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怪物 その2

 魔王城では、ルシエラが外の様子を勇者たちに見せていた。しかし、封印から解き放った怪物が、世界中を思うがままに蹂躙する様子だけが見られると思っていたルシエラは、孤軍奮闘するリオンの姿を見て戸惑いを隠せないでいた。


「何よこれ…。どうしてあいつと戦える奴がいるのよ」


 焦りと怒りから、ルシエラはそう呟いた。そんな彼女に向かって、ヴェーネが言った。


「彼はリオンよ」

「はあ?」

「怪物と戦っている彼の名前。アームルートの勇者、リオン・ミネルヴァよ」


 ミネルヴァという家名を聞き、過去の魔王の記憶を受け継ぐルシエラは、すぐにその名前にいきついた。


「ラオルの子孫かッ!あの男、自らの血を後世に残したかッ忌々しい!過去の亡霊如きが、私の邪魔だてをするかッ!!」

「馬鹿ねあんた」

「何だと?」

「リオンが勇者として戦うのに、血筋なんか関係ないわ。どんな逆境にあっても、どんなに不遇な目にあっても、あいつは自分の信じるものを守るために戦うのよ」


 他の誰かの未来と可能性を守るために、リオンは戦う。それを知るヴェーネは、リオンの勝利を誰よりも信じていた。


 破滅させるよりも、守り抜く方がよほど難しい。その意思を、曲げず折れず持ち続けられるリオンが、破壊するだけの怪物に負ける訳がない。苦難の道と知り、それでも邁進する彼が、希望という道を切り開くと、ヴェーネは信じていた。




 怪物は、その巨体ごとリオンの上にのしかかった。リオンはそこから逃げ出さず、地面と怪物の間に挟まれ、強烈な地響きが辺りに響き渡った。巨体と圧倒的な重量を利用した単純でありながら効果的な攻撃は、ちっぽけなリオンを押しつぶす。


 だが、のしかかってしばらくして、怪物の巨体は空に打ち上げられた。潰される時に、剣を地面に突き立て、わずかな隙間を確保したリオンが、体中に雷の魔力を限界寸前までため込み、それを一気に解放して爆発させた。ラオルの能力、疾風迅雷を応用した攻撃だった。


 その凄まじい威力は怪物の巨体を吹き飛ばし、空に打ち上げた。リオンは剣を構え直すと、魔力を剣に集めて、巨大な光の刃を形成した。かつてダンナーが剣に施してくれたものを、アレンジして再現したものだった。その出力は、以前とは比べ物にならないほど高まっている。


 大きく伸びた光の刃を振りかぶり、空中から落ちてくる怪物の胴めがけ、まっすぐに振り下ろして両断した。怪物の上半身と下半身は空中で二分され、リオンの両隣に落ちた。


 リオンはまだ攻撃の手を緩めない、今度は光の刃を横に薙ぎ払い、両隣に落ちた怪物の体を斬り裂いた。十字に斬りつけられた怪物は、体から黒い液体をまき散らして悶絶する。


 斬り別たれた胴から、うねうねと黒い触手のようなものが伸びてきた。くっついて再生する気だと判断したリオンは、体の再生に巻き込まれないように跳んで離脱した。


 触手同士が絡み合い、別たれた胴をくっつけようとする。リオンは、光の刃による斬撃でそれを阻止した。たまらず怪物は上半身と下半身に、角を生成して狙いを定めると、熱線を放ってリオンを妨害した。


 リオンは光の刃を盾にして、襲い来る熱線を防ぐ。怪物の熱線の威力に耐え切れず、光の刃は砕け散ったが、最後までリオンの身を守りぬいた。しかし、稼がれた時間で怪物の再生は許すことになる。


 だが、リオンは怪物に起こっている、ある変化に気が付いた。怪物の体が、少しずつではあるが、再生を繰り返すたびに小さくなっていた。それと同時に、怪物の動きも鈍りつつあった。


