのは、ひとえにセイコさんのことを思っての行動だったと、一緒に過ごしてきたからこそ俺たちには分かる。


「…あんたら、この男にずいぶんほだされちまったようだね」

「はあ?こんな小汚いジジイに私が?あんた頭大丈夫ですか?」

「ちょっ!バカッ!お前、バカッ!」

「はああ!?リオンさんにバカって言われる筋合いないんですけど!!」

「何で今いい感じにフォローできてたのに話を拗らせるんだよ!いいじゃん!頑張ってましたでいいじゃん!ダンナーさんが小汚いことは今関係ないじゃん!」

「ああん?なんだあリオン?テメエ、誰が小汚いって?」

「いやそれは言葉の綾で…。というか、ダンナーさんが話を混ぜっ返さないでくださいよ!あんたが今しなきゃならないのは謝罪だろ!謝罪!」


 俺たちのやり取りを聞いていたセイコさんが、突然大声で笑いだした。腹を抱えて笑い転げる姿を見て、喧嘩が始まりそうになっていた俺たちは一気に毒気を抜かれた。


「あーあ、こんなダメ人間に必死になっちまいやがって。あんたらをそうしちまったことに責任を感じるよ。悪かったね、今までこいつの面倒みせさちまってさ、もうあんたらはお役御免だよ」

「え?え?」


 うろたえるダンナーさんの前にセイコさんが立った。握りしめた花を彼の手から取って、香りを嗅いだ。


「あんた、私の好きな花を覚えてたんだね」

「…忘れるもんかよ。俺が初めて、好きな女に贈ったものだ」

「まったく大雑把なんだか律儀なんだか、あんたちっとも変わってないねえ」

「いいや、変わったところもある。酒は止めて、小さな仕事をコツコツやるようになった。昔の俺なら、自分の才能を鼻にかけて傲慢で、そんな仕事はやらねえって断ってた」

「それはあんたの沢山ある欠点で、一番悪いところさね」

「まったくその通りだ。俺には確かに知識があって、それを生かす才能もある。だけど大切なことを忘れていた。誰かのことを思ってこそが、物作りの本懐だってことをだ」


 ダンナーさんはそう言うと、セイコさんの槌を手渡した。ぎゅっと大事に握らせてから、しっかりと頭を下げた。


「俺はこれまで、たくさん大切なもんをなくしちまった。その中でも、一番なくしちゃならねえのは、俺のことを理解し、慈しんでくれた妻だった。悪かったセイコ、お前の大切な槌は、俺のことを見捨てずに根気よく付き合ってくれた大切な友達が見つけてくれた。俺の力じゃなくて申し訳ねえが、こいつをお前に返すよ。本当に、あの時はごめん、いや、ごめんなさい」


 もう一度深々と頭を下げたダンナーさん、そんな彼の肩を、セイコさんは優しく叩いた。


「どうやら私がバカだったようだね、あんたが変われっこないと決めつけて、勝手に未来を閉ざしちまっていた。鍛冶師が聞いてあきれるよ、根気強く鉄を叩いて伸ばして、鍛えていく、その仕事を放棄するなんざあ、私もまだまださね」

「セイコ…」

「あんたのやったことは許せないが、変わったと証明したことを認めないのは愚かなことだ。まあ、その、なんだ、…ろくなもん食ってないんだろ?まずは飯くらいなら作りに行ってやるよ」

「セイコ!!」


 ダンナーさんはセイコさんを思い切り抱きしめた。最初は人が見てるからやめろと暴れるセイコさんだったが、それでも彼が離さないので諦めたのか、最後には背中に手を回していた。これ以上ここにいるのは野暮だと、俺たちは二人に気づかれないように静かにその場を立ち去った。

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