表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/116

攻略せよ、アル中鍛冶屋

 国一番の職人だと紹介され、訪れた店で待っていたのは、昼間からすっかり酔っぱらって大暴れをする男だった。軽く絶望を覚えたが、剣が折れた時のことに比べたら大したことはない。俺は自分にそう言い聞かせて、自らを奮い立たせた。そしてダンナーさんに話しかける。


「すみません!あなたがダンナー・アイゼンさんですか?」

「ああ?そうだが、なんだ?もしかして借金の取り立てか?うちに金があるように見えるか?おい!!」


 扉越しにダンナーさんと会話をする。ていうか、こいつ借金もあるのか、それなのに昼間から酒浸りって…、ますます頭が痛くなるが、目的を果たすため話を続ける。


「違いますよ!俺たちは客です!客!あなたにお願いがあって来たんです!」

「客?この俺に客?ブッハッハッハッハ!!オェ!ゴホッゲホ!…こいつはお笑い種だ。ええ?やってるように見えるか?この店がよお!開店しているように見えるかよ!」

「全然そうは見えませんけど、扉には開店って札がかかってましたよ」

「そいつはもうずっと取り換えてねえだけだよ。ハァ…、散々笑ったら酔いが覚めちまった。入れよ。どんなアホが来たのか、見るだけ見てやるよ」


 散々な言われようだが、とりあえず話だけは聞いてくれるようだ。俺はまた酒瓶が飛んでくるかもと一応警戒し、そおっと扉を開けると。そしてむせかえるほど酒臭い部屋へと入った。


 中にいるドワーフの男性、恰幅のよいがっちりとした体に、伸び放題の髭、髪の毛は剃ってあってスキンヘッドにしているので、伸び放題の髭が余計に目立っていた。眼光は鋭く、顔はとても強面だ。ただ下っ腹だけがだらしなく出っ張っているのは、恐らく酒のせいだろう。


 この人がダンナー・アイゼンさん、ドワーフの国一番の職人、確かに風格はあるけれど、片手に持っているのは槌ではなく酒瓶である。もう片手にはジャーキー、嚙みちぎってはくちゃくちゃと音を立てている。


「ダンナー・アイゼンだ。どうも初めましてお客様、とりあえず一杯やるか?」


 まだ飲む気かこいつ、俺は呆れながら丁重にお断りした。




 俺たちが一通り自己紹介を終えた後、ダンナーさんは頬杖をつきながら言った。


「はあ、お前らが勇者とそのお仲間ねえ。小僧に爺さん、それにエルフの嬢ちゃん。見てくれからは、とてもそうは見えねえなあ」

「それはどうも。そういうあなたは、鍛冶屋の割に酒瓶がよくお似合いですね。それで鉄を鍛えるんですか?」

「何だとテメエ」

「待って待って!落ち着きましょうよ、ね?ルネも落ち着け、な?」


 どうしてこうもけんかっ早いのか、正直ルネの言いたいことは分かるし、俺も同意見だけど、この場で持ち出しても仕方ないことだ。ルネはぷいっとそっぽを向いた。とりあえず、これ以上口出しするのはやめてくれるらしい。


「うちには売りもんはねえが、喧嘩ならいくらでも売ってやるぞ」

「そんなつもりはありません。ただ聞きたいことがあるんです」


 もうさっさと剣を直せるのかどうか聞いてしまおうと、俺は鞘から引き抜いて、それを机の上に置いた。


「これを見てほしいんです。直せるかどうか」

「何だ?こんなゴミ見せてどう…」


 ちらりと剣に目をやったダンナーさんは、言葉を切ると驚いた様子で二度見した。明らかに先ほどとは目の色が変わり、剣を手に取ると、興味深そうにまじまじと眺めている。


 ダンナーさんは突然立ち上がると、部屋の隅で埃をかぶっている、道具の詰まった箱をがさごそと漁った。そこからルーペを取り出して、入念に剣を調べ出す。ルーペを持つ手がぶるぶると震えて、非常に作業しにくそうにしていたが、一通り見終わると、ダンナーさんは俺に向き直った。