 怪物のダメージの蓄積具合を、リオンからは確認することができない。どれだけ斬り裂いても、巨体が過ぎて手ごたえがなく、声を発することもないので、苦しんでいるのかどうかも分からない。体の反応を見る限りは、斬られても無害ではなさそうではあったが、それが分かりやすい指標にはなりえなかった。


 しかしようやく、怪物に目に見えた変化が表れ始めた。油断はできないが、どれだけ斬りつけても底の見えない戦いは、非常に精神力をすり減らされる。よい兆候か判別するためにも、リオンはダメージ与え続けて、怪物の体の縮小を目下の目的とした。




 何度も斬り結び、互いの力をぶつけ合い、どちらかが吹き飛ばされても、すぐさま立ち上がっては攻撃を続ける。リオンと怪物の実力は、若干ではあるがリオンが優位であったが、ほぼ拮抗していた。


 現在のリオンは、戦い続けるほど際限なく強化される。完璧に修復されたエリュシルと、完全な同一化を果たした成果だ、怪物にはどうすることもできない。


 怪物には、圧倒的な魔力があった。膂力があった。重量があった。体は巨大で頑強、腕を振るえばあらゆるものを薙ぎ払い、足を踏みしめればその下にあるものを押しつぶす。体にあらゆる器官を生成し、自在に姿かたちを変えて攻撃を行える。


 そして体からは、近くにいるだけで生あるものを死に至らしめる瘴気を放っている、封印されていた間でも、その力は微塵も衰えていなかった。


 怪物は両腕を元の形に戻した。大きな手のひらに膨大な魔力を集めると、巨大な火球が作り出された。火球はリオンめがけて撃ちだされ、灼熱の業火が強烈な爆発を引き起こす。


 リオンはとっさに、マントを身を隠し、魔法障壁で身を守った。何とかダメージを最小限に留めたが、何度も攻撃を防ぎ続けてきたマントは、とうとうこの攻撃で焼き切れてしまった。


 それでもリオンは、まだまだ健在だ。輝く剣を手に、天色の光と雷を身にまとう。その姿はとても美しく神々しいものであった。


 怪物は生れ落ちてから、その命を脅かされることはなかった。自らは殺戮の限りを尽くすが、決して他に害されることはない、魔物の王が種族の在り方を犠牲にしてまで施した封印に封じ込められるまで、怪物の身に傷をつけたものはいなかった。


 絶対的強者、あらゆるものの死、それが怪物という存在だ。その行動原理はすべて破壊衝動で占められていて、思考や感情など持たず、殺戮の限りを実行し続ける。はずだった。


 そこに初めて現れた外敵、リオンの姿に、怪物は生まれて初めて感情というものを知ることになった。


 自由に形を変えられる、それはすなわち、確固たる自らの形を持たぬということ。感情もなく殺戮をし続ける、それはすなわち、意思なき泥人形も同然である。自らの存在を脅かされ、初めて得た感情、それは怒りと嫉妬であった。


 こいつは何故、何度死してもおかしくない攻撃を食らってなお立ち上がってくる。こいつは何故、自分より強く気高く見えるんだ。何が足りない、何が、何が何が何が、何が自分には足りないんだ。


 怪物は苛立つ感情を表現するように、無軌道に腕を振り回し、暴れ出した。それはまるで、子どもの駄々のようであり、無秩序で稚拙であった。




「何だ?」


 怪物の動きの質が、明らかに変化したことをリオンは察知した。見るからに直情的な動きで、攻撃の質が落ちている。避けるのも反撃も容易で、怪物の攻撃はリオンにかすりもしない。


 逆にリオンの攻撃は驚くほど簡単に通る。次々と致命的な攻撃が通り始め、リオンは押しているはずなのに不気味さを感じ、この戦いが始まってから初めて、怪物に対して恐怖心を覚えていた。


「怪物、一体何が起こった?どうして今になって、こんなにも急激な変化が?」


 リオンは怪物が限界に近いのかと考えた。しかし、すぐにその考えは捨てる。憶測は危険だ。怪物について、自分は何も分かっていないのだから。


 それでも攻撃の手を止める理由にはならない、むしろ畳みかけるチャンスだ。怪物側にどんな変化があったにせよ、防がれない、避けられない、無効化されない、今ここで削れるだけ削ると決めた。


