表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/116

勇者の剣は、もう折れない その1

 魔王復活の終焉、勇者が必要のなくなった世界で、過剰なまでの戦力を保有していた俺は、やりたいことも、やる気も失って、特に何もできずにいた。


 しかし、仲間たちの励ましによってやる気を取り戻し、まず始めに行ったのは、エリュシルを、勇者の間へ戻すことだった。


 アームルート王に頼んで、王城にある勇者の間を綺麗に再建してもらった。備え付けられた台座に、俺はエリュシルを差し込み、ラオルに倣って封印を施した。


「よいのかねリオンよ?苦楽を共にした大切な仲間であっただろう」


 そうアームルート王から問われた俺は、こくりと頷いた。


「ええ。世界の危機を察知して、エリュシルは、犠牲を厭わず俺の元へ来てくれた。でも、怪物を倒す役目を終えた今、俺の元にあるよりも、本来の役割に戻るべきだと考えたんです」

「本来の役割?」

「平和な世界の象徴、ですよ。これから先、怪物以上の脅威がこの世界に訪れたとしても、人々はエリュシルを見て、あの時のことを思い出すはずです。戦う勇気を、希望を」


 それともう一つ理由があった。今のところエリュシルを扱えるのは俺だけだ、しかし、これから先もそうであるかは分からない。この力は、人の身には過ぎた力だ。今回は正しく使えたけれど、力に溺れ、身を亡ぼす可能性がないとはいえない。


 いつもそばにあって、沢山苦労をして、色々な人たちの手を借りて修復した。沢山の思い出と絆を繋いでくれた相棒だけど、ここに置いていく、そう決めた。


「信じて預けるんですから、今度はちゃんと管理してくださいよ?」

「う、うむ!それは勿論だ!」


 慌てて咳払いをしてごまかそうとするアームルート王の様子を見て、俺は笑った。エリュシルと離れるのは寂しいけれど、こんな些細なことでも笑えるんだ、きっともう大丈夫、そう思えた。


 魔王と勇者の戦いの終わり、それを象徴する伝説の剣エリュシル。その美しさは、人々の心の中で、いつまでも輝き続けることだろう。




 最後の戦いが終わって、エリュシルをもう一度封印してから、二年の時が過ぎていた。いまだに世界の平穏は保たれている。


 俺は、アームルートの治安維持組織に入り、そこで人々を守る仕事をしていた。それと、新しく設立された権力の監視を行う部署にも所属し、王政のお目付け役の仕事も行っている。


 凶悪な犯罪者や事件などの解決に取り組むこの仕事は、人の見たくない一面も多く見ることになって気が滅入ることもあるが、困っている人を助けて、人々の笑顔と平和を守ることは、同時に喜びも感じる。


 救世の英雄なんて大層なものよりも、街を守る小さな英雄の方が、俺には性に合っていた。勇者であったころの自分は、もはや懐かしい過去の思い出だ。


「リオンさん、今日の新聞、読みましたか?」

「まだだけど、言いたいことは分かるよ。ルネのことだろ?」

「すごいですよね、汚染地域の浄化を完了させ、段階的に人の住める範囲を取り戻す道筋をつけるなんて。加えてミシティックに新しい学校を創立して、そこの学長就任って、とんでもない成功者ですよ」


 同僚は、新聞にでかでかと記事にされているルネをわざわざ見せてきた。定期的に連絡を取り合っていて、俺は本人から直接話を聞いているから、本当は見る必要などないのだが、興奮する彼がどうしてもと新聞を渡してくるのを断れなかった。


 受け取った新聞を広げて、記事の内容を適当に流し読む。ルネはあれから、三賢人と協力して、汚染地域の浄化をどんどん推し進めた。協力といえば聞こえはいいが、その実、三賢人を相手にルネが無理難題をふっかけ、お得意の口撃で煽って怒らせ、成果を引き出させていた。


 その上で、ルネも錬金術できっちりと成果を出すのだから、三賢人もそれに負けじと躍起になり、競い合うように浄化の研究が進んだ。これが三賢人に、他の研究に手をつかせず、浄化に集中させるための策だったとしたら、ルネは大したものだ。


