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ここにある意味

 ダンナーさんは折れた剣を入念に調べ始めた。調べているのは、折れた刀身ではなく、柄の方。残った柄の方をじっくりと見ている。


「この剣、恐らくここ、ゴウカバで作られたもんだ」

「えっ!?そ、そうなんですか?」

「ああ、所々それらしい特徴がある。だが、見たことのない素材や今では使われていない技術で作られてるのは確かだな。だから誰も分からなかったんだ。俺は分かるけどな」


 得意げにそう言ったダンナーさんの頭をルネが小突いた。すっかり力関係ができあがっている、いいのかなあと苦笑いするが、彼女をどうにも止めようがない。


「だがなあ、持ち主の精気と魔力を吸い尽くす呪いってのはちょっと考えられん。そういう類の呪いは、必ず物にその痕跡があるんだ。それがまったくないってことは、こいつは呪い類じゃねえってことだ」

「はあっ!?」

「ふむ、では何であるとお考えですかな?もしかしてですが、ダンナー殿には見当がついているのでは?」


 マルスさんがそう聞いた。思わず「マジで!?」と声が出てダンナーさんの顔を見ると、自信ありげな表情をしている。


「勿論ついてるぜ。こいつは恐らく、この剣本来の能力だ」

「こ、これが!?」

「もう、さっきからリオンさん驚いてばかりでうるさいです。話が先に進まないので黙っていてください」

「む、むぐぅ…」


 確かにさっきから驚いてしかいない、ルネの言うことももっともなので、俺は少し黙ることにした。口を手で押さえて声が漏れないようにする。


「で?なんですか、そのポンコツ能力は。元から不良品ってことですか?」

「いいや、流石に持ち主をここまでの状態にするのはおかしいから、何らかの原因があって、この能力が暴走しているんだろうな」

「ほう、暴走とな?」

「ああ。本来想定されていない作用が働いているとしか思えん。しかし何故こんな能力が盛り込まれているのか、そいつはまだ分からねえ。そしてこれが剣本来の能力ならば、根本的な解決方法も今のところは思いつかねえ。それこそ、一から作り直すくらいのつもりじゃねえとだが、こいつはちと我が強すぎる」

「はあ?似合わないポエムですか?」


 ルネの容赦のない一言にマルスさんが「ほっほっほ」と笑った。


「そうじゃないんじゃよルネちゃん。察するに、この剣は生きておるのじゃ」

「ええ?無機物ですよ?」

「嬢ちゃんそれは違うぜ、物には作り手と使い手の魂が宿る。想いが強ければ強いほど、物ってのは時に持ち主の想いに応えるがごとく、性能以上の力を発揮することがあんのさ」

「左様。元を辿ればただの木石も、人の力を以って武具となりえる。価値なきものに価値を生ずる時、人はそこに命を見出すのじゃ」


 言っている意味が分からないと首を傾げるルネだったが、正直俺にもよく分からなかった。マルスさんとダンナーさんは分かり合って意気投合しているが、結局どうすればいいのかが分からない。


「まあマルスおじいちゃんがそういうのなら、この無機物が生きていることにしましょう。それは置いておいて、あなた自分の仕事を見せるって言っていたでしょ?どうするつもりなんですか?」


 ルネが一番聞きたいことを聞いてくれた。俺はうんうんと頷くと、ダンナーさんが言った。


「リオンが言ってただろ?今あるもんで何とかするってな。そして今、この剣で使える部位は精々ちょこっと残った刀身と無事な柄だけ、だからよお…」


 工具を取り出したダンナーさんがパパッと手を動かす。一度剣をバラバラに分解し、折れた刀身を取り除いた柄が残った。


「この柄の部分だけを使うことにする」


 それでどうやって戦えばいいのか、不安ばかりが募るがダンナーさんは自信たっぷりな笑顔を見せている。どうしても不安でむぐむぐと唸っていると、ルネに「まだやってたんですか?」と理不尽に切り捨てられた。




 ルネがマルスさんの昼寝の面倒を見に行ったので、工房に残ったのは俺とダンナーさんだけになった。なにやら手を動かし続けていて忙しそうだが、恐る恐る声をかける。


「あの、聞いてもいいですか?」

「いいぞ。それと遠慮すんな、俺はしゃべりながらでも完璧な仕事ができるからよ」


 そういうことならと、俺は遠慮することなく聞いた。


「分解して、改造しても、また元に戻るんじゃないですか?何度も手放そうとしたけれど、絶対に戻ってくるんですよそいつ」

「ああその話か。それは心配ねえと思うぜ、武器ってのは時代と共に改良が重ねられていくもんだ。それに文句を言うじゃじゃ馬はそんなにいねえよ」

「じゃじゃ馬ですか…、本当に生きているかのように武具のことを話すんですね」

「信じられないか?」

「そうですね、いまいち」


 素直にそう言うとダンナーさんは作業の手を止めた。怒られるのかと思い、少々びくっと体が震えたが、そんな様子でもなく、ゴウカバに伝わる神話だ、そう前置きをしてから語り始めた。




