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豪傑な二人

 ダンナーさんの元妻であるセイコさん。ドワーフの女性で、あまり背は高くない。しかし少し見ただけでも分かるほど、筋骨隆々な体つきをしていた。これは他のドワーフの男性に引けを取らない、もしくはそれ以上に立派かもしれなかった。少なくとも酒の飲みすぎで、だらしのない下腹が出ているダンナーさんよりは、確実に立派だ。


 癖のある丸まった長い髪を後ろでひとまとめにして、化粧っ気はないが、顔の彫りが深く、はっきりとした目鼻立ちで、年齢を感じさせない若々しさと美しさが印象的だった。


「さて、ちょいと待っていてくれるかい?今ギルド長からの書簡に目を通すよ」

「あれ、まだだったんですか?」

「悪いが本当に忙しいんだ。だからあんたたちだけで来てたら面会は断ってたよ。だがギルド長の紹介つきとあればそうもいかない。それでとりあえず呼ぶだけ呼んだって訳さ」

「それは客に対して失礼な対応では?よくそれで店を繁盛させられましたね」


 また始まったな、そう思ったが、ルネの軽口にセイコさんは笑ってみせた。


「はっはっは!威勢のいいお嬢ちゃんだ!嫌いじゃないよ、私の若いころを思い出すねえ」

「もっと華奢だったとか?」

「それにお上品だったさ、どうだい?そっくりだろう?」


 顔をしかめてルネは黙った。彼女を軽く言い負かすセイコさんに、俺は心の中で拍手を送った。ルネにも勝てる人は勝てるんだなあ、そんな呑気な感想をもつ。


 分厚い眼鏡を取り出し、書簡に目を通すセイコさん。その表情は読み進めるほど険しくなり、威圧感を放つようになっていった。先ほどより幾分息苦しく感じるほど、すごみというものが伝わってくる。眼鏡を外し机の上に置くと、書簡をゴミ箱に投げ捨てた。


「ふうん、あんたらダンナーのために来たってのかい。それはそれは、無駄足ご苦労なこった。さっさと帰んな、話すことなんて何もないよ」

「待ってください!それ…」

「二度は言わないよ!!帰んな!!それだけだ」


 セイコさんの怒号が耳の奥をびりびりと痺れさせる。彼女が全身から放つ怒気が、目に見えるようだった。正直、足がすくんだ。


 だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。俺には俺の意地がある。ぐっと踏みとどまり、腹の奥に力を込めると、俺はセイコさんに真っ向から食い下がった。


「帰りません!!」

「じゃあつまみ出すまでだよ!!」

「何度でも来ます!!」

「何度顔を見せようが同じだ!!」

「ダンナーさんがこのまま死ぬことが望みですか!?偉大な炉が、寂れて廃墟になっていくことに何の感傷もないと!?一度は愛を誓い合った二人でしょう!!」

「あんたには関係ないね!!」

「関係あるんだよ!!」


 俺は腰のベルトから鞘を外すと、それをセイコさんの目の前にたたきつけるように置いた。そして、無残に折れた剣を抜いて見せた。


「ああ?なんだこれは?」

「何だと思いますか?」

「ん?んん?」


 セイコさんは剣を手に取ってまじまじと観察しはじめた。俺はそれを黙って見守る。


「何だこの折れ方?経年劣化じゃあないな。材質はなんだ?そもそも折れた状態でどうしてまだ形を保っていられる?装具から何から何まで、一体これにはどんな…。古くもあるが、新しい、それどころか私の知らない技術が使われている。あんた一体、これはなんだい?」

「それはアームルート王家で代々受け継がれていた剣、伝説の勇者ラオルがもちいた剣です」

「何っ!?ほ、本物なのかい?これが本当に、おとぎ話に出てくるあの剣だっていうのかい?」

「ええ、今は折れてますけどね。なんで折れたのか、理由は俺にも分かりません。ただこの剣を伝説の剣だと、ダンナーさんは一目で見抜いた。それができたのは、今のところ彼だけです。しかし別に俺はあなたでも構いませんよ。直せるなら直してくださいよ、その剣を」

