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怪物 その1

 要塞化されたアームルートへ逃げ込んだルネとマルスは、すぐさま三賢人の元へ向かった。想定以上の精神汚染を防ぐために、ディアは必死に、結界の強化を続けていた。


 エアロンは、使い魔に命令し、体調を崩した避難民の治療に専念していた。数えきれないほど多くの人が、人類最期の砦となったアームルートにいる。どれだけ沢山の使い魔を使役しても、手が足りない状況だった。


 クロウは、そんな二人をサポートするために、アームルート王の命令で遣わされた兵たちをまとめ上げ、円滑に物事を進めるために尽力していた。ひっきりなしに入ってくる報告をすべて捌き切り、必要な場所に必要な人材を派遣し、対策を取った。


 その手伝いをしていたのは、ミシティックの魔法使いたちであった。他者に対して過剰なまでに排他的であった彼らは、この非常事態時において、下らないプライドを捨て去って、自分にできることをしている。他の国々の人々も、動けるものは動けないものに代わって働いていた。


「クロウくん、忙しいところ悪いのじゃが、今どうなっておるかね?」

「マルス様!それにルネも、無事だったか。よかった」


 二人の様子を見て安心して胸をなでおろしたクロウは、その場を一度他のものに任せ、状況を説明するために持ち場を離れた。情勢の概要を伝え終えると、沈痛な面持ちで言った。


「…残念ながら、目標としていた全世界の人々の避難は間に合いませんでした。怪物出現と同時に、人も魔物も死滅したのを確認しています」

「そうか…」


 分かっていても辛く苦しい思いだった。マルスは苦々しい表情で、天を仰ぎ見た。その隣で、ルネがぽろりと大粒の涙を流し、さめざめと泣き始めた。


「ご、ごめんなさい。わ、私にもっと、力があったなら…」

「やめろルネ。君が気に病むことは一つもない。君とマルスさん、そして勇者たちが懸命に避難活動を行ってくれたおかげで、これだけ多くの命が救えたんだ。割り切れとは言わない。だけど、君の力が足りなかったなんて、僕は誰にも言わせない」


 人々の大規模な避難活動は、知恵の宝玉を持つ、ルネがいなければ成り立たなかった。リオンやマルスが、どれだけ魔物を排除できようとも、転移魔法を使えるのはルネだけだ。その功績は計り知れないものがある。


「避難所としてのアームルートの運営は、今のところ大きな問題もない。要塞化計画も、概ね成功したと言っていい。アームルート王が、この場の誰よりも走り回ってくれていてな、各所の調整に尽力してくれたおかげで、大分スムーズに事が進んだ」

「そうかそうか。うむ、リオン殿が聞いたら、きっと喜ぶはずじゃ」

「今この場所は、世界で唯一、安全が確保された場所になった。二人共、今は休んでください。この後の戦いは、彼にすべてがかかっています」

「リオンさん…」


 ルネは涙を拭って空を見上げた。怪物の脅威に立ち向かえる人物は、ただ一人。アームルートの勇者、リオン・ミネルヴァだけである。彼の勝利を祈って、ルネはギュッと両手を合わせて祈りを捧げた。




 黒い液状の塊であった怪物の姿は、現在変形を終え、真っ黒な巨人のような姿になっていた。半円球状の口も目もない頭、山ほどの大きさのある巨体、不自然に長い腕、短くて太く丸い足と、見れば見るほど奇妙な見た目をしている。


 リオンは上空から、怪物のことを見下ろしていた。燃ゆる炎をその目に宿し、鋭い眼光を差し向け、世界に落ちてきた災厄と、剣を片手に向かい合う。


 怪物は落ちてきた場所から動かなかった。姿かたちを変えた後、ただジッとそこにたたずんでいる。何か意思があるようにも見えず、生物とは思えない。


 しかし、今は行動を起こしていなくとも理解できる。これは、世界に存在してはいけないものだと。すべてのものに終わりをもたらす災厄であると。そして今、立ち向かうことができるのは、自分ただ一人であると、リオンは理解していた。


