攻略せよ、アル中鍛冶屋
国一番の職人だと紹介され、訪れた店で待っていたのは、昼間からすっかり酔っぱらって大暴れをする男だった。軽く絶望を覚えたが、剣が折れた時のことに比べたら大したことはない。俺は自分にそう言い聞かせて、自らを奮い立たせた。そしてダンナーさんに話しかける。
「すみません!あなたがダンナー・アイゼンさんですか?」
「ああ?そうだが、なんだ?もしかして借金の取り立てか?うちに金があるように見えるか?おい!!」
扉越しにダンナーさんと会話をする。ていうか、こいつ借金もあるのか、それなのに昼間から酒浸りって…、ますます頭が痛くなるが、目的を果たすため話を続ける。
「違いますよ!俺たちは客です!客!あなたにお願いがあって来たんです!」
「客?この俺に客?ブッハッハッハッハ!!オェ!ゴホッゲホ!…こいつはお笑い種だ。ええ?やってるように見えるか?この店がよお!開店しているように見えるかよ!」
「全然そうは見えませんけど、扉には開店って札がかかってましたよ」
「そいつはもうずっと取り換えてねえだけだよ。ハァ…、散々笑ったら酔いが覚めちまった。入れよ。どんなアホが来たのか、見るだけ見てやるよ」
散々な言われようだが、とりあえず話だけは聞いてくれるようだ。俺はまた酒瓶が飛んでくるかもと一応警戒し、そおっと扉を開けると。そしてむせかえるほど酒臭い部屋へと入った。
中にいるドワーフの男性、恰幅のよいがっちりとした体に、伸び放題の髭、髪の毛は剃ってあってスキンヘッドにしているので、伸び放題の髭が余計に目立っていた。眼光は鋭く、顔はとても強面だ。ただ下っ腹だけがだらしなく出っ張っているのは、恐らく酒のせいだろう。
この人がダンナー・アイゼンさん、ドワーフの国一番の職人、確かに風格はあるけれど、片手に持っているのは槌ではなく酒瓶である。もう片手にはジャーキー、嚙みちぎってはくちゃくちゃと音を立てている。
「ダンナー・アイゼンだ。どうも初めましてお客様、とりあえず一杯やるか?」
まだ飲む気かこいつ、俺は呆れながら丁重にお断りした。
俺たちが一通り自己紹介を終えた後、ダンナーさんは頬杖をつきながら言った。
「はあ、お前らが勇者とそのお仲間ねえ。小僧に爺さん、それにエルフの嬢ちゃん。見てくれからは、とてもそうは見えねえなあ」
「それはどうも。そういうあなたは、鍛冶屋の割に酒瓶がよくお似合いですね。それで鉄を鍛えるんですか?」
「何だとテメエ」
「待って待って!落ち着きましょうよ、ね?ルネも落ち着け、な?」
どうしてこうもけんかっ早いのか、正直ルネの言いたいことは分かるし、俺も同意見だけど、この場で持ち出しても仕方ないことだ。ルネはぷいっとそっぽを向いた。とりあえず、これ以上口出しするのはやめてくれるらしい。
「うちには売りもんはねえが、喧嘩ならいくらでも売ってやるぞ」
「そんなつもりはありません。ただ聞きたいことがあるんです」
もうさっさと剣を直せるのかどうか聞いてしまおうと、俺は鞘から引き抜いて、それを机の上に置いた。
「これを見てほしいんです。直せるかどうか」
「何だ?こんなゴミ見せてどう…」
ちらりと剣に目をやったダンナーさんは、言葉を切ると驚いた様子で二度見した。明らかに先ほどとは目の色が変わり、剣を手に取ると、興味深そうにまじまじと眺めている。
ダンナーさんは突然立ち上がると、部屋の隅で埃をかぶっている、道具の詰まった箱をがさごそと漁った。そこからルーペを取り出して、入念に剣を調べ出す。ルーペを持つ手がぶるぶると震えて、非常に作業しにくそうにしていたが、一通り見終わると、ダンナーさんは俺に向き直った。
「小僧、いやリオンだったか?お前、出身はどこだ?」
「アームルートです」
「なるほど、お前アームルートの勇者か。ならこいつが例の伝説の剣って訳だ。まさかこの目でおがむときがくるとは、手に取る機会がくるとは思ってもみなかったぜ」
