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奇人、変人、アルコール

 俺がゴウカバへ来た目的、それは折れた勇者の剣の修復だ。ここに来るまで、思いがけず色々なことがあった。しかし、そのおかげで今はそこそこゴールドに余裕がある。金に糸目はつけないぞ、その覚悟で俺たちは、ゴウカバでも評判のいい鍛冶屋を一軒ずつ回っていた。


「こいつを直したい?」

「ええ、できますか?」


 折れた剣を手にするドワーフの店主は、しばし考え込んだ後、はっきりと告げた。


「無理だな。俺じゃあ手に負えない」


 失礼は承知の上で、俺はがっくりと肩を落とした。もうこれで12軒目だ、断られては次の店を聞き、断られては次の店を聞き、腕のいい職人を紹介され続けて、訪ね歩いては断られることの繰り返しだ。


「すまねえなあ、折角来てもらったってのによ」

「あ、いえ、こちらこそ、ごめんなさい。こんなあからさまに態度に出して…」

「いや、それは気にしねぇさ。俺にも職人のプライドがある、だから本当は、こんな簡単に無理なんて言いたかねえんだぜ?しかしなあ、こいつはどうも…」

「素材すら分からない。ですか?」

「ああそうだ、何でできているのか、製造方法や何から何まで、一つも分かりゃしねえ。長いこと、この商売で飯を食ってきたが、こんなこたあ初めてのことだぜ。あんちゃん、こりゃ一体どんな代物なんでい?」


 まさか馬鹿正直に「これは、折れた伝説の勇者の剣です」と言う訳にもいかず、俺は黙って頭を振った。職人たちが言う、何も分からないというセリフも、何度も聞かされてきた。


「あの、もしこの剣を直せそうな人に心当たりがあれば、誰か教えていただけませんか?」


 これも何度も繰り返してきた。どうせまた同じようなことを言われるだろう、俺は半ばそう諦めかけていた。


「うーん…。心当たり、ねえ。悪いなあんちゃん、俺には思い当たる奴が…」


 言葉を途中で切り、はっとした表情で何かを思い付いたように、店主が手を打った。しかしすぐに「いやでもなあ…」と言葉を濁して頭を抱えてしまう。


 何だ、この反応は、今までこんなことなかったぞ。俺はかすかな希望にすがるように、店主に詰め寄った。


「誰か思い付いたんですね!?ぜひお教えください!!」

「あ、いや。確かに思い付きはしたがよ…。だが…、本当に聞くかい?」

「はいっ!!」


 俺の返事を聞いて、店主は大きなため息をつくと、紙を取り出してさらさらと筆を滑らせた。手渡されたそれには、店の場所と名前、そして店主の紹介が添えられていた。


 店の名前は「偉大な炉」店主は「ダンナー・アイゼン」情報をもらえただけではなく、紹介まで添えられていることに、俺はこれ以上ないくらいに感謝した。


「ありがとうございます!早速行ってみます!」

「ああ待て待て!いいか、あんちゃん。これから行くところで何があったとしても、それは俺の責任じゃねえからな。それだけはハッキリさせておいてくれ」

「え?なんですかその言い方…」


 もしかしてヤバい店なのか?そう思ったのがもろに顔に出ていたらしく、店主は慌ててぶんぶんと頭を振って否定した。


「いやいや、違法な店とかそういうことじゃねえ。ダンナーはよお、悔しいが、鍛冶の腕前と知識じゃ、この国の誰も敵いやしねえ。だからその剣のことに、何か気づけるとしたらあいつしかいねえと思う。ただし、ダンナーの人柄についちゃあ俺は保証できねえ」

「人柄って…、何か問題を抱えているんですか?」

「多分な。とある一件があってから、俺は一回もあいつの顔をおがんでねえ。だからこれが無駄足になったとしても、俺のせいじゃねえからな」


 つまり一筋縄ではいかない相手ということか、それならばと俺はどんと拳で胸を叩いて店主に言った。


「大丈夫です!今までそういう、厄介な人たちを相手にしてきたので!」


 まったくもって自慢にならないが、厄介な人たちの相手なら一杯してきた。アームルートのクソバカ王。マルセエスで罠にかけてきたサクラク村の住人。ガメルでは、パパ活勇者ヴェーネと、彼女に貢いでいた王ヴィルヘルムを相手にした。


