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折れてはならない

 リオンたち居残り勇者組が、次々に開くワープホールから湧いてくる魔物との戦いを繰り広げている最中、魔王城でルシエラを追うことになったヴェーネ組は、苦戦を強いられていた。


 入り組んだ魔王城の内部は、ワープホールを使って自由自在に行き来できるルシエラにとって、相性が良すぎた。追い詰めたかと思えば逃げられ、待ち伏せに嵌まったかと思えば足元に穴をあけて消えた。


 ルシエラ一人を追いかける鬼ごっこ、字面だけならば遊びに見えるが、その難易度の高さは計り知れない。その上さらに、ルシエラは追い打ちをかけてきた。


 それはヴェーネたちがルシエラを追う作戦を立てている際に起きた出来事だった。突如、彼女らの目の前に、魔王城の外の風景が映し出されたのだ。魔物たちに人々が脅かされ、殺される様子をまざまざと見せられた。これで動揺しない方が無理だ。


 勇者たちは、正義感と義務感が強い。それは、そうあるべきだと教えられてきたし、自分たちもそうあるべきだと信じているからだ。魔物を倒し、人々を救い、魔王討伐を果たすは勇者の務め。その強い意志の力が、勇者たちを支えている。


 しかし、今の自分たちはどうだ。戦う力を持たぬ魔物の小娘に右往左往し、頭数ばかりは揃っているが、何の役にも立たない烏合の衆と化している。


 せめて外で魔物と戦えたら、そう考えないのは難しい。くすぶる焦燥感は、気持ちを苛立たせ、冷静な判断力を鈍らせていく。


 正義感も義務感もまるでないヴェーネだけが、この場で冷静に、自分たちが取るべき行動の正解を導きだせていた。どんな手を使ってでも、ここでルシエラを仕留めるのが、今の絶対的な最優先事項である。


 そもそもここで引き返して、世界中に散らばった魔物を退治したとしても、ルシエラが存在する限り、どこに居ようとも魔物の影におびえ続けなければならない。


 それにルシエラは自らの弱さを知るが故に、それを補う賢さをすでに身に着けて、更に能力を伸ばそうとしている。今は鬼ごっこと称して、勇者たちと追いかけっこに興じているが、それを放棄した後、もう一度同じ条件で対峙することは不可能だと、ヴェーネには分かっていた。


「この魔王城だって移動させることができる可能性が高い。そもそも今まで勇者たちから隠れおおせてきたのも、ワープホールの力を使っているかもしれない。この魔王城の場所が神出鬼没であるなら、時間経過はルシエラの味方だ。いつでもどこからでも、内側から人のコミュニティを魔物によって食い破れる」


 ヴェーネは思考を巡らせ爪を噛んだ。この揺さぶりを、どう収めるべきか思案する。ここで自分が間違った選択をしたら、この勇者軍は一気に瓦解する。残念ながら彼女には、勇者たちの精神的な支えになれる実力が、圧倒的に欠けていた。


「クソッ!クソクソクソッ!!どうする?どうすればいい?ルシエラは絶対にここで倒さなきゃならない。あいつはワープホールを使えば、魔物をどこにでも出現させられる。要人など闇討ちし放題だ。それが魔物の仕業ならまだいい。もしも自分で武器を使って殺害を行えるとしたら?魔物の仕業だと判別できないようにされたら?ここで勇者たちが敗走することになれば、ルシエラに時間と自信を与えることになる」


 だが、ヴェーネがいくら正論を導き出せたとしても、それでは今、人心を掴めはしない。そのことは一番、ヴェーネ本人が分かっていた。


 動揺と混乱の中にある勇者たち、ルシエラに見せられた風景の中には、自国のものもあったかもしれない。もし殺された人の中に親族、または近しい知り合いなどがいたとしたら、心中穏やかでいられないのは、考えるまでもない。


 そしてそんな人に、正論で諭そうとしても無駄だ、火に油を注ぐだけだ。特に嵌められたとはいえ、この状況を作り出すことに、間接的に手を貸すことになってしまったヴェーネからは、一番正論でなど諭されたくない。


 魔物にわしづかみにされ、食い殺される寸前の小さな女の子の叫び声が響いた。その様子を、ただ黙って見ていることしかできない、ヴェーネは思わず、目と耳を塞いでしまった。そんなことしては駄目だと分かっていても、見ていられなくて思わず塞いでしまった。


 周りの勇者たちも思わず顔をそむけた。無力な自分たちを呪い、歯が割れるほど噛み締めながら、悔しさをこらえた。


 しかし、いつまでたっても女の子の悲鳴は聞こえてこなかった。ヴェーネたちは背けた顔を戻し、何が起こったのかと注視した。そこに映る人を見て、ヴェーネは真っ先に声を上げた。


「リオンッ!?」


 女の子を救いだし、魔物を斬って倒したリオンの姿がそこにあった。天色の雷を身にまとい、伝説の剣エリュシルを携え、深紅のマントを翻す勇者リオンの姿が、そこにはあった。




 リオンは、魔物から救い出した女の子を治療すると、自分のマントを取って、その子をくるんだ。暖かな癒しの力が女の子を包み込み、泣き叫ぶ顔が穏やかに変わった。


「もう大丈夫だよ。助けに来たんだ」


 マントに包んだまま、リオンは女の子を抱きかかえた。顔をマントで覆い、周りの死体を目に入れないようにする。


「遅くなってごめんね。助けられなくてごめんね」


 何度も謝りながら女の子の背をさするリオン。いつしか女の子の目からは、恐怖の涙ではなく、悲しみの涙があふれていた。自分が助かったことに安堵して、置かれた状況を徐々に受け入れ始めたのだ。


