魔王城破壊解体作戦
現在魔王城には、魔王ルシエラ以外の魔物はいない。彼女の元にたどり着くまでに、勇者たちの手ですべて討伐されてしまったからだ。だから本当に、ルシエラに身を守る戦力と手段は皆無である。
そもそもルシエラには、魔物を従える力がない。だから暴走の危険がある、強い魔物を近くに置くことができない。試しに自分の手に負えそうな魔物を城に集めてみたが、やはり何の役にも立たなかった。
魔王として持つ特別な能力は、制限なく使えるワープホールの力だけである。しかも、このワープホールを通ることができるのは、魔物だけだ。落とし穴のような罠に利用することはできない。それができれば、勇者たちが一塊になっているところに大穴を開け、奈落の底へ落として終わりだ。
ルシエラは、魔王としてとにかく能力不足だった。それは変えようがない事実。ワープホールの能力も、まだまだ発展の余地はある。しかし、自分の身に迫る死の気配に、彼女は耐え切ることができなかった。
勇者の捜索の手は、日に日に、確実に自分の首に伸びているのを感じた。無力な魔王であろうとも、勇者には関係ない。手柄を上げるためにも、容赦なく自分を殺すだろう。それが恐ろしくてたまらなかった。
ルシエラが勇者たちを罠にかけたのは、先んじて楔を打ちたいという目的があった。自分の恐怖を思い知らせ、勇者の数を減らす。そして少しでも時間を稼ぎ、その間にワープホールの能力を更に高め、誰の手も届かない絶対的な存在になる。
魔王として君臨するからには、至上最強最悪の魔王になる。それがルシエラの、魔王としての使命だった。死にたくないという普遍的な願望はあっても、魔王の矜持は捨てられなかった。
それに加え、もし自分が追い込まれた時のための奥の手を確保している。だからこそ、ルシエラは作戦を実行に移した。もし死ぬとしても、世界と心中して死ぬ。ルシエラは、間違いなく魔王であった。
逃げ回る魔王を討伐する。その目的を果たすために、ヴェーネは集めた勇者たちに向かって言った。
「どんなに非道な策でも構わない。思い付いたことは何でも言って、何でも実行する。全員知恵を振り絞って、ルシエラを倒すことだけを考えて」
勝ち方に拘らず、勇者の矜持も捨てて、形振りかまうなと命じた。下劣、悪辣非道でも構わない。今ここでルシエラを討つ手を考え付く限り考えさせた。
しかし、そう簡単に勇者の矜持を捨てることはできない。だからヴェーネは、最初に一石を投じる当事者となった。自分の考えた作戦を打ち明け、問う。
「もし、これを実行するとしたら、皆はどうやる?」
勇者らしくない卑怯な手なら、ヴェーネはいくらでも思い付く。すでにいくつか思い付いていた作戦を勇者たちに打ち明け、どれなら実行可能かを問うた。
「いや…、流石にそれは…」
「だが、これは使えるかもしれないぞ」
「例えばこうすればまだ…」
こうしてヴェーネの作戦に、勇者たちの意見が肉付けされていく。敢えて最初に、受け入れられないような極端な作戦を提示することで、それを実行可能な作戦に、勇者たちの考えで変化させていった。
策略を巡らせたとしても、ヴェーネにそれは実行できない。卑劣な策も、勇者に実行してもらうしかない。ヴェーネは勇者たちの心は掴めても、魂までは支配できない。
これは勇者たちに自発的に作戦立案をさせ、その実行を担わせるため、彼女が打った策であった。
勇者たちが出した意見を集約し、作戦を立てると、ヴェーネは号令をかけて、さっそく作戦実行を命じた。流石は人心掌握の達人ヴェーネ、誰一人異を唱えさせることもなく、従うように仕向けた。
ルシエラが出来損ないの魔王であるなら、ヴェーネもまた、出来損ないの勇者と言っていい存在だった。出来損ない対出来損ない。魔王城の戦いが、本格的に始まろうとしていた。
ルシエラは異変を感じ取っていた。ドーン!ドーン!と何かが強くぶつかり合う音が響き、魔王城が揺れていた。天井からぽろぽろと埃が舞い落ち、一体何を始めたのかと、勇者たちの動向の確認を急いだ。
「せーえのおっ!!」
「よいしょおっ!!」
勇者の仲間である屈強な戦士たちが、己の武器を振りかぶり、迷路のような通路の壁に向かって、ガツンガツガンと振り下ろしていた。壁は次々に破壊され、通路はどんどんと拡張されていく。
勇者軍は、魔王城の解体作戦を決行していた。壁や天井を破壊して、ルシエラが逃げ隠れする場所を奪う。どこに逃げても隠れられる場所がなければ、ワープホールは無力化できる。
ヴェーネはルシエラのワープホールの能力を見てから、ずっと疑問に思っていたことがあった。それは、どうして今すぐこの魔王城から逃げないのか、というものだった。
自分たちだけをここに閉じ込め、ルシエラは魔王城を脱し、城に火でもつけられれば、勇者軍は全滅の可能性だってある。
