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終焉の狂気

 魔王城がどんどん解体されていく、ルシエラは追い詰められていた。ヴェーネたちは一切手を止める気がない、焦りは冷静な判断力を奪っていく。


 すでにルシエラの敗色は濃厚になった。このまま追い詰められ、倒される可能性が高い。しかしこれは同時に、ルシエラに奥の手を切らせる切っ掛けを与えることにつながった。


 壁も天井もすっかり破壊され尽くされた魔王城で、ルシエラはワープホールの使用をやめ、ヴェーネ率いる勇者軍と対峙していた。その堂々とした立ち振る舞いは、逃げずに観念したのかと、ヴェーネでさえもそう感じた。


「まさかこんな手を使うとは、想像もつかなかったわ。マジで」

「常識破りは得意なの。それより万策尽きたみたいね、じゃあ、逃げ場も与えない一斉攻撃で沈めさせてもらうわ」


 スッと手を上げたヴェーネに従って、勇者たちが各々の武器を構える。その手が振り下ろされる前に、ルシエラがバッと手を突き出して制した。


「私の負けは間違いない、元々打つ手がなかったのを、完全に潰された。まったく、上手くいかないものよね、本当に嫌になる」

「だから何?命乞いでもする?」

「いいえ、命乞いはしないわ。最期くらい、好きにお話させてもらおうかと思ってね。言っておくけど、聞いた方があなたたちのためになるわよ。なんたってこれは、勇者と魔王、その対立の始まりの話だからね」


 勇者と魔王、相容れない二つの対立、その始まり。どうしてその事情をルシエラが知っているのか、疑問も尽きなかったが、同時に興趣も尽きなかった。話の内容がまったく気にならないのは、公認勇者ではないヴェーネだけだ。


 戦う理由や意味など求めず、ただひたすらに邁進するが勇者の務めではあっても、どうして戦わなければならないのか?という根源的な欲求を無視することはできない。命がけで、人々のために戦うことを選んだ勇者だからこそ、その欲求は根強くあった。


 だからヴェーネには、勇者たちが戦う手を止めるのを、やめさせることができない。彼女が勇者ではないと言い切るのなら、それを利用するまでと考えたルシエラの策である。このまま負けるとしても、深い絶望と破滅を残して死ぬ。道連れを覚悟したルシエラは、微笑みながら話し始めた。




「遥か昔、私たちが想像もつかないような遥か遥か昔のこと。人と魔物は共存共栄の関係にあり、争いが起こることはなかった。明確に異なるものと、互いに理解し合いながら、多少のすれ違いや、諍いはあっても、手を取り合って生きていたと言っていい」


 ルシエラの話は、到底信じられないものだった。それではまるで、本来魔物は今現在四種族と呼ばれる人の括りの内の一つではないか、その場にいる全員がそう思った。


 異なる特徴を持ち、それぞれの文化があり、得手不得手が分かれていて、酷い差別があっても、それでも何とか共存を続けている。現在の人間の在り方と、似通い過ぎている。


「人より遥かに知性が高い魔物もいた。人々と手を取り合い、自分たちの持つ特徴の、魔力を操る術を研究発展させ、その普及に尽力をした。それは現在、魔法と呼ばれ、人々の営みの一部となった」


 魔法の興り。


「まったく知性のない魔物もいた。しかし心があった。相手を思いやり、慈しむ心があった。知性のなさから、本能のままに暴れる魔物もいたが、それを排するのではなく、共存できる妥協点を探り、線引きをした。分かたれた土地に集まったコミュニティは、様々な特色を持つ国となった」


 国の興り。


「人と魔物は相容れない存在ではなく、よき友であり隣人であった。時に争うことはあれど、いつしか二つの種族の間には愛が芽生えた。その子らは人と魔物の身体的特徴や能力を受け継いだ。魔力を多く有し、魔法を操る術に長けた種をエルフ。強靭な肉体と、火と鉄と共に生きることを選んだ種をドワーフ。体格は小さくとも、手先の器用さに長けて素早い身のこなしのハーフリング。人と魔物の特徴をどちらも受け継ぎつつ、大きく姿形が変わることはなかったヒューマン。これらに元の魔物を加え、五種族と分類した」