「不思議だよ」


 誰に聞かれる訳でもなく、リオンは呟いた。とにかく言葉を口に出しておきたかった。


「あれを見た瞬間に分かった。俺は、あれを殺すために生まれてきたんだ。俺の持つ力のすべては、あれからこの世界を守るために、授けられたものだ」


 それは本能で察知したのか、それとも剣に宿る精霊が伝えたのか、世界の破滅を防ぐ、その願いを一心に背負った存在が自分であると、リオンは理解した。


「行こう、エリュシル。勝ってすべてを終わらせるんだ」


 次の瞬間、閃光と化したリオンが、怪物の胴体を貫いた。勇者対怪物、終わりを決める戦いが、始まった。




 体をリオンに刺し貫かれた怪物は、胴体に大きな穴が開いた。しかしその穴はすぐに塞がり、何事もなかったかのように元に戻った。


 もう一度、閃光となってリオンは怪物に突撃した。しかし今度はただ黙って貫かれることをよしとせず、怪物は大きな腕を振りかぶって、向かってくるリオンを殴りつけた。


 ぶつかり合う二つの大きな力、激しいせめぎ合いはやがて、爆発というかたちで痛み分けに終わる。殴りつけた怪物の腕ははじけ飛び、リオンの体は吹き飛ばされ、着地の衝撃は、山を一つ消し飛ばした。


 怪物はすぐさま腕を再生する。しかしそれだけではない、体表から角のような器官を発現させると、その先端から熱線を撃ちだしてリオンへと放った。着弾して爆裂した熱線は、リオン着地点周辺を焦土に変えた。


 今度は体表面に無数の眼球を生成した怪物は、ギョロギョロとそれを動かし、リオンの姿を探した。爆発地点の真ん中にその姿を見つけた怪物、深紅のマントで身を守り、無傷のリオンがそこにいた。


 この程度でやれる訳がない。互いがそう思っていた。リオンが剣を構えると、それに応えるように、怪物は右腕を硬質化させ、鋭い剣の形に成形しなおした。


 ぶつかり合うリオンの剣と怪物の腕の剣、一撃一撃、剣を合わせるだけで、強大な衝撃波が広がる。大地は割れ、木々は吹き飛び、川や湖の水がこぼれて流れる。この二つの大きな力のぶつかり合いは、天変地異を引き起こす規模であった。


 怪物が振り下ろした右腕の剣の一撃を、リオンは空中を軽く蹴って跳び避ける。そして腕の剣に上り、その先へ猛スピードで駆け上がると、腕の付け根を斬りつけ両断した。


 声らしきものを発する器官がないのか、怪物はどんな傷を負っても叫び声を上げたりはしない。しかし痛みは感じるのか、斬られれば体は相応の反応を見せる。


 だがしかし、腕を一本斬り落とした程度で怪物は止まらない。すぐさま残った左腕で目の前のリオンを払いのけ、その体を上空に弾き飛ばし、宙に放った先を狙って熱線を発射した。


 すさまじい衝撃で上空に吹き飛ばされたリオン。体勢を整える間もなく、熱線が襲い来る。直撃すれば、大きなダメージを負うことは避けられない。リオンは崩れた姿勢のまま、無理やり身を捻ると、体を回転させる勢いに乗せ剣を振るった。


 熱線を斬撃でかき消してから、上空で体勢を整えると、熱線の爆風に乗って、もう一度怪物に向かって突撃する。腕を再生させた怪物は、こんどは両腕を剣の形に成形し、二刀流でリオンの攻撃を迎え撃った。


 巨体からは想像もつかない速度で、二刀の連撃が繰り出される、怪物の連続攻撃にも、リオンは怯むことなくすべてを受け止め弾き返す。飛び散る火花が地面を燃やし、火の海へと変えた。燃え盛る業火に包まれながら、リオンと怪物の攻防は、更に激しさを増していった。