 更に輝きを増すエリュシルをリオンが振るう、その軌跡には光の跡が残り、怪物の巨大な体を斬り刻んでいく。傷口からは、怪物の体を構成する黒い液体が、びちゃびちゃと血しぶきのように飛び散った。


 激流の如き怒涛の連撃が、とめどなく怪物を斬り裂いた。抵抗を試みる怪物など意に介すことなく、リオンはその抵抗ごと攻撃を押し込んだ。最後の一太刀が怪物の体を縦に両断すると、別たれた怪物の体が地響きを上げて左右に倒れた。




 アームルートでは、怪物が倒れた瞬間を見ていた人々が歓喜の声を上げた。外から見ている限りでは、戦いがリオンの勝利で終わったように見えたからだ。


 ただし、その場で見ていたマルスだけは、険しい顔つきで喜びを表さなかった。マルスの隣にいるルネは最初の内は周りの人と同じように、小さく飛び跳ねて手を叩き喜んだ。


 しかし険しい表情を続けるマルスを見て不安になり、彼の服の袖をくいくいと引っ張って聞いた。


「マルスおじいちゃん?どうかしたんですか?」

「…おかしい」

「おかしい?何がですか?」

「リオン殿と怪物の実力は、ほぼ拮抗していた。しかし途中で、明らかに戦闘の質が落ちた。確かに怪物は消耗しているように見えたが、それはリオン殿も同じこと。こうもあっさりと勝負がつくとは考えにくい」


 ルネは先ほどまでの笑顔がさっと消えて、青い顔をして確認をした。


「それって…、戦いはまだ終わっていないってことですか?」


 マルスは暫し考え込んだ後、黙って深く頷いた。そんなマルスにルネは掴みかかって声を荒げる。


「そんなっ!それこそおかしいでしょ!だって、あんなにばっさりと斬られたんですよ!?それにっ…!」

「…」

「…それに、リオンさんだって、消耗しているって言ったじゃないですか。それなのに、まだあんな、人の身には余る戦いを、続けなきゃならないんですか?」


 リオンと怪物の戦いは、常識を遥かに逸脱している。世界を揺るがす災害と災害のぶつかり合いのようなものであった。ルネは、それが何かも分からない怪物よりも先に、ただ強いだけのリオンの方が力尽きてしまうのではないかと考えていた。


 共に旅をして、ルネもマルスも、リオンのことを知った。正義感が強くて真面目、厄介事に手を出さずにいられない、強気な性格に見えて傷つきやすく、情に厚くて涙もろい。どんなに強い力を持っていても、リオンは普通の感性を持つ、大勢の人と同じ人間だった。


「ルネちゃん」


 目を落とすルネにかけるマルスの言葉は、いつものような優しい口調ではなく、重く言い聞かせるような物言いであった。


「…」

「わしらはリオン殿にすべてを託した。仲間として今できることは、リオン殿の勝利を信じて待つことじゃ。分かるな?」

「…はい」

「わしらだけでもまだ戦いは続いている心構えをしておくのじゃ。もしリオン殿に助けが必要となった時、すぐにでも駆け付けられるように、よいな?」


 ルネはマルスの言葉にバッと顔を上げた。マルスが予期していたのは、戦いの継続だけではない、自分たちの力が必要になる、その可能性を予期していた。自分たちは戦力外だと、すっかりそう思い込んでいたルネは、真剣な眼差しを向けるマルスを見て、ぐっと腹の底に力を入れて気を引き締めた。


「移動と怪物が放つ瘴気の対策は任せてください。リオンさんが何かヘマをしたら、すぐに尻ぬぐいに行きますよ!」


 その宣言に、マルスはいつものような柔和で優しい笑顔を浮かべて、力強く頷いた。怪物はまだ、生きている。

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