「あいつはこれを…一目で…」


 俺は追い打ちをかけるように、情に訴えかけるために土下座した。それはもう、勢いよく土下座した。そしてすべてを打ち明ける。


「その剣、本当におかしいんです!俺はその剣を手にしてから、精気と魔力を常に吸い取られ続けています!折れた剣ってハンデだけじゃなくて、身体能力もゴミカスになったんです!じゃあ他の武器を使えばいいって思うでしょ!?でもダメなんですよ!他の武器を手にした途端、それが砂みたいになって粉々に消えるんです!じゃあ素手でいいじゃんって思うでしょ!?これどんなに入念に遠ざけても戻ってくるんです!埋めても!!」

「お、おう…」

「俺にとっては死活問題なんです!あなたたちが復縁して、全盛期の力を取り戻してくれたら、この折れた剣を直す可能性があるかもしれないでしょ!?お願いします!助けてください!助けてくださーい!!」


 最後の方は、もう感情がぐちゃぐちゃになってしまった。涙で顔を濡らしてべちゃべちゃにしながら、ひたすらに頼み込んだ。かすかでも可能性があるのなら、それにすがるしか俺には残されていないのだ。


「まあ、ちょっとこの見苦しい生き物は一旦置いておいて、復縁とまでは言わず、本当にどうにかなりませんか?あなたがあの酒飲みオヤジを許せない理由はすっごく分かりますけど、あなたとしても、あのままにしておいていいと本当に思っていますか?死にますよ、あのオヤジ?」

「それは…」

「この可哀そうな生き物と、あの哀れな酒飲みオヤジを助けると思って何とかなりません?ちなみにこっちの可哀そうな生き物は、剣と一緒で、捨てても捨てても戻ってきますよ」


 セイコさんは唸って悩んで悩んで、悩みぬいた。そして根負けしたように、大きなため息をつくと、俺たちにある条件を告げたのだった。




「そ、それは本当かっ!!?」

「ちょっ、顔近づけないでもらえます?口がマジで酒臭い」

「なっ!?」

「本当ですよ。セイコさんは、あなたが酒を断ち、なくした槌を取り戻したなら、もう一度話を聞いてやってもいいと言っていました。これ、本気で最大限の譲歩ですよ?」

「セイコが…、そうか、俺にもまだ可能性があるってか。よおおし!!よしよし!よおおし!!」


 俺たちは早速、セイコさんが出した条件をダンナーさんに伝えにきた。ダンナーさんの喜び方は尋常ではなく、本当にセイコさんのことが好きなのだと態度で分かる。


「しかし、どうしてお前らがセイコに?それに俺とあいつのことを誰から聞いたんだ?」

「オトットさんです」


 俺がそう答えると、ダンナーさんは舌打ちをしてしかめっ面をした。


「あいつか…、身内のことをぺらぺらと、あのヤロー」

「いや、あんたがつべこべ文句言える立場にないから。それで?やる?やらない?」

「やる!やります!」


 ルネにピシッと一喝され、ダンナーさんは半ば反射的にそう答えていた。やらないという選択肢は最初からなかったと思うけれど、見事に手のひらの上で転がされている。


「断酒は辛いですよ?しかもどっぷり酒に浸かってるあんたにとって、地獄の日々です。それでもやりますか?」

「ああ!もう一度セイコと話ができるってんなら、男に二言はねえ!!」

「よく言った!!じゃあ約束しなさい、あんたとセイコさんの仲を取り持った私たちの注文を受けなさい、この折れたポンコツを直すんです。いいですね?」

「え!?これをか!?」

「できないんですか?国一番の鍛冶師なのに?ああ、元でしたね元。今はただの酒飲みダメオヤジでした。期待した私がバカでしたね」

「で、できらあ!!やってやろうじゃねえかよお前よお!!」


 あーあ。ダンナーさん、すっかりルネに乗せられてしまっている。セイコさんは冗談のつもりで言ったのかもしれないが、この操縦具合から見て、本当に二人はよく似ているのかもしれない。


 しかしこれでようやく、光明が見えてきた。折れた剣を直すことのできる可能性が、少しだけでも高まった。とにかくまずは二人を仲直りさせること。これがゴウカバでの目標となった。

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