 アームルートでは、クロウが魔法を使って、リオンの戦いの様子を、集まったすべての人々が見られるようにしていた。世界の命運を左右する決戦を、見守らないという選択肢はない。


 人々は、リオンの戦う姿を見て息をのんだ。怪物と比べると、リオンの体は遥かに小さく、手にしている伝説の剣でさえ、怪物の前ではおもちゃの剣と見紛ってしまう。


 一目見ただけで、震えて腰が抜けてしまうような怪物を相手に、一人の勇者が懸命に戦い続けている。何度も押し飛ばされて地面に直撃し、血を吐き傷ついても、必ず次には立ち上がって反撃する。


 怪物の巨体の周りを跳び回り、再生を繰り返す体を何度も斬りつけた。巨大な腕の剣を受け止めては、小さな体でそれを押し返して、またしても攻めかかる。


 これは本当に、人と魔物の戦いなのか。ぶつかり合う力の奔流は、強風を吹き荒らし、大地を捻じ曲げ、攻撃の余波で辺り一面を更地に変えていく。計り知れない規模の戦いを前に、殆どの人たちは、誰も何も言葉を発することができなかった。


 しかし、リオンの奮闘ぶりを見て、応援の声を上げるものがいた。ドワーフの夫妻、ダンナーとセイコだ。ダンナーは回復途中の体をセイコに支えてもらいながら、大粒の涙を流して吠えた。


「戦えリオンッ!!勝って世界を救ってくれえッ!!お前さんとエリュシルならやれる!!絶対にやれるんだ!!」


 成り行きではあったが、多くの苦楽を共にしてきたダンナーは、リオンの苦悩をすべて知っている数少ないうちの一人である。だからこそ、全力で戦えている今の姿を見て、感極まっていた。


「エリュシルは、私の旦那が打ち直した最高の剣だ。リオン、それを持っているあんたなら勝てる。頑張れッ!!リオンッ!!」


 ダンナーを支えながらセイコも大声を上げた。頑張れ。その言葉は、やがて戦いを見守る人々に伝播していき、次々と頑張れと応援の声を上げ始めるものが現れた。


「リオン様」

「あなた様に勝利を」

「勇者様に栄光を」

「誰もがあなたのことを思い、祈っております」

「世界を照らす勇者のお姿、私たちにお見せください」


 リオンから名を与えられ、深紅のマントを織り、贈り物をした自我を獲得した五人のホムンクルスたちは、ただただ彼の勝利と無事を祈っていた。それを見守る、ルネの両親で、錬金術師のノクトとステラは、娘ともいえる彼女たちと一緒になって手を合わせていた。


「リオン様、我々もあなたの勝利を願っています。そして、願わくば、もう一度ホムンクルスたちに起こった想定外の奇跡について研究をさせてください」

「世界には、まだまだ私たちにも想像のつかない可能性が満ちています。無事に戻ってきて、ホムンクルスに眠る可能性を探りましょう。正直、もう待ちきれないんです。できるだけ早く片付けて戻ってきてください」


 若干、いや、多分に私欲まじりではあったが、彼らもリオンの勝利を願って声を上げた。隠れ住んでいた他のエルフたちも、その熱に当てられて共に応援の声を上げる。


「リオン、僕たちも君を信じるぞ」

「戦いに参加できねえのが、こんなに口惜しいとはな。私の代わりにぶちかましてやれや、リオン」

「まったく、ミシティックの三賢人が、他所の国の誰かを応援する日がくるとはな。…まあ、そう悪い気分じゃない、か」


 ミシティックの魔法使いの頂点に座する三賢人、最も排他的な国のトップが、一人の勇者を想って応援している。他の魔法使いたちも、同様に願いを込めた。


 人々の祈りが直接リオンの元に届くことはない。しかし確実に、人々の願いと希望が彼の背を支えて押し上げていた。怪物を相手に一歩も引かない勇気は、リオンを支える数多の声からもらった大切なものだった。

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