勇者特権って役に立つ
俺とルネはマルスさんを宿に送り届けた。マルスさんはまだ目に嬉し涙を浮かべながら、手を振って笑顔で見送ってくれた。ルネは心底うんざりした顔をしていたが、俺は協力を申し出てくれたことが本当に嬉しかった。
「まずはどこを当たるんですか?」
「ダンナーさんがゴウカバで一番の職人なら、他の職人がその名を知らないはずがない。とりあえず鍛冶屋を回って聞き込みをしてみよう」
そうして俺とルネが最初に向かった先は、ダンナーさんのことを紹介してくれた鍛冶屋だった。そこの主人なら、確実に情報を持っている。
「こんにちは」
「おう、いらっしゃ…ってさっきのあんちゃんじゃあねえか。もうダンナーの所へは行ったのか?」
「ええ、まあ…」
「その反応を見ると、やっぱりまだ飲んだくれてるのか」
「酷いもんですよ。あのジジイ、どうしてああなったんですか?」
俺の後ろにいたルネが、ひょこっと顔を出して聞いた。
「その嬢ちゃんは?」
「俺の仲間のルネです。ちょっと口が悪いけど、気にしないでください。もし気に触ったら俺が土下座します」
「お、おう…。なんか、大変なんだな、あんちゃん」
主人からは同情の目を向けられたが、ルネには思い切り腕をつねあげられた。ものすごく痛いけれど、混ぜ返すとややこしいので無視する。
「そんでダンナーのことについて、だよな?話してやりてえのはやまやまだが、俺も仕事があってな、そんなにおしゃべりしてられねえんだ。それに俺も詳しいことはよく知らねえし」
「では、代わりに詳しく聞ける人はいませんか?」
「それだったら、オトットを訪ねてみろ。ダンナーの弟だから、詳しい事情を知ってるはずだ。鍛冶ギルドの頭領やってる有名人だから、探すのに苦労しねえはずだ」
「ギルド?ギルドって何ですか?」
ルネの質問に鍛冶屋の主人が答えた。
「あー、そうだな。聞いても分からんか。俺たち職人はよお、それぞれにこだわりが強いから、自分が好きなものを好きなように作っちまう。個人の客相手だったら、注文通りに作っとけばいいけどよ、それじゃ中々商売にはならねえ。大口の注文が入った方が、まとまった金になる」
「武器って、どこのどんな国や自治体、それに個人的な集団とか、規模の大小問わず、それぞれに需要がある。なんのために使われるかは置いておいて、とにかくたくさん数揃えて、武器をかき集める必要のある時がある」
「そこのあんちゃんの言う通りで、そういう注文ってのは、大抵同品質で同規格の物が求められる。けど、一つの鍛冶屋で生産できる量には限りがあるし、鍛冶屋によって武器の特徴が違うと、使いにくくて仕方ねえ」
使う素材の違い、加工方法、長短や比重、そういった要素がバラバラだと、非常に扱いにくい。事故や怪我の元になるし、兵士の生存率にも関わってくる。一人一人に合わせた調整ができるのなら、本来はそれが一番いいが、そんなものコストがかかりすぎる。
「それに、例えばどっか一つの鍛冶屋だけが、大口の注文を受け続けてたら、当然他の鍛冶屋は不平不満がたまるだろ?あいつんとこのなまくらより、うちの武器を使えってな。俺たちドワーフは、仕事の手も早えが、喧嘩の手も早え。一々ぶん殴り合ってたら、国が割れる」
「じゃあ協力して、まとめて同じものを作ればいいじゃないですか」
「それは嬢ちゃん、言うは易いが、それが簡単にできたら苦労はしねえのよ。嬢ちゃん、俺たちが槌を振るい続ける理由、分かるか?」
「いいえ、まったく」
「誇りだよ。ドワーフとしての誇り、職人としての誇り、そしてゴウカ山の神様へ捧げる誇りよ。俺たちの譲れねえ信念が、鋼をより固く鍛え上げ、剣をより鋭くする。ゴウカバはそうやって発展してきた」
拘りと腕前、誇りをかけて技術を競い合い、時にぶつかりながらも、よりよい物を作り上げていく。それは並大抵の情熱ではなしえぬことだ。山に穴をあけ、固い岩を掘り進み、居住地を確保し、山一つを国に作り替えた歴史が、その情熱を証明している。
「だからギルドが必要だったんだ。職人が集まって意見を出し合い、妥協点を探って、決め事を取りまとめる。そして俺たちは共存共栄のために、不平なく仕事を割り振るんだ、このおかげで、新人でもくいっぱぐれることはねえ。面倒な交渉事はギルドが行い、使う素材も集めてくれる、仕事がスムーズに進むようにな。つまりギルドってのは、俺たち職人と社会を結びつける役目をもっている、なくちゃならねえものなのさ」
