爆発後の不思議な体験
朝、訓練を終えて顔を洗っていると、まだまだ眠いのか、目をこすりながらルネが起きてきた。どうやら彼女も顔を洗いにきたらしい。
「おはよう」
「おはようございます。朝から元気ですね、本当に」
ルネはそう言うと、ちらりと俺の手の方を見やった。
「で?とうとう柄だけになってしまったようですが、それを振り回すことが訓練になるんですか?」
彼女の言う通り、残されているのは柄だけである。しかしそこには、鍔の部位に見慣れぬ加工が施されている。そのことに気が付いたルネが「何ですかそれ」と聞いた。
見慣れぬ加工とは、はめ込まれた魔石のことだった。鍔の形状は大きく変えず、魔石をはめ込む場所だけが付け足されていた。魔石の地色は透明だが、その表面には虹のような色とりどりの光が見える。実に美しい色合いの魔石だ。
「起きたらもうこの状態だったんだ。ダンナーさんが作ったんだろうけど、まだ寝てるから、正直どういう機能があるのか分からない。あっ、そういえば、毛布ありがとな。かけてくれたのルネだろ?」
「ああ、別にいいですよ。風邪でもひかれて動けなくなられても困りますから。避けられる面倒事は避けるんです」
それだけ言ってルネはパシャパシャと顔を洗い始めてしまった。素直に感謝してるのに、そっけないやつだなと思うが、絶対に口にはしない。
「で、夜の出来事なんだけどさあ。これ一度だけ、剣に戻ったんだよ」
「寝ぼけてただけでは?」
「いやいや冗談じゃなく、本当に見たんだって。こう、鍔から光の刃が伸びててさ」
「夢でも見たんでしょ」
「本当に何言っても信じないね君は、嘘じゃないよ?本当に見たんだよ?」
「はいはい、かっこいいかっこいい」
この適当な返事は絶対に信じてない。しかしあれからどうやっても、夜に見た「光の刃」を出現させることができなかった。もしかして本当に寝ぼけていただけだったのか?そんな不安に駆られ始めた時、ダンナーさんが大あくびをしながらやってきた。
「ふああ、いやあ床で寝たから腹が冷えて冷えて仕方ねえぜ。さっきトイレ行ったらよお、もうこんな…」
最低なことを言い終わる前に、ダンナーさんの顔めがけてルネは水をかけた。聞きたくなかったから正直ありがたい、ぶるぶると頭を振って水を振り払うと「すまん、すまん」と、あまり悪びれる様子もなくダンナーさんが言う。
「ダンナーさん、ちょうどよかった。聞きたいことがあったんです」
「うん?なんだ?」
「ダンナーさんが作ったこれ、一度だけビョンッてなんか出たんですよ。どういう仕組みなんですかこれ?」
「え?マジで?なんで出たの?」
なんで?そう聞きたいのはこっちの方だ。しかしダンナーさんは本気で不思議そうな顔をしていた。
「まだ使い方教えてなかったのになあ、どうやって出したんだ?」
「使い方?」
「柄頭を叩いてみろ、軽くでいいぞ」
言われた通りに柄頭を叩いてみる、手のひらで軽く。するとシュインと短く音が鳴って、あの夜見た光の刃が形成された。
「おおっ!出た!」
「へえ、寝ぼけてた訳じゃないんですね」
「まだ言うか」
「軽くあの人形めがけて振ってみな。切れ味は問題ないはずだぜ」
よおしと気合を入れて振りかぶる、まともな剣を振るうのは久しぶりだ。試し斬り用の人形を狙って、軽く振り下ろした。すると。
バグゴォォォン!!
耳をつんざく爆裂音が鳴り響き、岩壁を大きく抉って土煙が舞い上がった。天井からパラパラと岩の欠片が降り注ぐ、引っ被った土煙を口からぽっと吐き出すと、ルネに頭を思い切り引っ叩かれた。
「でな、この剣はリオンの精気と魔力を吸ってただろ?それがどこに消えてるのかなって俺は思った訳よ、それで調べてみたんだが、どうも吸い取った後しばらくため込んでから、ちょろちょろと無駄に垂れ流してたんだ」
埃まみれの顔を拭きながらダンナーさんがそう話した。俺は瓦礫をどけながら聞き返す。
「それって何の意味があるんですか?」
「いや、なーんにも意味ない。むしろ持っているだけで力が抜けていくんだから、意味ないどころか、害だな害」
「まあ知ってました」
「だけどな、こんなに効率よく所有者の精気と魔力を吸い取れる代物、例え呪物でも見たことも聞いたこともねえ。だったらよお、逆に利用できねえかなって考えた訳だ」
「それが今あるものでってやつですか?」
マルスさんの様子を見に行っていたルネが戻ってきて言った。俺が引き起こした爆発で、怪我でもしていないかと心配してのことだった。
「マルスさんは大丈夫だった?」
「ええ、何事もなかったかのようにぐっすり寝てました」
「豪胆な爺さんだなあ。家に何にもなくて助かったってとこか。つまり店に商品ゼロってことなんだけどな、ガッハッハ!!」
自分で言っておいて落ち込むダンナーさん、少しは経営難に危機感が出てきたことはいい傾向かもしれない。とりあえずマルスさんが無事でよかった。
「…とにかく嬢ちゃんの言う通りで、俺は今あるものを利用した訳だ。その鍔に取り付けた魔石は、リオンから吸い取った魔力をある程度留めておくことができる。それ利用して形成するのが光の刃だ。ただ、光の刃が作れるってだけで、精気も魔力も吸われ続けるのは変わりないんだけどな」
「そうなんですか?リオンさん」
「うん。体の調子は変わらない。というかむしろ、今は普段より疲労が…」
言い終える前に、俺は急に意識を失った。
暗い。どこまでも暗い。深い深い闇の中に体が投げ出されていた。水の中を、どこまでも沈んでいくような感覚だ。
何故かは分からないが、俺は現実で意識を失っていることをはっきりと認識できていた。しかしこの状況には何も説明がつかない、今の俺は意識があるようでない、そんな不思議な状況だった。そんな中、身動きも取れず暗闇の底へとゆっくり落ちていく。
目の前にうすぼんやりと、人の姿のようなものが見えた。沈む俺に向かってきていて、ぐーっと手を伸ばしている。体は動かないが口は動く、俺はその人影に話しかけた。
君は誰?