 その昔、ゴウカ山の神様は、ドワーフに火と金属を与えた。ドワーフは炉に火を入れ金属を溶かし、様々なものを作り出していった。


 ドワーフたちは最初こそ、互いの技術を高めるために競い合ったが、やがてそれは大きな争いを生んだ。その殺し合いに使われたのは、ドワーフの作った大量の武具だった。


 大地を血で真っ赤に染める醜い争いが続いていたが、唐突にそれも終わる。作られた武具が自ら戦いを拒み、ひとりでにドロドロと溶けだした。溶けた金属はやがてゴウカ山へと戻り、ドワーフたちはすべてを失ってまた始めからやり直すことになった。


 それはゴウカ山の神様と金属の怒りによって与えられた罰だった。道具のもつ意味を忘れ、ただやみくもに槌を振るうだけだったドワーフたちは、罰から誇りと信念を学んだ。


 武具に恥じない作り手となれ、ドワーフたちはそのことを心に刻み込み、今一度槌を振るうのであった。




「本当にそんなことが起きたかどうかは知らねえ、だが俺たち職人は、作ったもの、作り出されたものに対しての敬意を忘れちゃならねえんだ。誇りと信念なきもの作りは悲しみしか生まない。道具ってのは生活に欠かせないもの、いわばパートナーってやつだ。時には血のつながりより深い絆をもって相手にせにゃならん。しかし、そうした分、道具は必ず応えてくれる。俺たちは魂の友として、こいつらに向き合う心を忘れないのさ」


 ダンナーさんは最後にこう付け加えて作業に戻った。道具のもつ本来の意味、込められた想い、何がために使われるのか、そしてそれが正しいことなのか、道具は常に使い手を通して世界を見ている。それを忘れることがあってはならない、と。


 俺はそう言われて、確かに今まで剣に力を吸い取られることや、折れて全然使い物にならないことばかりを考えていた。勇者ラオルの伝説の剣など名ばかりで、大昔の不良品程度にしか考えていなかった。


 だけど思い出した。俺はご先祖様の勇者ラオルに憧れを抱き、その剣を手にすることができるのは名誉だった。何故折れてしまったのかだとか、何故力を吸い取られ続けるのかだとかを考えるあまり、何故俺の元にこの剣があるのか、その意味を考えることを忘れてしまっていた。


 抜いた。のではなく、折れた。だったが、それでも伝説の剣は今、俺が所有している。そしてどんなに遠ざけようとも、必ず俺の手元に戻ってくる。そのことに意味がないと考える方が不自然なほど、今や俺と剣との縁は深く固いものになっている。


 伝承には、勇者ラオルの振るった剣としか書かれておらず、伝説の剣という名前しか残されていない。だが、この剣にも確かに物語があったはずだ。名前があったはずだ。壮絶な戦いを経て、伝説に至るまでの道のりがあったはずなのだ。


 何故俺の元へ来てくれたんだ、君は何故、あの勇者の間から出て、もう一度世界と繋がろうとしたんだ。初めてそんな疑問と興味が、剣に対して沸いてきた。


 しかし同時に、疲労が限界に達していた。グール戦での疲労と、一気に出てきた情報を整理するための疲労、どちらもまぶたを重くするには十分すぎる要素だった。抗いきれない眠気になすすべなく、俺はそのまま目を閉じた。




 目を覚ますと、辺りがすっかり暗くなっていた。すでに真夜中らしい。肩に毛布がかけられていた。いつも俺が使っているものだ、恐らくルネがかけてくれたのだろう。


 ダンナーさんはどうしたのかと探すと、工房の床で大きないびきをかきながら眠っていた。彼の方にも毛布がかけられている。何だかんだ言ってもルネは気遣いできる人だ。床に転がしたままなのは、運べなかったからだろうと強引に納得した。


 机の上で突っ伏して寝たので、体ががちがちに固まっていた。ぐーっと体を伸ばしてほぐそうとすると、シュインと短い音が鳴って部屋が一気に明るくなった。


「うん?」


 俺はいつの間にか、ずっとそれを握っていたらしい。折れた伝説の剣、すでに柄だけになってしまったのだが、本来刀身があった場所には、眩く輝く「光の刃」が形成されていた。本物の刃ではないが、剣の折れた前の姿を見たのは、この剣を手にして以来のことであった。

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