 種族の興り。


「それぞれの得意なことを活かし、不得意なことは補い、多様な在り方を受け入れ、独自の文化を発展させていく。その過程で争いが起こっても、どちらかの種族を滅ぼすまで戦う野蛮な分裂は起こらなかった。世界と人々と魔物の営みは、こうして成熟し始めた」


 世界の始まり。


 ルシエラから聞かされる事実が、嘘か本当か分からない。だけど明確に否定できる材料がない。そして、過去の魔王たちの記憶を引き継ぐと語ったルシエラの言葉の方が、今この場において、どんな反論よりも説得力があった。


 実際、ルシエラはまだ、受け継いだ記憶の中の事実を語っているにすぎない。どうして人の世でこの事実が廃れたのか、何故魔物の王にだけ記憶が引き継がれる必要があるのか、それを話していないだけだ。


「…だから」

「うん?」

「…もう一度言うわ。だからなんだって言うの?あたしたちは元々手を取り合って仲が良かったのよ、じゃあ和解しましょうとでも言うつもり?下らない昔話を続ける気なら、そろそろおしまいにしましょう」


 強気な口調ではあったが、ヴェーネの言葉は少しだけ震えていた。聞かされたことに嘘がないと気づける彼女にとって、ルシエラの言葉に動揺しないではいられない。


 だけど、こんなものこざかしい時間稼ぎだと、意地をかけて言い張った。しかし、そんなヴェーネのことをルシエラは嘲笑った。


「だから言ったでしょう?命乞いはしないって。私はただ、提案したいのよ。この世界の終わりを、一緒に迎えましょうとね」


 ルシエラがパチンと指を鳴らした。すると彼女の背後に、大きく外の様子が映し出された。次の瞬間、その場にいた全員が、突然襲い掛かる恐怖に膝をついた。中には、恐怖の重圧に耐え切れず失神するものもいた。ルシエラも例外ではない、彼女もガクッと体が崩れ落ち、可憐な顔が恐怖に歪み、とめどなく汗が流れ出た。


 空に大穴が開いた。それはルシエラのワープホールであった。そこから、黒い液状のような塊が、どろりと降り注いだ。大地に落ちたそれは、着地点にあった一切合切を、ただ触れただけで消滅させた。


 蠢く黒い塊は、体表がぼこぼこと沸騰するように泡立っていた。液状の体を変化させ、様々に姿かたちを変えていく様子は、生物とは思えない有様だった。


 本能が警鐘を鳴らしている。あれは存在してはいけない、と。身の毛がよだつ恐怖が、体中を覆う膜のようになって自由を奪う、目の前に映るそれを、何と表現すればいいのか、誰にも分からなかった。




 世界中の人々の避難を急がせている時、リオンは背筋が凍り付くような、強烈な恐怖の気配を感じ取った。リオンだけではない、世界に生きるすべてのものが、恐怖し、震えあがった。


「…来た。これが、怪物か」


 言われるまでもなく、世界に起こった異変をリオンは理解した。握りしめているエリュシルが小刻みに震えている、絶望がやってきたと、そう伝えていた。


 恐怖に膝をついたルネを、マルスが支えた。カチカチと歯を鳴らしながら、ルネはぶるぶると震えている。自分の体を抱きしめるようにギュッと両腕を強く掴み、小さく声を絞り出した。