「悲しいよね、ごめんね。でも、諦めないで。俺たち勇者は、まだ戦っている。命の限り、戦い続けて救い続ける。今、ここにいない勇者たちも一緒に戦っているんだ。だからきっと大丈夫。俺たちがいるから大丈夫だ」


 その言葉はまるで、リオンが自分にも言い聞かせているようで、救えなかった人々を嘆いている気持ちが、痛いほどに伝わっていた。


 ぷつんとリオンが映っていた景色が消えて、別の場所が映し出された。人が助かる姿を見たルシエラがそれに腹を立てて、別の戦場を見せることにした。


 そこでは大勢の人々が、ワーウルフの大群に追い詰められていた。ワーウルフの足元には、人々を守るために戦って死んだ兵士の残骸が、無残に転がされていた。


 ワーウルフたちは、追い詰めた人々の恐怖と絶望の表情を見ると、血と肉をつけた大口を開けて、薄汚い笑い声をあげてそれを嘲笑した。もう後は自分たちに食われるだけだと、その末路を嘲っていた。


「下衆が。成敗いたす」


 ぽつりと聞こえてきた声と共に、ゆらりと揺れるような一陣の風が、ワーウルフの間を縫って駆けた。気配も何も感じ取ることのできなかったワーウルフたちは、一瞬で袈裟に一刀両断されて絶命した。即座にワーウルフを全滅させ、老人は怯える人々に声をかけた。


「無事か?遅れてすまなかった。しかし、助けに参ったぞ」

「はい、お見事ですマルスおじいちゃん。では皆さん、安全な場所へご案内します。まあちょっと狭いかもしれませんが、我慢してください。戦いが終わるまでの辛抱ですので」


 ルネとマルスは、救った人々と共に姿を消した。またしても別の戦場が映し出されたが、またしてもマルスが魔物を一刀のもと、次々に斬り伏せていく。


 巨大なトロールも、上空で群れ成すドレイクも、凶悪なデーモンも、覚醒した亢柳一刀流の剣の達人、マルスに敵うものはいない。転移魔法で次々と別の戦場に突然現れては、あらゆる魔物を斬り捨てて屍の山を積み上げた。


「恐怖しろ魔物共。わしは主らの死そのもの、這い出て人を害する限り一切の存在を許さぬ、この刀の閃きが主らを殲滅するぞ。この身老いてなれど、人の世に尽くすが我が宿命、人を生かすが我が剣なり」


 自分たちよりはるかに年を取った老人が、刀一本を手に獅子奮迅の戦いぶりで、強大な魔物たちを塵芥へ変えていく。その姿は語る通り、死そのもの。ワープホールから湧き出る魔物たちに、死の恐怖を刻み込む修羅と化していた。




 ぷつんと外の様子を見せていたものが消えた。これ以上は効果がないと悟ったルシエラが、慌てて消したのだ。


 外でも勇者たちが戦っている。その様子を見たことで、魔王城の中にいる勇者たちも、落ち着きを取り戻し始めていた。


 ルシエラの策によって、追い詰められていたヴェーネだったが、千載一遇の好機が訪れた。彼女は勇者たちの前に進み出ると、声を張り上げた。


「ルシエラは、あたしたちに外の様子を見せて戦意を削ごうとしてきた。いいえ、傷ついた人々を見て、実際にあたしたちの戦意は喪失寸前だった。だけど皆も見たはずよ、外の勇者たちの奮闘ぶりを、戦って、人々を守って、助けられない命があっても諦めていなかった。それなのに、あたしたちがここで魔王討伐を諦めるの?」


 その問いかけは、勇者たちの心を揺さぶった。外で戦っている勇者たちだって、自分たちと同じように心を痛めている。それは同じ勇者だからこそ理解できた。


 ならばここで、外の勇者たちの助けになるためにも、魔王をいかに早く討伐するかは、勇者たちにとって今できることの最たるものであった。少なくとも、ルシエラの術中にはまって、動けなくなっているなんて無様な姿を晒す訳にはいかない。


「ここでルシエラを逃せば、あいつはもっと巧妙に世界へ侵攻してくる。ワープホールの戦略的価値は、あたしよりあなたたちの方が理解できるでしょう?今ここで、あたしたちが刺し違えてでもルシエラを討伐しなければ、世界は取り返しのつかない地獄に陥るわ。あたしたちも、勇者としての務めを果たしましょう、ここで、私たちにしかできないことをするの」


 冷静さを取り戻した勇者たちに、ヴェーネの正論は効果覿面であった。今ここで自分たちが引き返すことの愚かさと、ルシエラを討伐する意味と価値を、勇者たちは即座に理解した。


「今、あたしたちは追い詰められているように感じているはず。だけどあたしはそうは思わない。追い詰められているのは魔王ルシエラの方よ。ここに集った勇者軍は、精鋭を集めた人類の最高戦力、さあ、皆で反撃といきましょう。きっと突破口はあるはずよ!」


 ヴェーネの鼓舞に、勇者たちが応えた。声を上げ、自らを奮い立たせる。自分たちは今、魔王城にいる。そして魔王の首が手に届く場所にいる。ならばどうする?戦うしかない。それが勇者の使命である。


 離れかけていた人心を引き戻したヴェーネは、ほっと胸をなでおろすと同時に、覚悟を決めた。刺し違えてもという言葉、嘘ではない。ここでルシエラを殺す。何と引き換えにしても。そう覚悟を決めた。

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