この入り組んだ魔王城から逃げるのには時間がかかる。火を放つだけではなく、毒ガスを撒いたり、主要な箇所を爆破し、城の瓦礫ごと勇者を生き埋めにすることだってできたはずだ。
別にこれらは、魔王に特別な能力がなかろうと、いくらでも他の物で代用できる策である。では何故それをしないのか、できない理由があるのかはヴェーネには不明だったが、とある推測には確信に近いものがあった。
ルシエラは、この魔王城から離れることができない。わざわざ身の危険を晒してまで、自分を時間稼ぎの囮に使ったのは、それ以外の選択肢がなかったからだろう。ヴェーネはそう推測していた。
無論、ワープホールを使えるルシエラは、時間稼ぎ役に一番適しているし、能力を最も有効に使える。だが、それを差し引いても力を持たないルシエラが、魔王城に残り続けることのリスクの方が高いと、ヴェーネは考えていた。
自分ならば逃げの一手だ、しかし相手がそれをしない、ならば有効活用させてもらう。ルシエラにとって、魔王城は絶対の安全地帯のはずだ。そこに手を加えられるのは、実に恐ろしかろう、精神的に追い詰めて炙り出す。ヴェーネは悪役じみた笑みを浮かべ、城をどんどん破壊していった。
勇者たちが魔王城を破壊し始めたのを見て、ルシエラは心底焦っていた。ヴェーネの推測は当たっていて、ルシエラは魔王城以外の場所では、ワープホールの力を十全に発揮できなかった。
自分を追いかけてこなくなった時点で、実はルシエラの優位性は消える。あくまでも時間稼ぎに徹して、ワープホールを通って魔物たちが世界を蹂躙するのを、魔王城にのこのこやってきた勇者たちに見せつけるのが狙いだった。
しかし今や勇者たちは、ルシエラや外の様子に目もくれず、城の破壊活動に精を出していた。どんなに入り組んだ迷宮であっても、行く手を遮る壁という前提条件ごと破壊されてしまっては、元も子もない。
神出鬼没のワープホールも、出られる場所が、開けた広間一つにされてしまっては、まるで意味をなさない。この解体工事は、ルシエラにとって致命傷になる一手だった。
「クソがあああッッ!!!これが勇者のやることかよおおッッッ!!!」
怒り狂うルシエラの心中など知る由もなく、勇者たちはせっせと魔王城の破壊に精を出していた。無理な破壊活動で、天井が崩落して来ても、魔法使いたちが障壁魔法を張り、作業する勇者や戦士たち、肉体労働組の身を守った。
怪我や疲労も、僧侶たちの回復魔法ですぐに元通りになり、作業効率を上げるために、マッピングした地図を参考にして、どこをどう壊していけば安全かつスピーディーに解体が可能かどうか、現場で積極的な意見交換がなされていた。
かつて、勇者との激しい戦闘の余波などで、魔王城が倒壊することはあった。辺り一帯が焦土と化すほどの、自爆覚悟の大魔法の行使を試みる魔王もいた。しかし、勇者たちが魔王城の解体を行うなど、前代未聞のことだった。
「おい!ヴェーネ!テメエそれでも勇者かよ!正々堂々戦えバカ!!」
作業を見守るヴェーネの耳元に、魔王の罵声が聞こえてきた。しかしヴェーネは、そんなこと聞く耳持たないというように無視して、指示を続けた。
「よせ!やめろ!やめさせろヴェーネ!!魔王と勇者の戦いだぞ!こんなバカげたことするなんて正気か!?」
いよいよ鬱陶しくなってきたヴェーネは、ため息まじりにルシエラの声に返事をした。
「生憎だけど、あたし別に勇者でもなんでもないから。気まぐれで勇者らしいことしてみたけど、本当は、勇者の立場を利用して悪いことしてただけ」
「は…?」
「ちなみに戦う力もまったくないわ。これだけの勇者を引き連れてきたのも、自分が戦わずに済むからだし、魔王の討伐っていう美味しい名誉だけもらって、安心安全に立ち去るつもりしかなかったから」
「へ…?」
「大体正々堂々と戦うつもりがないのはあんたでしょ?あんたのルールに沿って戦えっていうの?あんただけがずっと有利なまま?そんなものに従う気はないし、皆をそんな危険に晒すつもりもないの。戦いたかったら、あたし以外の誰かが相手してくれるわよ。その気になったら言ってみなさい、あたしじゃない誰かがあんたと戦ってくれるから」
そう冷たく言い放つヴェーネは、本当に、まったく、全然、自分では魔王の相手をする気など一切ないと、ルシエラは心から理解できた。勇者ではない、その言葉にも嘘がなかった。
勇者であれば、こんな策は取らなかっただろう。ルシエラの最も嫌がることを思いつきもしなかっただろう。しかし、ヴェーネならばできる。この場で一番の異物ともいえる、ヴェーネだからこそできる作戦だった。
外ではリオンたちが要塞化作戦を、魔王城の中ではヴェーネたちが魔王城破壊解体作戦を、勇者たちがそれぞれの戦いを始めていた。すべては人々の未来を守るために、その目的を遂行していた。