俺は心底驚いた。この剣が何なのか、ダンナーさんには一言も言っていない。ただ見せただけだ、それなのに剣のことを見抜いた。折れて刀身の殆どを失った剣のことをだ。
「どうして分かったんですか?」
「ん?ああ、えっと、それはだな…そのお…」
何だ?急に歯切れが悪くなったぞ。それに俯いてぶるぶる震え始めた。もしかして、何か危険な病気の兆候かもしれない、俺は立ち上がってダンナーさんに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ…、そ、それ、それを…それを取ってくれ…」
体と手を震わせながら、ダンナーさんは力なく指さした。俺は彼の要望に応えるために、特に確認することなくそれを取って手渡した。
「あっ」
ルネとマルスさんがそう声を上げた時にはもう遅く、ダンナーさんは俺から受け取った酒を一気に飲み干していた。みるみるうちに体の震えが止まり、赤ら顔で陽気な笑顔を浮かべている。
「かーっ!!美味いっ!!ああ、生き返るぜえオイ!!ぶわっはっはっは!!」
酒を摂取して上機嫌に笑うダンナーさん、もうすっかり酔っぱらった様子で、話の続きを聞けそうにない。
これは参った。ドワーフの国一番の職人であるダンナー・アイゼンは、どう見てもアルコール依存症だ。アル中鍛冶屋を紹介するのだから、そりゃあれだけ渋る訳だと、ようやく合点が入った。
ダンナーさんが陽気に笑って酒をあおり始めてしまったので、俺たちは一度店を出た。あの様子では話にならないし、居ても仕方ないと判断した。
「で、どうするんですかリオンさん?」
ルネにそう聞かれて言葉に詰まる。正直、どうしたらいいのか、俺にも分からなかった。
「リオン殿、ちとよろしいか?」
「え?あ、はい」
「あのダンナーという御仁、大きな問題を抱えているものの、腕は確かなようじゃ。今までどの職人に見せてもなしのつぶてであったのに、ダンナー殿だけは違った。正直もう、彼以外に可能性はないかと」
マルスさんの言っていることはもっともなことだった。ダンナーさんだけは、明らかに他の職人の反応とは違っていた。そして、このぽっきり折れた剣を、伝説の勇者のものであると見破った。ちょっと観察しただけで、だ。
この剣を直せる可能性がダンナーさんにはある。時間をかけて、他の職人を探すこともできるが、ずっとこの件にかかりきりという訳にもいかないし、ダンナーさん以上の職人がいないという話なのだから、彼から下を探していくのもおかしな話だ。
俺は考えをまとめて深く頷く、そして二人に向き直った。
「ダンナーさんについて調べてみよう。仕事を引き受けてもらうためにも、まずは彼のことを知ることが必要だ。お願いします。二人とも、俺に協力してください!」
俺は恥も外聞もなく頭を下げた。剣を直さないと、俺はずっと役立たずのままだ。
「勿論ですじゃ!このわしにおまか…」
「待ってください、マルスおじいちゃん。調査ってことは色々歩き回る必要があるでしょ?すぐに疲れちゃうんだから、マルスおじいちゃんには向いてません。今回は、宿で大人しく待っていてくれますか?」
「うえ?しかしじゃのう、では誰がリオン殿の…」
「私が協力しますよ。一応、そうは言っても私だって仲間みたいなものですから。それに、まあ、剣がまともになれば、リオンさんも少しは戦いで役に立つでしょ」
まさかのルネが全面的に協力を申し出てくれた。嬉しすぎて、俺はひっそりと感動に打ち震える。
「何ですかその顔?」
「へ?いや、別に」
「…はあ、いいから行きますよ。あのアル中オヤジの弱みを握って、無理やりにでも仕事をさせるんです。ほら!マルスおじいちゃんを送り届けたら、さっさと行動開始です!」
「ああ!ルネ、よろしく!」
多分最近で一番の笑顔が出たと思う、俺とルネのやり取りを見ていたマルスさんは、目に涙を浮かべながら、うんうんと何度も頷いていた。