「小僧、いやリオンだったか?お前、出身はどこだ?」

「アームルートです」

「なるほど、お前アームルートの勇者か。ならこいつが例の伝説の剣って訳だ。まさかこの目でおがむときがくるとは、手に取る機会がくるとは思ってもみなかったぜ」


 俺は心底驚いた。この剣が何なのか、ダンナーさんには一言も言っていない。ただ見せただけだ、それなのに剣のことを見抜いた。折れて刀身の殆どを失った剣のことをだ。


「どうして分かったんですか?」

「ん?ああ、えっと、それはだな…そのお…」


 何だ?急に歯切れが悪くなったぞ。それに俯いてぶるぶる震え始めた。もしかして、何か危険な病気の兆候かもしれない、俺は立ち上がってダンナーさんに駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ…、そ、それ、それを…それを取ってくれ…」


 体と手を震わせながら、ダンナーさんは力なく指さした。俺は彼の要望に応えるために、特に確認することなくそれを取って手渡した。


「あっ」


 ルネとマルスさんがそう声を上げた時にはもう遅く、ダンナーさんは俺から受け取った酒を一気に飲み干していた。みるみるうちに体の震えが止まり、赤ら顔で陽気な笑顔を浮かべている。


「かーっ!!美味いっ!!ああ、生き返るぜえオイ!!ぶわっはっはっは!!」


 酒を摂取して上機嫌に笑うダンナーさん、もうすっかり酔っぱらった様子で、話の続きを聞けそうにない。


 これは参った。ドワーフの国一番の職人であるダンナー・アイゼンは、どう見てもアルコール依存症だ。アル中鍛冶屋を紹介するのだから、そりゃあれだけ渋る訳だと、ようやく合点が入った。




 ダンナーさんが陽気に笑って酒をあおり始めてしまったので、俺たちは一度店を出た。あの様子では話にならないし、居ても仕方ないと判断した。


「で、どうするんですかリオンさん?」


 ルネにそう聞かれて言葉に詰まる。正直、どうしたらいいのか、俺にも分からなかった。


「リオン殿、ちとよろしいか?」

「え?あ、はい」

「あのダンナーという御仁、大きな問題を抱えているものの、腕は確かなようじゃ。今までどの職人に見せてもなしのつぶてであったのに、ダンナー殿だけは違った。正直もう、彼以外に可能性はないかと」


 マルスさんの言っていることはもっともなことだった。ダンナーさんだけは、明らかに他の職人の反応とは違っていた。そして、このぽっきり折れた剣を、伝説の勇者のものであると見破った。ちょっと観察しただけで、だ。


 この剣を直せる可能性がダンナーさんにはある。時間をかけて、他の職人を探すこともできるが、ずっとこの件にかかりきりという訳にもいかないし、ダンナーさん以上の職人がいないという話なのだから、彼から下を探していくのもおかしな話だ。


 俺は考えをまとめて深く頷く、そして二人に向き直った。


「ダンナーさんについて調べてみよう。仕事を引き受けてもらうためにも、まずは彼のことを知ることが必要だ。お願いします。二人とも、俺に協力してください!」


 俺は恥も外聞もなく頭を下げた。剣を直さないと、俺はずっと役立たずのままだ。


「勿論ですじゃ!このわしにおまか…」

「待ってください、マルスおじいちゃん。調査ってことは色々歩き回る必要があるでしょ?すぐに疲れちゃうんだから、マルスおじいちゃんには向いてません。今回は、宿で大人しく待っていてくれますか?」

「うえ?しかしじゃのう、では誰がリオン殿の…」

「私が協力しますよ。一応、そうは言っても私だって仲間みたいなものですから。それに、まあ、剣がまともになれば、リオンさんも少しは戦いで役に立つでしょ」


 まさかのルネが全面的に協力を申し出てくれた。嬉しすぎて、俺はひっそりと感動に打ち震える。


「何ですかその顔?」

「へ?いや、別に」

「…はあ、いいから行きますよ。あのアル中オヤジの弱みを握って、無理やりにでも仕事をさせるんです。ほら!マルスおじいちゃんを送り届けたら、さっさと行動開始です!」

「ああ!ルネ、よろしく!」


 多分最近で一番の笑顔が出たと思う、俺とルネのやり取りを見ていたマルスさんは、目に涙を浮かべながら、うんうんと何度も頷いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