「い、い、一体な、何が、何がおこ、起こっているんですか?」


 ルネの体を支えるマルスは、その気配の正体をよく知っていた。生きとし生けるすべてのものが逃れられない死の気配、しかしそれが発する気配は、純度が桁違いだった。


「…この気配、怪物の出現を告げるものに他ならないであろう。死の恐怖を想起させる禍々しさ、どうやら話に違わぬようじゃな」

「マ、マ、マルスお、おじいちゃん。わ、わた、私…」

「大丈夫。それ以上、無理してしゃべることない。…恐らく、避難を続けるのはもう無駄じゃ。わしらもアームルートへ引くしかない」


 マルスの懸念は当たっていた。怪物がワープホールを伝って降り立った際、後少しだけ残されていた人々は、怪物の発する瘴気によって、すべて死に絶えていた。救えなかった命を嘆き、怒りの炎に身を焦がしながらも、世界にはすでに、彼らが救える命は残されていなかった。


 ルネは転移魔法で、マルスと一緒に要塞化されたアームルートへ飛んだ。人も魔物も一斉に死に絶えた世界は、まるで時が止まっているかのように、静寂だけが残った。




「かつてこの世界に、一匹の魔物が生まれた。しかしそれは本当に魔物であるのかも定かではない、生物と呼べるのかも怪しいものだった。誰もそれをどう呼称していいか分からない、いつしかそれは怪物と呼ばれるようになった」


 ルシエラは、声を震わせながら淡々としゃべり続ける。


「怪物はやがて、人も魔物も関係なく、すべてのものを襲い始めた。人と魔物は総力を挙げて怪物に挑んだが、ついぞ殺すことはできなかった。殺せない、滅ぼせないとなれば、封印するしか手はない。魔物側は、人間にある提案をした」


 提案は内容はこうだ。怪物を封じ込めるは、それを生み出した魔物の使命。魔物の王を一人だけ選び、他の魔物たちから力を吸い上げ、その膨大な力を使って怪物を封印する。その結果、魔物たちからは、理性や心が失われ、野性的な本能のみが残る。


 そして魔物の王、すなわち魔王もまた力の大部分を封印に使い、怪物の持つ破壊願望に引きずられ、世界を破壊し尽くそうとしてしまう。


 今まで手を取り合っていた人と魔物は、戦うことを定められる。しかし、この争いが続く限りは、怪物の封印が解かれることはない。


 怪物にすべてを滅ぼされるか、人と魔物の生存競争によって封印を維持するか、取れる手段は二つに一つしかなかった。人は、それでは魔物側の負担があまりにも大きすぎると、最後まで別の方法を模索して足掻いたが、最後は魔物側に説得される形で、封印を受け入れることになった。


 魔王は最後まで自分たちに寄り添ってくれた人々に感謝をし、魔物たちから差し出された力を集約すると、怪物を異空間へ封印した。そしてこの封印が永続するように、魔王は死しても復活をする術を自らに施した。


 すべては人と世界を守るため。魔物との争いの歴史は、この覚悟を守り、維持するためのものだった。封印してもなお、怪物から流れ込む力は魔王に特別な能力を発現させた。それを用いて世界を破壊しろと、怪物がそう囁いているようであった。


 魔王と人間の戦いの歴史は、時が経つと共に変化し、魔王と勇者の戦いの歴史へと変わった。記憶の継承の影響が弱まり始めて、魔王の力が強まりすぎることもあり、人は魔物の犠牲を悼む心を忘れ、いつしか封印の真実は闇の中へ消えた。戦い続けるためには、心を捨て去らねばならなかった。


「私は記憶の継承が完全な形で行われた。だけど、その他の能力は一切与えられなかった。世界を守るためには、無抵抗で殺されるしか道がない、そんな事実、受け入れろって言うの?私は嫌だ、憎しみだけ向けられて殺されるのは嫌だ、何もできず死ぬのは嫌だ。だから、怪物のいる異空間にワープホールを開いたの。この力は、封印を無効化して穴を開けることができる!!さあ、私と一緒に終わりましょう」


 ルシエラは壊れた笑い声をあげて、地面を転げ回った。その姿は、哀れで滑稽だったが、世界を終わらせる狂気を感じさせるには、十分すぎるものであった。

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