 そして稼いだ莫大な財産を盛大に使い、ミシティックに学校を作って、そこの最高権力者の席に、異例の若さで座った。


 このために金を集めていたんだと驚いたものだが、本人は、結構真剣に教育に力を注ぐつもりらしい。どうして学校を?と聞いた時、彼女はこう語った。


「学びは、人に選択肢を増やす。私は、悲しい選択だけを強いられる人を、一人でも多く減らすんです」


 教育者にはまったく向いていない性格だが、志だけは、誰よりもある。それに一番偉くなった理由は、恐らく任せられる人を、自分で選べるからであろう。


 ルネ本人が教育者に向いていない自覚はあるだろうから、それができる人に任せるはずだ。彼女は賢い、何の心配もいらない、と、思う。


 新聞には、小さく別の記事も載っていた。それは、流浪の旅を続ける老人の話であった。仕込み杖を手に、行く先々で悪を斬る。正体不明の風来人の謎に迫ると書かれているが、その正体はマルスさんのことだ。


 マルスさんは、相変わらず当てのない旅を続けている。そして、旅先で何か困りごとをしている人がいれば、助けて回っているそうだ。


 その際ろくに名乗りもせず、滞在時間も非常に短いので、噂話に大分尾ひれがついてしまったらしい。本人の気持ちは、次々別の場所を見て回りたいので、あまり一所に時間をかけたくないというのが本心で、問題だけ解決すると、すぐさま別の場所を見に行っているというのが理由だった。


「わしにはもう、そう長く時間は残されておらんからのう。時短重視じゃよ。ほっほっほ」


 そう語っていたが、全然まだまだ元気そうで、残された時間が短いなんてことはない。恐らく今日も元気に、どこかで刀を振るっているはずだ。マルスさんが、こんなに自由な旅人になるとは想像もつかなかったが、もしかしたら、心のどこかでは、こうして気ままに旅をしてみたいと考えていたのかもしれない。


 様々なしがらみから解き放たれ、過去の因縁に決着をつけたマルスさんは、自由を存分に謳歌している。やはりルネもマルスさんも、救世の英雄なんて柄ではなく、各々のやりたいことをやりたいようにやっていた。




 ある日、いつものように仕事をしていると、トラブルがあったという通報が入った。現場に向かうと、腰に布だけを巻いて他は素っ裸の、でっぷりとふくよかに太った男が突然泣きついてきた。


「助けてくれえ!財産をすべて奪われたんだあ!何でも白状する!だからあの女を捕まえてくれえ!!」


 その人物は、評判の悪い悪徳商人で、散々犯罪行為を行っているにも関わらず、中々そのしっぽを掴むことができず、手を焼いていた奴だった。


 そんな人が、全財産を奪われ、情けない恰好で泣きついてきた。行ってきた犯罪の証拠もすべて提出し、自供もするから、あの女を逮捕してくれと言って来た。その人物の名前を聞いて、その場を他の人に任せて、俺はいてもたってもいられず駆け出した。


 街中を探して走り回った。今ここに、彼女がいる、そしてあの手を焼いていた男をターゲットにしたということは、俺にしか分からないアピールであると、確信していた。


「どこだ?あいつなら、俺を誘い出すために、どこに行く?」


 わざわざこうして分かりやすいアピールをしてくるということは、何か俺に関係のある場所にいるはずだ。そうして思い付いた場所に、俺は走って向かった。


 城にある勇者の間は、一般公開されていて、誰でも見学できるようになっている。そこで一人、エリュシルを観覧していた人物の手を、俺は掴んだ。


「あら、案外早く見つけだしたわね。そんなにあたしに会いたかった?リオン」

「どこで何をしているかと思ったら、急に現れやがって。あの男、手土産のつもりかもしれないが、余計なお世話だぞ、ヴェーネ」


 本当に、久しぶりにヴェーネと再会した。相変わらず蠱惑的な笑みを浮かべ、こちらをからかうような視線を向ける。巧みに人を操り、自らの色香で虜にする、あの悪女が、二年の時を経て、更に美しさに磨きを増して戻ってきた。


 ヴェーネと別れてから俺はずっと、彼女のことを探し続けていた。今に至るまで、ずっと連絡がつかなかった。どこにいるのかという情報さえ、入ってこない。


 本当にもう、あれきり会えることはないのだろうか、そんな考えもよぎったが、全然納得できなかった。だから、探していた。しかしまさか、こんなかたちで再会することになるとは、思ってもみなかった。


「話してもらうぞ、今までどこで何をしていたのか」

「そうね。あたしも久しぶりに、あなたとお話したいと思って、ここまで来たの。やっぱりあたしたち、以心伝心ね」


 そう言って笑うヴェーネの前で、俺はガシガシと頭を掻いた。まったく、外見は大人びても、中身は全然変わってないじゃないか。呆れもしたが、俺はそのことが、嬉しくもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