 こう上げ連ねるとまともなやつがいない、そして勇者が相手をするべきなのか、疑問符がつく。考えると、悲しくなるのでやめておこう。


 ともかく俺は、もらった紹介状を持って店を出た。外で待っていたルネとマルスさんに合流する。


「やっぱりダメでしたか?」


 ルネにそう聞かれた俺は、ダメだったと答えた。がっくりと肩を落とす二人だったが、俺はニヤッと笑って代わりに手に入れた情報を見せびらかす。


「ここはダメだったけど、何とかできる人が見つかったかもしれない」

「本当ですか!?いやあ、よかったですね!」

「あ、お、おう!…ルネがそんなに喜んでくれるとは思わなかったな」

「このまま無駄な時間に付き合わされるなら、パワハラで訴えようと思ってました。いやあ、訴訟は免れてよかったですね」


 およそ仲間とは思えないルネの発言だが、今は許そう。そんなことよりも、今は早く、ダンナーさんの店「偉大な炉」へ向かうことを優先した。




「本当にここで合ってますか?」

「合ってる、けど…」


 今まで巡ってきた店も、他の店も、ゴウカバの鍛冶屋は基本的にどこも繁盛していた。たくさんのドワーフの職人に、買い付けにきた商人、注文をするお客さんなど、多くの人が集まっていた。


 しかしここ、偉大な炉はまるで違う、他より大きな店構えをしているのに活気もなく、人がいるような様子はまったくない、両隣にある小さな店の方が、よほど繁盛していた。偉大な炉では閑古鳥が鳴いている。


「騙されたんじゃないですかリオンさん?無理難題を押し付けてくる、しつこい客だって思われたとか」

「待て待て、信じる心を失うな!今俺はその瀬戸際にいるんだから!」

「じゃあ後一押しですね」

「ダメな方に背中を押そうとするんじゃあないっ!!」


 高まる不信感が人間への信頼を失わせいく、今すぐにでも、もう誰も信頼するものか、そう往来で叫び出しそうだった。


「リオン殿、店は開いているようですじゃ」

「へ?」

「もし!店の方、ごめんください!」


 マルスさんは、俺たちが言い合いをしているうちにさっさと行ってしまった。すでに扉を開けて店の中に声までかけている。俺とルネも、言い合いをやめて、急いでマルスさんの元に向かった。


「おかしいですじゃ。返事がありませぬ」


 店の奥から、カチャカチャと物音が聞こえてくる。確かに誰かいるようだが、返事はまったくない。


「開いているんだから入ってもいいのでは?」

「それもそうじゃな。おーい!店主殿!」

「あっ、ちょっ、ちょっと!二人とも、結構ぐいぐい行くなあ」


 でもまあ、確かに開店の札は扉にかかっていた。鍵もかかっていなかったし、一応入るだけ入ってみよう、そう考え店の中に踏み込んだ。


 店内は暗く、がらんとしていて商品が一つも置かれていない、鉄を叩く音も聞こえなければ、ゴウカバ特有の火の匂いもしてこない、むしろ何か、埃に混じって違う変な匂いがしていた。店名の「偉大な炉」とは名ばかりで、店の炉には火が入っていなかった。


「廃墟ですかここは」


 ルネの感想は実に的を得ていた。しかしこの廃墟にも、まだ人はいるようだ。店の奥に続く扉の向こうから、あのカチャカチャという物音が聞こえてくる。


 このままここで手をこまねいていても仕方がない。俺は意を決して扉に近づくと、入りますとと声をかけて開けた。


 ガシャンッ!!大きな音がして、俺のすぐ隣の壁で酒瓶が砕けた。割れたガラスと、残っていた液体が壁と床に散る。中にいた人物が、俺に向かって酒瓶を投げつけたのだと気が付くのに、少々間をおいてから気が付いた。


「なんだぁテメエはよお、ヒック!泥棒かあ?泥棒だなあ?勝手に店に入ってきやがって、ウィー、ヒック!うちに金なんかねえぞ!!それとも酒でも持っていくか!?ああ!?これならいくらでもくれてやるぞ!!」


 呂律の回っていない、しゃっくり混じりの怒号が響く、もう一度酒瓶を投げつけようと振りかぶるのを見て、俺は急いで扉を閉めた。次の瞬間、扉に衝撃があり、ガシャンという大きな音が鳴った。


「うわあ、厄介ってこういうことでしたか。店内にしみついた変な匂いもアルコールですね、臭い臭いと思っていましたが、納得しました」


 俺は扉を背にしながら、ずずっと座り込んで頭を抱えた。どうしてこうも行く先々で変な人に会うんだ!俺の心の叫びは、俺の心の内だけでむなしく響いた。

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