ルネは説明を聞き終えると「へえー」と呟いた。そのぞんざいな態度に、鍛冶屋の主人はガクッと肩を落とした。
でもルネのこの反応、一見興味なさげに聞こえるが、本当に興味がなかったら、ルネが大人しく話を聞いていることなどないだろう。意外に、こういう仕組みなどに関心を持っているのかもしれない。俺はルネの一面を垣間見た気がした。
「しかし、あんちゃんの方は、ギルドのことなんてよく知ってたな」
「勇者養成学校で習いました」
「はあ、勇者様ってのは、こんな知識も必要なのかい?」
「どんな知識がどこでどう役に立つのか、それは誰にも分かりませんので」
「そりゃ違いねえな!ま、とにかくオトットを訪ねてみな、頑張れよ!」
俺とルネは主人に礼を言って店を出た。そして道行くドワーフの人たちに場所を尋ね歩き、ようやく鍛冶ギルド本部にたどり着いた。
鍛冶ギルド本部の大穴は、綺麗で広くて天井も高い、内装も豪華で、ここが山に掘られた穴の中だということを忘れてしまいそうだった。人の出入りも当然多いが、街中と比べると、粛々と業務を行っているという印象だ。
「さてと、ギルドにつきましたが、今度はどうするんですか?確かオトットって人、ここの頭領なんでしょ?リオンさんごときが会えるんですか?」
「ごときとはなんだ、ごときとは。まあ見とけよ、勇者の名は伊達じゃないってところを見せてやる」
俺はそうルネに告げると、得意げな顔でギルド受付に並ぶ行列に加わった。こう格好つけた手前、すぐに順番が回ってきてほしかったのだが、中々時間がかかってようやく俺たちの番がきた。
「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件で?」
「オトット・アイゼン様との面会を希望します」
「ギルド長とですか?面会の予定はありませんが…」
「俺はアームルートのリオン・ミネルヴァ。公認勇者です。少々オトット様にお伺いしたいことがございまして」
公認勇者の証、いつも首から下げている、アームルートの国章が刻まれた勇者のメダルを見せた。それを見て、ギルド職員の態度が変わる。
「これは失礼致しました。すぐにスケジュールの確認をしてまいります。待合室にご案内させますので、そこで少々お待ちください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そうして俺たちは、来客用の豪華な待合室へと案内された。得意げな俺は、とても高そうな椅子にどかっと腰を下ろしたが、想像よりもふわふわふかふかで、値段が想像できず居心地が悪くなった。ふんぞり返るのはやめて、ちょこんと座り直す。
「何だったんですか?今のは」
「この国章が刻まれたメダルは、その国の公認勇者にしか与えられない、勇者っていう証明できるもの。各地で勇者特権が得られるのは、全部このメダルのおかげだ。ガメルでも、時間はかかったが簡単にヴィルヘルムに謁見できたろ?全部これのおかげなんだ」
「…ああ、勇者の名は伊達じゃないってそういうことですか。リオンさんがすごいんじゃなくて、ただの権力によるごり押しですね」
「そう、だけど、俺が勇者だからこうして優遇される。俺の現状はさておき、な」
例え今の実力がゴミカス以下であっても、俺が公認勇者であることは変わらない。特権は使ってこそだ、使えるものは使う。
「それはそれとして、私が聞きたかったのはそっちじゃありません」
「ん?どゆこと?」
「リオンさんが、椅子に座ってから百面相していた理由が知りたかったんです。得意げに座ったかと思えば、今度は申し訳なさそうにして、変だなって思って」
「ああ、そっちね…。いや、この椅子、一体俺がどれだけ日雇いの仕事を続ければ買えるのかなって、それを想像したらちょっと、な」
「リオンさん…。まだまだガメルでの経験が抜けきりませんね」
哀れなものをみるようなルネの目が、あまりにも優しくて逆に辛かった。勇者のメダルも、特権も、一気にむなしいものに思えてしまった。貧乏とは、悲しいものだ。