どうやら声にはならないらしい、それでも人影には聞こえていたのか、その誰かが答えた。
私は、あなたとずっと共にあるもの。
君と俺が?
そうよ。
なるほど、なら君があの折れた剣ってことか。
俺の言葉に人影はびくりと反応した。差し出される手が、さっきよりも戸惑いがちになる。
どうして分かったのかって?今の俺と四六時中一緒にいるのは君だけだ。君はどうやっても俺の元へ戻ってくるからね。
でも私は…。
剣なのにって言いたいんだろう?でも最近、物に魂が宿る話を聞いたばかりなんだ。だからすんなり受け入れられた。君は勇者ラオルの剣だし、おとぎ話の伝説に登場するほどのものだ。そう考えると、魂が宿らない方が不思議に思える。
そう、意外と柔軟なものの考え方をするのね。もっと頭の固い人なのかと思ってた。
人は見た目や表面だけ見ても図れないものだよ。この旅で、そういう人たちを何人も見てきたから分かる。
ふふっ、それは確かにそうね。あなたを通じて私も世界を見ていたから、分かる気がする。
普通に笑って、普通にしゃべるんだな。そんなふうに思った。散々頭を悩まされたあの剣を相手にしているとは、とても思えなかった。
君のことを聞いてもいい?
私の?
そうだ。
いいけど…、きっと答えられることは少ないと思うわ。
どうして?
私は半分以上欠けているから。折れてしまったでしょう?だからその分、記憶も欠けているの。
じゃあ俺が別の武器を持てない理由は?
人影は残念そうに頭を振った。表情はまったく見えないが、そう読み取れる。
俺の精気と魔力を際限なく吸い続ける理由も?
ダメ、分からないの。
君の持つ、本来の能力については?
ただの剣に、そんなものがあったのか、今ではそれすら疑問に思える。
君は、俺を苦しめたいのか?
意地の悪い質問だと思った。それでも聞いておきたかった。人影はより強く頭を振ってそれを否定した。
すべてのことは分からない。だけど私に、あなたを傷つけようとする意志はないわ。だってあなたはラオルの子孫、そうでしょ?
ああ、そうだ。
私は…、きっと彼以外の人の手に渡ることはないと思っていた。だけど、何故か今はあなたの手にある。ラオルの子孫である、あなたを守りたいと思いこそすれど、害したいなんて思う訳がないわ。
そっか…。分かった君のことを信じるよ。
こういうのも変だけど、何故?そう簡単に信じていいの?
少なくとも今の君は誠実に答えてくれた。君に分からないことは俺が調べるよ、だって君は今、ご先祖様の剣じゃなくて俺の剣なんだろう。
ええ、そうよ。
なら今の持ち主が頑張らなくちゃな。それに剣が折れた理由は、俺にあるのかもしれないしな。
ふと誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。そろそろこの時間も終わりなのだと悟る。俺は最後に人影に向かって聞いた。
君の名前は?剣の名前、後世には記されなかったんだ。聞かせてくれないか?
そう…、そうなのね。私の名前はエリュシル。とても古い言葉よ。意味合いや解釈は様々だけど「照らす者」と言うのが一番正しいかしら。
照らす?何を?
それこそ沢山のものをね、一つではなくすべて。そう願う言葉でもあるの。
よく分からないけど、分かった。エリュシル、君が何故俺と共に在ろうとしたのか、いつかその答えを聞きに来るよ。失ったものを取り戻してね。
本当に直せるのかしら。
直すさ、折れたままより、ずっといいはずだ。君にとっても、きっと。
馬鹿ね、私よりもあなたの心配をしなさいよ。まったく、ラオルも馬鹿だったけど、それを子孫にまで遺伝させるなんて、本当に…。
そこで俺の意識は途切れた。いや、現実に戻ったと言う方が正しい。気を失って倒れていた俺は目を覚ますと、皆が心配そうな顔でのぞき込んでいた。俺の経験したことを説明するには、言葉がうまく見つからない。仲間たちに謝りながら、俺は剣を、エリュシルの柄をギュッと握りしめた。